第四話 カテゴリーSS
サイカを捕まえているトウシロウに向けてツキヒコは疑問の表情を向けていた。音を立てればシオが気づく、匂いをさせればミヅキが気づくという状況下において、どうやって誰にも見つからずに自分たちに近づけたのかがわからなかった。その答をシオが言う。
「油断したわね」
「迂闊」ミヅキが続いた。
シオは音、ミヅキは匂いを感じとることによって人の気配を察知することが出来る。だが、それらを行う条件は『能力を発動する』ということだ。彼女たちは電源の入った機械のように常時、音や匂いに敏感なわけではない。つまり、トウシロウがサイカを捕らえることが出来た理由は人質を助けて油断したシオとミヅキが能力を発動させていなかったためである。ミヅキは脱出の先導をシオに任せた時点で能力の発動を止め、シオはミユとの会話で動揺してしまったせいで能力を切ってしまったのだ。さらにサイカが囚われてしまった理由を付け加えるならば次のことがあげられる。
「実戦向きじゃないんだよ、僕の能力は」
殴られた後頭部を抑えながらタイチが言う。カテゴリーTの彼は触れたものを分析する能力には優れているが、シオやミヅキのように敵の動きを能力で捕らえることは出来なかった。
「くそっ。なんでナナカのやつが生きてんだよっ。てめえが殺したはずだろっ」
サイカを背後から拘束したまま、トウシロウはツキヒコを睨み付けた。
ツキヒコは何も言えなかった。自分だってナナカが生きているとは思っていなかったのだ。一体、なぜ彼女は無傷でこの場所にいるのか。その答がツキヒコにもわからない。確かにツキヒコが放った銃弾がナナカの胸に命中したはずなのに。
「まあ、いい」トウシロウは手に持っていたリボルバーをツキヒコに向けながら言った。「さすが『今一』どころか『今二』の第二エリアだな。お前らが相手で助かったぜ。こうして普通に近づいただけで形勢逆転が出来るんだからな」
まるで勝者のように微笑むトウシロウ。そんな彼の表情を見て油断していた第二エリアの面々が悔しがっているかといえば――そうでもなかった。決して油断しているわけではない。だが、表情は余裕たっぷりだった。
「ご愁傷さま」
そう言ったミヅキは両掌を合わせてお辞儀をする。
「トウシロウさん。あなたはわたしたちに勝つために一番やっちゃいけないことをやっちゃいましたね。いや、わたしたちというよりはツキヒコに、ですけど」
シオの言葉を聞いて、タイチが言う。
「あれ? もしかしてぼくがやったことってファインプレーだったんじゃないかな」
「それは結果論」
ミヅキは言った。
「てめえら、何言ってやがんだ」
強く握りしめたリボルバーをサイカのこめかみに押し当てながらトウシロウは叫んだ。主導権は自分にあるはずなのに、相手がまったく焦る様子を見せないことに混乱と怒りを感じているようだった。
「トウシロウさん」それまでずっと黙っていたツキヒコが口を開く。「姉貴を解放してください。十秒以内に」
「は? てめえ、何言ってんだ? 頭がイッちまったのか? こっちは五秒以内にてめえの姉貴を殺すことが出来んだぞ。ヨツバ。てめえが十秒以内に土下座しろ。それでねーちゃんを助けて下さいって汚ねえ鼻水垂らしながら泣いて懇願したら銃弾を撃ち込むのは脳味噌じゃなくて太ももあたりにしてやるよ」
「トウシロウさん。タイマーは作動していますよ。あと七秒です」
「こっちのタイマーも作動してんだよっ」
「もう一度、訊きます。姉貴を解放してはくれないんですか?」
「てめえは日本語が通じてんのか?」
「わかりました」
ツキヒコは一歩前に足を踏み出して言った。
「宣言しますよ。きちんとこころの準備が出来るように」
「宣言だと? いいぜ。言ってみろよ。スポーツマンシップの精神を俺に叩き込めたらてめえの望む通りになるかもな」
ツキヒコはトウシロウの話を聞いていなかった。もうトウシロウと会話をしても無駄だと諦めていたからだ。立ち止まり、大きく深呼吸をし、目の前にいるトウシロウをじっと見据えた。
「姉貴を解放してください。それが行われない場合、ここから先は、一方的な展開になりますよ」
ツキヒコの身体から青白い光が溢れ出し、場の空気が一変した。サイカのこめかみに突き付けられていたリボルバーの銃口がツキヒコへと向けられる。ツキヒコを睨み付けるトウシロウの目には怒りが溢れていた。
「遊びは終わりだ」
トウシロウはリボルバーの引き金をひいた。それはなんのためらいもない動作だった。鼓膜を貫く発砲音とともに発射された銃弾がツキヒコの眉間目がけて襲い掛かってくる。弾道がツキヒコに到達するまでの時間は一秒未満。トウシロウは頭部に穴が開き、辞世の句を読めないまま息絶えるツキヒコの姿を想像した。だが、その想像が現実になることはない。
「――っ」
トウシロウは言葉を失った。それまで抱えていた怒りが驚愕へと変化する。リボルバーから放たれた弾丸はツキヒコの眉間に命中しなかった。それどころか、ツキヒコの肌を焦がしてさえいない。リボルバーから放たれた弾丸はツキヒコのはるか後方に置いてあった廃車に激突。小さな火花を生み出しただけだった。
「くそっ」
トウシロウはもう一度、リボルバーの引き金をひいた。今度はツキヒコの心臓を目がけて。だが、その弾丸もツキヒコを貫くことはなかった。血の一滴すら出すことが出来ない。何が起こったのかはわかる。だが、なぜそれが起こったのかがわからない。混乱するトウシロウ。ターゲットのツキヒコは怪我一つない状態で憐れみを込めた目で自分を見ている。
「だから言ったじゃないですか、これからは一方的な展開になりますって」
そう言いながら近づいて来るツキヒコにトウシロウははじめて恐れを感じた。一発目の弾丸を放った時にはわからなかったが、二発目を放った後で確信した。信じられないが信じるしかない事実に。どうしてトウシロウが放った弾丸が命中しなかったのか。その答は単純にして明快。ツキヒコが弾を避けただけだった。言葉で言うのは簡単なその回避方法を実践するのにどれだけレベルの高い能力が必要なのか、考えなくてもすぐにわかる。
おかしい、とトウシロウは焦った。彼の持っていた情報によるとツキヒコ・ヨツバはカテゴリーSSという組織の中でもたった四パーセントしかいない貴重な能力の持ち主である。その能力は第六感。つまり、直感である。だが、ランクDの能力者である彼が出来ることと言えばせいぜいヒントがちりばめられている推理小説の犯人を当てることくらいだ。何もヒントがないこれから起こることについての予想――未来が予知出来るほどの直感能力は持っていないはずだった。
「くそっ、どういうことだよ、これはっ」
うろたえるトウシロウにツキヒコは言う。
「弾を避けただけですよ。あなたが引き金をひく前に身体を動かして。アクション映画ではよくあるじゃないですか。いつどこに弾が飛んでくるかわかっていれば簡単に避けられるんですよ」
「そういうことを言ってんじゃねえ。なんでてめえがそんな能力を持ってるんだよっ。能力テストでは力を抜いていたってことかっ」
「力を抜いていたわけじゃありませんよ。それをやったら罰っせられちゃうじゃないですか。だから全力でやりましたよ。もちろん」
「全力でやってランクDなわけねえだろっ」
「仕方ないじゃないですか。テストの状況下ではそれが俺の全力だったんですから」ツキヒコはゆっくりとトウシロウとの距離を詰めながら言葉を続ける。「さてと、トウシロウさん。そろそろ姉貴を離してくれませんか? もうわかりましたよね。一方的な展開になるってことを」
「くそっ。くそおおおおっ」
トウシロウの恐れは絶望へと変化した。その結果、リボルバーの先端をツキヒコではなく、再びサイカへと向ける。トウシロウに弾は当たらない。だが、サイカには確実に当たる。自分はツキヒコに勝てない。だが、試合に負けても勝負に負けるわけにはいかない。トウシロウは今回の計画を遂行するために様々なものを捨ててきた。愛する人に道を踏み外させること。尊敬する人の命を奪うこと。そのどれもを無駄にするわけにはいかない。せめて、一矢報いなければならない。勢いに任せて引き金をひく。これで勝負には勝つことが出来る、と。だが、発射された弾丸がサイカを穢すことはなかった。
「わかっていましたよ。こうなるってことは」
いつのまにかリボルバーの銃口が天井を向いていた。そうしむけたのはもちろんツキヒコだ。素早い動きでトウシロウに近づき、彼の腕を掴んで銃口の向きをそらしたのだ。トウシロウは天井に向けられていた銃口をツキヒコに向ける。そして間髪入れずに引き金をひいた。カチッという乾いた音が鳴る。元々、三発しかいれていなかったリボルバーの弾倉は空だった。
「くそっ。くそおおおおっ。何なんだよっ、何なんだよちくちょおおおおおっ」
悪態をつきながらトウシロウは後ろから羽交い絞めにしていたサイカを投げ捨てるように解放し、ツキヒコと向き合って戦闘態勢をしいた。手には投げ捨てたリボルバーの代わりに、ナイフが握られている。
「まだ、やるんですか」
淡々と言うツキヒコにトウシロウは言う。
「言っておくが、俺はカテゴリーVの能力者でランクはBだ。この目を使えばお前のうごきはスローモーション同然に見えるんだよ」
「ランクBでスローモーションは大げさですよね。せいぜい、俺の動きの特徴を捉えることが出来るレベルだと思いますけど」
「うるせえっ」
トウシロウはナイフの先端をツキヒコに向けて突き付ける。何度も何度もそれを繰り返す。しかし、トウシロウはツキヒコの身体だけではなく、服にすら傷一つ付けることが出来ない。トウシロウがツキヒコの動きを目で捕らえるよりも、ツキヒコがトウシロウの動きを先読みする方が早かった。
「ちくしょおおおおおおおおおおおっ。ちくしょお、ちくしょおおおおおおおおおおおおっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます