第13話『最後の試練』




 あ、これって……武器の抜刀と同時に石像が動き出すタイプの《スイッチ魔法》なのね。

 誰でもさ、巨大な四速歩行のシーサーもどきのグリフィン像が、目の前で動き出したら悲鳴を上げるだろう。

 例外なく、私も絶叫したもん。


「きゃあああああッ!!??」


 背後で微動だにせず、鎮座していた石像が動き出していた。

 振り返った私の眼に石像の右前足が、ゆっくりと持ち上がっていく状況が映る。


「あやつは、この遺跡の守護者ガーディアン・ゴーレム壱式。俗称として、ダンジョン・ウエノエキのボスとも呼ばれる」

「そんな冷静に解説しないで! つぶされるッ! 私、アイツに殺されるッ!!」

「そうだな。このままだと、お前は間違いなく死ぬな」


 その時、久々に「ポーン」と、あの間の抜けた警告音が脳内に響いた。

 スキル《第六感》が発動したのだ。


《敵、ガーディアン・ゴーレム壱式の踏みつけ攻撃が実行されました。直撃の場合、圧死の可能性大。3秒以内に表示されたセーフゾーンまで回避してください》


 踏まれたら、圧死ですって?

 しかも回避時間が3秒!? いくらなんでも、短過ぎやしないか?

 慌てて前方に向き直れば、登って来た階段の一番下で、緑色のライン発光している。

 おいおい、階段落ちしろってか? でも、圧死と階段落ちを選べと言われたら……。

 私は抜き身のローウェルを握ったまま、形振り構わず前方の階段へと疾走した。

 考えている暇なんて無い。10段以上ある階段へダイブする。


「ギャアッ、痛い!!」


 体のあちこちを段差にぶつけながら、私の体が階段を転がり落ちていく。

 そのままセーフゾーンを超えた時、グリフィン像の前足が先程まで私のいた地点を踏み抜いた。

 石に床が粉々に砕けて飛び散る。とんでもない破壊力だ。

 石段に打ちつけた箇所がズキズキと痛む。特に擦り傷ができてしまった丸腰の肩を押さえる。

 

「ハアハア、マジで殺される……」

「アレを倒す以外、お前が生き残る方法は無い。見事、倒す事ができればこのダンジョンの出口が開く仕組みだ」

「あのデカブツと戦えって言うの? 無茶言わないでよ……」

「他の44人は7歳でアレを倒し、勇者になった」

「ンな事言われてもッ!!」


 グリフィン像の巨体が、私目掛けて突進してくる。

 それを全力疾走で避けるが、足がもつれて転倒する。


 ローウェルとの会話中も、グリフィン像の攻撃は当然止まない。

 私の脳内では、《第六感》の警告音が鳴りっ放しだ。

 倒れたまま、顔だけ動かして、グリフィン像を視界に捉える。

 一度突進攻撃を仕掛けると、何かに衝突するまで止まれないみたいだ。

 奥の壁に激突して頭がめり込んで、頭を引き抜こうと必死にもがいている。

 突進攻撃で何度も壁に衝突されたら支柱が折れて、この最下層の広間が崩落するかもしれない。

 グリフィン像に殺されるか、生き埋めで死ぬか……。


「無理だって……あんなの、私に倒せるわけないじゃん」

「ふむ、もう諦めるのか?」

「諦めるとかじゃなくてッ! じゃぁ、師匠が何とかしてよ! ああ言うのを倒すための武器なんでしょ!?」


 握り締めたローウェルに向かって怒鳴った。

 戦う前から満身創痍状態の体を起こして、当てずっぽうに走り出す。

とにかく逃げないと……でも、逃げ場なんてどこにもない。

 でも、戦うなんて出来ない。私は刀の使い方も戦い方も知らない。

 ほんの少し前までは、戦争とは無縁の平和な日本で生きる、冴えないアラサー女だったんだから。


「冷静にならんか。武器とは人が振るってこそ意味を成す。武器単体では、その辺の雑貨や骨董品と大差ない。小生を使って、お前がヤツを倒せ」

「だから! 私はあんな怪物と戦ったことなんて一度もないの! 刃物なんて包丁とハサミ、たまにカッター使うくらいで、握る機会なんてほとんどなかったし……武道なんて未経験だし」

「戦ったことが無くとも、お前は勇者だ。転生して得た新たな人生をこんな所で棒に振りたいのか?」

「分かってるよ! こんな所で死にたくないし、戦わなくちゃいけないのも分かってる! でも……」


 息を切らせながら、ローウェルとの会話を続ける。

 背後でグリフィン像の地鳴りにしか聞こえない足音が追ってくる。

 「死」と言う名の恐怖が背筋を駆け上がってくる。

 ローウェルの言うとおり、私は前世で失敗した人生をやり直すために転生した。

 分かってる、全部頭では分かってるんだ。

 自分が何をしなくちゃいけないのかも。

 でも……。


「私は、悔いばっかりだった人生をやり直すために転生を選んだの! それなのに、勇者? 迷宮を攻略しろ? 敵と戦え? 負ければ死ぬ? そんなの聞いてない。全部、そっちの都合じゃない! 私はこんなの望んでない」

「……」


 何が明るくて、モテモテの人生が待っているだ。

 持ち上げておいて、どん底まで叩き落す。こんなの悪質詐欺以外のなにものでもないじゃないか。

 私は走るのを止めた。

 体力が限界と言うわけでも、逃げ場なんて無いと自暴自棄になったわけでもない。

 ただ自分が情けなくて、腹立たしくて仕方がなかった。


「……クズで弱虫の私に、戦うなんてできるわけないじゃん」


 乾いた笑みを浮かべて、下唇を痛みを感じるくらいギュッと噛み締める。

 自暴自棄になって、俯いた顔からポロポロと涙が雫になって床に零れ落ちる。

 グリフィン像が、すぐそこまで迫っている。

 

「その弱さこそ、人間らしさなのだろう? この世に最初から無敵の覇者など存在しない。皆、お前の様に悩み、苦しみ、紆余曲折した末に真の強さを手にするのだ」


 私怒鳴っても、ローウェルは怒らなかった。

 ここは慰めじゃなくて、叱責が欲しかった。優しくされる事に慣れていない自分に嫌でも気が付いてしまう。


「師匠」

「何だ?」

「こんな私でも、本当にアイツに勝てる?」

「ああ、勝てる。それにお前はクズではない」


 間髪入れず、ローウェルは力強い口調で肯定してくれた。

 刀の正しい構え方なんて知らない。

 あやふやな記憶を辿り、時代劇で見た侍の持ち方を真似てみる。刀を握る両手が小刻みに震えている。手の平は異常なほど汗をかいている。

 深呼吸をして、自分を落ち着かせる。


「死にたくないって喚いたり、私が格好悪い戦い方したりしても、師匠は笑わない?」

「笑わん。戦い方ならば、小生が一から教えてやる」

「ありがとう、師匠。私、やってみるよ……だって、私は選ばれし勇者だから」


 私の決心を聞いたローウェルが笑ったのが、刀から伝わってきた。

 私は振り返った。

 再び突進攻撃を仕掛けるグリフィン像が、視界いっぱいに飛び込んできた。

 グリフィン像を精一杯睨み付け、両足に力を込める。


「よく言った! 戦って生き残れ! お前は勇者だッ!!」

「うぉおおおおおおおおおッ!!」


 ローウェルの咆哮と私の雄叫びが共鳴する。

 私は床を思い切り蹴って前へと走り出す。

 勇者になった私の生き残りをかけた初戦闘が始まった。





「おおおおッ! ……って、思ってた時期もあったけど、やっぱり無理ィッ!!」


 グリフィン像に突進して行った私だったが、軸足首にスナップを利かせてUターンする。そのまま、私とグリフィン像の鬼ごっこが再開された。

 グリフィン像は、一撃の破壊力こそ高いが動きが緩慢だ。

 距離さえ取れていれば、攻撃は届かないし、何とか逃げられる。

 勇者が内股で疾走している光景なんて、ここでしか見れない。


「待て! 今の件は何だったんだ!? 逃げずに戦わんかッ!」

「逃げてるわけじゃないの! そりゃ、ゲームとか漫画の主人公ポジションの勇者だったら、さっきの展開で敵と戦って、悪戦苦闘の末、たぶん勝利するよ? でも、私はそう言う絵空事の勇者じゃない! 生身のモノホンの勇者なの!」


 大体、ゲームの勇者は画面の向こう側のプレイヤーが操作している。

 たとえ、勇者が死んでしまったとしても、コンティニューかセーブしたデータやり直せばいい。

 アニメと漫画の勇者は、作者の考えたストーリーの展開描写次第でどうとでもなる。あり得ないくらい強くもなるし、あり得ないくらい弱くもなる。 

 つまり、例に挙げたこの勇者達は死なない――。

 画面の向こう側のプレイヤーや漫画家には実害を負わない。

 でも、私は違う――。

 あのグリフィン像から攻撃を受ければ怪我をするし、攻撃を受け続ければ恐らく死ぬ。また何も出来ずに死んでしまう。

 私をUターンさせたのは恐怖心でない。

 私を取り巻く、この一方的で理不尽極まりない状況がそうさせたのだ。

 まず私は、グリフィン像と対等に戦えるだけの手札を手に入れなければならない。




 ガーディアン・ゴーレム壱式の持つ手札は、3枚。

 1枚目は、倒すべき明確な敵、『勇者』。

 2枚目は、勇者を攻撃するための方法。

 3枚目は、敵を倒せるだけの攻撃力。

 対する私の持つ手札は、2枚。

 1枚目は、倒すべき明確な敵、『ガーディアン・ゴーレム壱式』

 2枚目は、ガーディアン・ゴーレム壱式を倒すための武器、『魔刀ローウェル』

 なお、スキル《第六感》はビギナー勇者のハンデとする。




 私にはカードが1枚足りていない。

 これでは、戦えない。まだ、戦えないのだ。


「私には、手札が1枚足りてない。フェアじゃない、こんなんじゃ戦えないよ!」

「手札だと?」

「師匠、私に戦って欲しいなら……まず、師匠の使い方を私に教えるべきなんですよ!」

「なるほど、そう言う事か。ならば、教えよう……」


 ローウェルは納得してくれた。

 ローウェルが語りだしたのと同時に、私は勢い良く転倒した。

 床の窪みに脚がつかえたのだ。

 刀を握ったまま、うつ伏せに倒れて、そのまま前へズリリと滑った。

 闘争本能から来る興奮状態のせいか、痛みは感じなくなっていた。


「う、くッ!」

「早く立て! このままでは、ヤツの攻撃をまともに食らうぞ!」


 両手を突いて、起き上がろうとする私の脳内にローウェルの声と、それに続いて警告音が響く。


《踏みつけ攻撃が実行されました。3秒以内に全方向、5メートル四方への回避を実行してください》


 音声多重で、私の脳内は非常に忙しかった。

 グリフィン像が起こす振動のせいで、うまく立ち上がれない。

 うつ伏せの状況から仰向けになった時には、巨大な岩石製の前足が振り上げられていた。

 

「避けろ、勇者ッ!」

《回避してください》


 戦えって言ったり、逃げろって言ったり……結局、どっちなんだよ?

 ああ、だんだん腹の底がグラグラ煮え立ってきた感覚がしてきた。

 ああ、イライラする。要領と具体性のない指示って一番嫌いなんだよね。





「嫌だ、死にたくない……まだ、死にたくない。死にたくない、死にたくない、死にたく、ない!」


 私の中で何かがブチリと音を立てて、千切れた。

 ギンッと、グリフィン像を睨み付ける。


「チッ!」


 マジな舌打ちなんて、久しぶりにした。ブチンと、私の中の何かが切れた。

 次の瞬間には、踏みつけ攻撃をしてくるグリフィン像に向かって口汚いく怒鳴っていた。

 

「おらぉ、とっとと来なさいよッ! ヤレるもんなら、一撃で私を仕留めてみな!!」

「お、おい!」

《回避し――》

「うっさい! 師匠も《第六感》もちょっと黙ってな! これが私の戦い方じゃぁあああッ!!」


 一振りと1スキルを一喝で黙らせる。

 私は、仰向けの状態から立ち膝でその場に座る。

そのまま、漆黒の刀身を煌かせるローウェルを垂直に構える。

 キレた女の行動は男よりも怖いって事を、この石のデカ物に思い知らせてやる。


「アンタもね、私を追い掛け回してそんなに楽しい? サディストで粘着体質の男って嫌われんのよッ! ゴーレムに性別なんてあるのか知らないけどさッ!!」


 私は、迫ってくるグリフィン像の足の裏に両手で握り締めたローウェルを思い切り突き立てた。

 発泡スチロールに包丁を突き立てたみたいに、漆黒の刀身はいとも簡単に、根 元ギリギリまで深々と刺さった。

 分厚い岩を刺したとは到底思えない手応えだ。

 攻撃が通った事よりも、その脅威の切れ味に驚いてしまった。


「ほう……小生の扱いはまるでなっていないが、見事な一撃だ」

「そ、そりゃどうも……」


 突き刺さった状態のローウェルが褒めてくれた。

 石のくせに痛覚があるのか、「グォオオオッ!」と工事現場の騒音並みの耳障りな雄叫びを上げるグリフィン像。

 私は、その悲鳴じみた雄叫びを聞いてニヤリと笑った。


「どうだ! 痛かったか!? ざまあみろぉ……って、わあああッ、ち、ちょっと待って!」


 私が言い終える前に狂った様に暴れ出したグリフィン像が、前足を高く持ち上げた。

 刀は突き刺さったままだから、それを握る私の体も持ち上がるわけで……私の制止を聞くわけも泣く、そのまま、前足を横に大きく振る。

 遠心力で外に引っ張られた私の体は、軽々と投げ飛ばされた。

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