第3話 モリアオガエルのおじさん

森アオガエルのおじさんは、おしゃべりが好きだ。

「たぬき、たぬきのタヌ吉。そんなところで何をしている」

僕は冬に備えて食べ物を探していた。とにかくお腹いっぱいにして、脂肪を増やさないと今年の冬を乗り越えられない。冬眠する森の皆は必死で食べ物を探している。

「森アオガエルのおじさんは、食べ物を探さなくていいの」

「俺は寒くなるとそのまま寝ちまうから関係ないよ」

「まあ、その前に穴を掘って寝床を探さなきゃならないけどな」

冬は食べ物が見つからなくなる。

僕たちタヌキはたくさん食べて、倍くらいに太って、その栄養で冬を過ごす。

「大変だなあ、大変だなあ」

森アオガエルニヤニヤしながらそういうと去っていった。

冬になると虫がいなくなる。そうすると森オアガエルのおじさんも食べるものがなくなる。

タヌ吉が歩いていると、トンボが鼻の頭に止まった。

「やれやれ、タヌキさん、ちょっと休ませてください」

トンボのアキアカネは少し疲れているように見えた。

「どうぞ、お休みなさい」

タヌ吉は歩くのをやめて、しばらく休むことにした。

「タヌキさんは冬ごもりの食べ物探しですか」


アキアカネが尋ねる。

「うん、日が落ちるのがとても早くなったので、あまり時間がないんだよ。トンボさんはこれからどうするの」

「わたしは卵を産んでしまったし、後はゆっくり死を待つだけです」

アキアカネがそう答えた。

タヌ吉が暗い顔をしていると、アキアカネが言った。

「そんな顔しないでください。私は私の生を全うしたのです。別に文句なんかありはしないのですよ。」

「私たちはタヌキさんと違う時間を持っているのです。タヌキさんの一年というのは、私たちの八十年くらいの長さと価値があるのです」

「私のことをかわいそうとか思わないでください。わたしは私に与えられた時間をしっかり生きました。悔いはありませんよ」

「死ぬのが怖くないの」

「怖くないことはないです。でもこれは私の父や母、祖父や祖母とずっと続いてきたものなのです。私はもうすぐ死ぬでしょう。でもしばらくするとまたこの世に生まれ変わります。今度生まれ変わるときはタヌキさんでもいいかな。そうしたら友達になってください。もっといっぱいお喋りをしましょう。アハハ」

「お弔いはどうするの。誰かに見取られなくていいの」

なんだかとても悲しくなってしまったタヌ吉は、口早に言った。

「優しいんですね。タヌキさん。お弔いはいりません。森のアリたちが私の身体を食べるでしょう。それがルールなのです。死んだ私の身体は彼らの力になって命を繋ぐでしょう」

ピッとアキアカネがタヌ吉の鼻から飛び立った。

「最後にタヌキさんと話せて良かったです。それじゃあ」

タヌ吉の上空でアキアカネがクルリと旋回した。

「タヌキさん。もうすぐ雨が降ってきますよ。秋の森は夏の森と違って濡れますから、どこかに雨宿りをしたほうが良いですよ」

アキアカネはすぐに視界から消えてしまった。

タヌ吉は雨宿りの木に行くことにした。森の真ん中にある大きな洞のある古木で、森の皆はここでよく雨宿りをするので、雨宿りの木という名前がついていた。雨宿りの木には先客はいなかった。誰かが乾いた木の葉を持ってきて敷いてくれたおかげで、フカフカとしていて気持ちがいい。タヌ吉は雨宿りの木から顔を出して青い空を見上げた。ポツンとタヌ吉の鼻に冷たいものが当る。

「あっ、雨だ」

雨の森は雨音以外聞こえない。こんな日にこんなところで一人でいると、もしかしたらこの世で生きているのは自分だけで、他の全部が夢なのかもしれないと思ってしまう。

「お邪魔するよ」

そういって森アオガエルが入ってきた。

「おじさん、また会いましたね」

タヌ吉は洞の中で少しずれて、森アオガエルの場所を作った。

「タヌ吉かい。この調子じゃ食べ物探しはできそうにないな」

「いつもは雨が降ると喜んでいるのに、今日は雨宿りなの。おじさん」

「ああ、雨って言ってもこんなに強い大粒の雨は痛いのさ。だからしばらく雨宿り さ」

「ふーん。そうなんだ」

「おじさん、お腹は空いていないの?」

「さっきそこでトンボを食べたからな。そんなに空いてないぜ」

「トンボさんを食べたの?」

「何をそんなに驚いてるんだい。おいらはハエやトンボとか虫を食べて生きているんだぜ。当然じゃないか」

「私の身体は彼らの力になって命を繋ぐでしょう・・・」

タヌ吉はアキアカネの言葉を思い出した。

「そうだね。僕たちは他の命を奪って生きているよね。僕だって魚を食べるし、虫も食べる」

「なんだい急に」

森アオガエルは怪訝そうな顔をした。

「さっきトンボさんと話しをしたんだ」

タヌ吉はさっきの話を森アオガエルに話した。

「ふーん。そうだなあ。俺の家族はヘビにやられたり色々だったなあ」

「そ、そうなの」

「お前たちのように大型の動物は、あまり狙われないだろうけど、おいらのような小さい奴は一飲みだよ」

「まあ、俺だって俺より小さい奴らを食べてんだから、恨み言を言うのは筋違いだよな」

「う、うん」

「タヌ吉は知っているか。人間という奴はタヌキ汁というのを食べるらしいぜ」

「ぼっ、僕のことを食べるの?」

「まあ、この森でタヌキ汁にされたっていうのは聞かないから大丈夫だろうけどな」

タヌ吉はほっと胸を撫で下ろした。

森アオガエルが独り言のように喋り出した。

「タヌ吉はこの森で大人になって、恋をして、子供を作って、家族を作って・・・お前のお父さんやお母さん、おじいさんやおばあさんと同じように・・・ちょうど鎖のようにつながっていくんだよ。俺もお前もいつか死んでしまう。そりゃ死ぬのは怖いさ。でもね、みんなそうさ。どんなに大きい生き物でも、どんなに強い生き物でも必ず死ぬ。生きているということは同時に死ぬことも抱えているんだよ。」

普段は軽口ばかり言っている森アオガエルが

急にそんなことを言ったもんだからタヌ吉は驚いた。

「じゃあどうしたらいいの」

「楽しく生きればいいさ。まあ、嫌なこととか辛い事とか、悲しいこととか、どうしょうもないことは必ずあるけど、できるだけな。楽しくできたらな」

タヌ吉にじっと見られていることに気付いた森アオガエルは急に恥ずかしくなって、怒り出した。

「ばっ、馬鹿やろう。おまえが落ち込んでいたから余計なこと言っちまったじゃないか」


「俺はこの森では皮肉屋で通っているんだ。あんまり真面目なことを喋らせるなよ」

「怪我をしたウサギのぴょん太くんを背負って歩いていたときに、損をしているって言ったこと?あれが皮肉なの」

「そんなとこさ。他の奴らは、あらまあ、タヌ吉くんは偉いのねえ、とか友達のために一所懸命頑張るタヌ吉君はかっこいい、とかそういうことを抜かすだろ」

「えっと、ルリカケスのおばさんはぴょん太君からいくらもらうのって聞いてきたよ」

「むう・・・なんて大人だ」森アオガエルは渋い顔をした。

「おまえは別にそんなこと考えていなかったんだろ」

「うん、怪我して歩けなくなって困っているぴょん太くんを家に送り届けようとしただけだよ」

「世間て奴はさ、当たり障りのない綺麗ごとをいうもんなんだよ。そんな綺麗ごとを言う奴がタヌ吉と同じことをするかって言ったらやらないんだ。誰もが妙に納得するような言い訳をしてな」

「なんで言い訳をしてやらないの」

「そうだよな。妙な御託並べる前にさっさとやればいいのにな」

「まあ、大人はどこかでひどい目にあったのかもしれないな。だから予防線を張る。自分が損したり傷ついたりしないようにな」

「よくわかんないや」

「わかる必要ないさ。おまえはおまえのままでいたらいい。損得なんて実はたいしたことないんだよな。そういうことがわかんない奴になるなよ」

「湿ってきたな。そろそろ大雨が降るぜ。サッサと家に帰えんな」

「うん、おじさん。お話してくれてありがとう」

「ばっか、礼なんていらねえよ。じゃあな」

森アオガエルがピョンと洞から消えるとポツリポツリと雨が降り出してきた。森はザーザーという雨の音以外聞こえなくなった。

「雨の雲の上はお天気だって聞いたけど、雨の日は雨のことばかり考えちゃうな」

雨の降りが激しくなったので、タヌ吉はそのまま雨宿りの木に留まることにした。この雨の中を家に帰っても、ずぶ濡れになるだけだ。

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