第6話 学校の一日
朝起きて、目玉焼きを焼いている匂いのなか、顔を洗う。
キッチンではノスタルジアが朝からワイシャツのそでをめくってエプロンをして目玉焼きを焼いている。
お弁当もキレイに作ってある。
パパたちは世界を変えようとしたこともあるんだよ。
昔そんなことを絵本を読みながら言ってたなとクレアは思う。
でもそんなことを覚えていることを、クレアは言わない。
何か二人はきっと隠していて、それはきっといつか教えてもらうことになるんだと思う。
でも愛されていさえすればいい。
クレアはそれで幸せだった。
くしで髪をとかし、白いワンピースを着て、鞄に教科書を詰める。
横掛けのその鞄には学校の校章がついている。
今日は学校の日だった。
ネットワークでつながっているコンピューターを使っての授業も多いが、単位制であるし、全学科を通信で学ぶという方法もあったがクレアは学校も行った。
二人の父親は彼女に人間関係を教えるために学校には積極的に行かせたのだ。
三十人ほどの教室には、クレア以外の人間と、ほかの惑星人や、人間に似てるけど少し違う友達がいた。
クレアは、クリーチャーたちと会話する能力を持っていたが、それについては使わないで済めばいいなら使わないように言われた。
だからクレアは――最近はドラゴンと話に行く以外、心に秘めたまま普通に言語を使って会話していた。
クラスメートに、人間にとっついて共生している子がいることに気付くまで。
「クレアは学校に行ったのか」
ストライクが、そう言いつつ、ノスタルジアを見た。
「あの子は優しいけどしっかりしてるからな、学校もうまくいってるようだし」
「そうだな」
「賢い子は、大人につぶされることもある」
「ああ」
「それはあってはならない」
「そうだな」
「クレアもいつかここを離れるんだろうしな」
「そうだな、今は家の仕事をさせているが」
「外のアルバイトも探しているんだろう」
「ああ、小遣いも渡しているが」
「半分は貯金だもんな、本当にしっかりしてるよ、僕らはほら、仕事さえできてれば、金は出ていく一方じゃないか」
「ああ」
「あの子は違うみたいだな」
「ノスタルジアでも節約は苦手か」
「家計簿も使えない」
「そうだったのか」
「ああ、でもディープが、家計簿をつけるといいと言われて、時計と連動したものを使おうと思ってはいる」
「そうか」
惑星は、ハイテクとローテクが混在している。
来たばかりのころから開拓して農地を広げた層の人々は、いまだに現金での商売をしているし、駐車場などの設備はすべてパーソナル番号でつかわれているが。
場所によっては、駐車場の車が止まるところに待っていて、車を磨くのを商売にしている子供もいる。
「今日は仕事を早めに片付けて、一緒に買い出しに行こう」
「わかった」
二人は仕事に向かう。
言ったほうがいいのかしら。
クレアは最初そう思った。
ノスタルジアやストライクに言えば、すぐに解決はするだろうと思ったが。
時々寝ていたなと思うと起き上がり、そうすると少し顔つきも変わるのだが、クレアにはそのとき、その子の脳が半分ずつ使われているのに気付いたのだ。
クレアは識別する能力が異常に高い。
授業の合間に、ティキとよく話す。
普通の人間なら、できないようなことを脳が行っているのも見えた。
クレアは、もう一人に能力を使って語りかけたが。
返事はあまり来なかった。もうじき出てくから大丈夫。と一回だけつながったが、あとはつながらない。
彼の脳に守らているのだ。
クレアはそれ以上の深追いはしなかった。
芽が出る時期が近い感じはあり、それが授業中でないことを願った。
彼らは、人にとりついて学習し、しばらくすると抜けていく。
それを芽が出ると表現するのだ。
クレアはもともと集中力は低かったが、それも、ノスタルジアの教育でだいぶ集中できるようになっていた。
注意力が散漫なのだ。
授業中はそれでも集中する。
授業が終わると全体のおさらいを五分程度行い、次の授業を受ける。
授業を受けにいく教室が決まっている場合と、この学校のように、授業する教室に先生が来る場合の授業がある。
基本授業。という単位があって、それは学校で受けるのが原則である。
ただまあ、家で単位をとる子も少なくない。
テストだけは受けに来るが、そのほかの時間は家で別のことをしながら単位をとる子も多い。
十代で職業を判定し、就職する子も多く、仕事をマスターするための専門学校もある。
大学と同じ扱いを受け、給料もきちんとしている。
そういったきちんとしたレールを走るために、システムがいくつかあり、そこからこぼれると、エンゲージシステムが必要となる。
そういったこと、社会的なことは、授業では習わなかった。
クレアは、そういうことは時々受けるようになった大学の出張単位で知るようになる。
大学の単位を中学、高校生からとることのできるシステムである。
クレアは、ほかはまずまず平均だが、文章を作るというところでつまずいた。
ストライクに聞いてはみても、書くしかない、クレア。と返ってきて。
むしろ頑張ろうと思うようになった。
そのため、文学の単位をとっているのだ。
「クレア」
授業が終わって、ルーンが話しかけてくる。
占い師の娘で、ちょっと変わっている。人間だが。
「なに」
「んん、ちょっとこっち来て」
「ん」
クレアはカーテンの近くへと行く。
「あのさ、ティキくんの彼女ってクレア?」
聞かれて、クレアはびっくりする。
好きな男の子はいたが、隣のクラスだ。
「え! なんで、まさか」
「えーだって、話しかけてるしそうじゃないかって」
「うーん、気にはなるから話しかけてるけど、恋愛で気になってるのじゃないの」
クレアが言う。
「気になる?」
「うん、ほら、よくさ、寝癖ついてるでしょ、だから」
クレアは慌てた。
ほんとによく寝癖がついているので、よく櫛を貸す。
髪は毎日洗ってるらしいのだが、乾かすときによく乾いてないらしい。
それで、クレアは、もらいものの櫛を一本、家でもらってきて――前に旅行したときにホテルのアメニティでもらったのだ。
それを彼に渡し、毎日といている。
最近だいぶ落ち着いてきた。
「それだけ?」
「うん、それだけ!」
「じゃさ、好きな男の子いるの?」
「こ、答えなきゃだめ」
「いるの!!」
「なんで、ええと!!」
「大丈夫!わたしこう見えて占い師だもん、お母さんから、占い師は情報を漏らすなって」
カーテンのうしろでひそひそ話。
好きな男の子の話は、どんな年代の女子もたいがい好きだ。
「言わない?」
「言わない、でもいることはいるよ」
クレアが答える。
「ふーん」
「でも、たぶん告白もしないと思う」
「そうなのー! もったいない。好きなんでしょ」
「でーもーうーんと」
なんか。違うのだ。
彼氏にしたいとかそういう気持ちはない。
ただ、純粋に好きであるという気持ちを持っているのがいいのだった。
「告白して付き合うってほどじゃない」
クレアはそう言った。
「そうなんだ、クールね」
「うん、もうちょっと、違う人を好きになったら違うのかな」
「うーん、わかんないけど、まだ悩むほど私たち生きてないじゃない」
「そうだね」
話はそこで終わった。
この惑星では、海洋に住む知的生命体がいる。
それらは、時々人間に化けたり、人間に入り込んだりして生きている。
ほかにもくっついて共生する生き物は少なくないのだ。
危害を加えてくるものなのかどうかも見極めなければならない。
クレアはそう思う。
櫛を使うときに、どっちの彼も、喜ぶ。
なんで喜ぶくらいなら、自分でやらないの?
聞いてみた。
「夜、髪をあらうとすぐに眠くなる」
眠くなる理由も、クレアは察していた。
脳を半分ずつ使っているので、普通の人よりずっと疲れるのだ。
クレアの親は管轄がドラゴンだが、ほかの生き物の係もある。会社組織は大きく、ストライクが所長と呼ばれてこの惑星のトップである。
各惑星にも同じような組織があって、惑星全体のバランスをとっているのだそうだ。クレアも最近知ったばかりだが。
「そう」
答えながら、考え込む。
「うーん」
「なんだよ」
「髪、洗うの朝にしたら」
「朝」
「洗ったあとタオルで拭いて、あと乾くまで放っておくとか」
「うーん、朝も寝坊なんだよな」
ティキの家は裕福ではない。
単位はネットでとる場合のほうが安いが、学校に行くとごはんを出してもらえるので、弁当の人は弁当だが、安いお金で簡易弁当もある。
彼の家の諸事情で彼は農家の家に一家で住み、農業の仕事をしている。
農家として独立するまで、支えるのだと言っていた。
だから。なにかあったら親に連絡して引きはがしてもらうこともありえた。
「ティキ君、ちょっと話しがあるんだ。今日一緒に帰ろう」
「いいよ」
彼の目が片目だけつぶった。
うまく脳が作用していないようだ。
疲れてるんだなと思う。
帰り道が歩きなのを知っていて、クレアは一緒に歩く。
「ねえ、あのさ」
「ん」
「なんで二人で共生してること言わないの」
クレアはそう言った。
「なんでって」
「言ったほうがいいよ、すごく疲れてるの、そのせいでしょ」
「……ばれてた」
「うん」
「いや、二人分の授業料払えっていわれないかと思って黙ってた」
ティキはそういうと頭をかいた。
両方の人格が、そっくりだ。
「親は知ってるの」
「知らない」
「ほんとに?」
「……たぶん」
腕組みをして考えている。
「親って、けっこう見てるから、気になってるかも」
「そうかなあ」
ティキは考えるように腕をくんだ。
始まりは海だったという。
家族で海へ行った。
海洋人がこないように取り決めされたビーチだった。
そこで、泳いでいてなにかが口から入ってきたのだとティキは言った。
そのあと、お前を少し貸せと言われて、出て行けとも言ったのだが。
勉強を半分ずつにしようと言われて、じゃあと言って共生してもう五年だという。
「本体は?」
「よくわかるね、本体が別にいるって」
「うんまあ、ちょっと事情があって……」
「海らしいよ」
「芽が出るまでちょっとだよね」
彼らは学習し、本体から芽を出して放出される。
「ん……」
ティキが立ち止まった。
左の耳から、緑色の何かが出てきた。
ぐじょ、という音を立てて、外に出てくる。
またたくまに水たまりになる。
「なんか、すっきりした」
「海へ行きたい?」
声が聞こえたので、クレアがそう答える。
「聞こえるの」
「私能力者なの、黙っててもらえる?」
「うん」
「ちょっと待ってて、ダッドに連絡してバケツもってきてもらう」
「ん」
「私のパパ、LISなの」
「あ、そういうこと」
「そう」
「で」
「ん」
「明日から髪をとかしてもらえないのかな」
「……え」
ふっと笑った彼の顔に、クレアがふいに顔を真っ赤にする。
「ん、と。やってほしいんならやってあげるわ」
「うん、やってほしい」
ティキが答える。
クレアの連絡で、ダッドが回収用のバケツを持ってきて、ティキは、家に連絡して少し遅くなると言って。
車で海岸線まで一時間ほど走る。
「さよなら」
ティキが言うと、緑のかたまりがぶるぶる震える。
「さみしいって」
「ん、僕もさみしいよ」
緑のかたまりは砂浜をころがっていき、海の中に泳いでいくと、本体らしき大きなクラゲのようなものが、海岸線までやってきて、その小さな個体を飲み込んだ。
「行くかな、クレア、事情を話してもらおうか」
「うん」
ティキとクレアを車に乗せて、ノスタルジアが車を発進させたのだった。
「と、いうことがあったようだよ」
と。
コーヒーを飲みながら、ノスタルジアはストライクに言った。
ごはんを食べ終わり、クレアは勉強があると部屋に戻った。
「櫛を一本もらっていくあたりから怪しかったんだが」
「ん」
「脈ありなんじゃないかな、あの二人」
「そうなのか」
ストライクが、推敲している原稿から目を上げた。
「うん」
「そうか」
「でもなあ、クレアはもっとなんだか、大変な子と付き合う気がするんだ」
「ん」
「堅い職業の人と結婚してほしいもんだが、あの子はずっと変化し、動き続ける人生を選ぶような気がする」
「ノスタルジア」
「考えすぎだろうか」
「私もそうは思うが、クレアは自分を傷つける者とは一緒にならないと思うのだ」
「ん」
「そういう子だと思うのだ、ノスタルジア」
「うん」
「だから、大丈夫なのではないか」
「そうだな」
二人のパパは、クレアのことになると、本気で討論になる。
「幸せになればいいんだ、彼女が」
たいがいはそういう結論になるのだった。
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