怪しいパティシエールおじさんが私にトレビア～ンな贈り物くれました

Épisode ４ ついにママにバレちゃった？

次の木曜日。朝、七時四五分頃。

「おはよう、ママ」

　優利菜が起きて制服に着替えキッチンへやって来ると、母が不思議そうな表情を浮かべながら戸棚を漁っていた。

「おはよう優利菜、なんか最近、戸棚や冷蔵庫の中身が凄い勢いで減ってるの。おまけに電気代やガス代、水道代も今月はけっこう上がってるのよ。ア○エッティにでも入られたのか妖怪のせいなのかしら？」　

　母は首をかしげる。深夜アニメは嫌う母だが、朝夕に放送している国民的アニメやジ○リアニメ映画は大絶賛しているのだ。

「！！」

　優利菜はギクッと反応した。背中から冷や汗も流れ出す。

「優利菜、何か心当たりない？」

「なっ、ないよ」

「何かペットをこっそり飼ってるんじゃないでしょうね？　ウサギとか」

　母はニヤニヤしながら問いかけて来た。

「あるわけないって！」

　優利菜は迷惑顔で、早口調で即否定した。

「ふふふ、冗談よ」

　母は大きく笑いながらテーブル席へ戻る。

やっぱり私、疑われたかぁ。

　呆れた優利菜は急いで朝食を食べ終えたあと、

「ちょっと忘れ物が……」

　母にこう伝えて階段を駆け上がっていく。

「実帆ちゃん待たせないように、なるべく早くしなさいね」

「うん」

　自室に足を踏み入れ、教材キャラ達がテキストから飛び出してくると、

「あの、私んちの冷蔵庫や戸棚、勝手に漁ったでしょ？」

　困惑顔ですぐさま質問した。

「Ｙｅｓ！　ボク、キッチンのｒｅｆｒｉｇｅｒａｔｏｒからプディングとかジェリーとかフルーツとか盗って食べたよ。ちなみに『食べる』を表す英語ｅａｔは現在形、過去形、過去分詞でｅａｔ，ａｔｅ，ｅａｔｅｎと不規則変化する動詞だからしっかり覚えておこうね」

「ぼくも漁ったよ。優利菜お姉ちゃんのおウチの戸棚って、美味しいお菓子がいっぱい入ってて四次元ポケットみたいだね」

　リオと指偶真はにこにこしながら明るい声で答えた。

「いけなかったのか？　すまんな優利菜君。地図帳や家庭科の教科書にある食材だけでは物足りなくて、ついつい。おれさま達は優利菜君の家族、つまり利川家の一員だから自由に漁っていいものかと」

「わらわもそう思っておりました。他人のおウチから私物を盗るのは立派な窃盗罪ってことは知っていましたけど」

瑠偉と睦月は気まずそうに告げた。

「いつ私の家族になったんよ？」

　優利菜は呆れ返る。

「あの、ユリナフタレン、ムツキアズマ。じつはオレっち、ミホルマリンちから、いくつか私物を盗みました」

　化能蒸は申し訳無さそうに白状した。

「えっ、実帆ちゃんちのも、盗ったの？」

　優利菜は眉をぴくりと動かす。

「うん。オレっち、ミホルマリンちから下着を何枚か拝借したのだ。その……柄が、すごくかわいかったので。オレっち、服は男モノより女モノの方が好きなんだ。シグマントルと共に男の娘って設定になってるからな」

　化能蒸はもじもじしながら照れくさそうに打ち明けた。

「化能蒸さん、それは泥棒さんのすることよ。ごんぎつねの世界ならあとでお詫びをしても猟銃で撃たれてますよ」

　睦月は困惑顔で注意する。

「衣類・日用品は、おれさまがスーパーのチラシから取り出してあげてるだろっ！」

瑠偉は化能蒸の頭をグーでゴチーッンと叩いた。

「あいだぁっ！　だってそれだと種類が少なくて。分からないように最近使ってなさそうな奥の方から取り出したから」

　化能蒸は唇を軟体動物タコのように尖らせ、涙目で不満を呟いた。

「あとでちゃんとこっそり返してあげてね。あと、私んちの光熱費が上がってるのも、あなた達のせいでしょ？」

「はい。わらわ達は優利菜さんの垂乳根がお買い物に行ってる隙に、シャワーを浴びたり炊事をしたりテレビ番組を視聴したりしています。まさに〝鬼の居ぬ間に洗濯〟をしています。あと、昼間は暑いのでクーラーも使わせていただきました」

　睦月は申し訳無さそうに正直に伝える。

「そういうことかぁ。確かに、夏だしお風呂には毎日入らないといけないよね」

　優利菜は教材キャラ達の行動に同情心を抱いてしまった。

　その頃、実帆のおウチでは、

「あれ？　パンツが入ってるところ、ちょっと引き出しやすくなったような……気のせいかな？」

　パジャマから制服へ着替え中の実帆が、ちょっぴり不思議に感じていたのであった。

　　　　　　　　　　☆

「優利菜、ママに何か隠し事してるでしょう？」

　その日の夕方、優利菜が帰宅して玄関へ入った瞬間、いきなり母からにこにこ顔で問い詰められた。

まっ、まさか。バレちゃった？　あの子達のこと。

　全身から冷や汗が出て来た優利菜は、

「べっ、べつに、ないけど」

　やや声を震わせながら答える。

「嘘おっしゃい！」

　仁王立ちしていた母は眉をへの字に曲げた。

「嘘なんかついてないって」

　優利菜は間髪を容れず反論する。

「まったく、優利菜ったら。ママは知っとるんよ。明日、〝授業参観〟があるんでしょ？」

「……あっ、そういうこと。たっ、確かにあるよ。なっ、なんで知ってるの？」

　予想外のことを指摘され、優利菜は焦りつつもホッと一安心した。

「実帆ちゃんがさっきメールで知らせてくれたの。優利菜、黙ってるなんてどういうつもりなの？」

　母はさらに険しい表情を浮かべる。

「だって、言ったら、ママ絶対見に来るし」

　優利菜は困惑顔で答えた。

「まあ優利菜ったら、そんなにママに見に来られるのが嫌なのかしら？」

「ママ、さすがに高校で授業参観に来る親なんてほとんどいないよ。恥ずかしいからやめて」

「ダーメ、見に行きます。よそはよそ、うちはうち」

　母はきりっとした表情で、子どもをたしなめる母親の定番文句を告げる。

「そんなぁ。よりによって一番苦手な英語なのにぃ」

　がっくり肩を落とし落胆する優利菜をよそに、

「そもそもあんたの高校のホームページに載っとる年間行事予定見て今月にあることは前々から知ってたけどね。さてと、明日はどの服を着ていこうかしら♪」

　母は行く気満々なのであった。

　　　　　　　※

翌日金曜日、二時限目現代社会終了後の休み時間。

「ああ、嫌だなあ。ママものすごーく張り切ってたし」

　優利菜は英語の教科書とワーク、ノートを机に上に出したあと、学恵と千陽に向かってため息まじりに愚痴を呟いた。

「ワタシんちのママは、お仕事が忙しいから来られないの」

　学恵はしょんぼりとした様子で残念そうに伝える。

「見に来て欲しいんだ……」

　優利菜はすかさず突っ込んだ。学恵はこくりと頷く。

「うちの母さんは見に来ぉへんよ。っいうか授業参観のプリントすら渡してへんからあること自体知らへんよ」

　千陽は余裕の表情であった。

「いいなあ」

　優利菜は当然のごとく羨む。

「千陽ちゃん、ダメだよ、そんないい加減なことしちゃっ！　保護者向けの配布物は全部渡さなきゃ」

「ひゃうううううううっ！」

　突如背後から、やや険しい表情を浮かべた実帆に両肩をぐーっと押さえ付けられ、千陽はびくーっと反応した。

「千陽、そんなに驚かなくても」

　優利菜は楽しそうに笑う。けれども彼女の心の中は不安でいっぱいだった。

ともあれまもなく始まった三時限目、英語。開始から五分ほどが過ぎた頃、

やっぱり、来ちゃってるよ。ママ、なんて格好してるのよ。

　優利菜は後ろをチラッと振り返ってみた。

　宣言通り、優利菜の母は見に来ていた。しかも実帆のママといっしょに。優利菜の母は無駄に厚化粧して、梅雨らしく青紫系アジサイ柄の夏用ワンピースを身に着けていた。さらに白のサンダルという組み合わせ。

　実帆の母はココア色の夏用カーディガンにグレーのスカート、黒色のハイヒールという無難な格好をしていた。このクラスで他に見て来ている父兄の方々は十数名いた。

「ほな先生が今から黒板に書く日本語文をノートに書き写して、各自英訳してやー」

赤阪先生はこう指示すると白チョークを手に取り、『急に空が灰色の厚い雲に覆われ暗くなってきた。じきに雨が降るかもしれない。傘を持ってくればよかった。もし家に帰り着く前に雨が降ったら雨宿りしよう。』と板書した。

　それから約五分後、　

「みんな出来たかーっ？　当てるぞ。トゥデイイズジューントウェンティワンの三時限目だから、№トウェンティフォーのミズ利川」

「はっ、はいぃぃっ！」　

なんで二十四番？　普通二十一番でしょ？

　いきなり当てられてしまった優利菜は勢いよく椅子を引いてガバッと立ち上がり、黒板前へと向かった。白チョークを右手に取ると、

Ｓｕｄｄｅｎｌｙ，ｔｈｅ　ｓｋｙ　ｉｓ　ｃｏｖｅｒｅｄ　ｗｉｔｈ　ｇｒａｙ　ｔｈｉｃｋ　ｃｌｏｕｄｓ，　ａｎｄ　ｇｅｔｔｉｎｇ　ｄａｒｋｅｒ．　Ｉｔ　ｍａｙ　ｒａｉｎ　ｓｏｏｎ．Ｉ　ｓｈｏｕｌｄ　ｈａｖｅ　ｂｒｏｕｇｈｔ　ｍｙ　ｕｍｂｒｅｌｌａ．Ｉ’ｍ　ｇｏｉｎｇ　ｔｏ　ｔａｋｅ　ｓｈｅｌｔｅｒ　ｆｒｏｍ　ｔｈｅ　ｒａｉｎ　ｉｆ　ｉｔ　ｒａｉｎｓ　ｂｅｆｏｒｅ　Ｉ　ｇｅｔ　ｈｏｍｅ．

と、やや緊張気味に板書した。

「Ｙｏｕ　ａｒｅ　ｃｏｒｒｅｃｔ！　よく出来たな。スペルのミスもなしだ」　

　すると赤阪先生が笑顔で褒めてくれた。

あっ、当たってたのか。

　優利菜は上手く答えられた自分自身に驚いていた。

あらっ、正解したの！？　優利菜らしくないわね。

　母もけっこう驚く。

やったね、優利菜ちゃん。でもわたし正直、優利菜ちゃんが正解出来るとは思わなかったよ。

　優利菜の隣の席の実帆も、ちょっぴり驚いていた。

　　　　　　　　　　＊

「Ｃｏｎｇｒａｔｕｌａｔｉｏｎｓ！　ユリナちゃん、日々の学習の成果が現れ始めてるね」

　リオは優利菜の自室から、モニター越しにとても嬉しそうに眺めていた。

「オレっちもユリナフタレン達の通ってる学校の授業、いっしょに参加したいぜ。今から忍び込んで来ようかなぁ。見つからねえように気体の窒素にでも変身して」

　そんな計画を企てた化能蒸に、

「化能蒸さん、わらわ達は〝家庭学習用教材〟ですよ。基本的にお外へは出ず、受講生の自室に引き篭っているのが役目ですからね」

　睦月はにこっと微笑みかける。

「……分かりましたのだムツキアズマ。今後は緊急の場合を除き、ユリナフタレンんち宅内部から外へは出ません」

　すると化能蒸は本能的に引き留まったのだった。