第五話 見えてきた道筋

 ツキヒコたちが爆破されたムロブチの店に戻ると、第一エリアのエージェントであるトウシロウ・マキとキリエ・マエカワの二人はすでにいなくなっていた。現場にいるのはミマサカ機関の鑑識係とそれを遠目から見ている警察関係者、あとはその周囲に群がる野次馬たちである。


 この現場はミマサカ機関が先に手を出したので警察はミマサカ機関の許可が出るまで入り込めない。このような関係が両社の溝を深くしていることをお互いにわかってはいるのだが、その溝を埋めようとする動きは今のところなかった。


 爆破された店舗に足を踏み入れて、ツキヒコはため息をついた。予想していたことだが、爆破されたことによってほとんど爆破前の痕跡が消えているのである。どこからが売り場でどこからが調理場なのかもわからない。


「さすがにここまで派手にやられると、森の中で埋蔵金を見つけようとするようなものかもしれませんね。パソコンのハードディスクだったものらしきものはこんな感じになってしまっていますし。ええ」


 そう言ってオクトーバー・フェストが掲げたのは、黒焦げになった文庫本サイズの黒塊だった。ただの炭にしか見えないそれを、元々はパソコンのハードディスクだったとわかるオクトーバー・フェストの観察力に脱帽したくなるほどだ。


「わかっていることを訊きますけど」ツキヒコは言う。「その黒焦げの物体からデータを取り出すことは可能ですか?」

「太陽が東から昇るみたいに当たり前のことを言いますけど」オクトーバー・フェストは答える。「無理ですね。ええ」


 そう言ったオクトーバー・フェストは黒塊になったパソコンのハードディスクを地面にぽとりと落とした。


 何か一つくらいは事態が進展するきっかけが残っているかもしれない。そう思ってこの爆破された店舗に戻ってきたツキヒコだったが、現実は甘くはなかった。


「そう都合よく手がかりが姿を現すことはないみたいですね」


 ツキヒコがそう言うと、いつの間にか横に立っていたミヅキがあるものを見せてきた。


「そうでもない。ご都合主義展開というものは現実でもあるらしい」


 そう言ってミヅキが渡してきたものを受け取ったツキヒコは、目蓋を大きく開いた。慌てて口を開く。


「どこにあったんだ、これっ」

「店の外。見覚えある?」


 ミヅキが店の外で見つけたもの。それはピアスだった。そして、そのピアスに見覚えがないはずがない。星が縦に三つ繋がったそのピアスは、ツキヒコが姉のサイカにプレゼントしたものなのだから。ミヅキが言う。


「お姉さんの香りに誘われて外に出てみたら、それが落ちてた」

「姉貴はここに連れてこられたのか……」

「その可能性はある」ミヅキは淡々と続ける。「ピアスが落ちるってことは、何かしらの抵抗をした痕跡かもしれない」

「くそっ」


 無理矢理この場所へ連れてこられた姉の姿を想像して、ツキヒコに怒りが込み上げてきた。だが、それを強引に落ち着かせる。ここで感情的になっても仕方がない。今は冷静に真相を追うべきだと自分に言い聞かせる。


「ミヅキ。匂いを辿って姉貴がどこへ向ったかわからないか?」

「犬の嗅覚は人間の約四千倍。能力発動時のわたしの嗅覚はそれ以上。だけど、無理。この辺にいるならすでにわたしのセンサーに引っかかっているはず。でもそれがないってことは車でどこかに連れ去られたと考えるべき。だとすると、追跡は神様を殺せるくらいの力がないと不可能」

「不可能を可能にする。それがミヅキ・タチバナ十七歳じゃないのか?」

「そんな設定はない」

「ちょっと言ってみただけだ」


 そう言ってため息をつくツキヒコにミヅキは言う。


「でも、そんなに落胆しなくてもいい。わたしには不可能を可能にする能力はない。でも、犬みたいにものを見つけるだけで終わりにするようなことはしない」

「どういうことだ?」

「ピアスからもう一つの手がかりを得ることに成功。嗅いだことのある香りが混ざっていた。それを持っていた人物がお姉さんと一緒にいた可能性は高い」

「誰だよ。その人物って」


 まるでわざと期待を持たせるかのように、ミヅキは少し間を開けてからこう言った。


「脅迫状を持っていた男」

「あの、ジャージ男か」


 ツキヒコは奥歯を噛みしめた。つい数時間前まで対峙していた男が姉と妹を拉致してここに連れて来たか、あるいはこの場所から二人をどこかへ移した人物だったのだ。あいつが生きていれば今頃は姉と妹の監禁場所がわかったかもしれない。そんな悔しさと共に、彼が殺された理由もはっきりとわかった。


 顔に悔しさをにじませるツキヒコのケータイに電話がかかってくる。嫌な予感を覚えつつディスプレイを見たツキヒコは、その表示を見て少し安心した。


『もしもし。そっちの状況はどう? 店舗が爆破されたみたいだけど、大丈夫?』


 相手はシオだった。ツキヒコは自分たちに問題はないと答え、店の外に落ちていた姉のピアスとそのピアスに付いていたジャージ男の痕跡を報告した。


『そう。そういうことね』


 意味深なシオの言葉にツキヒコはどういうことだと先を促した。


『こっちでタイチがジャージ男が来ていたジャージを触診したんだけど、その結果、ジャージに灰がついていたことがわかったのよ。それもたき火やバーベキューで生まれた灰じゃないわ。爆発物によって生まれた灰なのよ』

「爆発物――」


 そのキーワードを聞いて、ツキヒコの頭の中に即座に浮かび上がってくるものがあった。


「俺が行った高層マンションか」

『そういうこと。つまり、ジャージ男は爆破された高層マンションにいたってことよ。それとムロブチ・タイゾウの店の近くで見つかったお姉さんのピアスを繋げて考えてみると、お姉さんの足取りが想像できる』

「拉致された姉貴は一旦、ムロブチの店舗に連れてこられ、その後、高層マンションに移動したってことか」

『そうね。もちろん高層マンションからムロブチの店舗に連れてこられて、さらにどこかへ移動した可能性はあるけど、まずはムロブチの店舗からマンションへ移動したと仮定して捜索した方がよさそうね』


 あなたはマンションに行って。そう言ったシオの思いやりにツキヒコの胸は熱くなる。


「いいのか?」


 ツキヒコの問いに、シオはため息をついた。


『どうせ止めたって行っちゃうんでしょ?』

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