第14話『特殊スキル《響命》』
フワッと無重力空間に放り出されたみたいな感覚、五臓六腑までもが体の中で縦横無尽に跳ね回っている。その直後、重力に引っ張られて急降下する。
そのまま床に叩きつけられて、全身を強くに強打、ゴロゴロと床を転がっていく。
「ガ、ヒュッ!?」
激痛で、呼吸が一瞬止まった。
息が吸えないことにパニックを起こし、「たすけて!」と悲鳴を上げようとするが、喉の奥から絞り出したのは奇怪な呻き声だった。
カッと喉が、心臓が一気に熱くなる。
無理やり呼吸を再開するも、息を吸っても、吐いても肺が痛い。
それを合図に全身の各部位が徐々に痛みを訴え始める。
腕を動かす事も、起き上がる事も出来ない。骨でも折れてしまったのか?
かろうじて自由に動かせる両目を動かして、飛ばされた時に手放してしまったローウェルを探す。
「し、しょ……あん、とに」
口を動かすも、言葉も上手く喋れない状態だった。
視線の先、10メートル以上は離れているであろう床にローウェルは刺さっていた。
だが、体が動かない今の私には取りに行く事が出来ない。
くそ、攻撃した後のことも考えておくべきだった……怒りに任せて反撃した結果がこれとは本当に笑えない。
視線をさらに動かすと、落ち着きを取りも出したグリフィン像が倒れている私を石で出来た双眸で捉えていた。
石なのにその眼光が鋭く光ったのが見えた気がする。
床を刺されていない前足で数回、ガリガリと掻く。闘牛の牛が、目標を定めた時の仕草だ。
私の思考が身の危険を察知するのと、《第六感》の警告音が鳴るのは同時だった。
《ガーディアン・ゴーレム壱式が突進攻撃を行使しました。直撃での死亡率は、98%です。5秒以内にセーフラインまで回避してください》
「そんなこと、言われても……グッ!」
視界の端でセーフラインが青白く発光している。
四肢をでたらめに動かして、這いずろうとするが数センチしか動かなかった。
駄目だ、体が動かせない。突進攻撃を回避できそうに無いや。
諦めかけている私に、《第六感》が警告を連発して畳み掛けてくる。
《回避してください》
「……もうやったよ」
《危険です、回避してください》
「だから、体が動かないんだって……」
《危険です――》
「……」
いちいち言い返すのも疲れた。
本当に今までの勇者は、7歳であんな強敵を倒してたの?
成人の私が吹き飛ばされただけで重傷だってのに……やっぱり、手違いで勇者になった奴じゃ敵わないのかな?
とんだくたびれ儲けだったな。
お手上げ状態の私は、突っ込んでくるグリフィン像をぼうっと見つめていた。
殺される……そう覚悟した。
その瞬間、フワッと体が浮いて、視界が横にぶれた。
グリフィン像の進行方向上から真横に素早く飛んだ。
何者かの手が私の脇を抱えている感触、顔のすぐそばで他者の息遣いを感じる。
何が起こったのか、頭の処理が追いつかない。
視界で赤い布が翻った。呆けた顔で、頭を上げるとそこには、
「寝ている場合ではないぞ?」
「師匠……ど、どうして?」
「お前は、小生の主だからな。主を助けるのも武器の役目、こんな所で死なれては困るのだ」
「ご、ごめんなさい」
私を小脇に抱えていた人物は、人に変化したローウェルだった。
絶体絶命の私を助けてくれたのは、私の武器だった。
泣きそうな顔で「師匠」と小声で呼べば、ローウェルは麻呂眉を、ハの字に下げて肩を竦めて見せた。
自分より身長の低い学ラン姿の男の子に抱えられる成人済み勇者の図。
ローウェルが、その外見からでは全く想像できないほどの怪力犬耳少年だった。
「だが小生は、しかと見せてもらったぞ。お前の立ち向かう勇気、敵を怯ませるだけの鋭い一撃。どちらも合格点だ」
「師匠……グスッ」
「泣くのは後だ。さあ、試練の第2段階へと進むぞ」
「だ、第2段階? まだ何かあるんですか? 腕の骨が折れてるみたいで、動かせないんですけど」
「その程度は、怪我の内には入らん。我慢せよ」
「ええッ!? だって骨折ですよ? 骨折!」
抗議する私を無視して、ローウェルは私の体をドサッと床に落とした。
うッ! 衝撃が折れた骨に響く。クソ痛い、何てことするんだよ!
悶絶している私を冷たい眼差しで見下ろすローウェルは、淡々とした口調で語り出す。
「勇者の武器は特殊な武器でな。勇者のみが使えると言う事、姿形を変化させられると言う事、その2つ以外に、もう一つの特性を持っている」
「イテテェ……え、なんですか? 痛みが酷くて、よく聞こえませんでした」
「もう一度、ゴーレムに放り投げてもらうか?」
「冗談です、それだけは勘弁してください! 後生ですから!」
私の襟首を掴んで、持ち上げようとするローウェルを必死に止めた。
たぶん、冗談のつもりで言ったんだろうけど、表情と行動が迫真過ぎて怖い。
掴んでいた手を離すと、話の続きに戻った。
「その特徴とは、特殊スキル《響命》だ」
「特殊スキル?」
「幸い、お前にスキルの説明はいらん様だ。先程からスキルを必要以上に多用してるだろう?」
「へぇ。スキル使ってるのって、他人からでも分かるものなんだ」
「ああ、行動の一部始終を見ていれば否応無しに分かる。何のスキルかまでは分からんが……」
「クェーサーが付与してくれた《第六感》って言うスキル」
「《第六感》? 聞いた事の無いスキルだ」
「そうそう、危険を事前に教えてくれる……って、うわぁッ!!」
会話の途中だったが、そこにグリフィン像が突進してきた。
ローウェルが私を軽々と担ぎ上げて、その攻撃を大きく跳躍して回避する。
グリフィン像よりも高く飛び上がって、ストンと綺麗に着地してもローウェルは息ひとつ上がっていない。
余裕なんだなぁ、凄いなぁ……。私もあれくらい動けるようになりたい。
グリフィン像には目もくれずにローウェルは、中断した会話を再開した。
「探知系スキルか? だが、本来の探知系スキルは、身の危険を感知するものではない。ならば、探知スキルと予見スキルの複合スキルか?」
「普通じゃ手に入らないスキルみたいだよ? それに故意に多用してるんじゃなくて、勝手に発動しちゃうんだよ」
「ふむ、そうだったか。小生のスキルの話に戻るが、《響命》とは文字通り、武器と勇者の魂が響き合うことで発動するスキルだ」
「……響き合う? もっと分かり易く、説明お願いします」
「実際にやった方が説明するより早そうだ」
呆れを隠さない感歎と共に、ローウェルは私を脇に手を差し込んで立ち上がらせてくれた。
だから痛いって! もうちょっと、優しく立ち上がらせてくれても良いんじゃないかな?
そろそろ怒るよ?
「骨がぁ……優しく立たせてぇ。《響命》って具体的に何するの?」
「情けない声を出すな、気色悪い。まずは心を無にし、小生と呼吸を合わせろ」
「気色悪いって……。あの、《響命》って痛くないよね? 心ってどうやって無にするの?」
「致し方ない、小生がお前に合わせる。気を楽にしてろ」
ローウェルは私の真正面に立つと、目を閉じてしまった。
ローウェルの背後からグリフィン像がこちらに迫っている。
とても気を楽にしていられる雰囲気じゃない。
「師匠、ゴーレムが来ているんだけど……まだ?」
「黙れ。何も考えるな」
「この状況見て、何も考えないでいられる方が凄いって!」
無言のまま直立不動を保つローウェルを急かす。
お、待てよ? これって、見方を変えるとイケメン男子中学生のキス待ち顔じゃない?
改めてローウェルの人間顔を観察して見ると、まつ毛が長い。
付けまつ毛してるわけじゃないよね? 鼻筋も通ってるし、肌も透き通る白さ。
師匠なら、きっとジュ○ン・ボーイになれるよ。
私が十代の女の子だったら、ローウェルの追っかけか、ファンクラブに加入したかもしれない。
こんな緊迫の状況じゃなかったらね!
「はぁ……ならば、お前も目を閉じていろ」
「何で!? もっと怖いよ!」
「いいから、閉じろ! お前は雑念が多過ぎだ、深呼吸でもしていろ!」
「だから、怒んないでよ!」
私が口答えをすると、ローウェルはもう一度、低い声で「閉じろ」と言った。
有無を言わさない言い方だった。もはやこれは命令だ。
従わないとグリフィン像に攻撃される前にローウェルに折檻される。
素直に従っておこう。
そっと目を閉じる。
目を閉じいてもグリフィン増が立てる地響きが、どんどん迫ってきているが嫌でも分かる。額に浮かんだ汗が、頬を伝って首筋に流れ落ちる。
ああもう、どうとでもなれ! と一気に息を吸い込んでゆっくりと吐いた。
『そうだ、それで良い』
ローウェルがボソッと呟く声が耳に木霊した。
それが、熱っぽく聞こえたのは私の気のせいだろうか?
その声に私の心臓がドクンと大きく脈打つ。
体の中に『何か』が流れ込んでくる。それが、私の血液と混ざり合って全身を循環する。
何だこれ!? ちょ、師匠何してんの!?
服の胸元を鷲掴みにして、得体の知れない感覚に耐える。
嫌な感覚ではないんだけど。
むしろ場にそぐわないほど、この感覚が気持ちが良いから困ってる。五感を刺激する背徳的な快感に似ている。
ローウェルは、私に何をしたんだ?
まさか、ヒトには言えない様なやましい事じゃないよね?
形容しがたい快楽に耐え切れなくなって、上擦った声を上げてしまった。
「し、師匠ッ? コレは一体、何をしてるんですかね? すごく、あの……全身がゾクゾクするんですけど!?」
『これが特殊スキル《響命》だ』
「《響命》って……まさか勇者がそっち方面で、気持ちよくなるスキルなの? 違う意味で戦闘体制になっちゃいそうだよ!」
『勇者によって伝わる感覚が違うそうだが、これは予想外だった。小生とお前の体の相性が良かったのだろうな。まぁ、自分の目で確かめてみろ』
「体の相性って、何か厭らしい……な、ってあれ? 師匠がいない」
『小生ならここにおるだろう』
「ここ? ここって何処に……うぇ!? なんで私の口が勝手に動いて、師匠の声がッ!!??」
『ふーむ……体が男でありながら魂が女とは、なかなか新鮮だな』
目を開いて、自分の体を確認していた私は声高に叫んでしまった。
手には持った覚えの無い、刀に戻ったローウェルが握られていた。
いつの間に? とか、そんな疑問が浮かぶ前に、自分の口が勝手に動いてローウェルの声が出て来る事に驚きが隠せない。刀に目をやれば、漆黒の刀身が鏡代わりになって、私の姿を映している。
映っている男凝視して、本当に私なのかと疑ってしまった。
「これが、私……? じゃなくて、どうなってんの!?」
『だから最初に言っただろう? 《響命》は魂を共有するのだと』
「言ってたけど、こう言う意味だったの?」
刀身に映る私の姿――。
服装は勇者の初期装備、無精髭に伸び放題の髪のままだったが、頭にはピンと立った立派な犬耳が生えている。
ボサボサの髪は所々、黒いメッシュが入っている。瞳に至っては、右目が真紅、左目が金色のオッドアイだ。
スキル《響命》の力で、私とローウェルが合体したらしい。
ローウェルの声が私の口を通して発せられるのも納得した。
『さあ、第2段階もクリアした。後は、ゴーレムを倒すだけだ。さっさと片付けるぞ』
「おああ、話を勝手に進めないで。後、勝手に私の体で歩き出さないでくれますぅ?」
『お前の持つスキルは……ふむ、《翻訳》と《第六感》か、やはり始めて見るスキルだな。お前も小生のスキルを確認してみろ』
「全然、聞いてない。はいはい、スキルを確認ね。うーんと、師匠のスキルは……」
《ガーディアン・ゴーレム壱式の突進攻撃が行使され――》
私の石とは関係なく、頭部についた犬耳がピクピクと動いた。
一心同体の私達がぺちゃくちゃ喋っていると、無視するなと言わんばかりの怒りの咆哮を上げて、グリフィン像が私に突進してきた。
あ……ごめんね、本気で忘れてた。
オッドアイの瞳が素早く動いて、グリフィン像の姿を捉える。
「んー? あ、突進攻撃ね。はいはいっと」
《第六感》が言い終える前に、私は軽快なサイドステップでその攻撃を避けた。
え? 避けた? だ、誰が?……おっと私だ。
まさか避けられるとは、思っていなかったのだろう。
目標を失ったグリフィン像は、突進の勢いを殺しきれず、盛大に転倒した。
あの様子では、すぐには起き上がれないだろう。
今の内にローウェルのスキル、スキルと念じてみる。
すると、すぐに脳裏に2つの単語がぼんやりと浮かんできた。
1つ目は特殊スキル《響命》。
これは勇者と合体するスキルで、現在進行形で発動中だ。
2つ目は固有スキル《神速》。
こっちはなんだろう? さっき私の回避と関係があるのかな?
『それが小生のスキルだ。《響命》はすでに説明済みなので割愛する。もう一つのスキル《神速》だが、先程使ったな? とは言っても、無意識だった様だが……』
「ゴーレムの突進を簡単に回避できたアレが、《神速》の効果なの?」
『《神速》は一瞬だが、敵の動きをスローテンポで見る事ができる。鍛え方次第では効果の持続も可能だ。今のところ、《神速》の継続時間最長記録は5秒だな』
「凄い! 敵の動きがゆっくりに見えるだなんて、《第六感》と合わせたら、向かう所敵無しじゃない」
『おいおい、早とちりするな。可視状態の目標を視界に納めておかんと、《神速》は発動せん。タネ明かしをすると、目標の動きが遅くなっているのではなく、使用者が高速で動いているだけだ』
「あれ? 想像してたのとちょっと違う。速過ぎて、肉眼では遅く見える現象か」
『お前と小生が共有できるのはスキルだけではない。小生が歴代の勇者と共に培った技の全てをお前も使用できる。試してみろ』
ローウェルが言い終えたタイミングで、グリフィン像が立ち上がった。
私は刀を構える。
《響命》のおかげで、意識しなくても刀の構え方やゴーレムの弱点、攻撃、防御の方法など、ローウェルが蓄積したあらゆる知識が意識に流れ込んでくる。
ゴーレムの弱点は背中にある。下からでは見えなかったが、ゴーレムの背中には動力源である『魔力核(コア)』が剥き出しになっているらしい。
どうにかして、ゴーレムの背に乗って、そのコアを壊せば倒せる。
それ即ち、私の勝利と言うわけだ。
グリフィン像と対峙し、お互いに睨み合う。
敵と対峙した場合、先に動き出した者の方が不利になる。
動けば、ローウェルの《神速》で、たちどころに攻撃の手を読まれてしまうからだ。
私は人差し指をグリフィン像に向けてクイクイと挑発して見せた。
案の定、あちらが先に動いた。
単細胞なのか、またしても突進攻撃だ。冷静に見れば、とことん芸が無い奴だ。
オッドアイの双眸でグリフィン像を視界に捉えて、
「《神速》」
と囁けば、グリフィン像の動きがたちまちスローモーションになった。
私は床を蹴って駆け出す。
身体能力も共有しているから、体が嘘みたいに軽いし、走る速度も格段に上がっている。2秒とかからずにグリフィン像の足元まで駆け寄ると、突き出されていた右前足に飛び乗る。
それと同時に《神速》の効果が切れた。
グリフィン像が自身の足に取り付く私に気がついた。
振り落とそうと体を激しく揺らすが、私はすでに足から駆け上がって背中に乗っていた。
ロデオ状態で足場は非常に不安定だが、私の目にはすでにグリフィン像の心臓であるコアが見えていた。
七色に発光するスイカ大の球体が半分露出した状態で埋め込まれている。
躊躇いは一切なかった。
「うぉおおおッ!」
雄叫びを上げながら、私はコアに刀を突き立てた。
コアの中心を意図も簡単に砕き、カ刀身は柄まで貫通した。
程なくしてコア全体に細かなヒビが入る。
グリフィン像は最後の断末魔を上げて、体をビクビクと硬直させた。
それを合図にコアが粉々に砕け散り、砂の様に霧散した。
動力を失ったグリフィン像はただの石像に戻り、バランスを崩した積み木みたいに継ぎ目からバラバラに崩れ落ちる。
私は崩れ落ちる石像の背中を強く蹴って、宙で一回転すると少し離れた場所に綺麗に着地した。
腰のベルトに差しっ放しだった鞘に、刀をブンと一振りしてから小気味良く納める。
《響命》の効果が切れて、元の姿に戻ったのを体感した。
ガーディアン・ゴーレム壱式は、戦ってみれば呆気ないほど弱い敵だった。
確かにこれなら、7歳児でも勝てるわな……。
腰の刀が光って、私のベルトから弾け飛んだ。
光は刀から球体になって、さらに黒豆柴犬の姿になる。
「あ、師匠! やりましたよ、私勝ちました!」
「時間が大分掛かったが、何はともあれ合格だ。あそこを見てみろ、あれが出口だ」
犬の姿で、ローウェルは顎をしゃくって見せた。
釣られてそっちを振り返れば、グリフィン像が鎮座していた祭壇の奥の壁に昇り階段が出現していた。
い、いつの間に……。
「やったー! でも、全身が死ぬほど痛い。特に腕と背中が……ほ、ホントに痛い! どうしよう師匠!?」
「回復薬を飲めば良かろう。それでも回復しきらなければ、外にいる巫女に回復魔法でもかけて貰え」
「師匠の対応が冷たい! でも、可愛いから許しちゃう!」
「その様子なら命に別状は無いな」
ツッコミを放棄した師匠は、残り半分のポ○リを飲み干す私を置いて、さっさと出口に向かう。
師匠の後姿、くるんと丸まっている尻尾が歩く度にフリフリと左右に揺れててプリティーだ。
いつか、心行くまでモフモフしたいものだ。
初体験の事だらけで戸惑ったがダンジョン・ウエノエキ、完全攻略だ。
私は勇者としての第一歩を、この異世界オリゾン・アストルで踏み出したのだ。
さあ、キリカちゃんとようやく合流できるぞ。
私はローウェルの後を追って、まだ若干痛む体を庇いながら出口へと向かった。
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