Step 3 懐かしきクラリモンド
第7話 盗賊クラリモンド=ベグ
第一資料
18××年 法務省 事件記録
於ウィーン刑務所
死刑執行
クラリモンド(通称『血塗れクラリス』)=ベグ
罪状…強盗、詐欺、傷害、恐喝その他余罪により
性別 女
享年 33才
死刑方法 絞首
第二資料
ナショナル・ゴシップ紙 ウィーン版 2月14日
事件欄
『さて、紳士淑女の読者の皆さんに、かの悪名高い犯罪者『血塗れクラリス』ことクラリモンド=ベグの本日行われた死刑に寄せて、新たな情報を報告しよう。
昨年のウィーン郊外の廃屋における銃撃戦、多数の警官が負傷した際に逃げ延びた仲間の行方は杳として知れず、一味の引き起こした数々の事件のあらましはこの女盗賊の口からも語られていない。
以下は、筆者がとある筋から入手した刑務所面会室における某氏と、稀代の女犯罪者との会話の記録である。二人の挙動については補足として()で述べてある。これは断じて筆者の想像ではない。その場に居合わせた人間から聞き出した様子と、供述書類が示した事実である。
賢明なる読者であれば、かかる異常な犯罪者の内面、精神の形成について、興味深い考察をするだろうと思う。
2月12日 14:30 面会室にて
某氏入室
クラリモンド=ベグ(以下C)「こんにちは」
某氏(以下F)「…やあ。こんにちは」
(F、着席)
C「あんたは全然変わんないわねぇ。代わり映えしない、って言ったほうがいいかしら」
F「君は変わったね。とても綺麗になった」
C「…やめてよ」
F「いや、本当のことだよ」
C「バカね」
沈黙
C「どうして来たのよ」
F「君こそ、どうして私を指名しなかったんだ。あんなヘボな弁護士に頼らなけりゃ…いや…君と私の仲なのに」
C「なんだって言うのよ」
F「私は…私達は…」
(F、テーブルに
C「昔の付き合いでしょ。それもガキの頃の話じゃない」
F「私は忘れたことはない。君や君の家族や、チョークの床のことも、その額の傷のことも」
沈黙
F「ギムナジウムのはじめの夏休み、君に会いに行ったんだよ。叔父が小遣いをくれたんだ。お土産にチョコレートを買ってね。なのに君はいなくって、とても悲しかった」
C「どこの店?」
F「デメル」
C「はりこんだのね」
F「正直迷ったよ。でも君に喜んでほしかった。結局、ちょうどそこにいたお婆さんにあげちゃった」
C「残念ね。あまり食べたことないけど、あたしもあそこのボンボン好きよ」
(C、髪をいじりはじめる)
F「どうして引っ越したんだい」
C「…パパが死んだから」
F「そうだったのか…おばさんは?」
C「引っ越し先で、…風邪をこじらせて」
沈黙
F「ごめんよ」
沈黙
F「どうして私はこう間が悪いんだろう…こんなときに外国に行っていたなんて…」
C「別にそうじゃなくても、あんたには頼まなかったわ」
(F、拳をテーブルに叩きつける)
F「それが分からないんだ」
(C、記録係を横目で見る)
C「バカね」
沈黙
C「ね、◯◯坊」
沈黙
C「顔を上げて、◯◯坊。あたし、何も意地悪でこんなことを言ってるんじゃないの。あんたには理解できないだろうけど」
(F、顔を上げる。泣いている)
C「あんたにはそのままでいて欲しい。昔のまんまでね。それで、あたしは満足。もう神様にも見放されたけど」
沈黙
(C、Fの頭を撫でる)
C「ね、男なら泣かないで」
F「私は君が好きだった」
沈黙
記録係「時間です」
F「待ってくれ」
記録係「駄目です。規則ですから」
F「金か、それならほら、ここに…」
(C、Fの頬を叩く )
C「規則どおりよ。神は時を正確に創りたもう…でしょう、記録係さん」
記録係「はい」
(C、退室しようとする。F、それを追う)
F「待ってくれクラリモンド。これではあんまりだ。こんなことは…」
(C、Fにキスをする)
沈黙
C「さよなら。あたしもあんたが好きだった。二度と会えないことがつらいわ」
F「そんなことはない。神の国できっと会える」
(C、頭を振る)
C「あたしは、あなたと同じところには、行けないから」
(F、退室しようとするCをとどめようとし、刑務官に取り押さえられる)
C「さようなら、◯◯◯◯◯◯◯。いつまでも幸せに生きて」
以上がこの日に行われた面会の内容である。
彼女を義賊とする風潮が貧民街や一部市民の間にはあるが、筆者はそのような馬鹿げた考えには異を唱えるものである。あくまで犯罪者は犯罪者として処罰されるべきであることは自明なのだから。
なお、情報の提供者はこの面談者の素性を後日明らかにする約束を筆者と交わしていたのだが、今朝方路上で刺殺されているのが発見された。
謎の存在であるイニシャルF…彼が、果たして共犯であるのか無関係なのか、今後も追うつもりであるので、新たな展開を期待されたい。』
署名 カエタン=グリノフスキー
第三資料
イグナツ=ヘッツェンドルフ著『犯罪学レポート』より抜粋
「…盗賊団『赤い三日月』は事実上壊滅した。集団のリーダーであった女頭目が処刑されたためである。
18××年、2月14日。ウィーン刑務所内で行われた処刑の時刻では、当時貧苦にあえいだ老若男女が外壁に垣根を作り、口々に義賊クラリスを讃えた。それに対して薄く笑いながら絞首台への階段を上る彼女の姿は、悪女のステレオタイプとして好んでオペラや小説の題材とされたのである。筆者の祖父(公選弁護士、彼女の裁判を担当)はそれを目撃した様子を『まるで花道を練る千両役者かパレードをゆく王候貴族のようだった』と語った。
さて、20世紀に入ると…」
第四資料 放送記録
ウィーン中央放送 2月14日午後3時
“本日のプログラム…ウィーン交響楽団による演奏『幻想交響曲』
指揮…ヨーハン・ドレソフ
本日2月14日は聖ヴァレンチヌス日です。春は遠く、市街では雪模様ですが、あまねく世の恋人達にとっては温かな空気に包まれましょう。
甘い愛情に満たされた、幸福な恋人達へ…”
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