第四話 新たな視点

 空中車エアカーに戻ったツキヒコは、ムロブチ・タイゾウの店が爆破された経緯と彼が遺体で発見されたことを、ミヅキとオクトーバー・フェストに伝えた。


「掴もうとした手がかりが夢みたいに消えてしまう」オクトーバー・フェストは微笑みながら言った。「まるでサスペンス映画みたいですね。ええ」


 ムロブチ・タイゾウが遺体になってしまったことにより、彼がテロ組織カオスとどのような関係だったのかがわからなくなり、さらに店舗が爆破されたことによって、ツキヒコたちが知りたかった限定チョコレートを買った顧客の情報も消えてなくなってしまった。ツキヒコの妹のミユと姉のサイカの居所を捜す手がかりが一気に二つもなくなってしまったことにツキヒコは落胆と焦燥を隠せない。まだ、どちらかでも残っていればやりようがあるのに。


「くそっ」


 ハンドルに額を擦りつけながらツキヒコは嘆いた。


「ツキヒコ。遺体を調べれば何かわかるかもしれない」


 そんなミヅキの言葉にツキヒコは顔をハンドルにうずめたまま答える。


「遺体は警察が見つけて持って行っちまったんだ。すぐに調べることは出来ない」

「そう。それは残念」


 元々、警察は自分たちの領域を犯してくるミマサカ機関という組織を毛嫌いしている。故に、ツキヒコたちがどんな理由を述べたとしてもすぐに協力してくれる可能性は皆無なのだ。時間が経てばムロブチの遺体を調べさせてくれるかもしれないが、ツキヒコには時間がない。午後三時までになんとかしなければ妹と姉の命が危ないのだ。ツキヒコはこれからどうするべきか考えようとした。だが、妹たちのことが頭から離れずに上手く作戦を立てることが出来ない。


「……ナナカ嬢を殺すしかないのかもな」


 ツキヒコの呟きにミヅキが言う。


「本気? だったら協力するけど」


 ミヅキの意外な同意に、ツキヒコは冷静さを取り戻した。


「悪い。少し本気が混ざった冗談だ」

「そう。まあ、わたしは別にどっちでもいいけど」


 冗談だか本気だかわからないミヅキの態度が、ツキヒコの焦る気持ちを落ち着かせてくれる。ツキヒコにとってミヅキは風邪を引いた時に飲む薬のような存在だった。ミヅキは感情を表に出さないし、周りの流れに引っ張られることもなく、常に通常の心理状態を保っている。その姿が感情に振り回されそうになるツキヒコを元に戻してくれるのだ。


「ここはとりあえず一度立ち止まって考えてみることが必要かもしれませんね」オクトーバー・フェストは微笑んだ。「小説家だって脚本家だって常に文字を綴り続けられるわけじゃありません。どういう展開にするか立ち止まって考えることもあるんですよ。ええ」


 確かにそうかもしれないとツキヒコは思った。妹と姉が危険に晒されている状況下で、彼女たちを早く助けることばかりを考えて感情の赴くまま突っ走って来てしまったような気がしてきたのだ。ここまで走ってくる間、思考を止めていたような気がする。思考を止めるな、話を素直に聞くな、違和感を覚えないのか、というサカエの言葉を思い出した。そして、今回の出来事を根本的な部分から考えてみる。すると、こんな疑問が浮かび上がってきた。


「どうしてミユと姉貴は人質にされているんだ?」


 ツキヒコのその言葉は誰かに話そうとしたものではなく、考えていたことが無意識に口から出てしまったような感じだった。


「それは俺にナナカ・ミマサカを暗殺させたいからだ。だけど、なぜ……俺なんだ?」

「通り魔のようにたまたま街を歩いていたツキヒコさんをターゲットにしたという可能性はありますけど」オクトーバー・フェストは言う。「その可能性は宝くじの一等前後賞が当たるよりも低そうですよね。ええ」


 オクトーバー・フェストの言う通りだとツキヒコは思った。自分にナナカを暗殺させる。どうしてそのようにしたいのか。その答はあまりにも単純なように思えた。


「涙や祈りさえ寄せ付けないほどツキヒコを恨んでいる」ミヅキが言う。「その可能性が一番高い」

「だよな」


 自分が誰かに怨まれている。ツキヒコにはその心当たりはないが、自分に心当たりがないからと言って、誰にも怨まれていないという保証はどこにもない。ただでさえ犯罪者を捕らえる仕事をしているのだ。不特定多数の人間がツキヒコを怨んでいる可能性は十分にあった。


「でも、さすがに範囲が広すぎるな」ツキヒコは言う。「俺を怨んでいる人間がどれくらいいるのか見当がつかない。どこから手を付ければいいのか……」


 頭を抱えるツキヒコにミヅキが言う。


「とりあえず女関係」

「そんなもんで怨まれる心当たりはないんだが」

「冗談。ツキヒコが女関係のトラブルを抱えるほどモテるとは思えない」

「そういうことはこころの中だけで思っておけ。地味に傷つく」


 怨み妬みと言えば、男女間のトラブルが一般的だが、ミヅキにも言ったようにツキヒコにはその心当たりがなかった。その件に関しては知らないうちに怨まれているというのも可能性は低いように感じる。


「もっと別の角度からも考えてみた方がいいのかもな」ツキヒコは言う。「俺個人のことだけじゃなくて、もっとマクロな視点からって言うか」

「コインの裏表」ミヅキが呟く。

「そう。それだ。俺が言いたかったのは。一面的じゃなく多面的にこの件を考えるべきなのかもしれない」

「だったらまずはムロブチの死と関連付けてみるのが良いかもしれませんね。ええ」


 オクトーバー・フェストは続けて言った。


「ムロブチが殺されたのが単なる偶然だと思えるほどツキヒコさんに運がないとは思えません。我々、とわたしが言ってはおかしいですが、ミマサカ機関がテロ組織カオスの情報をムロブチから手に入れようとしたから口止めのために殺されたと考えるのが普通でしょう。実際、わたしとツキヒコさんの目の前でも情報をペラペラとしゃべりそうになっていた人間が殺されたわけですし」

「ですね」


 ツキヒコはケータイを取り出した。


「とりあえずムロブチ・タイゾウの調査をシオに頼もう。俺たちは爆破された店舗に戻って何か残っていないか調べるか」

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