第2話 ポン子の一日

わたしはポン子、今日は天気がいいので一人でお散歩。いつもは一人で行ってはいけないと言われている、ざわざわ森の沢まで行ってみようと思うの。あそこの水は特別おいしくて、いつもお腹いっぱい飲んじゃうんだ。

でも、そのことは森の皆も知っていて、私たちを食べようと狙っている動物も来るの。

お兄ちゃんは行くときは、お兄ちゃんが蜜も見張っていて、早く飲むようにせかすからゆっくりしていられない。お兄ちゃんは威張りんぼで、怖がりなのよ。そういってやったら、お前だって怖がりじゃないかって言うの。

ざわざわの森に風が吹くと、大きな音を出して、森全体が騒ぎ出すの。それが怖くて震えていたら、お兄ちゃんが怖がりだって言うのよ。頭きちゃう。お兄ちゃんはこの森で怖いのは、大ワシと大ヘビだって言うけど、私は見たこともないし、それがざわざわの森の音より怖いとは思わない。

「お嬢さん、お嬢さん。タヌキのお嬢さん」

ポン子が辺りを見回してみても誰もいない。

「お嬢さん、ここですよ。あなた足元ですよ」

ぽん子が足元を見るとスズムシが立っていた。

「こんにちは、スズムシさん。何か御用ですか」

「私、スズムシのリーンベルと申します。実は、お嬢さんにお願いがございまして」

スズムシは名を名乗り、丁寧にお辞儀をした。

「この沢の水はこの森で一番おいしいと聞きおよびまして、ぜひ私どもも飲んでみたいと思いました。つきましては、お嬢さんのお力を少々お借りしたいのですが。よろしいでございましょうか」

「かまわなくてよ。一体どうすればいいの」

スズムシはぴょびょん跳ねながら、大きな蕗の葉っぱのところまでいった。

「この葉っぱをあの沢の淵まで持って行っていただきたいのです」

「われわれはこのように小さいですから、沢から直に水を飲むと流されてしまうのです」

「あらまあ、それは大変」

「今月だけで3人が流されてしまいました」

スズムシはハンカチを取り出すと涙をぬぐった。

「これでいいかしら」

ポン子は沢の淵に蕗の葉を置いた。沢の水がチョロチョロと葉の上に乗って、小さな玉になった。

「大変素晴らしい。ざわざわの森の虫を代表してお礼を申し上げます」

スズムシは深々とお辞儀をしました。

「いえいえ、ここの水はおいしいものね。みんなで楽しめるといいわよね」

ポン子はちょっと気取って言った。いつもお兄ちゃんに子ども扱いされていたのに、今日はスズムシにお礼を言われるような良いことをしたのが誇らしかったのだ。

今日は沢には森の動物たちは集まっていなかった。ポン子が水を飲んでいると、リスのコリーがやってきた。

「こんにちは」

「こんにちは。今日は天気が良くていいわね」

リスのコリーはにっこり笑って返事をした。

「わたしはコリー。あなたのお名前はなんというの」

「ポン子っていいます。よろしくね」

「ここの水はおいしいけど、気をつけないといけないよ。たまに大ヘビが来ることがあるからね」

コリーがポン子に耳打ちした。

「大ヘビというのは見たことがないけど、そんなに怖いの」

「音も立てずに近づいていきなりパクって来るから、見て逃げるということができないのよ。だから怖いの」

青ざめた顔でコリーが話してくれた。

最近見かけなくなったヤギのおじいさんは大ヘビに飲まれたらしい。しばらくそういう噂で持ちきりだった。そのことをコリーに話すと、コリーは何度も首を縦に振って答えた。

「その噂は本当のことよ。クマおじさんが食べられる所を見たっていていたもの」

「怖いよう」

「そうよ、大ヘビは怖いのよ。油断しちゃ駄目よ」

なんだかとても恐ろしくなったので、ぽん子は、早く家に帰ろうと思った。

本当は天気もいいし、もう少しお散歩をしていたい気分だったのだけど、もし大ヘビに見つかったらと思うと、そんな気分は吹き飛んでしまったのだ。

「コリーさん、もっとお話をしていたいけど、大ヘビが怖いのでお家に帰ります」

「そうね、それがいいわね。大ヘビは大きなものを食べた後しばらく何も食べないけど、そろそろお腹が空く頃かもしれないしね」

帰り道はとても心細くなってしまった。こんなことなら、お兄ちゃんと一緒に来ればよかったと思った。

「怖いなあ、怖いなあ、大ヘビに見つかったら食べられちゃう。私は子供のタヌキだからきっと一飲みにされるに違いないわ」

ポン子の不安を増すように、ざわざわの森に大きな風が吹いた。木の葉と木の葉が擦れて

サワサワがザワザワになった。そしてそれが木魂のように繰り返される。ポン子は本当に怖くなってしまい、頭を抱えて震えてしまった。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、助けてよ。あたし怖くて動けなくなっちゃったよ」

誰もいない森の小道の真ん中で、ポン子はガタガタ、ブルブルと震えていた。

「たぬきの子供が震えているよ。臆病者が震えているよ」

森ガエルのおじさんがクヌギの枝からこっちを見ていた。今にも泣きたい気持ちだったけど、臆病者と笑われたので、震えていないと強がってみせた。

「何がそんなに怖いんだい。俺は怖いものなんてないぞ」

森ガエルはそういって胸を張ってみせる。

「大ヘビの・・」

ポン子がそういった途端に森ガエルのおじさんは、すごい勢いでいなくなった。

「そういえば、大ヘビはカエルが大好物だってお父さんが言っていたわ。怖いものがないなんて嘘だったのね」

森の中でまたポン子は一人ぼっちになってしまった。今度、森の沢に水を飲みにいくときはお兄ちゃんと一緒に来ようとポン子は思った。一人より二人のほうが心強いから。

森の小道の先に黒くて大きな動物がいた。

「クマのおじさんだ」

クマのおじさんとは親しくはないけど、とても優しくて親切だという噂だった。

「おじさん、クマのおじさんこんにちは」

ポン子はクマのおじさんに話しかけてみた。

クマのおじさんは肩で大きく息をしていた。身体中傷だらけだった。

「どうしたの、おじさん怪我をしているわ」

「タヌキのお嬢さん、こんにちは」

「今、大ヘビのトグロに食われそうになってね。何とか食われないで済んだが、あっちこっち傷だらけさ」

「クマのおじさんを食べようとしたの」

「どっかの誰かが大ヘビのトグロもクマは食べられまいとからかったらしいんだ。それであいつが頭に来て、俺のことを食べようとしたのさ」

クマのおじさんは疲れてしまってへたり込んでしまった。大ヘビにかまれたところから血がたくさん出ている。

「おじさん待っていて。傷に良く聞く葉っぱを知っているの。お兄ちゃんが教えてくれたの」

ポン子は葉っぱのところまで急いで走った。さっきまで震えていたのも忘れてしまったようだ。

「この葉っぱを傷口につけておくと、血が止まるわ」

「ありがとう。タヌキのお嬢さん」

身体中葉っぱまみれになった、クマのおじさんが笑った。

「おじさんは大ヘビが怖くないの」

ポン子が聞くとクマが答えた。

「怖くないことはないよ。ただ、おじさんは身体が大きいから大ヘビに飲み込まれる前に、暴れることができるからね」

「小さい蛙とか鳥とかは、パクッと飲み込まれてしまうだろう。そういった者にはとても怖いだろうね」

「ひどいよね。何で食べたりするんだろう」

ポン子が泣きそうになりながらいった。

「これはね、自然のルールだから仕方がないんだ」

「俺たちは、木の実や果物を食べる。魚だって食べる。大ヘビや大ワシはカエルを食べるし、ウサギも食べる。それぞれ自分の食べるものが決まっている。だからそのルールで生きていくしかないんだよ」

「お魚は美味しいわ」

「魚だって誰かに食べられたくないだろ」

ぽん子は魚を食べるときかわいそうだと思ったことがなかった。魚にだってお父さんやお母さんがいるし、お兄ちゃんや妹がいたかもしれない。何も考えず食べてしまったことがとても悪いことのような気がした。

「うん、俺たちが生きて行くのに色々な命を奪っているよね。だから食べ物を食べるときは感謝しなければいけないんだ。食事の前にいただきますっていうのわね。命いただきますってことなんだよ」

「あう・・・」

食事の前の挨拶かと思っていた。

「大ヘビの奴も何も意地悪して、森の仲間を食っているわけじゃないのさ。そんなに悪く言うな。でも、すんなり食べられるわけには行かないよなあ」

クマのおじさんはニヤリと笑った。

「お嬢さんのおかげで血も止まったようだ。お礼にお嬢さんの家まで送ってあげよう」

「私の名前はポン子です」

「そうだな。名乗るのを忘れていたな」

「俺の名前はゴンゾウだ。トンガリ山の中腹の洞穴に住んでいる。こんど遊びに来ておくれ。息子のゴンタも喜ぶぞ」

ポン子はゴンゾウと一緒に歩き出した。

「おい、ゴンゾウ久しぶりだな」

オオミミズクのおじいさんがゴンゾウに話しかけてきた。

「オオミミズクのおじいさん。こんにちは」

「お前が山を降りてくるなんて珍しいな」

「そろそろ、冬眠の準備をしなくちゃならないし、サケのいいのが上がって来ているしな」

「何か変わったことはあったかい」

「この間、息子が生まれたよ」

「ほっほほほ、あのゴンゾウに子供が生まれたか」

オオミミズクのおじいさんがうれしそうに笑った。

「ひやかすなよ。じいさん」

「照れるな、照れるな。実際うれしいんだよ」

この歳になって入ってくる知らせといったら、親しい知り合いが死んだなんてのばっかりだからな。新しい命が生まれたってだけでうれしいもんじゃよ」

「それにしてもおまえ傷だらけではないか」

「川で魚を取ろうとしていたら、いきなり大ヘビのトグロの奴に襲われたんだよ」

「トグロの奴、クマまで襲うようになったか。わははははは」

「笑い事じゃないぜ。こっちは死にそうになったんだぜ」

「いやあ、いくらトグロが大ヘビでもクマを丸飲みというわけにはいかんじゃろ」

「おーい、ポン子」

ポン子の兄のタヌ吉がポン子を迎えに来た。

「クマのおじさん、こんにちは」

「おう、こんにちは」

「ポン子、なんだよ。どうしてクマのおじさんと一緒なんだよ」

「おじさんに送ってもらったのよ」

「じゃあな、お嬢さん。お兄ちゃんと気をつけて帰れよ」

「おじさんも気をつけてね」

「おう、大ヘビに食われないように気をつけるぜい」

「ずいぶん親しいんだな」

「怪我をしていたクマのおじさんの怪我に効く葉っぱを巻いてあげたのよ」

「ふーん」

「そういえば、家にスズムシが来て、お前に感謝状を置いていったぞ。何度もお礼を言っていたぞ。一体何をしたんだ」

「そりゃあ、私だって誰かの役に立つことだってしているわよ」

「お兄ちゃん、知っている。いただきますっていうのはね・・」

「今度から一人で森に行っちゃ・・」

二匹の声が森の中に消えていく。

トンガリ山の上に大きなまん丸の月が出ている。虫たちの音色。森の季節は秋から冬に変わろうとしていた。

ポン子の一日  了

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