第七話 サイカとココロ

 肩からさげていたトートバックの中でケータイが揺れていることにサイカは気づかなかった。それは彼女が夜の街をひたすら歩き回っていたからだ。ツキヒコには妹のミユが無事見つかって今はお風呂に入っていると報告したが、実際は違う。妹のミユはまだみつかってはいないのだ。家の周囲にあるコンビニはすべて捜し、公園も覗いてみたが、それらすべてにミユの姿はなかった。


 他に妹が行きそうな場所に心当たりがない。もう一度、コンビニをまわってみよう。そう考えていたサイカを不安に陥れる音が聞こえてくる。救急車のサイレンだ。まさか、と思いサイレンが聞こえてきた方へ顔を向ける。もしかしたらミユは何らかの事故に巻き込まれて病院にいるのかもしれない。最悪の想像がリアルなイメージとなって頭を支配し始める。


 コンビニへ行くのは止め病院に行った方がいいのかもしれない。

 そう考え始めていたサイカのそばに一台のセダン型の空中車エアカーが停車した。はじめ、サイカはそれに気が付かなかったが、


「あの、サイカ・ヨツバさんですか?」


 そう直接声をかけられることによってサイカは車の存在に気が付いた。


「あ、はい」


 驚いた様子浮かべているサイカに、空中車エアカーに乗っていた女性は優し気な笑みを浮かべた。


「驚かせてしまってもうしわけありません。わたしはミマサカ機関のココロ・サエグサと申します。ツキヒコ・ヨツバさんとは一緒に仕事をしたことがありまして、お姉さんのこともうかがったことがあるんですよ」


 ココロ・サエグサと名乗った女性は男装が似合いそうな凛とした雰囲気を持っていた。ショートカットの髪型がその雰囲気に拍車をかけている。平時に声をかけられたのならば、同性だというのに迂闊にも心がときめいてしまったかもしれない。だが、今は平時ではない。


 少し疑うような表情を浮かべるサイカにココロは名詞と身分証明書を見せた。自分の弟が持っているものと同じデザインの名刺と身分証明書を見て、サイカは安心して口を開いた。


「そうなんですか。いつも弟がお世話になっております」

「いえ、いえ。お世話になっているのはこちらですよ。第二エリアのエージェントさんはいろいろと話題を提供してくれますからね。仕事を楽しくやるための潤滑油になっていますよ。ストレスの多いわたしたちみたいなサラリーマンにとって、潤滑油は大切ですよ。その潤滑油がなければ欠陥住宅の窓みたいに耳障りな音を出しながら仕事をしなければなりませんからね。それより、こんなところで何をしていらっしゃるんですか? 夜食のお菓子を買いにコンビニにでも行くんですか?」

「いえ、そうではないんですけど」サイカは少し考えてから口を開いた。「実は黙って外出してしまった妹を捜しているんですよ」

「本当ですか。それは心配ですね。たしか妹さんはまだ小さかったような」

「はい。まだ十歳です」

「ツキヒコさんには連絡を入れたんですか?」

「実はもう帰ってきていると伝えているんです。余計な心配をかけて仕事の邪魔をしたくなかったので」

「なるほど。そういうことですか。確かに今はちょっとやっかいな仕事を担当しているみたいですからね。あ、すみません。今のは訊かなかったことにしてください」ココロは少し黙って何かを考える様子を見せてから口を開いた。「では、妹さんの捜索をお手伝いしますよ。ミマサカ機関のネットワークを使えばすぐに見つかるはずですから」

「いや、悪いですよ」

「気にしないでください。変な話、ヨツバ家を助けるためだけではないんですよ。もし何らかの事情でツキヒコさんが妹さんの失踪を知ってしまったら仕事に悪影響が出ますから。さっき口を滑らせてしまったので言いますけど、ツキヒコさんは今、重要な任務に就いているのでこちらとしては仕事に集中して欲しいわけです。それがミマサカ機関、いやこの国、いやこの世界にとっての利益になるわけですから」


 たしかにその通りだとサイカは思った。上手く誤魔化せたつもりだったが、どこから妹の失踪がツキヒコの耳に入るかわからない。少し悩んでからサイカは決意した。


「わかりました。ご協力お願いします」

「安心してください。子供の移動範囲なんて狭いですからすぐに見つかりますよ。もしも三十分以内に見つからなければミマサカ機関の悪口をネットで公表してもいいですよ。わたしの顔写真付きで」

「いいんですか? 顔写真を載せても」

「問題ないです。きちんと加工処理してくだされば」


 ココロの冗談に笑みを見せながら、サイカは停まっていた空中車エアカーの助手席に身体をすべりこませた。ココロの言うようにミマサカ機関のネットワークを使えばすぐに妹は見つかる。そう信じていた。




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