第4話

 電車に揺られながら、優は昨日からの行動を思い返していた。対人恐怖症で、人前や人混みが苦手な優が、なぜいとも簡単にショッピングモールで買い物したり、遊園地に行ったり出来たのか。これも夢魔であるりりりの力の仕業なのか。確かにりりりに何か頼まれるとそれを断ることができない。断れないというより、進んで彼女のために尽くしてあげたい気持ちにさせるのだ。りりりが笑顔でいてくれるのであれば、どんなことでもやってあげたいと思わせる何かがあった。

 昨夜の添い寝だけは彼女の願いを聞いてあげなかったが、それを聞き入れたら命がなかったかもしれない。だが目を覚ますとりりりは横で無垢な顔で眠っていた。

 今日も今日で、はるか西の果てにある「妖魔ヶ穴」までの切符を駅の窓口で買い、こうしてりりりと電車の旅に出発していたのだ。彼女は車窓から流れるように見える景色に見入ってる。建物ばかりの大した景色でもないが、りりりにとってはめずらしいようだ。変わった外観の建物を見つけるたびに「見て見て、あれなにー?」と無邪気に聞いてくる。

 今日もふりふりのゴスロリファッションのりりりは、目鼻立ちが整っている上に、見た目の割に異様なくらい色気を放っているので、同じく乗り合わせた電車の乗客から奇異の目で見られていた。特に男性からの視線は集中しているようだ。その視線を楽しむかのように、りりりは乗客と目が合うたびに笑顔を振りまいていた。その度に優はヒヤヒヤする思いだった。

 在来線から新幹線の駅に到着し、乗り換えをする最中、駅構内でりりりが空腹を訴えた。朝食を食べたばかりだというのに。りりりが指差す方向にはお土産物やさんがあり、お菓子があった。どうやらそれが目当てらしい。優が買ってやると、りりりは無邪気に喜んで抱きついてきた。

 在来線とは違う、新幹線特有のしゃれた車内と座席に、りりりは感動していた。座席のフカフカ加減もお気に入りのようで座りながらポンポンとはねていた。

 車内は平日ということもあり、乗客はほとんどがサラリーマンだった。その中に、疲れた中年とふりふりの少女が紛れ込んでいて、異質な空気を漂わせていた。

 新幹線の凄まじいスピードにりりりは感動していた。やはり窓から流れる景色に見とれて、変わったものを見つけるたびに、優の袖を引っ張った。

「化学もやるわね」

 不意にりりりが真面目な口調になった。さっきまで子供のようにきゃっきゃっと喜んでいたのに。

「あたしが呼ばれない間に、急速に化学は進歩して、人間は大きな力を手に入れた。これは神々の仕業ねきっと。あたしたち妖魔と手を切って、神々と契約をしたから、今の人間の繁栄がある。この列車に乗るまでの間に一体どれだけの人間とすれ違ったことか。人口も爆発的に増えたのね。動物たちの姿はなかったわ。これは良くない兆候よ。人間が今の世界を支配しているのなら、きっと社会を支えきれないはず。だって不完全な生き物でしかない人間には世界を統治する器を持ち合わせてないもの。昔のように、あたしたち妖魔が世界を支配して、人間はその奴隷として生きていけば楽なのに」

 りりりの言葉は重く深く優に突き刺さった。が、ほとんどが理解できない内容だった。優が今まで勉強してきた歴史の中には妖魔なるものが世界を支配していたなどという時代はない。まして、人間がその妖魔の奴隷だなどと。

「そんな歴史は知らない。僕が今まで勉強してきたことは、人間は神を崇めて生きてきた、ということだ。宗教の違いはあれど、最初に神ありきだ」

 しかしりりりは鼻で笑った。

「そんなの神が勝手に作った嘘っぱちね。いい? この地球に最初に知的生命体が現れたのは妖魔が最初。そして何億年と地上を支配していたの。そしてありとあらゆる動植物を作り出し、世界を形作ってきた。今の地球を作ったのは妖魔なのよ。分かる?」

 りりりに下から見上げられて、優はうなずくしかなかった。

「でも、ある時妖魔の中で反乱が起きたの。妖魔にも格付けがあって、最高位が魔王なんだけど、その魔王の中でも特に動物を想像するのが得意な魔王が、すべてを統治する気高きお方に謀反を起こし自分がその座に就こうとしたの。でもその謀叛は失敗に終わって、処刑される寸前だったんだけど、逃げ出して地上を逃れて天界に住み着くようになったの」

 優はどこかで聞いたような話だったが、どっちがどっちのパロディなのか分からなくなってきていた。

「謀反を起こした魔王は、天界で神と名乗るようになり、自分の仲間を次々と生み出していったの。それが世界各地で言い伝えられてる神々ね。そして、神はついに人間を作り出した。最初は自分たちの奴隷に使おうとしたみたいだけど、あまりに不完全で堕落した存在だったから、地上へ堕としたの。その後、神は天使という完全なる奴隷を作り出したの」

 人間に対するあんまりな言い分に、優はいい気持ちはしなかったが、人間なんて滅んでしまえばいいと思ってる優にとって得心させられる部分もあった。

「妖魔も最初は地上に降りてきた人間をどう扱っていいか分からなかったわ。だって、自分たち妖魔が作り出したものではないし、神が勝手に作って不完全だからという理由でゴミのように放り出されて。だけど可哀想だったから、ほかの動物たちと同様に仲間に入れてあげることにしたわ。だって、意外と知能が優れてるから話し相手としては面白いじゃない。妖術や農業、暦、文明を教えてあげると、これをちゃんと理解して自分たちのものにしてどんどん進化していったのは感心したわ。だから妖魔たちは人間と密接な関係になっていったの。自分たちの子供じゃないけどちゃんと成長させてあげようとね」

 そこへ車内販売の売り子が通りかかった。するとまたりりりはお菓子をねだった。本当にこの子は妖魔なのか子供なのか。

「でも、すぐに争いごとをしようとするところは、やっぱり不完全ね。欲望にも執着するし。だからあたしみたいなのが時々こらしめたりするんだけどね。でも、優はちょっと普通の人間とは違うかな?」

「どんな風に?」

「うーん、どう言ったらいいのかなあ。分からないわ」

 りりりは首をかしげながらお菓子を食べた。なんだかけむにまかれた感じだった。

「でも神々への信仰は世界中にあるし、昔も今も宗教はあるけど、それはどうなるんだ?」

 優は質問した。

「神々は気まぐれで時々人間にちょっかいを出すの。妖魔と手を切れば天界に戻してやると言ってね。実際に天界に行った人間が神々に洗脳されて、神の教えなんてくだらない物を広めたりするのよ。また好戦的な神々は妖魔に対して天罰と称して攻撃を加えるわ。全ては神々の陰謀ね。でも本当はね、神々は人間のことなど全く気にしてなんかいないわ。だって天界から追放したんだもの、要らないって。優は道を歩いていて、虫を踏み潰したら気にするかしら? 気づきもしないんじゃない? そんな程度よ。でも時々クモの巣に引っかかった蝶を逃がしたりもするわね。そういうところは神にそっくり」

 人間が神々にとって虫けら同然。神は人間を見守ってくれる心のより所ではなかったのか? では、天界を追放されて、地上で生きる人間がなすべきこととは一体なんなのか?

「でも、ある時神々は急に人間に対して態度を変えた。それが化学よ。人間は神々から化学技術を教わり、産業革命という波を起こした。そしてそれまで妖術で結ばれていた妖魔とは手を切り、妖魔たちを一斉に悪だと決めつけ弾圧をしだしたの。その後の機械文明に至るまでに、人間が地上の主としてのさばるようになっていったわ。まんまと神々の策略に乗せられたのね。そして今も神々の力によって化学を発展させているわけね。さらに歴史そのものも塗り替えてしまった。妖魔は悪であり、人間を守る神こそ善の象徴であると」

 優は頭がグラグラしてきた。自分が今まで信じてきたことがまるっきりひっくり返りそうだからだ。

「それでも妖魔は闇に隠れてひっそりと存在し続けていたわ、あの日が来るまで」

「あの日…?」

「妖魔から妖術を多く学び、自らを世紀の妖術師と名乗る男がいたのだけれど、神の策略に引っかかって神々の手先に寝返ったの。その裏切り者が自らを犠牲にして魔界を生み出し、あたしたち妖魔を魔界へと封じ込めてしまったの。魔王様を封じ込めてしまったら、眷属であるあたしたちも一緒に魔界に引き込まれてしまったの。それが妖魔ヶ穴。そして魔界の様子を定期的に聞くために、裏切り者の子孫が石板を使ってあたしを呼び出していたのだけど…。昨日呼び出したのは優で…。一体何があったのかしら?」

 りりりは首をかしげながらお菓子を食べた。全部食べきると、優におねだりをした。次に車内販売が来た時にまたお菓子を買う羽目になった。

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