椎名

大学進学のために二年前、この街に越してきた。

読書の街という何処にでもありそうなキャッチコピーを掲げた、何処にでもありそうな街。

しいて言えば図書館が大きく、公園の噴水が綺麗なのが特徴か。


使い慣れたアコギを背負って、整備された道を歩く。

そう言えば、日菜子はあっちに着いたのだろうか。ここ一週間連絡していない幼馴染みは、僕とは反対の西日本へ進学した、らしい。


恥ずかしい話だけど、僕は日菜子が好きだった。

少し怒りっぽかったけど、姉ちゃんみたいに世話を焼いてくれた。たまに見せる無邪気な笑顔がどうしようもなく好きだった。

でも、告白とか考えなかった。だって初恋だし。叶わないって言うし。だからなのか、いい距離感でいられたなあ。


誰もいない平日の公園。弦と喉を震わせる。

この前、学祭のライブで歌ったのはラブソングだった。あれはくさかった。


一曲終わった時、声をかけられた。

アパートのお隣さんだ。

「お久しぶりです、椎名さん。この前の大学でのライブ、こっそり見に行きましたよ。ラブソング、よかったです。」

穴があったら入りたいってこういう事か。

「あ、ありがとうございます。村瀬さんはスケッチですか?」

「ええ、課題なんです。」

少しはにかんだ彼女は僕の隣に座って、自分のベレー帽を芝生バックに描き始めた。

「私、あの曲をもう一度聞きたいです。」

リクエストと共に。


夕方の音楽がなった頃、村瀬さんは帰っていった。時計の長針が12を指したので噴水の水が吹き上げる。何メートルくらいなんだろう。

まるで踊っているようで魅入られる。



帰り道、前を歩く親子の会話が聞こえた。

「あのね、ひまわり組のみかちゃんがね、おうじきさまに会ったんだって。ゆうこちゃん言ってた。」

「まあ、じゃあ楓お兄ちゃんの次は美香ちゃんなのかもね。きっと賢くて強い子になるわ。おうじき様のようにね。」


僕には意味がわからなかった。


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