第三話 かけられた鍵

「吉報です」


 停車している空中車エアカーの運転席でケータイの通話を終えたココロ・サエグサが満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「ミユちゃんが見つかりました。安心してください。無事ですよ。怪我はしていないし、怖い思いもしていないみたいです」

「本当ですかっ」


 最高の報告を受けてサイカ・ヨツバは歓喜の声を上げた。ココロにミユの捜索を依頼してからたったの十分しかたっていない。今まで考えたことがなかったが、こんなにも優秀な組織に自分の弟が所属していることに誇らしさが湧いて来る。ココロはケータイを車に設置されている充電器にさしてから言う。


「よかったですよ。ネットにわたしの顔写真が載らなくて。これ以上、ファンが増えてしまったら仕事に支障をきたしてしまいますから。一応、隠密捜査的なものを行う場合もありますからね。文通相手と同じですよ。素性は隠されているに越したことはありません」

「ありがとうございます」サイカは何度も頭を下げた。「それで、ミユはどこにいたんですか?」

「どうやら駅前の方まで行っていたみたいですね。仲間の話によると、目当てのものが家の近くのコンビニには置いてなかったので、駅前のコンビニへと向かったみたいです。便利を謳っているコンビニと言ってもいたらないところはあるみたいですね。まあ、未来予知が出来るわけではないですし、欠品の一つや二つがあっても仕方がないと思いますけど」

「そうですか。やっぱりコンビニにいたんですね。ほんとうにすみません。ご迷惑をおかけして」

「気にしないでください。コンビニのスタッフがレジを打つよりも簡単な仕事しかしていませんから。一応、我々の事務所で待っていてもらおうと思っていますけど、それでいいですか?」

「ええ。もちろんです」

「じゃあ、行きましょうか」


 ココロが空中車エアカーを走らせてから十数分。二人はミユが保護されているココロの事務所へとたどり着いた。車から降りたサイカは驚きながら言う。


「事務所って、ここですか?」


 サイカの視線の先には四十階建ての高層ビルが建っていた。サイカは一度だけミマサカ機関中央支部第二エリア、つまり弟のツキヒコが所属している組織の事務所を観たことがある。彼が通っている事務所は三階建のこじんまりとしたビルだった。故に、自分がこれからココロに連れて行ってもらう事務所も同じような規模の建物であると思っていたのだ。


「ええ、そうですよ」運転席を降りて、サイカの傍までやってきたココロは自慢げに言う。「これでもわたしはわりと出世している方ですからね。こんなところに通ってお給料をもらうことができるんです」

「な、なるほど」


 いつか自分の弟も目の前に建っているような立派な建物に通うようになるのかもしれない。サイカはそれを考えると少し複雑な気分になった。立派な建物に通う弟は誇らしい。だが、出世をするということは今よりもさらに仕事が忙しくなるということなのだから。


「ああ、一つだけ残念なことを言っておきますと」ココロはわざとらしく哀しみを帯びた表情を浮かべて言う。「建物の最上階はミマサカ機関のフロアではないんですよ。だから最上階からの景色を見せてあげることは出来ません。最上階よりも十メートルくらい低くなってしまいますが、そこからの景色で我慢してください」

「最上階フロアは別の人が使っているんですか?」

「ええ。お金持ちのぼんぼっちゃまですよ」


 さあ、行きましょうか。そう言って歩き出すココロにサイカはついて行く。お金持ちのぼんぼっちゃま。高層ビルの最上階を陣取っているその人物について、サイカは興味を持っていなかった。サイカが気にしていることはただ一つ。早く妹の元気な姿を見て、どんなふうに説教をしようかということだけだった。


 エレベータでフロアを上がり、三十九階のとある一室に案内されたサイカ。部屋は一般的な会社の事務所の雰囲気とはまったくの別物だった。細長いフローリングの床が前面に延び、その先にはオレンジ色の優しい光に覆われたスペースが広がっている。そのスペースにはパソコンどころか業務用のデスクすら設置されていない。コの字型の白いソファーと茶色いテーブルがあり、両腕を広げても納まりきらないサイズのテレビがソファーと向かい合っていた。事務所というよりは家だった。


 ここは仕事部屋ではなく泊りがけの仕事を行う際の仮眠室なのかもしれない。部屋に対してそのような感想を抱いていたサイカが落ち着かない様子でソファーに座って待っていると、奥の部屋から妹のミユがココロに連れられて出てきた。サイカは目の奥が熱くなってくるのを感じた。ここまでやって来る間はずっとどうやってしかりつけてやろうかと考えていた。しかし、実際に妹を目の前にするとそのすべてがどうでもよくなってしまう。


「ごめんなさい」


 意気消沈した様子でミユが頭を下げてくる。ミユは一瞬だけサイカと目を合わせた後、すぐにその視線をそらしてしまった。サイカは何も言わずにその小さな身体を抱きしめた。


 いつの間にかココロがいなくなっていることと、背後で部屋の扉に鍵かかけられていること。


 それらにまったく気づくことはなかった。

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