第5話 二人のパパの大人の事情
ディープとファイアーの仕事にクレアを向かわせ、ストライクとノスタルジアは、表向きの話しあいに向かっていた。
D団体――。LISと敵対する者たち――。話し合いは行っていた。折り合いはつかなかったが。
それでも歩み寄りを、とストライクが言った。
ノスタルジアとストライクは、クレアをディープとファイアーに預け、二人でここまで来た。
中央都市にアジトのひとつがある団体は、調べると、社会的な団体の後ろで政府寄りのコマを動かしているのだ。
ストライクとディープはそれを調べている。
「ここでいいんだろうな」
雑居ビルのひとつに二人は立ち止まった。
パーキングから一キロは歩かされたところにある。
ドアをあけると、長い廊下が見える。
「地図通りだけど、まあ」
ノスタルジアがため息をつく。
「行くか」
「ああ」
二人は歩き出す。
「帰りに立体動物園に回ろう」
ノスタルジアがそう提案する。
「ああ、そうしよう」
楽しみだ。と答えながら、ストライクはぎゅっとこぶしを握る。
「どうした」
「いや、気配がする」
「ああ、そうだな、殺気ではないから僕にはわかりずらいが」
「ああ」
「つけてくるのは三人だな、本部直通路だろう」
「そうだ」
「途中でどっかにつなげられてるんだろうけどさ」
ワープ航路の発見と解析により、作られたものの一つが、離れた廊下を繋げるという技術である。
これは、多少のことでは壊れないようで、割とよく使われている。
「しかし、バレンタインの日というのは」
「ん」
「いいものだな」
「ああ」
クレアは、二人のどちらにも似ていない。
「ねえ、パパ、ダッド、もし」
「なんだい」
「なんだね」
「私がさ、彼氏作っても。二人は私の最高の恋人でいてね」
バレンタインという風習がこの惑星にはあって、地球からの移民で一番多かったのが日本人という惑星であることもあって、バレンタインはチョコレートをもらう日である。
「はい、チョコレート」
昨日モリと買ったの。と歌うように言う。
「ありがとう」
「ありがとう」
二人の声が重なった。
今朝の話だ。
通路の突き当りにある扉をノックした。
部屋に入ると、男が一人椅子に座っていた。
面接会場のように、男の対面に椅子が二つある。
ほかになにもなかった。
ついてきた三つの気配は消えていた。
「話し合いたいことなどこちらにはないんだけどね」
男の顔は、マスクをかぶっていてわからなかった。
「貴重な時間を割いてくれてありがとうございます」
ノスタルジアが言う。
「ありがたいなんてこれっぽっちも思ってないだろ」
男が手を上げた。
ドアがひらく。
三人の男が入ってくる。
「君たちは」
「知ってるのかストライク」
「ああ、ボランティアのほうで手伝ってくれている人たちだ」
「悪気はなかったんですよおー。ストライクさんが歩いてたから、なんだろって、この辺の路地は危険だから、なにかあったら助けようと」
「ストライクさん、俺たちのことも覚えてるんですか」
「私はボランティアの全員の名前を憶えている」
ストライクはあっさりそう言うと、当然だ、と言う。
「君ってほんと義理堅いよね」
ノスタルジアが言い。
次の瞬間三人が消える。空気にとけるようにすっといなくなる。
「彼らをどうした」
ストライクが言うと。
「話し合いに来たんじゃなかったのかね」
男がマスクごしに咳をひとつし、言った。
「どうせ平行線だろうが、一応言いたいことを言わせてもらおう」
男が手を広げる。
「僕の邪魔をするようなら、消す」
と。
「束の間の平和を保ってるのが誰のおかげなのかわかってるのか」
ノスタルジアが言う。
「たくさんの死者の上にね、かろうじて立ってる」
男が言う。
「君たちは戦争に出ていた世代」
僕はそのあと生まれた世代。
「ま、でも。いまのところ全面戦争とかにならないようにしてるから」
と答えて、男は立ちあがると、部屋の奥の扉に消える。
同時、二人がめまいを感じた瞬間に路地に戻る。
ドアはなくなっていた。
「彼らも動いてるってことか」
三人が縛られて路地に放置されていた。
ノスタルジアがその縄をナイフで切る。
三人がすみません。と言うと。
「いいんだ、今日見たことは口外しないでくれたまえ」
ストライクが言い、三人がぺこぺこしつつ走って行った。
「なあ、ストライク」
「なんだ」
「手短に言いたいことがある」
「ああ」
「あの男はなにをどこまで知ってるんだと思う」
「……、あるいはすべてかもしれんな」
二人はため息をついた。
そこから一キロ歩いて車に戻る。
ノスタルジアから香水の香りがするのを、ストライクが気づく。
「香水変えたのかね」
「ああ、硝煙のにおいと反応すると薔薇の香になるように調合したやつだ」
硝煙のにおいを消すために香水を使った――いつも戦っていた。
ストライクとバディを組んだのは、大統領、通称女王様の身辺警護の時だった。この惑星には先住していた生き物たちがいる。彼らを彼女は意のままにした。
「人間の敵のほうがよっぽど怖いな」
二人はそう言いながら逃げていた。
「ノスタルジア」
「なんだ」
「君はナイトメアを知っているか」
「……、どこからそれを」
「やはり、そうか」
「はー、ああ、君になら話そう。僕はナイトメア計画の一員で、十代でワープ航路の破壊工作に手を貸した」
命令で爆薬をしかけた。
航路ではたくさんの人間が働いていて、稼働中の船は三十機の行方が分かっていない。
手を貸したことをいまだに後悔している。
「私の知り合いが、あのとき行方不明になった。だが、それを君に言っても仕方のないことだ」
「今思えば洗脳されていたんだ、最初は普通に仕事で建物のあちこちの配管の仕事をして、次はそこに器械をつけろって言われた。それがあとで爆弾だとわかって、でもまあ、とかげの尻尾きりだ」
「ああ、それで君が独房に入っているのを知ったとき、私は君をたすけようと思った」
「ああ」
「約束は守る」
「ああ」
「私の片腕になってくれると約束しただろう」
「そうだったな、相棒」
「そう言われると少し恥ずかしい」
動物園へと向かう。
発券機で券を買い、二人で入った。
檻に似せた映像が立体で置かれている。
かつて地球にいた動物たちを、解析し、データにしてからそれぞれをランダムに動かしている、という話だ。
それでもそこにすぐにいるように見える。
「ノスタルジア」
「なんだい」
「このすべての動物を地球は殺してしまったのだな」
「ああ」
遠い母なる惑星。青く孤高を保っていたたったひとつのその地球の生き物をエゴで壊したのは人間だ。
歴史を調べれば調べるほど、人は愚かしい。
だが、愛する者と暮らすとき、その愚かしいものが愛おしくなる瞬間がある。
すべてを許す気持ちになるそういう時が。
「これが虎か」
「ああ」
「向こうに熊」
「見れば見るほど君っぽい」
「そうかね」
「うん」
大きな茶色い熊の前でストライクとノスタルジアが立ち止まる。
平日であることもあって、静かだった。
ストライクは檻すれすれに立ってじっと見ている。
ノスタルジアが笑いだした。
「そんなに気に入ったのか」
「そ、そういうわけではないが」
「雌だって、この熊」
「う、うむ」
ストライクが檻から離れる。
次の檻はペンギンだった。
ガラスに張り付いて、じっと見る。
さる、ゾウ、オランウータンと来て、次に白クマとペンギンの展示に移る。
ペンギンを前に、ストライクは大きく目をあけてじっと見つめる。
しばらくして小さく言った。
「かわいい」
「君はかわいいもの好きだもんな」
クレアはさっぱりしていて、部屋にもかわいいものは置いていない。
ストライクの引出の中に、かわいいウサギのぬいぐるみが入っていることをノスタルジアは知っている。
仕事でペンが足らなくて事務室の引出をあけたときに入っていた。
「……悪いかね」
「……、いや、かわいいと思うよ」
ノスタルジアは、そう言いながら、ペンギンを見つめる。
どのようなところに住んでいて、どのように絶滅したのかが横のプレートに書かれている。
ストライクは、心を痛めたようで、じっと胸に右手を当て、ぐっとこぶしをにぎる。
「このようなことは二度とあってはならない」
ノスタルジアは、ああ、と答えながら、ストライクとそこを出た。
次は鳥の展示と、カンガルーという、オーストラリアにいたという動物も見て。
アイスクリームのショップがあって食べた。
その先に、植物園もあるという。
そこまで行こうかと話していた。
そのときだった。
「おかあさーん」
子供が言って、騒いでいる。見れば、七歳くらいの少年で、親は近くにいないようだった。
「迷子かな」
ノスタルジアが言いながらアイスを食べる。
ドラゴン園などと違って飼育係も必要ないし、臭いもない。
ストライクがだまってアイスを食べ終わる。
ノスタルジアも黙った。
子供はわーんと泣きだした。
「お父さんー」
どうやら、親と一緒に来て、迷子になったあげくのようだ。
「どうしたね」
ストライクが近づく。
「お母さんもお父さんもどっか行っちゃった」
「迷子センターに連れて行こう」
ノスタルジアが言う。
「そうだな」
ストライクが歩けるか、と聞くと、うなずく。
次の瞬間。
「捕まえた」
と少年が低い男の声を出す。
少年の手にはピックが握られていた。
次の瞬間、ストライクはピックをつかんで折った。
「一応強化人間なのでな」
ストライクが控えめに言う。
「こんな偽物しかないところでデートするとは思わなかったから楽勝だと思ったんだがな」
少年が座り込む。
「殺していい」
「殺すつもりはない、君の背負うものに君はいつか殺される」
ストライクが言った。
「偽善者だろ、二人とも」
笑って、少年が立ちあがり、次の瞬間掻き消えた。
「能力者か」
「たぶんな」
二人はため息をついた。
帰り道、ストライクが言った。
「これでよかったのかね」
と。
「なにがだい」
「時々考える。君には君に必要な女性を見つけて、結婚してこどもを作る権利もある」
「まあ確かにね、仕事で今年も彼女はいないし、クレアがいるから、こんな大きな子がいる旦那だと思われるし。でも、それは後悔していない」
「私も、君と子育てすることになるとは思わなかったが、楽しい日々だった」
「なんか俺たち、別れぎわの夫婦のような会話してないか」
「そんなことはない、これからも一緒にやっていこう」
「ああ。今日は疲れたから風呂に一緒に入ろう」
「いいな、入ろう」
事務所に編集が来たのはその日の夕方だった。
「本ができたので来たんですが」
事務所にはクレアしかいなくて――今日は日曜日で基本は休みだ。
「コーヒー入れるので座っててください」
「あ、はい」
クレアがコーヒーメーカーを蹴飛ばして仕事をさせる。
最近調子が悪いのだ。
「近影の絵を見て、ナイトメアブルーの仕事展を思いつきまして、僕は編集の仕事ですけど、けっこううちの会社に残ってるイラストなどもありましてね」
「ふーん」
ダッドってすごいんだ。クレアが言う。
「で、お二人は」
「お風呂だと思う。あの二人」
「一緒に?」
「ん? うん」
あはー、あ、そうですか。
「うちのお風呂、温泉だから、広く作ってあるの。私昔泳いだくらいのサイズがあって」
「そうなんですか!」
「そう」
などと会話していると、ノスタルジアが顔を出した。
「あ、お邪魔しております!」
「ストライク―、君にお客だ」
「今日はその、ノスタルジアさんにも仕事を」
「あー、僕?」
「いままでのイラストの仕事の展覧会やりたいんだって」
クレアが口を挟む。
「あ、いいよ、適当にやってくれれば」
「適当ではありませんって、著者近影載せたらあちこちの作家の先生から仕事を頼むと」
「うーん、わかったよ、ストライク、僕も働いてもいいかな」
「そうだな、クレアは」
「私はいいと思う」
「じゃ、イラストの仕事、できる範囲で引き受けるよ」
「わかりました!」
ストライクの本を置いて、ノスタルジアの連絡先と、仕事のやりとりのためのメールアドレスをその場でとって、仕事の段取りをつけた。
「じゃ、よろしく」
「はい、ありがとうございます」
編集は、にこにこして帰って行った。
「私のせいで仕事になってしまってすまん」
「いいんだって、ちょうどいいし」
ドラゴンのほうの仕事も、野性のドラゴンが少なくなってきて、収容所で息をひきとっていくドラゴンも多いため、だんだん捕まえることも減ってくるだろう。
捕獲せずに生かしていられる地域が狭まっているのだ。
人間が増えたためである。
海洋生物との接触も増え、彼らとの対話も進めている。
民間でやっているのは、彼らだけで。
あとは政治家が、それに追随するような形で後手後手に回っている。
「ま」
「ん、なんだね、ノスタルジア」
「君といっしょならなんでもできる気がするよ」
苦笑した。
「それは私もおなじことだ」
クレアが、二人が肩を並べているところを見ると思う。
長い時間が二人の間にはある。
自分がいなかったときから、ずっと持っている絆を。
「私もお風呂入ってくる」
クレアがそう宣言して、部屋を出て行った。
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