第18話『仲良くしようよ』





「師匠の言いたい事は分かる。でもレナ様はレナ様で、キリカちゃんはキリカちゃんなんだよ。2人を比べちゃいけない。巫女って一括りに見ないで、キリカちゃんって言う個人を見てあげないと」

「シャリオン様……」

「シャリオン……」


 私は意味深に被りを横に振る。

 私を見ていた二人の声が見事にハモった。


「この世に完璧な人間なんていない。レナ様だって、キリカちゃんくらいの歳には、こんな典型的な失敗をしていたかもしれない。だからこそ、同じ失敗をして欲しくないから後継者の教育に力を入れたんだよ……きっと」

「だが、しかし……こやつは」

「キリカちゃんにだって良い所、たくさんあるんだよ?」

「わ、私の良い所ですか?」


 驚くキリカに、私は目配せをして、


「うん。まずは地道な努力家ってところでしょ。次に褒め上手でしょ。それから、ローウゥエルに立ち向かえる勇気がある。これって、立派な長所じゃない?」


 と、キリカの良い所を3つ上げてみた。

 キリカ本人は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。探せば、もっとあると思うけどね!




 長所を褒めてもらう――。

 私がキリカに優しいのには、もう一つ理由がある。

 彼女は、昔の私に似ているからだ。容姿や性格がではない。

 特に秀でた部分、取り得が無いところがだ――。

 前世の私が誰にもしてもらえなかった事、何処でも良い……何でも良いから、褒めてもらう事。それがここで反面教師として生かされた。

 結果オーライだ。キリカを第二の『私』にしてはいけない。

 何より、勇者・巫女・武器の私達3人は三つ巴の『三本の矢』なのだ。

 仲違いも駄目、欠けても駄目。

 密な協力関係がなければ、この先やっていけない。


「足りない部分は一緒に補っていけば良い。師匠も欠点だけを見るんじゃ無くてさ、良いところを見てあげてよ。キリカちゃんのこれからを一緒に見守っていこう、ね?」

「……」


 黙りこくってしまったローウェルに歩み寄り、目の前で屈んで視線を合わせると「ね?」と、もう一度念を押した。


「……ふんッ! そもそも、どうすればここまで部屋が汚れるのだ? 理解できん。さっさと荷物の餞別を終わらせて、こちらの掃除に合流せんか!」

「ふぇ? でも、私は……」

「ふぇ? ではない! ボサッとするな、巫女キリカ!」

「は、はい! すぐに終わらせてきますぅー!!」


 ローウェルがクワッと目を見開いて怒鳴ると、キリカが怯えた声で返事をすると書庫を飛び出して行った。怒鳴りこそしたものの、ローウェルの口調に剣幕な雰囲気はもうない。

 素直じゃないなぁ、ツンデレめ……と心の中で苦笑し、手に持っていた雑巾を桶に浸した。


「師匠、汚れた水の交換に行って来るね」

「早く戻れよ?」

「うーっす」


 そう言い残し、濁った水の入った桶を手に表に出た。

 庭の隅に水を捨て、井戸の手前に桶を置く。

 この井戸ね、何気に釣瓶じゃなくて、手押しポンプなんだよ。

 ここだけ見てると、昭和にタイムスリップしたみたいだよな。

 ハンドルに手をかけて、


「はぁ、勇者も楽じゃないな……」


 小さくぼやきながら、澄んだ青空を見上げた。

 モコモコの羊の群れが、何処までも続く青い草原を走り回っているみたいだ……なんて、ポエミーな事を考えてみる。

 考えていたんだけど、


「ん゛?」


 大空のある一点に目を凝らした。

 大きな入道雲と雲の間、ぼんやりとぼやけた巨大な影がゆっくりと通過していく。

 その影はまるで、鯨か鮫、子供の頃に図鑑で見た水生恐竜みたいで……、


「何だアレ?」


 私の常識の中では、鯨や魚は空を飛ばない。

 教科書に出てきた雲のクジラじゃあるまいし……じゃあ、あの影は飛行機か?

 ゴシゴシと両目を擦って、もう一度空を見上げる。


「ありゃ?」


 再び見上げた空に、巨大な影はなかった。

 見間違いだったのだろうか? 

 確かに寝不足だし、さっきの口喧嘩で精神面での疲労も溜まってる。

 

「うーん、幻覚が見えちゃうくらい疲れてるのかな。いや、待て……シャリオンよ、思い出すんだ。ここは異世界だぞ」


 オリゾン・アストルは、魔法に動く巨像、喋って変身する刀がいるんだぞ?

 空飛ぶ巨大生物がいたっておかしくないだろう。前世の常識の尺度で考えては駄目だ。


「後でキリカちゃんか、師匠に聞いてみるか。今は掃除優先だしね」


 特に気にも留めず、私はさっさと桶に水を汲んで書庫に戻ったのだった。

 書庫の次は、隣の空き部屋の掃除だ。この分だと全部掃除し終えるには、午後までかかってしまうそうだ。




 途中、簡単な昼食を挟んで大掃除を再開した。

 荷物の餞別作業を終わらせたキリカの合流によって、掃除は予想より早く終わった。

 綺麗になった部屋に荷物を収納して、不必要に分類した荷物……つまりゴミを外に運び出した。

 庭に山積みになったゴミ。それを見ていた私は隣に立つ2人に疑問を投げかけた。


「外に運び出したけど、このゴミはどうするの?」

「私の魔術で処理致します。シャリオン様とローウェル様は下がっていてください」

「部屋にゴミを詰め込む余力があるなら、最初から魔術を使えば良かったものを……」

「シーッ! それは言わないお約束だよ!」

「そんな約束は知らん!」


 師匠の脇を肘で突いて、ヒソヒソ話で咎めるが、キリカにはバッチリ聞こえていたみたいだ。口のへの字にして、すっかりイジけてしまっている。

 そんなキリカを宥めると、渋々だったが何とか気を取り直してくれた。

 ロッドを取り出して、先端に付いた青い魔石を取り外すとレッグポーチのポケットにしまい、入れ替わりでルビーみたいな赤い魔石を取り出した。

 青い魔石はゴルフボール型だったが、赤い魔石は先端が尖ったルチル鉱石っぽい形をしている。

 それをロッドの先端に装着する。


「あれは?」

「魔石の交換だ。ロッドは便利な道具だが、欠点もある。使用する魔法の属性によって、魔石を交換せねばならぬ。青い魔石は水属性、そしてあの赤い魔石は火属性だ」

「あう、私が説明しようと思ったのに……」


 ちんたらしているお前が悪いと、ローウェルは鼻を鳴らした。

 ガックリと肩を落としながらも、キリカはゴミに向き直ってロッドを持った手を水平に伸ばした。そして、鈴を転がした様な澄んだ声で呪文を詠唱した。


「オイェステムオユス!【消滅せよ!】」


 また意味不明な言語の呪文だ。

 唱えた瞬間、ゴミの山が一瞬で大きな火球に包まれた。

 熱風が渦を巻き、ゴミの山だけを器用に跡形もなく焼き尽くした。

 火球が消滅し、残されていた極少量の灰もそよ風に乗って飛ばされていった。

 本当に何も残らなかった。


「あー、すっごい火力だね」

「中級の攻撃系火魔法ですから。これでも威力は抑えてあります」

「この程度の攻撃魔法を自慢するな。発動速度と火力安定の訓練でもしろ、精度が低すぎる」

「う、厳しいですが……ごもっともなご意見です。精進致します」


 ニコニコしながら言われたが、どう反応すれば良いのか私は困ってしまった。

 「えっへん」と胸を張るキリカに、ローウェルの厳しい指摘が飛ぶ。

 師匠……いや、小姑は、嫁の粗探しに余念がない。

 背伸びをして、腰に両手を当てた。掃除と荷物運びしかしてないけど、流石に疲れたよ。


「掃除も終わったし、休憩にしようか!」

「何を言っている。お前は、小生と午後の特訓だ」

「へぁッ!?」


 あまりに無慈悲な台詞に、顎が外れるかと思った。

 震える指で師匠を指差し、口を酸欠の鯉みたいにパクパクさせた。


「さっさと準備してこい、シャリオン」

「嫌だよ、疲れたよ! こんな状態で、特訓なんて出来ないって。もう、キリカちゃんも師匠を説得してよ!」

「シャリオン様……お夕食を準備して待っていますね?」

「ひどいッ! 2人で私を謀ったんだね!」


 キリカにも見捨てられた。

 君達さ、成り立て勇者に厳しくない? ねえねえ?

 私は半泣きで、自室に装備を取りに戻った。

 早朝の特訓と同じメニューでみっちり扱かれ、日暮れと共にこの日の訓練は終了した。

 結局、今日だけで30はくだらない数の茶碗を割った。ローウェル曰く、新記録更新だそうだ。嬉しくないレコード更新だ。

 ヘトヘトになった私と疲れ一つ見せないローウェルが隠れ家に帰宅すると、半泣きのキリカと真っ黒コゲで暗黒物質と化した夕食が出迎えてくれた。

 料理を見て眉間に深い皺を刻み、頭を抱えたローウェルの肩を私は無言で、肩パンしておいた。

 この料理を胃袋に入れても大丈夫なのか、こんな時に限って頼りの《第六感》は発動してくれなかった。

 その代わりに『飯マズ』の単語が脳内を乱舞し、昼に見た空に浮かぶ謎の『影』もすっかり忘れてしまった。





「ふぁあああああッ! 忘れていましたぁああッー!!」


 食休み中の予期せぬの叫び声に、私の胃袋がギュウウッと収縮した。

 飲んでいた食後のお茶ごと夕食をリバースしそうになる。

 夕食と言う名の『暗黒物質』。生煮えの具が浮いた歯が浮くほど激甘の『青汁』で、貼り付けた笑顔のまま、無理やり胃袋に流し込んだ。

 ローウェルに至っては食事の並んだテーブルに近づきすらしなかった。

 今もリビングの隅で静かに瞑想している。瞑想好きだよね……。

 夕食に対する私達の反応を見たキリカの悲しそうな表情といったらなかった。「朝食作りは、私も手伝うね」とフォローを入れておいたが――。

 口を手で押さえた瞬間、口直しのお茶が器官に入って激しく咽たので、リバースは回避できたが別の意味で苦しくなった。

 咳き込む私の背を、音もなく寄って来たローウェルが摩った。さり気ない優しさなんだけど、一言断りを入れてから摩って欲しいかったよね。

 肩で息をしつつ、顔を上げた私に見えたのは、慌しく自分の部屋に駆け込んで行くキリカの後姿だった。

 一体、何を忘れていたんだろう? 叫ぶほど、重要な事なの?


「……うるさい」


 私の背を摩りつつ、ローウェルがボソッと呟く。

 否定はしないけど、声に出して言うのはやめようね?

 キリカの後を追おうと立ち上がったが、ローウェルに止められた。


「やめておけ。どうせ、碌でもない件に決まっている」


 そうだね、とキリカには失礼だが納得してリビングで待機した。




 キリカが自室に篭ってから、30分は確実に経った。

 私はローウェルに習って、一緒に瞑想をしてみているが身に成っているのか。

 ただ胡坐をかいて、目を瞑っているだけの行為に充実感も達成感も微塵もない。

 そうそうに飽きた私は隣で瞑想するローウェルに、ちょっかいを出し始めた。

 脇を突付いたり、赤いマフラーを揺らしてみたり、両耳を触ってみたり、頭を撫でたりしたが、ローウェルは動じない。

 瞑想って凄いなぁー、と何も言われないのを良い事にやりたい方放題だ。

 ローウェルのサラサラな髪に指を通していると、


「小生で遊ぶな」

「出来ましたぁああッ!」


 ローウェルの苛立った声と、紙を手にしたキリカが自室の扉を開けたのは同時だった。

 部屋から半分だけ体を出したキリカが、絡む私とローウェルをその視界に捉えた。


「……」


 キリカの表情が瞬時に硬くなった。

 前世の感覚でローウェルの頭を撫でているが、私は男だ。

 くどい様だが、男なのだ。

 身長170cm越えのオネェ疑惑有りの男が、学ラン中学生に密着して撫でている状況だ。

 うん……犯罪だね。犯罪じゃなくても、そっちの趣味……ショタコンかゲイなんじゃないかと誤解される事、間違い無しだ。私がキリカと育んだ信頼と実績と絆が危ない!

 四つん這いで、ローウェルから全国の皆さんが嫌う黒い虫並の素早さで離れると、フリーズしているキリカに早口で弁解を始めた。


「違うよ、キリカちゃん! これは、その、武器と持ち主のスキンシップね! 断じて、キリカちゃんが想像してる様な怪しい行為じゃないから! 私と師匠の関係は、潔白だから! 見た目黒いけど、綺麗な白だから! 私って口調がちょっとだけオネェっぽいけど、ショタコンでもゲイでもないから! ね! ね!?」

「……墓穴」


 自分でも途中から何を言ってるのか、分からなくなっていたが、師匠の一言で、ハッと我に返る。

 誰も動かないし、喋らないから室内の時間が止まって見える。この状況を打開する良い考えが閃いた。


「ば、バァーン! そして……時は動き出すッ!」


 前世で一度だけ読んだ有名な漫画のワンシーン、不良高校生とその背後霊が織り成す、あの独特なポーズ……通称ジ○ジョ立ちを完全再現してみた。

 意味不明な台詞とポーズを取る私を見て、2人はポカンとしていた。


「えっと、シャリオン様……そのポーズ、疲れませんか?」

「お前、ついにおかしくなったか……いや、もともとか」


 2人が各々、私について感想を述べてくれた。

 今更だけど、超恥ずかしい。

 でも、この反応ならば、もう普通に会話しても大丈夫だろう。


「そう言えば、何が出来たの? キリカちゃん」

「あ! そうでした。コレです、見て下さい」

「どれどれ……ん? これって手紙?」

「そうです!」


 部屋から出てきたキリカが、私に手にしていた紙を見せてくれた。

 女の子らしい丸っこい手書きの文字がビッシリと書かれた紙面が3枚。

 当然だが、全部、オリゾン・アストルの文字だ。


「シビルの里の里長である、お父様に宛てたお手紙です」

「お父さんに? それまた、どうして?」

「歴代の勇者様は皆様、赤子で現れました。でも今回、シャリオン様に限って、大人のお姿でした。こんな事は初めてなんです、文献にもその様な記述はありません。なのでこの場合、今後どうすれば良いのか、未熟な私では判断出来ません。お手紙を送って、お父様に指顧を頂こうかと……重要な事なのに、すっかり忘れていました」

「大掃除してたからね。でも、今から手紙を届けに出るって大丈夫? 山の夜道なんて危険しかないよ? そもそもこんな山奥に郵便局なんてあるの?」


 この辺り、ポストすらなさそうなのに。

 手紙って言うけど、封筒に入れてないし、切手も宛先も書かれてないんだけど、大丈夫?


「あ、いえ。これは闇夜専用の野鳥便箋ですので、大丈夫なんです」

「……や、野鳥便箋?」

「ほう、懐かしいな。80年前と変わらず、野鳥便箋は今だ現役か」

「80年前より種類が大分増えましたし、カラバリが豊かになりました。最近は、女性向けにお花柄とかも販売されてるんですよ」

「おーい。2人だけで、話進めないでー」


 『野鳥便箋』の話題で盛り上がる2人から、疎外感を感じる。

 シャリオン、寂しい……会話に混ぜて。


「野鳥便箋は、古くからある通信手段だ。変形の魔術式を込めた紙に文を書き、《スイッチ魔法》を送り手が唱えれば、紙の鳥となって、宛て先に飛んでいくのだ。元より種類が豊富でな、小生が覚えているだけでもツバメ、ハヤブサ、ワシ、カモメ、ペンギン、ハチドリ、クジャクがあった。45代目の勇者が存命の頃に、急な降雨対策として防水加工が実装されたな」


 と、ローウェルが説明し、


「ローウェル様が仰った野鳥便箋は昼用ですね。ちなみに闇夜専用は3種類ありまして、フクロウ、ヨダカ、キウイです。今回は急ぎの手紙なので、フクロウを使います。朝日が昇る前には、確実に届きます」

「やべぇ、すっごいファンシーじゃん!」


 キリカが付け足しをして、リビングの窓を開け放った。

 少し冷たい夜風が、私達の髪を揺らす。

 キリカは両手の平に手紙を乗せて、窓の外にそっと出す。


「ンイスオス【送信】」


 《スイッチ魔法》を唱えると、手紙が独りでに動き出し、あっと言う間に鳥の形になった。真っ白な紙のフクロウは、翼を広げるとキリカの手から飛び立った。

 本物の鳥と変わらない。翼を羽ばたかせて、森へと真っ直ぐに飛んでいく。


「わあ! 本当に飛んで行った! すごい、凄い! これぞ魔法って感じで、感動的だわぁ」


 窓の外に身を乗り出して、目を輝かせた。

 見る見る小さくなっていく紙のフクロウに気を取られて、私は気付けなかった。

 隣に立つキリカの瞳が、ユラリと揺れながら、私の横顔を見つめていた事に――。

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