Épisode 5 お泊まりしに来たよ♪
「優利菜、期末テストも百位以内に入れてへんかったら、分かってるわよねぇ?」
六月二十四日、月曜日。期末テストまであとちょうど一週間に迫った本日。寄り道はせず普段通りの午後四時過ぎに帰宅した優利菜は、母から爽やかな笑顔で問いかけられた。
「烈學館行きと本を捨てるってやつでしょ」
「その通りよ。ちゃーんと覚えててえらいわ、優利菜。そうならへんように頑張りや」
「はいはい」
優利菜はちょっぴり不機嫌そうに生返事してリビングをあとにし、自分のお部屋へ。
「優利菜君、いよいよ期末テスト一週間前だな」
「ユリナちゃん、テスト前はテンション上がるよね」
「優利菜お姉ちゃん、今日からはさらに本気を出して数学頑張ろう」
「ユリナフタレン、化学と生物は普段あまり勉強してくれないからここでいっぱい勉強しようぜ」
「優利菜さん、今日からは家庭学習時間を二時間増やしましょう」
教材キャラ達は普段以上に機嫌良さそうだった。
「分かってるよ。期末は副教科もあるのが面倒だなぁ」
「副教科も頑張らなきゃダメです。大学入試でAOや推薦を狙うなら、評定平均に大きく響くので」
今日の帰りのSHRで配布された、期末テスト日程範囲表を眺めつつため息まじりに呟いた優利菜に、睦月はきりっとした表情でエールを送る。体育、書道、情報は授業評価のみで期末テストは無しだ。
「シャルロット君はAOと推薦は邪道。当日一発勝負の一般入試で挑むべきっておっしゃってたけどな」
「私、推薦やAOは考えてないし、ママは副教科の分の成績は考慮しないって言ってたから……とりあえず平均点くらいは取れる程度に頑張るよ」
「それがベストだね。日程はJulyの一、二、三、四、五か。今度のSaturday,Sundayはユリナちゃんをconfinementだね」
「つまり土日は幽閉されて勉強漬け、外出禁止ってことだ。覚悟しとけよメスブタ」
「えっ、でも今週の土曜は毎月買ってるアニメ雑誌の発売日なのに」
リオと瑠偉から告げられたことに、優利菜はどぎまぎする。
「そんなもん、テスト終わってから買えばいいだろ」
瑠偉は不機嫌そうな表情でこう意見した。
「でも、きっと売り切れちゃうよぅ」
「ユリナちゃん、雑誌に萌えキャラを求めなくても、ボク達がいるじゃない」
リオはウィンクする。
「確かにあなた達はアニメの萌えキャラに匹敵、いや凌駕するくらいとっても魅力的だけど、実際に放送されてあるアニメのキャラじゃないと話題性が……と、見たい新作アニメの放送開始日とも見事に重なってるよ。中学の頃は一学期末は六月中、夏アニメ放送開始前に終わってたんだけどな」
優利菜はかなり不満そうにした。
「それもテスト終了後のお楽しみということでー」
リオににっこり笑顔で突っ込まれる。
「気になって余計勉強に実が入らないかも」
「そういう子はたとえアニメが無くても何かと理由を付けてそう言うものです。優利菜さん、期末試験は今学期の成績に大きく響く一大イベントですので、一生懸命頑張りましょうね」
睦月は真剣な眼差しでエールを送る。
「分かったよ。テスト終わるまで我慢するよ。総合順位百位以内に入らないと、ママに塾へ行かされるし」
「Oh,no! ユリナちゃんのマミーはデビルだね。ユリナちゃん、これはますます本気出さなきゃいけないね。塾なんかに行かされたらボク達と付き合える時間が減っちゃうもん」
「うっ、うん」
こうして優利菜は椅子に座るというか、ギラギラした目つきのリオに力ずくで座らされる。
「優利菜君の通う高校で上位百位以内なら、国公立大も余裕で目指せそうだな。半数くらいが東大に進学する灘や開成や筑駒と比較すりゃぁかなり劣っちまうけど、優利菜君の高校も毎年東大一、二名、京大七、八名の現役合格者が出てるから、それなりの進学実績があるじゃねえか」
瑠偉は優利菜の高校入学時に配布されていた高校生活の手引きの冊子、進路状況の項目を眺めながら話しかける。
「まあ、近隣の公立で二番手か三番手みたいだから。三人に一人は国公立大に進学してるみたいだし」
「優利菜さんも、国公立大狙いですか?」
睦月は興味深そうに尋ねてくる。
「うん。ママもそれを望んでるし。私立大は学費高いからね」
「親孝行だな、優利菜君。メスブタのくせに」
「いっ、いやぁ、そんなことは……」
瑠偉に頭を優しく撫でられ、優利菜は頬を少し赤らめ照れくさがった。
「ユリナフタレン、期末テストで楽々百位以内に入れる裏技があるぜ」
「そんな方法が本当にあるの!?」
化能蒸から突然告げられたことに、優利菜は驚き顔で問う。
「うん。職員室に忍び込んで問題を盗み出せばいいのだ」
「そっ、そんなことしたらダメに決まってるでしょ」
化能蒸の説明に、優利菜はすかさず突っ込んだ。
「化能蒸君、校則の厳しい高校だったら退学に値する行為だぜ」
「あいだぁ~っ!」
瑠偉に頭をゴチッと思いっ切り叩かれ、
「カンニングは厳禁です。試験は正当な方法で臨まなければなりません!」
睦月に険しい表情を浮かべられ、
「ごめんなさぁーい」
化能蒸は慌ててぺこんと頭を下げた。
本音としてはやりたいけどね。
優利菜がこう思ってしまったその時、
ピンポーン♪ といつもの朝のように玄関チャイムが鳴らされた。
「優利菜ちゃん、おば様。こんばんはー」
実帆がやって来たのだ。
やっぱり来たぁー。
優利菜は気まずい心境に陥る。テスト直前になると実帆は毎回、テスト範囲の重要ポイントなどを教えに来てくれるのだ。中学一年一学期中間テストの頃から続けている実帆の習慣となっている。
「優利菜ぁ、実帆ちゃんが来てくれたわよーっ。下りてらっしゃぁい」
「はいはい」
母に大声で叫ばれ、優利菜は部屋から出て階段を下り、玄関先へと向かっていく。
「優利菜ちゃん、今日はお泊りするね」
「えっ!!」
実帆からの突然の発言に、優利菜は目を大きく見開く。
「優利菜、よかったわね。今夜実帆ちゃんがお勉強、付きっ切りで指導してくれるって」
母はにこやかな表情で伝えた。
「優利菜ちゃん、今夜はよろしくね♪ 外泊許可はちゃんと赤阪先生に取って来たよ」
「べっ、べつに、そこまでしてくれなくても」
優利菜は困惑する。
「だってわたし、久し振りに優利菜ちゃんちでお泊りしたくなったんだもん。英語の授業でパジャマパーティが出て来たでしょ。わたしもやりたいなぁって思ったの」
実帆は満面の笑みを浮かべながら言う。大きめのトートバッグも手に持っていて泊まる気満々な様子であった。
「そんな理由かぁ」
優利菜は納得出来たが、やはり困っている。
「実帆ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」
母は温かく歓迎した。
「はい、お世話になります。英語で言うとメイクユアセルフアットホームですね」
実帆は靴を脱いで廊下に上がると嬉しそうに階段を駆け上がり、優利菜のお部屋へ向かって行った。
「あっ、ちょっと待って、実帆ちゃぁーん!」
優利菜は大声で叫んだ。しかし実帆は聞く耳持たず、優利菜の自室に入ってしまった。
これも毎度のことなのだ。
「どうしたの? 優利菜。今回はやけに慌てて。優利菜が持ってるオタクっぽい物、今さら見られたってなんともないでしょ?」
母はにやにやしながら尋ねて来た。
「確かにそうだけど」
優利菜はそう答えて、急いで二階へ駆け上がった。
自室の扉を開けると、
「優利菜ちゃん、かわいいお人形さん、また増えたね」
実帆はちょっぴり前傾姿勢になって専用ケース上をじーっと見つめていた。
よかったぁ。あの子達の姿は、見られてない。
優利菜はホッと一安心する。
「優利菜ちゃん、テスト範囲のプリント揃ってる? 足りないのがあったら、コピーしてあげるよ」
続いて実帆は、机の上や引出を物色し始めた。
「全部揃ってるよ」
優利菜はそう答えると、机の上の本立てからファイルを取り出す。科目毎にきちんと分けられ九冊あった。
「本当だ、一枚も抜けがない。えらいね、優利菜ちゃん。ちゃんと整理整頓出来るようになって」
一冊ずつ捲って確認してみて、実帆は大いに褒めてあげる。
「いやぁ、それほどたいしたことでもないと思うけど」
優利菜はちょっぴり照れ気味。あの子達の指導のおかげだし、と心の中で思っていた。
「今までは全然出来てなかったんだから、大きな進歩だよ。そういえば優利菜ちゃん、カッコいい男の子とかわいい女の子が表紙になってる参考書買ったんだよね。あっ、これだね。イラストすごくかわいいね」
実帆は床に置かれてあった英語のテキストを拾い上げ、表紙をじっと眺める。
「そっ、それは……」
優利菜の表情は凍りつく。
「優利菜ちゃん、ちゃんとやってるね」
三〇秒ほど見つめた後、実帆はページを捲り始めた。
「えっ、あっ、うっ、うん。ちゃんと毎日続けてるよ」
「えらいよ、優利菜ちゃん。授業中も最近はいつも真面目にノートを取るようになったし、期末テストでは良い点取れそうだね」
「うっ、うん」
優利菜は背中から冷や汗を流しながら適当に頷く。
あの子達、飛び出して来ないよね?
と、優利菜はかなり心配になっていた。
「じゃ、夕飯までいっしょにテスト勉強始めよう」
「うっ、うん」
優利菜が椅子に座ると、
「優利菜ちゃん、もう少し詰めてね」
椅子の僅かなスペースに、実帆が座ってこようとして来た。
「あの、実帆ちゃん。そんなに引っ付かなくても」
「でも、落ちそうだし。じゃあベッドの上でやろう」
実帆はそう言うと、優利菜の腕をぐいっと引っ張った。
「わわわ」
優利菜はベッドの上に座らされる。
「ベッドふかふか~♪ わたし、今夜は優利菜ちゃんと同じベッドで寝るね」
実帆はうつ伏せになって足をパタパタさせながら言う。
「ダッ、ダメだよ。引っ付くと暑いし」
優利菜は嫌がる素振りを見せる。
「あーん、お願ぁい」
「でもぉ」
「優利菜ぁ、実帆ちゃぁん。夕飯出来たわよー」
気まずい雰囲気を打ち消すかのように、母に叫ばれた。
二人はキッチンへと向かっていくと、
「今夜は実帆ちゃんの大好物よ」
母から機嫌良さそうに伝えられた。
夕飯のメインメニューは、ハンバーグステーキだった。
「わぁーっ。とっても美味しそう。ありがとうございます、おば様。わたし、貧血で倒れて以来、苦手な緑黄色野菜を日々たくさん摂ろうと心掛けてるんです。ハンバーグは最適ですね」
実帆は満面の笑みを浮かべる。
「優利菜も未だけっこう好き嫌いが激しいのよ、ミカンとか」
「だって酸っぱいし」
「優利菜ちゃん、ビタミンCが不足して壊血病になっちゃうよ」
「私、柑橘系は絶対好きになれないな」
優利菜は苦笑いで主張し、椅子に座った。
「実帆ちゃんはここに座りなさい」
母は微笑みながら、優利菜の向かい側の椅子を差した。
「はい、失礼します」
実帆は嬉しそうにその場所に座る。
そこ、ママの席なんだけどな。
優利菜はちょっぴり気まずく感じるも、ともあれ食事開始。母は普段は誰も使ってない予備の椅子に座った。
十五分ほどのち、三人が食事を終えようとしたところ、
「ただいまー」
父が帰って来た。まもなくキッチンにやってくる。
「おじゃましてます。おじ様」
「やあ実帆ちゃん、お久し振りだね。ますますかわいらしくなって」
「おじ様ったら」
実帆は頬をほんのり赤らめた。
「ハハハ」
父は上機嫌で笑いながら、スーツから普段着に着替えるためリビングの方へ。
「実帆ちゃん、お風呂ももう沸いてるから、このあとどうぞ」
母は笑顔で伝える。
「ありがとうございます。でも、優利菜ちゃん先にどうぞ。わたし、夕飯のお片づけを手伝うから」
「あら悪いわね、実帆ちゃん」
「いえいえ」
「じゃあ、先に入るね」
優利菜は夕飯を平らげると椅子から立ち上がり、風呂場へと向かっていった。
すっぽんぽんで風呂イスに腰掛け髪の毛を擦っている最中、
「ユリナフタレン!」
化能蒸が湯船から飛び出して来た。
「もう、化能蒸くん。私の入浴中に入り込んでくるのはやめようね」
優利菜は優しく注意する。こういうことが度々あり、優利菜はもはや驚く様子は無かった。
「まあいいじゃん。生ミホルマリン、本当にかわいいね。生殖器と内臓のみならず細胞レベルまで観察したいくらいだぜ。ねえユリナフタレン、今夜はミホルマリンとベッドの上で百合プレイ的なことするんでしょ? あの漫画みたいに」
「……何言ってるのよ。すっ、するわけないでしょ、そんなこと」
にやにや顔で質問してくる化能蒸。優利菜は焦り顔で即否定した。
「ユリナフタレン、つれないなぁ。パートナーを大切にしてあげなきゃダメだぜ」
「大切にするってそういうことじゃないでしょ」
化能蒸の意見に、優利菜が迷惑顔で反論していたその時、
「おじゃまするね、優利菜ちゃん」
浴室扉がガラガラッと開かれた。
「うわぁっ!」
「ゲッ!」
優利菜と化能蒸はびくーっと反応する。
実帆がすっぽんぽんで入って来たのだ。
「あれ? 男の子……」
実帆は化能蒸の方に目を向けた。
「やっべ」
化能蒸はこう呟くと、一瞬で姿を消した。
「ねえ、優利菜ちゃん。さっき素っ裸で銀髪の男の子がいなかった?」
実帆はきょとんした表情で尋ねてくる。
「きっ、きっ、きっ、気のせい、気のせいだよ」
優利菜は慌てて説明すると、
「……そうだよね? まあ、いいや。優利菜ちゃん。お背中流すよ」
実帆はあっという間に素の表情へと戻り、何事も無かったかのように優利菜に接する。
「あっ、ありがとう」
「どういたしまして。わたしと優利菜ちゃん、二人きりで入るのは、二年振りくらいだね」
「そっ、そうだね」
□
「どうしよう。ミホルマリンに微小時間だけどオレっちの姿見られちゃったぜ」
優利菜の部屋に戻った化能蒸は苦笑いで四人に伝える。
「Oh my god!」
「化能蒸お兄ちゃん、間に合わなかったんだね」
リオと指偶真はハハッと笑う。
「その後は何事も無かったかのように普通に接してるみてえだけどな」
瑠偉はモニターに二人の映像を映した。
「幸いなことに実帆さんは、お部屋の様子を見る限りメルヘンチックなお方でしょうから、わらわ達の姿を見られても全く問題ないかもです」
睦月は冷静に分析する。
「それじゃあさ……」
化能蒸はあることを提案した。
□
あれから二十五分ほどのち、
「優利菜ちゃん、お部屋に戻ってテスト勉強の続きやろう」
「私これから見たい番組があるんだけどなぁ」
「ダメダメ、テスト終わるまで我慢だよ」
お風呂から上がってパジャマを着た実帆と優利菜は、いっしょに優利菜の自室へ。
「ユリナフタレン!」
「うひゃあああっ!」
入った瞬間、優利菜は思わず仰け反った。
五人全員、テキストから飛び出していたのだ。
「ちょっ、ちょっと、あっ、あの……」
「あらまっ、男の子がいっぱいいるね。女の子も一人」
実帆は素の表情で的確に突っ込んだ。
「いとうつくしきかたちなる実帆さん、初めまして。わらわは優利菜さんに現国と古典を教えている新玉睦月です」
「ぼく、数学担当の三分一指偶真だよ」
「アイアム栗巣リオ。Englishをレクチャーしてるよ」
「長宗我部・フランソワ・瑠偉だ。現社と世界史担当だぜ」
「理科の水和化能蒸なのだ」
教材キャラ達は陽気な声で、実帆にごく普通に自己紹介した。
「あっ、あっ、あっ、あのう……」
優利菜はかなり焦る。
「はじめまして。わたし、光久実帆です」
実帆は爽やか笑顔で教材キャラ達に自己紹介して、ぺこんと頭を下げた。
「優利菜ちゃんの家庭教師さん?」
続いて優利菜の方を向き、興味深そうに問いかける。
「まっ、まあ、そんな、感じ」
優利菜は焦り顔で説明した。
「オレっち達みんな、この教材の中から飛び出て来たのだ」
化能蒸はあのテキスト五冊をピッと手で指し示す。
「そうなんですかぁ。すごいですねぇ!」
すると実帆は目をきらきら輝かせ、五人の方へぴょこぴょこ歩み寄った。
「みっ、実帆ちゃん、この子達のこと、不思議に、思わないの?」
優利菜は驚き顔で問いかけた。
「さすがにちょっとびっくりはしたよ。でも、飛び出す絵本の進化版だって考えれば、そんなに不思議には思わなかったよ」
実帆はとても嬉しそうに伝える。
「そっ、そう?」
優利菜はかなりホッとした。
「化能蒸さん、実帆さんにあのことを謝っておきなさい」
睦月は困惑顔で命令する。
「うっ、うん」
「えっ、化能蒸くんわたしに何か悪いことしたっけ?」
実帆はきょとんとなった。
「オレっち、ミホルマリンのお部屋にこっそり忍び込んで、下着を何枚か盗みましたのだ。ごめんなさい」
化能蒸は土下座姿勢で謝罪の言葉を述べた。
「なぁんだ。そんなことかぁ。いいの、いいの、わたし、全然気にしてないよ」
実帆は爽やかな表情で言う。
「ありがとうございます。ミホルマリン」
実帆の寛容さに、化能蒸は深々と頭を下げ感謝の意を表した。
「今夜はみんなでいっしょにテスト勉強しよう。七人でやるとすごく楽しそう」
実帆は嬉しそうに提案する。
「OK.ボクもたまには他の教科もラーニングしてみたいからね」
「もちろんいいよ。ぼくもいろんな教科勉強して、もっともっと賢くなりたいから」
「わらわも勿論参加致します。理数科目の苦手意識をほんの少しでも無くしたいですし」
「オレっちもいっしょに頑張るぜ。ユリナフタレンとミホルマリンだけにたくさんの科目を学ばせるのは不公平だからな」
「シャルロット君も専門バカにならないように幅広い教養を身につけた方が良いとおっしゃられていたから、おれさまもしぶしぶ参加してやるぜ」
教材キャラ達は快く承諾した。こうして七人で副教科を除く五教科九科目の重要項目をそれぞれ十五分から二〇分ほど軽く勉強していき、あっという間に日付が変わる頃になった。
「優利菜お姉ちゃん、実帆お姉ちゃん、おやすみなさーい。ぼく、いろんな教科が学べて知識も増えて楽しかったよ」
「おやすみ、ユリナフタレン、ミホルマリン。太陽の中心のように暑い夜を楽しんでね」
「おやすみなさいです」
「グッナイ! See you again,ミホちゃん」
「優利菜君、実帆君。おやすみ♪」
教材キャラ達は就寝前の挨拶をして、テキストに飛び込む。
「おやすみーっ。出会えて嬉しかったよ。優利菜ちゃん、とってもいい子達だね」
実帆は全く不思議がることなくその様子を眺めていた。
「あの、実帆ちゃん。あの子達の存在は、他のみんなには絶対ナイショにしてね」
「もちろんだよ。二人だけの秘密にしようね」
実帆がこう言ってくれて、優利菜はホッとする。
「あの、実帆ちゃん、もう一つお願いがあるんだけど、私と同じ布団で寝るのは、やめて欲しいなぁ」
「それは嫌だよ。わたし、優利菜ちゃんと同じお布団で寝るぅ!」
この要求は、実帆は受け入れてくれなかった。優利菜は当然のように困惑してしまう。
「じゃあ私は、床で寝よっかな」
「ダメだよ。そんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。いっしょに寝るのはわたしと優利菜ちゃんだけじゃないよ。この子もいっしょだよ」
実帆はそう伝えると、
「じゃーん、これ見て。優利菜ちゃんに取ってもらったナマちゃん。川の字に寝よう」
トートバッグからそれを取り出し、敷布団の上に置く。
「それも、持って来てたんだね」
優利菜は苦笑いを浮かべながらも、なんだか嬉しくも思った。
「優利菜ちゃんも早く寝よう。夜更かしは体に毒だよ」
実帆はおかまいなしに、いつも優利菜が使っている夏蒲団に潜り込んだ。
「わっ、分かった」
優利菜はそれからすぐに電気を消して、ゆっくりとした動作で慎重に同じお布団に潜り込む。
「おやすみ優利菜ちゃん」
「……おやすみ」
そんな会話を交わしてから二分も経たないうちに、実帆の寝息がスースー聞こえて来た。
「ねっ、眠れない」
優利菜は極度の緊張で目が冴えてしまっていた。
それから三〇分くらい経っても、状況は変わらず。
間にあのナマケモノのぬいぐるみがあったため、体が引っ付き合うことは避ける事が出来たのだが、それでもやはり気になってしまう。
「ユリナフタレン、今、交尾する絶好のチャンスだぜ」
「うわぁっ!」
化能蒸が突然目の前に現れ、優利菜はびくーっと反応した。
「ミホルマリンの寝顔、とってもかわいいでしょ?」
「たっ、確かにかわいいけど……」
優利菜は実帆の寝顔をちらっと覗いてしまった。
「まず手始めにパジャマを捲りあげて、ブラジャー外しておっぱいじかに触っちゃえ」
「そんなこと、出来るわけないでしょ」
「ユリナフタレン、草食動物みたいだな。同性同士でそんなんじゃ三次元の男と交尾出来ないぜ」
「化能蒸君!」
「あいたぁ!」
突然、瑠偉に背後から頭を叩かれた。
「すまねえ優利菜君。化能蒸君がご迷惑おかけしたようで。すぐに引き戻すから」
「あーん、ルイソロイシン。もう少しだけぇー」
「ダメだ、優利菜君困ってるだろ。化能蒸君は、今夜はおれさまと寝るんだっ!」
「やっ、やめてぇぇぇ~」
瑠偉は嫌がる化能蒸を、自分のものと同じ社会科のテキストに押し込めた。
「それじゃ、おやすみ優利菜君。化能蒸君のことならもう心配ないぜ。自分用のテキスト以外からは、自ら脱出も侵入も出来ねえからな」
瑠偉はにこにこしながらこう告げて、社会科のテキストに飛び込む。
そんな仕様もあったんだ。よかった。
優利菜はこれで一安心する。布団に潜り込もうとしたら、
「あの、優利菜君」
「うわっ!」
再び瑠偉が飛び出して来た。優利菜は少し驚く。
「今日、というか時刻的にもう昨日だけど、実帆君っていう優利菜君以上に臭いメスブタがいたから体罰は控えてやったけど、また今日から復活するからなっ♪」
瑠偉はウィンクして、再度テキストに飛び込んだ。
「……やっぱり。実帆ちゃんを、メスブタ呼ばわりするのはやめて欲しいな。私は、瑠偉くんに言われるとなぜか嬉しく感じちゃうけど」
優利菜は苦笑いする。彼女は再び布団に潜り込んだが、やはり実帆がすぐ隣に寝ていることもあって、なかなか寝付けなかったのだった。
☆
朝、七時四〇分頃。
実帆ちゃん、いないな。
優利菜が目を覚ました頃には、すでに実帆の姿は無かった。優利菜はいつも通り制服に着替え、一階ダイニングへと向かっていく。
「おはようママ、実帆ちゃん」
「おはよう優利菜ちゃん」
「おはよう優利菜、今朝の朝食、実帆ちゃんも手伝ってくれたわよ」
「そうなんだ」
実帆もすでに制服に着替え終えていた。制服は持って来ていなかったので、一旦家に戻ったらしい。
「わたしは卵焼きを作ったよ。食べてみて」
「美味しそう♪ いただきます」
優利菜は椅子に座ると、最初に卵焼きに箸をつけた。
「けっこう、甘いね。私の好みだよ」
いつもの母の作る塩味とは違い、お砂糖いっぱいだった。
「ありがとう。嬉しいな♪」
実帆は満面の笑みを浮かべる。彼女も優利菜と同様、甘党なのだ。
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