弟
いつから僕は、この街を見下ろしていたのだろう。兄さんは変わってしまった。
きっと全部僕のためだ。僕のせいだ。
桜になってもなお、僕の体は貧弱だ。
あるききんが起きた年、兄さんは僕に強い力をくれた。僕にくれた経緯はわかんなかったけど、お陰で強く根を張ることができた。冬に花も咲かせられた。兄さんは定期的に、その強い力を与えてくれた。
兄さんに愛されているんだと、そう思えて嬉しかった。
でも、
《ねえ、兄さん。全部僕のためなの?》
声は届かない。当たり前だ、植物なのだから。
事実を知ってしまった以上、どうにかして止めなくちゃいけないのに。
兄さんに最後に力を貰ってからそろそろ十五年が経つ。この間、根の数本が朽ちて土に還った。幹の内側も腐ってきた。
《兄さん、もう十分だよ》
内側の腐敗がかなり進んできたある年、人々の噂を聞いた。
「うちの子がね、雨宮さんちの楓くんがおうじき様に連れていかれるところを見たって言うのよ。楓くんが食べられちゃうから助けなきゃって。どうしたのかしら。」
「楓くんって私立小学行ったらしいじゃない。朝会ったわよ。少し前まで気弱な子だったけど今じゃ理想の息子よね。」
「きっと大人をからかっているんだわ。」
おうじき様って兄さんのことだ。
兄さんは神様だけど人のことが好きだから、視える子どもをたまに連れてくる。
きっと普通に遊んでるんだと思ってたけど、何してるんだろう。それに、食べられちゃうってどういうこと?
社の一番奥の部屋の近くまで枝を伸ばして見てみようかな。
この後、僕はすごく後悔したし、恐怖を感じた。
兄は、まだ若い女性を身体に取り込んだ。
いな、食らった。
そしてそのまま、僕の前に来て、これまでと同じように力をくれた。
あ、腐敗がもっと進んだ。もう中はドロドロだ
僕は人の命をたくさんもらって生きてきたのか。咲かせた花のピンクは、本当に血の色だったんだ。
僕は、こんなの望んじゃいない。
それから多分、十何年か経った。
もうそろそろ兄さんは僕のためにまた人を食らうだろう。
ああ、そうか。桜のために人を食らうから桜食さまなのか。
なんでもっと早く気がつかなかったんだろう。
いや、気づいても何も出来ないけど。
僕の幹も根もドロドロだ。力をもらってももらわなくても、もうもたない。ほんとにあと少しの命だ。
僕が腐って死んだら、兄さんは自分のやったことが助長であったと気づくだろう。朝顔の時は、泣いた兄さんを抱きしめることが出来たけど、僕がいなくなったら誰が兄さんを抱きしめるんだろう。それが一つ、心残りかな。
《ねえ、兄さん。僕はもう消えてしまうんだから、これ以上罪を重ねないで。お願いだからもう止めて。》
声は届かない。なんせ、植物だから。
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