第4話 ボランティア

 ストライクは仕事以外にボランティアの主催をしていた。文筆業の傍らという顔をしてだ。

 組織の形は今やっている仕事の組織ににていたが、その仕事は、ストライクにとってライフワークのひとつだった。

 ボランティアではあったが、お金は動く。

 この世界には三つのおおまかな層がある。

 一番下が貧民層。真ん中が就業層、上が政治家、企業幹部、などだ。

 ストライクたちは、就業層といって、仕事をしているが、なにかの団体に所属している者という意味だ。

 貧民層から就業層に移行するためにあるのが、エンゲージシステムである。

 だが、エンゲージシステムは、文字を書いて読むことが最低必要になる。

 貧民層は、就業層の下にあって、教育を受けられない者が多い。

 そのため、文盲が多いのだ。

 ストライクもその文盲の一人だったのだ。

 今の彼の知識量に関して考えると、その出発がそうだったことが、彼に幸いしたのかもしれなかった。

 ちなみにこの階層に海賊は基本的に入らない。

 そもそも海賊は、この惑星のワープ航路が壊されたときに、政治家たちが隠ぺいしたのにもかかわらず、企業のひとつがそのうちのかけらひとつを持ち出した。 

 そのひとかけらを分析した結果、船、宇宙船のことだ――それに、ワープ装置をつけることに成功した。

 もちろん表向きには売ることはできなかったが、それを裏で買い取った企業が出て、そこから海賊になるものが現れた。 

 海賊といっても、多種多様で、惑星への物資を運び、ネット上で闇市を立てるものもいたし、ほかの惑星を開拓する者もいた。

 やがて政府側の宇宙船にもワープはついたが。

 どちらのワープ装置も不完全ではあるが、政府側のほうが精度は高い。だが、エネルギーが必要なうえ、関係のないところにワープすることも多かった。


 そのためたまに、ニュースをにぎわせるのだ。

 惑星の砂漠の中に埋没した形で出現した船、など。

 もちろん公然の秘密だが、ワープ装置を模倣した企業がどこかという噂は、あちこちで聞かれた。

 ニュースソースがどこにあるにしろ、ニュースになればマスコミはとびこんでいく。

 だが。

 本当のところは誰も知らないようだった。

 どの企業がワープ装置を船につけたかも。

 近年政府は、民間機のワープ使用を許可し、法制度を作った。

 正式民間機のワープ装置は、海賊のものと比べて精度が高く、そのかわりきちんとした仕事にしかつかえなかった。

 惑星間の戦争はこのところ起きてはいないが、ワープ装置をつけたことによって、その戦争を起こす火種ができたという見方もできた。

 内戦が勃発して政治が混乱して復興し、二十年がたつ。

 何よりも、平和が一番だと思うストライクである。

 

 そんなニュースを見ながら、ストライクはノスタルジアが作ったサンドウィッチを頬張る。

 チキンの薄く切ったものと、野菜が入っている。

 パックに入った牛乳を飲んで、作業を始める。


 企業への働きかけや金を集めるのはもちろん、ボランティアの組織を作るのもやっていた。

 その事務の仕事は、ノスタルジアがつてで雇った女性と、ストライクでやっていた。

 グリノア、と言うその女性は、緑の髪をまとめた亜人種で、時々ゲル化するのが難点で、それをするとすっぽんぽんで元の姿に戻るのも問題だった。

 服がぬげてしまうのである。

 そしてもどると人間に近い形をしている。

 ゲル化するときは緑のゼリー状だが、人に似せるときは皮膚のいろが肌色になる。

 人間のところで、教育を受けさせてもらえた海洋人である。

 なので、熱いものが苦手だ。

 なのでゲル化は特に熱いものに触ると起こし、コーヒーを渡したらコーヒーを持ったままゲル化して、かろうじてコーヒーは取り落としたりしなかったがややあって戻った。

 素っ裸で。

 とりあえず、服を着なさいとノスタルジアに言われ、というか、ストライクは真っ赤になって動けなかったのだ。

 グリノアはそうします、といいつつコーヒーを置いて服を着た。

「いつも思いますが人間ってめんどうですね」 

 と、言った。

 グリノアは、海洋人、海洋出身の先住の異星人である。人間に似せることで人間の習性をある程度学習する。

 普通は、裸で生活している。

 人間に似ているが、性別はなく、風俗で働く者も少なくない。

 異星人キャバクラなどもあるご時世だ。

 仕事はとてもテキパキできる人で。

 忙しいと手がゲル化して一瞬で指が二十本くらいになるが。

 キーボードを打つのがとても速い。

 そして仕事は好きらしい。

 遅刻は一度もない。

 そしてノスタルジアの人脈が時々わからないと思うストライクだった。

 本来やっているドラゴンの仕事ももちろんきちんと運営していた。

 主任としてやっているのはクリーチャー関連の技術保持の仕事、海に住む集合体生物に対しての対話などもやっていた。

 その仕事のほうは、それ専門のスタッフがいて、組織もきちんとしている。

 それと同じようにボランティアもあちこちに網の目は広がっていた。

 今日のストライクは上機嫌だった。

 記念日でごちそうを作る予定だったからだ。

 ストライクのそのボランティアに関しては、事務所の一部に組み込んだシステムを使っていた。

 それを開ける。

 ストライクは自分のお金の半分を、ドラゴンのことで使い、一割をボランティアで使った。 

 もちろん最初の段階だけの話だ。

 なので、お金がない状態になったが。

 軌道に乗ってくると、金が集まるようになった。

 ボランティアは政府から子供たちの支援ということでかなりの額が支給されることになり。

 組織は年々広がっている。

 ボランティアは少しずつ実を結んでいた。

 子供たちすべてに教育を。

 文盲の子供をなくすこと。

 ストライクの純粋な熱意が、それを可能とすると。ノスタルジアは応援していた。

 もちろん最初は仕事をしすぎると喧嘩になったが。

 それで、ストライクが仕事を減らすことはなかった。

 ノスタルジアはそのたびに、任せられる人員を探し、ストライクの仕事の中で彼がどうしてもやらねばならない仕事以外は任せていく。

 そして分担しての仕事が少しずつ広がるうちに法人としての形ができていき、今年はその法人化でノスタルジアもストライクも動いた。

 ノスタルジアの仕事量もだから相当なのであるが。

 本人はストライクほど働いていないと思っている節がある。

 とにかく企業とか組織とかにして、ストライクがすべてをやらなくても済むようにはしていた。

 ノスタルジアは、そういった企業や組織のメンテナンスに関しては天才的だった。

 ほかにコンピューターとも仲がいい。

 どうやら昔、中央都市をすべて制御するマザーコンピューターに逢ったことがあるといったようなことを秘密だぞと言ってストライクに言っていた。

 ノスタルジアは、そういったことで嘘をつく人間ではない。

 ストライクはきっとそういうこともあるだろうとだけ思っていた。

 事務室で、メールの内容を考えながらストライクはその横にある写真に目を落とす。

 クレアとノスタルジアとストライクの一緒に写っている写真だ。

 家族の写真を、彼はとても大事にした。

 これからもいろんなことがあるだろう。

 乗り越えるためには、一緒にいる者に愛情をそそぐものも必要なのだった。

 ストライクはかつて、文字が読めなかった。

 人と出会い、文字を知り、貪欲な知識欲をつけ、図書館に通いつめながら体を鍛え、軍隊に入るつもりだった。

 図書館にいたときに、ノスタルジアと知り合った。

 一緒に兵士志願書出してただろ、と彼は言った。

 君と仲良くしたいんだ、僕も同じ本が好きで、地球の本ばかり読んでるだろ。

 と、彼ははにかんだ。

 ノスタルジアは、その直後、仕事で爆弾をしかけたとされ、刑務所に入るが、ストライクはそれを助けた。

 ストライクはその能力を買われ、ある財閥――軍に関係していた。に養子として家屋敷を与えられていた。

 そのつてだった。

 そのかわりに、ストライクは兵士として仕事をし、結果を出すことを命じられたが。

 後悔はない。

 彼らは軍ではなく、秘密裡に動く暗殺警備部隊に配属された。

 それは、ストライクの表に出ない経歴のひとつだ。

 紆余曲折あって部隊から自由になったノスタルジアはストライクと一緒にいたいと言った。

 ストライクも、一緒にいて楽しく、それでいて本気で叱ってくれるノスタルジアが気に入ったのだった。

 ストライクの家にノスタルジアが間借りするようになり。

 やがて一緒に会社を立ち上げることになるが。

 ノスタルジアは、暗い独房で考えたという。 

 生きていたいかどうか、ということを。

 ストライクともう一度会って話がしたい。

 その望みをほかならぬストライクがかなえた。

 君といたら死なないで済む気がする。

 と、彼は言った。

 彼が仕事をしすぎて倒れそうになったときもあったが。

 ストライクもまた、彼を助けることを、自分の正義としていた。


 ストライクにお金ができるようになって、自分の生活に使うよりもボランティアに使うことを思い立ったときノスタルジアは全面的な協力を申し出た。

 文盲の子供を保護するための基金を作ること。そこから始めた。

 金のない貧民層の、人でない者は、金を稼ぐために子供を使って金をせびらせ、その金で暮らしている。

 当然子供に教育なんてさせていない。

 その子供たちがいなければ食べていけないからだ。

 子供たちは大きくなると窃盗で生きるようになる。

 あるいは、そのまた子供を金を得るために使う。

 負の連鎖をどう断ち切るのかは、政府でも答えが出ていない。

 エンゲージシステムというシステムができてから、それでも亜人種と認められた者に関しては自力でなんとか仕事をする者も増えた。

 孤児院もある。

 孤児になった子供たちへの教育と、路上生活者に、文字を教え、エンゲージシステムによる、まっとうな仕事への誘導のシステムを考え、実地すること三年目。

 少しずつ仕事をする者も増えた。


 仕事がすべてだとは思わないが、ストライクは言葉を獲得したのが十代前半だった。

 それから、本をどうしても書く人間になりたかったが。

 書くよりも日々の生活で必要なお金を稼ぐために財閥に身を売り、兵士になったのだ。

 何事も一直線に頑張ってしまう為、兵士になるときはなるときで、人一倍体を鍛えた。

 同じころ、血を吐くような努力でノスタルジアも銃を会得していた。

 

 その二人が図書館で出会ったのだった。


 それから血なまぐさいことがいくつかあり、ノスタルジアとストライクは、つかのまの平和を手に入れた。

 二人でなければできないことがある。

 と。

 クレアを育てた。

 子供はみんなかわいくなった。

 ストライクの言葉だ。

 その前はどうだったんだ。

 ノスタルジアが聞いた。

「怖かった」

「怖い?」

「ああ、壊してしまいそうに小さいからだ。そして、私は子供のころ、路上で生活していて、まっとうに通学できる子供たちに石をぶつけられた」

「ストライク」

「そのあと、教会の施設に入って文字を学んだ。結果的に図書館というものがあることを知って、本が好きになりあの図書館にいた」

「ああ」

「ノスタルジア」

「なんだい」

「君はどうだったのだ、文盲だったと聞いてわたしを侮辱するかね」

「侮辱なんてするかよ、君が君でいるのは、文字を会得したからだろ」

「ああ」

「君のことだ、すごく努力したんだろ、今も新聞を隅々まで見るけど」

「そうだな」

「君はきっと、文学に愛されていると思うよ、児童文学だけじゃなくて、ほかの作品も作る気は?」

「あの女王計画のこともいつか書くつもりだ」

「……、フィクション? ノンフィクション?」

「そうだな、そのまま書くわけにはいかないだろう、それなりに創作するつもりだ」

「そうか」

「私は今も考える」

「うん」

「君が私の片腕になってくれたことへの感謝だ」

「それはさ、僕だって君が僕の片腕なわけだろ」

「ああ」

「だったらあいこじゃないか」

 ふっと笑う。

 そこへ、ドアがあいた。

「パパ、お客さんー」

「あ、こんにちは、編集者のベギーです」

 男がスーツでやってきた。

「わざわざこっちまで取りに?」

 ノスタルジアがびっくりしたように言い、コーヒーでも。クレア、コーヒー作ってきて。とつづける。

「はーい」

「いや、ストライクさんがいくら言っても著者近影を載せてたがらないものですから」

「それくらい載せてもどうってことないだろ、なんだったら僕が描いてあげよう」

「ノスタルジア」

「イラストとか描かれる方ですか」

 ベギーが言った。

「あんまり仕事してないけどね、一応その仕事もしてた時期がある」

「ナイトメアブルーという名前を知らないかね」

 ストライクが言った。

「あの、繊細な絵の」

「彼がそうなのだ、私の本の装丁を一つしたのを最後に筆を折った」

「ということになってるけど忙しいだけなんだよねえ」

 ノスタルジアが言う。

「そういうことでしたら、ぜひ近影にかざる絵を」

「おー。いいのか」

「ノスタルジア、時間があるのかね」

「時間は作るもの、さ。アナログでしか描かないから、写真サイズで描いて送ってあげるよ」

「はい」

 クレアがコーヒーを持ってくる。

「ありがとうございます」

 コーヒーを飲んでからじゃがいもでも食べてるようなほくほくした顔でベギーが帰っていった。


「ダッド、絵も描けるの」

「うーん。まあね、仕事にしようと思ったことはないけど、結果的に仕事にもなってた時期もあるね」

「ふーん」

 ただ、とノスタルジアは言った。

「クレアの絵は前衛的でよくわからないが」

「私、絵はものすごーく下手なだけよダッド」

「そうなのか」

 ノスタルジアが言う。

「ダッドはちゃんと美術学校とか」

「出てないよ、だから、描くのは我流だし」

 言いながら、はがきサイズの紙を出してきた。

「スキャンの仕方も覚えていないからなあ、このまま送ればいいのかな」

 さらさらと、ストライクの顔を描く。

「わー、パパだ」

「似てるだろ」

「うん」

「では著者近影に、最愛の人から贈られたと書いておこう」

「ストライク」

「なんだね、私は嘘をつけない」

 クレアはその二人を見ながら、ディープとファイアーのことを思い出した。

「ねえ」

「なんだい」

「ディープとファイアーは結婚してないんだって」

「そうなのか」

「そうか」

 二人が答える。

 馬鹿正直に、家族であるなら結婚していると答えるべきかと答えた二人である。

「じゃあ、婚約中なんだろう」

 ノスタルジアが笑う。

「そうよね、結婚にしようってファイアーが言ってた」

 クレアはうなずいている。

 ストライクとノスタルジアは声を落としてささやく。

「あの二人、クレアに聞かれて大変だったろうな」

「ああ」

「なあ、ストライク」

「なんだね」

「クレアはいい子に育ったね」

「そうだな、あの二人に結婚してるのかって聞いたってことは、結婚に興味があるってことだ」

「そうだな、ほんといい人に巡り合うといいな」

「ああ」

 親ばか二人は、クレアに目を細める。

 そんな二人の会話を聞き流してクレアがノスタルジアにせまる。

 私の顔も描いてー! と言われてノスタルジアが描き始める。

「こうかな」

「わー、私こんなにかわいい?」

「かわいいさ」

 ノスタルジアは、ストライクとクレアといるときだけ見せるはにかんだような笑顔になる。

「ありがとー!」

「ストライク」

「なんだね」

「今日はワインをあけよう」

「ん」

「忘れたのか、クレアと家族になった日だ」

「忘れていない」

「だったら」

「ふむ、料理は」

「仕事終わり次台所に来てくれ、とりあえず僕ができる作業は始めてるから」

「ああ」

 料理を二人で作って、クレアとともに食べる。

 毎年やっていた。

「わーい」

 ごっはん!

「明日ちょっと長くかかるけど、三人での肖像画みたいなの描くか」

 ノスタルジアが言った。


 ストライクはボランティアで子供たちに文字を教えるスタッフ全員にメールを送った。

 大変なこともあると思うが、必ず、すべての子供を救おう。

 ストライクの言葉は、それぞれに届く。

 その仕事は、ストライクのもうひとつの彼の側面だったが、彼を動かすものの一つだった。

 信じていればいつかかなうものがあるはずだとストライクは思う。


 そして、今日は、ノスタルジアが作ってきたなかでも、評判のいい料理ばかりが並ぶことになった。

 まずはスペアリブの酢で煮たもの。

 換気扇を回しながら作っていく。

 これはストライクもそこそこ食べたが、クレアの反応が良かった。

 甘辛いものも良く作るので、クレアはその味も好きだ。

 塩だけで食べる、和食の豆腐というのも買ったことがあるが。

 繊細でわずかに甘い香りであった。

 ノスタルジアは、移民の多いところで育ったうえに外食が多かったため

いろんな料理を舌になじませていた。

 料理はその延長で好きになった。

 食べることそのものよりも作るのが好きなのだ。

 なので体の細いのも維持している。

 バランスを考えながら料理もする。

 今日のスープは手の込んだものよりもコンソメのスープ。

 豆腐はよく使うので、豆腐を入れる。

 マーケットの隅で、豆腐を作っているイタリア系の職人がいて、日本人の移民のおばあさんに作り方を習ってから見よう見まねで作るようになったとかで。

 黒い大豆から作る黒っぽい豆腐のほうがよく売れている。

 今日は白い方の豆腐だ。

「じゃがいものガレットってこう作るのね」

 クレアが、ノスタルジアがガレットのじゃがいもをひっくり返すのを見てびっくりしている。

「私、作るところもっと見たい。挑戦もしたい」

「こうだよクレア」

 皿を使ってひっくり返し、両面焼く。

 香ばしい香と、はさんだタルタルソースに見た目も食慾をそそる。

「ストライク、ワインを三本」

 台所に入ってきたストライクに声をかける。

「わかった」

 地下に降りていく。

「クレアは、サラダの盛り付け担当だ。きれいに盛りつけるように」

「はーい、かしこまりました!」

 にこにこしながらクレアが透明なガラス皿にサラダを盛り付けていく。

 ドレッシングはノスタルジアの手作りの作り置き。

「うーん、僕は主婦になれるな」

 などと自画自賛しながら作っていた代物だ。

「ドレッシングはたまねぎとオリーブオイルと塩コショウ、ワインビネガー」

「そんな簡単なレシピなの?」

「簡単というなかれ市販より体にもいい」

「そうだけど」

 豆腐のカルパッチョも食べたことがあったが。

 なんでもどうやってかは知らないが固めにした豆腐を薄く切り、ドレッシングがかかっていた。

 豆腐はどちらかというとチーズに近い味だった。

 タンパク質が豊富で、肉や魚と同じくらい食べる。

「ストライク」

「なんだね」

「魚担当!」

「ああ、わかった」

 ストライクは魚料理が好きで、さばくのも上手い。

 大きな、六十センチはある魚を、さばいていく。

「パパ。寄生生物に気を付けてね」

「なにかいるのかね」

「いないとは思うけど、時々いることあるし」

「ふーん」

 クレアは、生物の気配がわかることもあるらしく、コントロールしている。

 どの程度まではっきりわかるのかは本人にもよくわかっていないようだが。

 発酵の済ませてあったパンを焼き、魚はうろこをはいで内臓を取り出して、まるごと塩を振り、中にハーブを仕込んで焼く。

「では、クレア」

「はい、パパ」

「冷蔵庫にケーキがある。それも食べることも忘れずに、ごはんにする」

「わーい」

「よし、魚もやけた」

 ディナーが始まった。


 ストライクが最初に食べるのはサラダだが、全部の料理の皿を出しておいて、クレアとノスタルジアは好きに食べる。

「あれ」

 魚を一口食べたところだった。

 クレアは、キッチン全部が水で満たされた幻覚にふいに襲われる。

「なんか、来る」

 クレアがナイフとフォークを置いて、首をふる。

「ん」

「この魚の記憶みたい」

「記憶?」

「消えちゃった」

「そんな作用のある魚もあるのだな」

「大丈夫か」

「うん、二口食べただけだし、とっても美味しいのよ」

「……、ちゃんと市場で買ったんだがな」

「毒じゃないし、食べてみよ」

「クレア」

「大丈夫だって、面白い」

 食べるごとに水の中にいて、口から泡が立ち上る。

 ストライクも一口食べ、ノスタルジアも食べてみた。

 全員が、水の中にいた。

「これは」

「この惑星は全体での集合記憶が発達してると言われている」

「集合意識」

「三人とも同じ幻覚を見せるような芸当ができるってことだ」

「死んでるのに? 魚」

「そのあたりのメカニズムはわからないな」

 やがてその幻聴が消える。

 魚を平らげ、スペアリブへ。

 肉が多目についたスペアリブに切れ込みを入れ、鍋にいれて、酢で煮込んで、醤油、蜂蜜などを入れて作る。

 なんでも和食なのだと言って作っていたが。

 作っているときに酢の酸味が抜けるので、その間は作ってる本人が蒸気をすいこむとけっこうダメージをくらうが、酢がとんでうまみだけが残り、肉も柔らかく仕上がる。

「美味しい」

「ああ」

 この場合は手で持って食べるようにして食べる。

「しかし、この料理、ディープに教わったんだが、彼と今度レシピの交換会でもしようかなあ」

「そうしたら、ダッド」

「このジャガイモのガレットなど、いいではないか」

「そうだな」

 言いながら、次のラザニアに移る。

 ノスタルジアが良く作るレシピで、クレア、ストライク両方の好物である。

「ラザニアって、ダッドは簡単に作っちゃうけど、けっこう面倒な手順なのね」

 今日手伝ってて思ったの。

 クレアが言った。

「まあ、そうだな、普通手作りしないしな」

 買ったほうが楽だが。

 平たい板のようなパスタを使う。

「おいしい」

「ふむ」

 食べながら、クレアがふっと言う。

「友達と今度ケーキ作ることになって」

「うん」

「なんのケーキがいいと思う?」

「そうだな、シフォンケーキとかは」

 ノスタルジアが言う。

「シフォンケーキって、あの型に入れるやつ?」

「あとは、スポンジケーキを焼いて飾りつけするタイプか」

「誰かにプレゼントかね」

「んーと、誕生日の子がいるから、その子に作ってあげるの」

「そうかい」

「でもダッドの本格的なレシピだと難しいから、簡単なのを調べていこうと思って」

「そうしなさい」

「うん、でも、ダッドはケーキはどこで勉強したの」

「ネットでも調べたけど、料理の本を買ったな」

「買ったの」

「そうだよ」

「じゃあ、私、十五歳の誕生日のケーキ、その本見て一緒に作りたい」

「ああ、いいよ」

 ノスタルジアは笑う。

「約束ね」

「ああ」

 ワインをあけて飲みながら、食事は終盤へ。

 食べ終わった食器をとりあえず台所へと持って行く。

 ざっと机をきれいにするとケーキを冷蔵庫から出す。

「今回は買ったケーキだ。フルーツケーキだよ」

「おいしそう!」

「ストライク、ナイフ」

「ああ」

 四角いタイプの、こじんまりしたケーキを三つにわけ、皿に盛った。

 紅茶をポッドからついで、ノスタルジアが三人分出す。

 それぞれの席につくと、いただきます、と食べ始めた。

「甘すぎないクリームといい、フルーツの絶妙さといい、変わらないな」

「ん」

「いや、ここのケーキを昔よく買ったんだ」

「ふーん、もしかして彼女でもいたの」

「いや、そうじゃない」

 ストライクが真っ赤になっている。

「あ、わかった、パパと食べたんだ」

「わかったか」

「うんー」

「ストライクはね、クレア、君は誕生日がわかったけど、彼の誕生日はわからないんだ。だから、僕たちが出会った日を誕生日にしよって」

「ああ、ノスタルジア、なつかしい味だ」

「だろ」

 またたくまに平らげて。

 三人で皿を洗ったのだった。

 

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