第14話 救済は訪れずとも
石の壁で四方を囲まれた部屋の中で、リーフはただ明かりのない天井を見つめていた。
全体重を支えた代償として、リーフの首は湿布薬と木の皮のギプスで固定されていた。首の骨が外れる前に解放されたことと、ごく短時間の窒息で肺に再び空気が吹き込まれたおかげで、身体に痺れといった後遺症は残らなかった。
しかし、リーフは身体を動かすことができなかった。
寝台に横たえられた四肢は、布で保護した上で枷と鎖によって拘束され寝返りどころか身を捩ることすら難しい。口にはさるぐつわが噛まされ、言葉も発せぬまま、空虚な目を天井に向けるしかなかった。
部屋から伸びる通路は1つの階段のみで、階段の横にはランプを持った使用人が立っていた。リーフの容態を確認するために、また自殺を試みないように見張っているのだ。
階段の上で扉の開く音が響き、足音が段々と下ってきた。ランプも持たずに暗い地下室へと確かな足取りで辿り着いた。
使用人の持つランプに照らされ、朱色の目が輝きを反射した。足音の主はギルだった。固着したのか、リンに痛めつけられた左腕は自由になっていた。
使用人には目もくれず、ギルはずかずかと寝台の横までやってきて椅子に腰を下ろした。
誰がやってきたのか分かっているのか、それとも存在に気付いていないのか、リーフの目は天井に向けられたまま動かない。
「テメェが首を括ってから3日経ったぜ。リンの奴、まだ部屋から出てこなくてマジで暇なんだけど」
俺が泣かせたかったのにな、と不満そうにギルが零した。
「イーハンは根暗すぎてつまんねぇし、そもそも姿が見えねぇし。狼共はビビってあんまり寄ってこねぇし……」
菓子は美味いが量がない。厨房に押しかけようとしたら止められた。小狼と追いかけっこするくらいしかやることがない。
ギルの他愛のない愚痴は暫く続いたが、リーフは微動だにしなかった。
「そういや、テメェが首を吊っているのを見たとき、俺が何を考えていたか、教えてやろうか」
ギルはリーフが聞いていようといまいと構わず喋り続けた。
「テメェは自分で終わらせられるんだなって」
人形のように動かなかったリーフの表情がぴくりと動いた。
虚ろな宝石の目が、壁に向かって話すギルの横顔を映した。ランプの明かりで朧気に見える表情に、いつもの嘲笑めいた雰囲気は感じられなかった。
リーフが自殺を図っているのを見たとき、リンは泣きながら必至で救助をし、イーハンはリンに蹴り飛ばされながら手伝いをさせられていた。
一方、ギルはただ黙って呼吸の止まったリーフを眺めていた。
リンに殴りかかられようとも、決して手伝うことはなかった。
喉の奥に物が突っかかったような、現実をうまく認識できていないような顔で、その場に立っていただけだった。
「竜種はな、絶対に自分を殺せねぇんだよ。前に進めなくなったら、誰かに首を落としてもらうしかねぇ」
ギルは手で首を切る仕草をした。朱の目には、疲労にも似た暗い色があった。目を向けた先には壁しかない、ただの独り言だった。
「首を落とさなけりゃ……死ぬまで立ち止まれねぇし、救われねぇんだよ」
両手で顔を覆い、ギルは俯いた。
「俺も、純血でなければ、どこかで止まれたかもしれん」
下を向いた口から、少年の声が漏れた。
息を吸い込んだ肩が大きく上がり、そのままガバッと後ろを振り返った。
「今の、ぜってーにリンに言うなよ。言ったらテメェを殺す」
ドアの側に立つ使用人にギルが言った。視界に入れていなかったが、存在には気付いていたようだ。使用人は表情を変えずに無言で会釈をした。
「首治ったらリンに謝っとけよ、死に損ないでごめんなさいってな」
口の左端を釣り上げて、いつものようにギルはわらった。今度こそ、リーフの方を見てわらった。
リーフはただ、空虚な目でそれを見ていた。
◆ ◇ ◆
地下室から上るギルの顔は、しかめ面とまではいかないものの硬かった。動作にも緊張感があり、猛獣が潜む森を進む狩人のように、油断なく足を運びつつも肩の力を抜いて最低限の警戒を常に張っていた。
リーフに憑依していたときにはずかずかと歩き、敵なしとばかりに振る舞っていた。その頃と比べると弱気とも取れるが、丸腰で敵地を歩いていると考えると十分余裕があるようにも見えた。
ギルは地下室のドアを閉めると、階段を上る途中から聞こえていた足音の主へ、顔を向けた。
廊下で伴を連れて待っていたのは、初老の貴婦人だった。
リンほど深い色ではないが暗色の髪を結い上げ、枝葉を冠のように飾っている。老化による弛みとは無縁の細く引き締まった身体は、緑のドレスの上からも見て取れた。淑女らしくドレスの裾は床に触れる丈だが、その中に硬い仕込み靴を履いていることにギルは気付いていた。
「契約者の様子はどう?勇者さん」
貴婦人の言葉に、ギルの頬が僅かに痙攣した。
「もう契約者ではない、アレは俺の身体だ。それと、俺を勇者と呼ぶな、耕王」
ギルの横柄な物言いに、貴婦人の後ろに控える使用人が反応した。しかし、両者の間に一声も割り込めなかった。
容易く壊れる身体を抱え、満足に能力を発揮することもできないというのに、ギルの目には弱気の色がなかった。血よりも眩い朱に高慢と孤高を湛え、三下が出しゃばる余地を一切与えない。
その場でギルと対等に向き合える格を持つのは、貴婦人だけだった。
「あらあら、リリルットとお喋りしているときとは口調が違うのね。空元気で誤魔化さない方が似合っていてよ、勇者ギルスムニル」
しつこく『勇者』という言葉を使い続ける貴婦人に、ギルの朱色の目が歪んで眉間に皺を寄せた。
「ガルマラと同じくらい腹の立つ女だ」
「先々代と比肩するなんて身に余る光栄だわ、ありがとう」
安い挑発をさらりとかわされ、ギルが舌打ちした。舌打ちした拍子に口の端から牙が覗いたが、貴婦人は臆する様子がなかった。
「そういえば、貴方が此処に来るのは初めてではなかったわね。昔と比べて居心地はどうかしら。建て直しはしたのだけど、間取りはほぼ同じなの」
「何百年前の話だ。そんなことは忘れた」
不機嫌を隠すつもりもないギルに、貴婦人の目が意地悪く光った。
「あら、彼に担がれて死体同然でやってきたのは誰だったかしら。それも忘れてしまったの」
ギルの目が分かりやすく泳いだ。
「誰のおかげで、傷が癒せたのかしら」
しつこく畳み掛ける貴婦人の言葉に、ギルの足が半歩下がった。
「その件は、お前たちに感謝していると何回も言っただろう。今更蒸し返すな」
「何回でも感謝してくれていいのよ、勇者さん。今回の件も貸しにしておいてあげる」
ギルの足がさらに一歩下がる。獣の唸り声が口の端から漏れた。
「今代もクソ
「成長していない坊やが悪いのよ」
ギルの精一杯の悪態を貴婦人はさらりと流した。
「それで、今回も私達のお願いを聞いてくださるのよね」
『アレ』が貴方自身でもあるなら、と貴婦人は悪巧みを含んだ笑顔を咲かせた。
さらにギルの顔が渋くなる。
「……最悪だ」
面倒事の予感に、ギルは苦々しく息を吐いた。
貴婦人が突然手を振りかぶり、ギルに向かって手のひら大の人形を投げつけた。
危なげなく掴み取ったギルの手の中に、金属製の黒い人形が収まった。
ずんぐりとした体型の、鋳物の人形だった。目鼻のないつるりとした頭に簡略化された手足をくっつけた単純な作りは、子供の玩具のように見えた。だが、表面に隙間なく彫られた
それこそが、魔剣に仮の肉を与える人形触媒だった。ギルが現在使用しているものは傷と錆だらけの劣化品だが、こちらは戦闘にも耐えられる上等なものだと、ギルは直感した。
「耕王フェリーノとして正式に、リリルット・チャーコウルの護衛を依頼します。受けてくださいますね、勇者ヴレイヴニル殿」
「どうせ、選択権はないんだろ」
人形触媒を握りしめたまま、牙を剥いてギルは応えた。
◇ ◆ ◇
リンはふんぞり返って、目の前に連行されたリーフを睨みつけた。
「それで、何か言うことは?」
寝台紛いの拘束具から開放されたリーフは、椅子の上で呆然としていた。
リーフの傷を覆っていた包帯とギプスは外され、両肩を覆っていた結晶の鱗も殆ど剥がれ落ちていた。
滑らかさを取り戻した白磁の肌に、クリーム色のシャツと黒いズボンを身に着けた様は、貴族然とした気品があった。自由を奪う手枷がなければ、より様になっていただろう。
しかし、今のリーフには自分を信用する気のない手枷よりも、しおらしいと伝え聞いていたリンが超強気の態度をとっていることが気になって仕方がなかった。
「何も言わずに首を吊って、ごめんなさい」
戸惑いながらも忠告通りに真正面から謝ったリーフに、リンの顔が怒りで爆発した。
「何か言っていたら許したとか、んなワケないじゃん!」
部屋を揺らさんばかりの怒声に、リーフは反射的に身を竦めた。
「な、ん、で!どーしてあのタイミングで!死ぬの!マジほんと馬鹿なのっ!ギル共々馬鹿なのっ!」
罵声と共に窓硝子が小刻みに震えた。
リーフは語らずに済ませかった胸中を、静かに吐露した。
「……いずれボクが此処に居ることはギリスアンに露呈する。そうなったら、君にも君の親類にも迷惑がかかる」
相手は国家なのだ。他国とはいえ貴族が凌げることにも限界がある。今までは影響を鑑み、表立って
リンの命も、匿っている家も、無事で済むとは思えなかった。
リーフの首を差し出して帳消しにできるのかは怪しいが、当事者が死ねば表向きの追及からは逃れられるだろう。
「だからって、あんな事しなくたって!」
「物言わぬ首に罪を被せるのが、世間では1番穏便な解決方法なのさ。それで大抵の揉め事はなんとかなる」
感情論を徹底的に無視して大局を語るリーフに、リンの勢いは確実に削がれていた。
何度か口をぱくぱくさせた後、リンは処置なしとばかりにため息をついた。
「そんなんじゃ、私は絶対に救われてなんかやらないから」
「じゃあ、リンにとって救いとは何なのだい」
すかさずリーフは問いかけた。
「それは――」
リンは安易に答えようとして、リーフの縋るような目に気付いた。リンの言った一言一句を聞き逃さまいと、一分の隙もなく理解しようと、パンに飢えた物乞いのような目でリンを見つめていた。
「……リーフが幸せになることに決まってるじゃん」
暫く逡巡した結果、リンが出した答えはリーフから困惑を引き出した。
「どうして」
「好きな人が幸せなのが1番救われるの……言わせないでよ恥ずかしい」
リンの顔が再び赤く染まった。それでも、勇気を振り絞ってリーフの顔から視線を逸らさない。
「その次くらいが、好きな人と一緒にいること。だから、もう死のうとか思うなっ」
リンがびしっとリーフの顔に指先を向けて言い放った。
「そういう、ものなのか」
リーフの目が一挙に遠くなった。命綱の切れた小舟に乗せられたような、もう見えなくなった岸を眺めているような目だった。勿論、その目にはリンが映っていない。
リンの告白は、リーフを絶望に叩き落としていた。
渾身の一言が空振りになり、リンの肩が明確にがっくりと落ちた。
「じゃあ、ボクは救われないのか……」
「……」
何があっても死にたいリーフに、リンは少し腹が立ち始めていた。しかし、そこで逆転の妙案を思いつき、リンの顔に悪い笑みが浮かんだ。
「そういえば、今回の件の落とし前は私に対してまだ終わっていないんじゃない?」
「え」
意外な言葉に、リーフの目が現実に引き戻された。
「今の話は、私をどうやって逃がすかでしょ。でも、私はまだリーフから『お手伝い』の報酬を貰ってないってハナシよ」
「それは……」
「まさか、タダ働きとかじゃないよね。私よりもお金に煩いリーフともあろう人が、経費の支払いすらしないなんて」
手のひらの上で硬貨を転がす仕草をしながら、リンがにんまりと笑った。
「君が浪費家なだけだろう」
反論したものの、リーフの顔は現実的な問題に苦々しさを滲ませていた。
リンの行動は自主的なもので、リーフに同行しギリスアンで暴れたのも成り行きであった。その理屈であれば雇用関係も契約もなく、報酬を要求する権利もないのだが、その程度の道理を無視するのがリリルット・チャーコウルという女なのである。
そもそも、それくらいの図太い精神と不遜な態度がなければ旅の途中で振り落とされていただろう。
「というわけで、正当な報酬を要求する!」
再びリンがびしっとリーフの顔に指先を向けて言い放った。
「逃亡生活デート……じゃなくて護衛をしなさい!とりあえず40日くらい!」
「その先は?」
「友達よりも深い仲になってから考える!」
感情面で何を言っても伝わらないと諦めたのか、私欲塗れの計画を堂々と暴露した。
「何処に逃げるのだい」
「それは、えっと」
勢いに任せた発言はとうとう躓き、リンは目を泳がせた。
その助け舟は、意外な人物から出された。
「おいクソ狼、その話だったらもう耕王とつけてんぞ」
部屋のドアを開けて、ギルがひょっこりと顔を覗かせた。
「なんでリーフが手枷つけてんだよ」
ギルの朱色の目がリーフの手元に向けられ、不快感を露わにした。
「自殺防止」
リーフは当然の顔をして質問に答えた。
「まだ死にてぇのか」
「差し迫って死ぬ必要性が見当たらなくなってしまった」
少し考えて、現状に驚きながらリーフが言った。
「じゃあ外せよ」
「自分の一存で外せないよ、こういうものは」
特に気にしていない様子でリーフが言った。だが、ギルは納得がいかないようで手枷を掴んだ。
「じゃあ俺が外すって決めた」
「あっ、コラ――」
リンが止める暇もなく、手枷が真っ二つに割れた。
腕の表面を軽い痺れが舐めたが、リーフには傷一つなかった。
リンの目が丸くなった。
「なんで腕吹っ飛んだり頭弾けたりしてないの?」
「耕王がようやくマトモなのくれたんだよ。もう腕引っ張った程度で千切れねぇからな」
念願の壊れにくい身体を手に入れたが、ギルは少しむっつりとしていた。
「ちっ、ちょっと面白かったのに」
「テメェ実は結構性格悪ぃな」
「あらあー、人を見る目が浅いんじゃないのおバカ魔剣」
目線の高さは前とは異なるが、いつもの調子でリンとギルは罵り合いを始めた。以前のようにリーフを間に挟む必要性はない筈だが、何故か2人の間にリーフの身体があった。
ギリスアンに辿り着く前と変わらぬ、遠慮も容赦もない距離感だった。
「ギル、耕王というのは誰なのだい」
完全に脱線した話題をリーフが軌道修正した。
「コイツのおばちゃんだかおばあちゃん。
「アリス叔母様をおばちゃん呼ばわりしてんじゃないわよ、この童顔野郎!」
「ぁあっ!今童顔つったかこのクソ女!」
「ボクを挟んで殴り合いはやめてくれないか」
リーフは自由になった手を最大限に活かし、立ち上がりざまにリンとギルを押しのけて距離を取らせた。
割り込まれて少し冷静になったリンとギルは、一旦口を閉じた。
「それで、リンの親類も一旦逃げたほうがよいと考えているわけなのだね」
「おう。南部の
ギルは頭を掻きながら言った。人と同じ姿を手に入れても、人間を鳥や兎と同列に語るのは変わっていなかった。
「極西に比べれば遥かに過ごしやすいと聞いているよ。人口も年々増えているらしい」
リーフは妥当な提案だと頷いた。
リドバルド王国から出国するとして、ギリスアンに接する東は論外だ。北上してギリスアンを迂回しつつ東に逃げることも、追手のリスクが高い。極西の外地でほとぼりが冷めるまで潜むという手もあるが、人口密集地域が少なすぎて逆に居場所が割れる恐れがある。リーフとリンが共に
となると、選択肢は内海を挟んだ大陸の反対側、
「西よりマシってんなら、楽勝じゃねぇか」
極西の外地で数十年間暴れまくっていた
「ていうか、あんたも来るわけ」
「耕王は俺に頼んだんだし、コイツが行くなら俺もだろ。同じなんだからな」
当然とばかりに鼻を鳴らすギルに、リンがむくれて半眼で睨みつけた。
「そうは言っても、まずは準備が肝要だ。リン、ボクの服は」
リーフは自分の黒い外套を要求した。元々、綻びや擦り切れが目立つ年季物だったのが、今回の戦いで両袖を失い外套として体をなさなくなってきていた。それでも、リーフの旅装はそれしかないため着る他にはない。
「ボロボロで臭かったから焼いた」
リンはあっけらかんと言った。
リーフとギルの口がぽかんと開いた。
「……おいおい、流石にダメだろワガママ女」
リンのあまりの傍若無人ぶりに、ギルもそれだけしか言えなかった。
しかし、それだけの言葉でも大層お気に召さなかったのか、リンは頬を膨らませた。
「何よ、代わりに私による、リーフのための、リーフにとっての最高の上着を用意してあげてるんだからいいじゃん!」
リンは部屋のクローゼットに駆け寄り、勢いよく扉を全開にした。
中から取り出されたのは、仮縫いされた黒褐色の外套だった。豪語するだけあって、丈はリーフに丁度合うように見えた。礼装にも見える洗練されたデザインで、耐久性を考慮してか、肩や袖口に灰色の革が当てられていた。
「ここまで仕上げるのに3日かかったんだからね!」
褒めてと言わんばかりに胸を張るリンに対して、見つめる2人は呆気にとられていた。
「……部屋に籠もっていた理由はこれか」
リーフが呟いた。
リンはリーフが拘束されている間、せっせと次の手の準備を推し進めていたのだ。2人の予想を裏切る逞しさだった。
「でね、叔母様のアドバイスで刺繍とか頑張ってるの!というわけで、試着してよリーフ」
「その前にどうしてボクの着丈を知っているのかが知りたい」
ぐいぐいと外套を押しつけてくるリンに抗いながら、リーフは素朴な疑問をぶつけた。
「そりゃ気絶している間に滅茶苦茶ベタベタ触りまくってたからな」
リンの代わりにギルが答えた。身体のラインを撫でるような手つきが若干いやらしさを感じさせた。
「言うなってか見てたのかこのドスケベ魔剣!」
顔を真っ赤にさせてリンがぎゃんぎゃん吠えた。
ギルが顔をしかめて耳を塞いだ。
「テメェも見てただろーが、つーか触ってただろーが。ぎゃーぎゃーうるせぇな」
「女同士だったらいいの!男は見んな!」
「下心ありありで言ってても説得力ねぇから」
涼しい顔でギルが返した。リーフは肯定しているのか、ギルに反応する素振りすら見せない。
「むー、いいから着てよリーフぅっっ!」
味方はいないが、リンは腕力にものを言わせてゴリ押しで試着させた。
◆ ◆ ◇
外套の試着後、手直しのためにリンは1人で部屋に籠もった。
裁縫の様子を見られるのが嫌という理由からリーフとギルは部屋から追い出され、廊下に立たざるを得なくなった。
監禁から開放され、リーフの腹が空腹を音で訴えた。
まだ暫く生きると決めた以上、食事は摂らなければならないとリーフは厨房を探しに行こうと歩き出した。
「おい、リーフ」
「どうかしたのかい、ギル」
ギルに呼び止められ、リーフは振り返らずに返事をした。
「あいつ、絶対にテメェから離れる気ないぞ」
「そうなのか」
リーフの声には、初耳だ、という響きがあった。ギルが溜息をついた。リーフの情緒面への無関心ぶりは、ギルの無神経を遥かに凌駕していた。
「ああいう女はマジで怖ぇからな。俺の昔の持ち主もああいうのにぶっ殺されたことあるし」
ギルがうんざりした調子でリーフに忠告した。
「忘れているかもしれないが、ボクも女だよ」
「忘れてねぇよ。テメェもある意味滅茶苦茶怖ぇ女だよ」
ギルは努めて世間一般並みの感想を述べた。しかし、表情は雄弁に『滅茶苦茶怖い』を超えるリーフの恐ろしさを語っていた。
「天下の魔剣に怖がられるとは、光栄と捉えるべきかな」
人形のように表情の希薄な顔で、リーフはギルの方に振り返った。暗い色が混ざった銀の髪が揺れた。
ギルはリーフの顔を見て、首を捻った。
「……あ?」
「まだ何かあるのかい」
「いや、お前の目って、そんな色だったか?」
リーフの宝石のような瞳に映り込んだギルが、目を凝らした。
鮮やかな新緑色だった瞳は、より硬質な淡い白緑へと色を失っていた。
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