童話を書いてみた

@kawasakiz900rs

第1話 ざわざわの森で

ざわざわの森で

ぼくはタヌキのタヌ吉だ。このざわざわの森がぼくの住処だ。

なぜ、ざわざわの森っていうかというと、森の葉っぱが風で擦れると、大きな音でざわざいうからだ。森全体が大きな音を鳴らすんだ。妹のポン子は怖いっていうけど、ぼくは平気さ。怖いのは、ぼくを捕まえて遠くに連れて行ってしまう大ワシと、ぼくを一飲みにしてしまう大ヘビだけさ。それだって気をつけていれば大丈夫、大丈夫。

夏が終わって秋になったら、急いで冬支度をしなければならない。冬には冷たい白いのがいっぱい降ってきて、森の林や道や川もみんな隠してしまうんだ。そうすると、今より、もっと食べ物が見つからなくなる。冬が近いというのに、お日様は元気で、食べ物を探して歩く、ぼくをジリジリと焼いている。

のどが渇いたので、沢に向かった。トンガリ山のてっぺんに降った雨が、ゆっくり時間をかけて、この沢の底に湧いているんだ。冷たくておいしいから、この森の皆がここに水を飲みに来るんだ。

ぼくは毎日食べ物を探しながら、森の縄張りの点検をするんだ。慎重に、慎重に。

今年は木の実の出来が悪い。冬になる前にお腹いっぱい食べなきゃならないのに、なかなか木の実が集まらない。このままじゃ一冬ひもじい思いをしなけりゃならない。そんな目にはあいたくないから、毎日、食べ物探しに忙しいのさ。木の実も種類がいっぱいあって、クヌギ・カシ・ナラ・クリ。ぼくはクリが好きなんだけど、森の連中も好きな奴が多くてなかなかお目にかかれない。もちろん見つけたら大喜びだ。木いちごも大好きだ。あの甘酸っぱい実のことを想像するとトロンとなる。今日はドングリ一個も口にしていないので、腹ペコになってふらついてきた。タヌ吉はふらふらと森の出口までやってきてしまった。

森の出口近くに誰かが倒れている。

「あっ、あそこに倒れているのはウサギのひょん太くんじゃないか」

ぴょん太くんは仔ウサギで僕の友達だ。たまに一緒に森の中を冒険したりしているんだ。

ぼくは駆け寄ってぴょん太くんに声をかけた。

「どうしたんだい。こんなところで」

ぼくが聞くとぴょん太くんが苦しそうに言った。

「大ワシに捕まりそうになって、ガケから落ちたんだよ。」

ぴょん太くんの足から血が出ていた。とても痛そうだ。

「大丈夫かい。すごく痛いかい」

ぼくはおばあちゃんから教えてもらった血止めの葉っぱを探してくると、ぴょん太くんの足に巻いてあげた。

「ありがとう、タヌ吉くん」

ぴょん太くんに歩けるかと聞くと、しばらくこうしていれば大丈夫だという。

「ここは危ないよ。ここは森でも見通しが良いから、いつ大ワシが来るか分からないよ」

ぼくはぴょん太くんを背中に乗せて、安全なところまで連れて行くことにした。

ぴょん太くんの家は森の外れの草原にある。今いるところは森の出口に近いので、ちょうど反対側になる。

ぴょん太くんを乗せて歩いていると、森ガエルのおじさんに会った。

「タヌ吉、タヌ吉、何を運んでいるんだい。それが今夜のおかずかい」

「ちがうよ。ぼくはぴょん太くんを食べないよ」

「じゃあ、なぜ背負っているんだ」

「怪我をして歩けないから、ぴょん太くんの家まで連れて行くんだ」

「馬鹿だな、タヌ吉。そんなことをしても何も得がないぞ」

「どうしてだい」

「おまえが怪我をしても、ぴょん太は小さいからお前を背負えないぞ」

「馬鹿だ、馬鹿だ、タヌ吉は馬鹿だ」

森ガエルのおじさんが囃し立てた。

「得をしなければいけないの」

僕が聞くと森ガエルのおじさんは答えた。

「そうさ、得をしないっていうのは損をすることだからな」

「損をするのは馬鹿なの」

「当たり前だ。そんなことも知らないのか」

なんで損をすると馬鹿なのか分からないので、ばくは言い返せなかった。

「タヌ吉くん。ぼくは君を背負えないよ。ごめんね。」

ぴょん太が目を覚まして僕に謝った。

「いいよ、いいよ。そんなことは気にしないでいいよ」

「馬鹿だ。馬鹿だ。タヌ吉は馬鹿だ。損している。損している。タヌ吉は損している」

森ガエルのおじさんが腹を抱えて笑っている。

森を半分も歩いていくと、だんだんしんどくなってきた。ぴょん太を落とさないように、

ぴょん太の傷に響かないように、ゆっくり歩いているせいで、いつもの倍は疲れる感じだった。

「タヌ吉くん。少し休もうよ」

そんなタヌ吉の様子に気づいたのか、ぴょん太は言った。

ちょうど雨も降ってきたので、僕らは雨宿りの木で休むことにした。

雨宿りの木というのは森の真ん中にある大木で、根元の空洞になったところが雨宿りにちょうど良いので、僕らは雨宿りの木と呼んでいた。木の中に入ると色々な音が聞こえてくる。葉っぱのすれる音、地下を流れる水の音、遠く離れた人間の町の音まで聞こえてきて、なんとも不思議な気分になる。

その音に耳を澄ませて休んでいると、ぴょん太が小さい声で言った。

「タヌ吉くん。もうここでいいよ。ここなら大ワシも来ないよ。ありがとう」

ぴょん太はお礼を言ってタヌ吉から降りた。

「もうちょっとでぴょん太くんの家に着くよ。お母さんにも会えるよ」

「うん、お母さんに心配はかけるけど、ここでしばらく休めば歩けるようになるよ」

「ぐるるるぅー」「ぐるるるぅー」

僕らのお腹が同時に鳴った。あまりにぴったり鳴ったのがおかしくなって二人してケラケラと笑った。

「お腹が減ったね。何か食べようか」

雨は強く降り始めた。当分止みそうにない。雨宿りの木から森の道を覗いてみても、誰一人見当たらない。こんなときは、皆じっと雨が過ぎるのを待っているのを、ぼくは知っていた。

「ぴょん太くん、ちょっと食べ物を探してくるよ」

ぼくは土砂降りの雨の中、食べ物を探しに出て行った。ぴょん太くんは草を食べる。

いつもぴょん太が食べる草の場所は知っていたので、タヌ吉はぬかるみの中を走った。

草はすぐに見つかったけど、僕が食べたい木の実はどこにも落ちていなかった。

ぼくが草を持って帰ると、ぴょん太くんは眠っていた。起こすと悪いので、ぼくも一眠りすることにした。

雨が止んで、日が差してくると蒸し暑くなってきた。ぴょん太くんも起きたようで、ぼくの持ってきた草を食べていた。

「ごめん。草をいただいているよ。タヌ吉くんは食べたの」

「ぼくは君が寝ている間に食べたから大丈夫だよ」ぼくは小さなうそをついた。

「さあ、あとひとがんばりだ」

ぼくはぴょん太くんに背中に乗るように言った。

「でも、ぼくが乗るとタヌ吉くんが馬鹿にされるよ」

「大丈夫だよ。早くしないと日が暮れるよ」

嫌がるぴょん太くんを乗せて、ぼくは歩き出した。

クヌギの木に止まったルリカケスのおばさんが話しかけてきた。綺麗な服を自慢げにひけらかすと、ちょっと首をかしげて問いかけてきた。

「タヌ吉さん、タヌ吉さん。それは商売ですか」

「商売じゃないです」

ぼくが言うとルリカケスのおばさんは変な顔をした。

「ウサギを運んで、あとでお礼をもらうのでしょう。それは商売というのよ」

「お礼はもらわないよ」

そういうと、ルリカケスのおばさんは甲高い声でいった。

「馬鹿だ、馬鹿だ。タヌ吉は馬鹿だ。ただで商売しているよ」

「ただ乗りウサギは大儲け。馬鹿なタヌキは大損だ」

ぼくは知らん顔して通り過ぎることにした。儲からないからやらないならそれでもいい。ぼくは損だなんて思っていないよ。

「タヌ吉くん。ぼくのせいでみんなに馬鹿にされるよ。ぼくは降りるよ」

「もう、馬鹿にされたからいいんだよ。今、君が降りても変わらないよ」

しばらく歩くと、道を遮るように黒くて大きな丸太が転がっていた。

「なんだ、じゃまだな」ぼくがつぶやくと、黒い丸太がぬるっと動いた。

「誰だ。この俺様にそんな口を利いているのは」大ヘビのトグロだった。

トグロはざわざわの森で一番大きなヘビだ。ぼくは遠くで見かけたことはあるけど、こんなに近くで見るのは初めてだった。大ヘビのトグロには絶対に近づいてはならないと、お父さんにきつく言われていた。ぼくは怖くて動けなくなっていた。

チロチロと赤くて長い舌を出して、トグロはぼくたちを見ていた。

「タヌ吉くん。ぼくのことはいいから、ぼくをおいて逃げてよ」

「ぼくを背負ったままでは、すぐにトグロに追いつかれちゃうよ」

一人で逃げても駄目かもしれない。ぴょん太を背負ったままなら二人とも食べられてしまうだろう。

「タヌキよ、ウサギを置いて逃げないのか」

トグロが聞いた。

「そうしたらウサギは食うてやろう。逃げなければ、お前も一緒に丸飲みだ」

赤くて長い舌が、チロチロとタヌ吉の顔をなでる。

「タヌ吉くん。ごめん」

ぼくの背中が生温かくなった。ぴょん太くんがおしっこをもらしたのだ。

「ぼくも出ちゃった」

タヌ吉は震える声で言った。

「わはははは。こいつは馬鹿だ。うさぎを置いて逃げれば良いのに」

ぼくは足ががくがくと震えていた。

「馬鹿め、からかっただけだ。俺様は今腹がいっぱいなんだ。さっさとあっちへ行け」

トグロはドサッと横になると、グーグーとイビキをかき始めた。

ぼくは腰が抜けたようになって、よろよろになりながらトグロから離れた。

ぼくたちはおしっこ臭くなった身体を川で洗った。

「食べられなくて良かったね」

ぴょん太が言った。

「うん」

「トグロは怖いってお父さんから聞いていたけど、たいしたことないな」

ぼくは軽口を叩いた。

「そうだよね。あそこでぼくたちを食べないなんて、たいしたことないよね」

ぴょん太くんも乗ってきた。ぼくたちがトグロの悪口を言っていたら、後ろにある草がガサッと鳴った。ぼくたちは驚いて飛び上がった。「風だ」「風だ」ぼくたちはため息をつくと出発することにした。

もうすぐ森を抜ける。足早になってはいけない。ぴょん太を落とさないように慎重に、慎重に。森を抜ける手前で、オオミミズクのおじいさんに会った。おじいさんは物知りで、この森の噂話から、ぼくがまだ見たことない町の話を聞かせてくれる。

「タヌ吉、怪我したぴょん太を運んできたのか。いいことをしたな」

タヌ吉は森の中で皆に言われたことを話した。

「おっほほほほほほ、それはな、皆損したことがあるからだ」

「誰かに親切にしても、自分には誰も親切にしないとかひどい目にあったのだ」

「ぼくは誰にでも親切にするよ」

オオミミズクのおじいさんはうなづきながら

「それはとてもいい心がけじゃ」と言った。

「お前がした親切は、お前が親切にした者以外からきっと返ってくるよ」

オオミミズクのおじいさんはちょっと考えてから、タヌ吉に問いかけた。

「例えば死にそうな者が、お前に水をくれと言った。おまえならどうする」

「水を持ってきて飲ませてあげるよ」

「水を飲んだら死んでしまうぞ。せいぜいお礼を言うのが精一杯じゃ」

「それでもいいのか」

「えーと・・・」

「それでいいです。ぼくも死にそうになったら誰かに水をくださいというから」

ぴょん太が言った。

「おたがいさまだな」

オオミミズクのじいさんは目を閉じてうなづいた。

「でも、おじいさん。もし最後に水をもらえなかったらどうしよう」

ぼくはオオミミズクのおじいさんに聞いてみた。オオミミズクのおじいさんはにっこり笑って言った。

「それならそれで、いいではないか」

オオミミズクのおじいさんにさよならをして、しばらく歩いて森を抜けた。

ぼくらは程なくして、大きな草原にあるぴょん太くんの家に着いた。ぴょん太くんのお母さんはとても心配していたようで、帰ってきたぴょん太くんを見てすごく喜んでいた。ぼくもなんだかうれしくなった。

「タヌ吉くん、ありがとう。必ずお礼をするよ」

ぴょん太くんがぼくに手を振った。

「気にしなくていいよ。君のおかげでぼくの背中は温かかったんだよ。お礼はそれで充分だよ」

ぴょん太くんの家を離れる頃、草原に日が落ちて、空と草が同じオレンジ色に染まった。

風が草と草の間を通り過ぎる。胸の奥がきゅんとして、何故かお父さんやお母さんに会いたくなった。家に帰ろう。ぼくは草原を駆け出していた。

   ざわざわの森で 完

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