第3話
「すごーい。なにここー?」
遊園地に到着すると、りりりは屈託のない子供さながらに楽しそうな嬉しそうな声を上げ、その場でくるくると回った。それと同時に、ゴスロリの服のフリルがふわりふわりと舞踊った。
優の家からすぐ近くの大型ショッピングモールに行き、子供服売り場を回っていた時に、一番りりりが反応して欲しいとねだったのが、ゴスロリのファッションだった。全身黒地のワンピースに胸からお腹辺りまで縦の白いラインの入ったデザインで、とにかくフリルだらけで歩くたびにふわりふわりとひるがえる豪華仕立てだった。スカート部分の丈は膝くらいで、黒いタイツに黒のゴスロリ靴。夢魔にぴったりかもしれない。着物姿では目立つので、地味な服を着せようとしたのだが、かえって着物姿よりも目立つ結果となってしまった。それでも売り場の店員さんから「お嬢さんに大変お似合いですよ」と親子として認識されたのには安堵した。
有名でも豪華でもない、ごくごく普通の遊園地だったが、ジェットコースターのうねったコースや、観覧車、メリーゴーラウンドなどを見たりりりは、まさしく子供のようにはしゃいだ。優をひっぱって早く早くと中へ駆けてゆく。
「ここは何? 夢の国? とても楽しそう! ねえ、どうやって楽しむの?」
くりくりとした目で下から見上げられて、優は思わず照れてしまった。じっと見つめていると深淵に引き込まれてしまいそうな瞳から目線を外すと、子供向けの緩やかなコースターを指さした。
平日ということもあり、人は少なく待ち時間もなく、すんなり乗れた。ほぼ平坦なコースで少々のアップダウンとコーナーがある程度の、小さい子供でも安心して乗れるコースターだった。
「面白くない」
予想はしていたが、りりりは不満を言い放った。するとさっきから轟音をたててぐるんぐるんと回転しているジェットコースターを指さした。
「あれがいい」
「でも身長が足りないんじゃないかな?」
優は心配するつもりで言ったが、実のところ、優は絶叫マシーンが苦手なのだった。しかしりりりが身長制限を余裕でパスすると、優はげんなりした。
「きゃーーーっ、たのしーーーー」
りりりは一番先頭の車両に乗って、高速走行するジェットコースターにすっかりご機嫌になってしまった。特に宙返りするところがお気に入りの様子だ。一方の優はというと頭を下げて、周りの景色を見ないようにして悲鳴を上げていた。「ねえ、もう一回乗ろう?」と何度もねだるりりりに、断りきれない優は段々と顔面蒼白になっていった。
これが夢魔の恐ろしさか。と優は感じてきていた。快楽には貪欲で際限がない。刹那的どころか、永久的に楽しいことを追求する存在であるらしい。
しかし、無邪気に「きゃーきゃー」言いながら抱きついてくるところなどは正直可愛い。親子なのか恋人なのか赤の他人なのか分からないが、とにかくりりりといて楽しいと感じるようになってきていたのは事実だ。
次にりりりが興味を示したがお化け屋敷だった。妖魔である夢魔がお化けに興味を示すのも変な話だが、本人は興味津々だ。やはり優はお化け屋敷が苦手である。もし人間が魔界に紛れ込んだとして、アトラクションとして「人間屋敷」というものがあった場合、見てみたいと思うものだろうか?
優とりりりはぎゅっと手を握り締めて、薄暗い通路を進む。自然と前かがみの姿勢になってしまう。
不意に横の扉が開いて、お化けが現れた。驚いた優とりりりは同時に悲鳴を上げた。逃げようとする優だが、りりりとしっかり手が握られていてその場から逃げられない。「もー、なによー、びっくりさせないでよー!」りりりは怒ってお化けをバシバシと叩いてから、優を引きずるように奥へとずんずん進んでいった。それ以降も、優の腕につかまり、怖がりながらもお化けにキレるりりりにたくましさを感じる優だった。
「お疲れ様でした」
出口のお姉さんににこやかに言われて、りりりはべーと舌を出した。まだ怒ってるらしい。
優はりりりのご機嫌を取ろうと、クレープとポップコーンを買ってあげた。初めて食べるスイーツに、りりりは目を丸くした。「おいしーい。なにこれー」すると、味をしめたりりりはおかわりをねだり、クレープ売り場にある全種類を食べてしまうという偉業を成し遂げた。小さな体のどこに入っていくのか、本当に夢魔とは欲に対して底なしなのだと実感する。
食事が終わると、ふたりで観覧車に乗った。乗ってすぐは面白くなさそうな顔をしていたりりりだが、段々とゴンドラが高くなるにつれて笑顔になりだした。テンションが上がったのか、りりりはゴンドラの中で飛び跳ねた。ゴンドラが揺れる。優は顔が真っ青になる。
ゴンドラがてっぺんに来たあたりで、りりりが急に「ここで止めたい。この景色最高。ね、優と一緒にいるの楽しい」と楽しそうにりりりが言うと、ガクンと一瞬衝撃があった後本当にゴンドラが止まった。故障?
すると遊園地内にアナウンスが流れる。観覧車が原因不明の故障で今復旧作業をしているらしい。
りりりが優の横にちょこんとすわった。
「いい雰囲気ね。現世では恋人同士はこの中に入って何をするの?」
優はドキリとした。そんな経験はないが、思わずりりりに対して甘酸っぱいものを感じてしまった。中年男にとってそんな感情とっくの昔に枯れたと思っていたのだが。しかし優はりりりの質問に答えることができなかった。何か怖いものを感じたからだ。背筋が凍るようだった。
「ふふふ。じゃあ、動かすわね」
りりりが不敵な笑みを浮かべると、再び観覧車が動き出した。遊園地内に観覧車停止のお詫びのアナウンスが流れる。りりりは何事もなかったかのような顔をしているが、本当に彼女が観覧車を止めたというのか?
家路の電車の中でりりりは、いかに遊園地が楽しかったかを語り続けて止まらなかった。また行きたい、と言い出しそうな勢いだ。
今まで女性と一緒に遊園地に来たことなどない優にとって、りりりとの今日一日はとても貴重な体験になった。また遊びに行ってもいいと思えるものだった。…とここまで考えて、この中毒性そのものが夢魔の力なのかと思う部分もあった。果たしてりりりは、今日の遊園地は本当に彼女にとって楽しいものだったのか? それとも優をとりこにするための演技だったのか? 優は頭がこんがらがってきた。
夕食は近所のコンビニで買ってきた適当なものを優の部屋ですませる。なんてことのないメニューなのだが、やはりりりりにとっては物珍しいらしく「おいしいおいしい」を連発させた。そしてまたしてもおかわりを所望するものだから、優は何度もコンビニへ行くはめになるのだった。
就寝。りりりは普段優が使ってる布団に寝かせてあげて、優はもうひとつの物置になってる部屋でざこ寝することにした。電気を消して「おやすみ」を言ってからしばらくすると、暗がりからりりりが優の寝ている部屋にそっと現れた。そして優に添い寝する。
「今日はありがとう。ね、あたし今は子供だけど、優が望めば大人の体になれるよ?」
優は一番恐れていた言葉をささやかれて寿命が縮む思いだった。いや死にたい人間が、寿命うんぬん言う自体おかしな話だが。優は聞こえないふりをして、そのまま寝続けた。
りりりはちょっと不機嫌そうなため息をつくと、そのまま朝まで添い寝をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます