第六話 再潜入
シオとの通話を終えたツキヒコは、その内容をミヅキとオクトーバー・フェストに教えてから
そんなことを考えながらマンションの近くで
数時間前にガクトと一緒にここへやってきたときと同じように、駐車場には人の気配がなかった。ガクトがたどった監視カメラの死角を思い出しながらエレベーターと階段へと繋がる通用口へと向かい、内部へと侵入した。前回とは違い、今回は住人であるオクトーバー・フェストがいたので、暗証番号を入力しなければならない電子錠は簡単に突破出来た。上へ続く階段の踊り場で立ち止まったツキヒコは、インカムでミヅキに連絡を取る。
「相手は何人くらいいそうだ?」
『わからない。監視カメラが相手に乗っ取られてる。ハッキングは難しい』
「やっぱりそうか」
マンションに設置されている監視カメラにハッキングさえ出来れば相手の人数や位置、上手くいけば囚われているかもしれない妹のミユと姉のサイカの居所までもわかったかもしれなかったのだが、そう上手くは行かないようだった。逆に相手は監視カメラを手中に収めているからこそ、マンションの出入り口に人員を配置せずに余裕を見せていられるのだろう。カメラが切られているならまだしも、自分たちが相手の手中にあるのは分が悪い。今頃相手は、侵入してきたツキヒコとオクトーバー・フェストの映像を観てニヤニヤと笑っているかもしれないのだ。
もちろんここへ到着する前から、相手が監視カメラを手中に収めている可能性が高いとツキヒコは睨んでいた。それでもこうして乗り込んだのは、リスクを背負ってでも前に進まなければならないと思ったからだ。
「呆れるくらい無謀ですね。あなたは」オクトーバー・フェストが言う。「これでは人工衛星を使った政府機関と戦うようなものですよ。ええ」
「ですね」ツキヒコは微かに笑った。「でも、そんな無謀野郎についてきたあなたも無謀なんじゃないですか?」
「そうですね」オクトーバー・フェストは微笑みながらツキヒコを見た。「でも、残念ながらわたしは無謀ではないのですよ。例え、政府機関に狙われたとしても、生き残れる自信があるからこうしてあなたについてきたわけですから。ええ」
「どういうことですか?」
「こういうことですよ」
ニヤリと微笑んだオクトーバー・フェストは、履いていたスニーカを脱いだ。そしてスニーカーの中に手を入れてあるものを取り出す。
「古典的な方法ですが、馬鹿にしてはいけませんね。ええ」
オクトーバー・フェストが取り出したものは携帯端末だった。はじめてオクトーバー・フェストと会ったとき、ツキヒコはワンピース姿の彼女を見て武器は隠せないからテロリストではないと判断した。今は、その判断を下した自分に説教をしてやりたい気分だった。
「ブラジャーにも秘密道具を隠していますが、見ますか?」
「い、いいですよっ」
慌てるツキヒコの様子を満足気に見たオクトーバー・フェストは、取り出した携帯端末を操作した。メールを打っているのか、ネットを見ているのかツキヒコにはわからなかったが、その答えをインカム越しの声が教えてくれる。
『あ、映った』ミヅキの淡々とした声が聞こえてくる。
「え?」
『魔法でも使った?』
「いや、俺は何も」
どうやらミヅキのパソコンには監視カメラの映像が映し出されているらしい。もちろんツキヒコにはそのからくりがわかららない。
「魔法使いはわたしですよ。ええ」オクトーバー・フェストがインカムに話しかける。「ステッキを振ればいろんなことが出来てしまいます。ええ」
「携帯端末一つでハッキングをし返したってことですか?」
「違いますよ」オクトーバー・フェストは言う。「わたし個人の監視カメラの映像をミヅキさんのパソコンに送ったんです。故に、家の電気をつけるみたいにボタン一つで起動完了ですよ。ええ」
ツキヒコは理解した。この高層マンションはオクトーバー・フェストの庭である。深淵の世界では有名な諜報員である彼女が、自分の庭に警備システムを配備していないはずがない。
「だから言ったじゃないですか」オクトーバー・フェストは勝ち誇ったように微笑んだ。「生き残れる自信があるからついてきたんですよ。準備は大切ですよ。備えあれば敗北なしです。ええ」
「さすがです」
「もう一つおまけにこんなこともしておきましょうか」そう言ったオクトーバー・フェストは大げさに携帯端末を掲げてみせた。「今から敵の監視カメラにはわたしたちが来る前の映像が延々と流れることになります。わたしの監視カメラに録画していた映像を向こうに送っておきましたから」
そんなことも出来るのか、と感心してしまうツキヒコ。だが、一つの懸念が浮かび上がってくる。
「映像が切り替えられるタイミングを見られていたらまずくないですか? それまで映っていたかもしれない俺たちがいきなり消えちゃうわけですから」
「大丈夫ですよ。彼らがモニターに張り付いて常に映像をチェックしているほど真面目だとは思えません。おそらく今頃はポーカーをやっているか、サッカーの試合を観ているはずですよ。ええ」
「それって、映画でよくある展開ってだけで、今がそうだという確証はないんじゃ……」
「わたしは確証がなければ前に進めない人間に興味はありません。ツキヒコさん。あなたはわたしを失望させたりしませんよね?」
何だかカッコイイ言葉を言われて色々と論点がずらされている気がするが、微笑みながら自分の目を覗いてくるオクトーバー・フェストを見てツキヒコはこう告げるしかない。
「もちろんですよ」
「よかったです」オクトーバー・フェストは満足そうにうなずいた。「ミヅキさん。わたしたちが求めているものはこのマンション内にありますか?」
『ある』
ミヅキの返事を聞いて、ツキヒコは身体が熱くなるのを感じた。
「本当かっ」
『三九階の一番奥の部屋にいる。安心していい。二人とも乱暴をされた様子はない。部屋の中で監禁されているだけ。自由に動ける状態。室内に監視はいないけど、扉の前には二人の監視がいる。あと、通路にも三人。全員、AK所持』
「わかった。そのまま監視を続けて、何か動きがあったら教えてくれ」
ツキヒコは階段へ向って駆け出した。ようやく妹と姉を見つけることが出来たのだ。じっとしてなんていられない。ちょっと待ってください、と慌ててオクトーバー・フェストがついてくる。そんな二人のインカムにミヅキから連絡が入る。
『あともう一つ』ミヅキは淡々と告げる。『マンションの監視室にいる連中はポーカーやサッカー観戦じゃなくて、携帯ゲームの協力プレイをしている模様』
どうでもいいよ、と思いながら階段を上ろうとしたツキヒコに、後ろからオクトーバー・フェストが声をかけてくる。
「ちょっと待ってください。いい考えがあるんですけど、救いを求める弱者のように耳を貸す気はありますか?」
ツキヒコは立ち止まって振り返る。
「どうかしましたか? 別に救いを求めてはいませんけど、いい考えは聞きたいですね」
「そうですか。それはよかったです。ええ」オクトーバー・フェストは上を見上げた。「いい考えを伝える前に質問です。ツキヒコさん。あなたはドンパチ派ですか? それとも隠密派ですか?」
ツキヒコは銃を所持しているし、必要ならばそれを使って人を殺めることもあるが、基本的には荒っぽいことは好きではない。故に、隠密派だと答える。
「なるほど。それを聞いて安心しました。わたしもなるべくならドンパチは避けたい派なので。和を以て貴しとなす、ですね。ええ」そう言ったオクトーバー・フェストは踊り場の壁際へと歩を進めた。「隠密派のあなたに耳寄りな情報があります」
何をしようとしているのか、と怪訝な表情を浮かべるツキヒコを見て楽しそうに微笑んだオクトーバー・フェストは、壁の隅に置かれていたツキヒコの身長と同じくらいの大きさがある置時計に触れた。すると、ごごご、と音を立ててその置時計が勝手に横へとスライドしていく。
「これは……」
ツキヒコが驚きの声を上げたのは、置時計がスライドしたからだけではない。置時計で隠されていた壁には、高さ一メートルほどの小さな扉が付いていたのだ。
「秘密の出入り口ですよ。不思議な世界へと繋がっています。ええ」オクトーバー・フェストは自慢げに言った。「ツキヒコさんも知っての通り、残念ながらわたしは命を狙われやすいタイプの人間なので、こうしてしっかりと逃げ道を確保しているのですよ。リスクマネジメントというやつですね。戦国武将は誰でも城に抜け道を作っていましたし、ホワイトハウスにだってロンドン塔にだって秘密の通路はあります」
「なるほど」
「その扉を抜ければ隠しエレベーターがあります。直通で四十階まで行ける優れものです。乗る気はありますか?」
「大きく揺れたりしないなら、是非乗りたいですね」
ツキヒコは単純にすごいと感心してしまう。だが、ここは分譲マンションのはずだ。他の住人の許可を取らずに、勝手に自分用の秘密の出入り口を作ってしまって良いものなのだろうか。そんなツキヒコの疑問を察して、オクトーバー・フェストが口を開く。
「問題ありませんよ。誰も気が付かないんですから。核戦争が起こるか起こらないかのせめぎあいが常にあるにも関わらず、世間の人々が平和に暮らしていけるのと同じことです。ええ」
そう言う問題ではないだろう、と呆れるツキヒコをオクトーバー・フェストは促す。
「さあ、行きましょう。人生、遠回りは悪くありませんが、近道をした方がいい時もありますから。時間は有限です。効率よく行ける時はそっちを採用しましょう。ええ」
高さ一メートルほどしかない扉を開き、中腰になりながら中へと入っていくオクトーバー・フェスト。やれやれとため息をつきつつ、ツキヒコもあとに続いて扉の中へ入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます