椎名
俺は今、頑張って病人のふりをしている。
顔色を悪くするのに必死だ。
「先輩、これはバレるのも時間の問題っすよ!」
すっごい小さい声で叫んだ。
事の始まりは今日の昼頃だった。
~昼~
俺は三週間ほど前に事故にあって昏睡状態になっている、ゼミの先輩の御見舞に来てる。
「先輩、起きてくださいよー。」
…。返ってくる言葉なんてない。
窓際に置かれたベージュのガーベラが揺れた。
「単位ヤバイって言ってたじゃないっすか。今度、今度、メシ連れてってくれるって言ってたじゃないっすか…。」
語尾がかすれた。
「俺、ちゃんとサークルのライブでボーカルやったんですよ?
恥ずかったけどやったんすよ?」
夕日が差し込んで、白い病室が琥珀の中みたいになる。
先輩の時が止まっても、世界は動くんだよなあ。つくづく不思議だ。
読んでいた本を閉じると三時間も経っていた。
そろそろ帰ろうかな。今日はギターに触れてないなあ。なんて思ったら、突然変な音が聞こえた。
「ぐがぁ、あああゔゔ」
「先輩?!」
目が覚めた?!
こんな場面に立ち会ったのは初めてだったので頭はパニクってたけど、体は案外無意識に動いた。
ナースコールを押してからすぐに医者と看護師が駆けつけ、なにか検査してるようだった。
俺は安堵のせいか、男性の看護師を見て、男女差別って無くなってきたなあって思った。
これで元の生活に戻れるんだなあって思った。
やっぱりさっきの考え取り消す。
目が覚めたと思えばこの先輩は、俺に家までダッシュで着替えを取りに行かせた。
しかも、ピンピンしてやがる。ちくせう。
面会時間が終わりに近づいてきた。
「じゃあ俺そろそろ行きますわ。先輩あと一週間は安静に入院するんすよ!あと、今度メシ連れてってくださいよ!」
そう言って背を向ければ、病人とは思えない力で止められた。そして、
土下座された。 は?
「椎名、お前に頼みがある。俺の友達の命がかかってるんだ。」
敦先輩は、いわゆる一匹狼的存在で、友達が少ない。しかも腹黒い。でも、たまに優しい。そんな先輩が今、俺に向かって。後輩に向かって土下座をしている。
ここで力を貸さなくてなにが男だ!
あれだけ日菜子にも男らしくなりなさいって言われたんだ!なんかわかんないけど、先輩、友達のために何かするなんてかっけえ!
「事情はわかんないけど、俺で良ければ力になりますよ!そこまでするなんて、先輩にとって大切な友達なんすよね!」
「ありがとう椎名!お前やっぱりいいやつだ!それで、これをこうしてだな…」
と、言うわけで冒頭に戻る。
俺と先輩が入れ替わるとか、すっごいバカげてるけど、それだけ大変なのかな?
先輩、点滴の針抜いたけど大丈夫なのかな?
それよりも俺は今夜、眠りにつけるのだろうか。まあ、体型は似てるから頑張って誤魔化すか!
ああ、先輩早く帰ってきて!
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