第12話『ローウェルの教え』

 



 ローウェルもどう説明すれば、私でも理解できるか考えてくれていたみたいだ。

 私の師匠は、とても良心的なお刀様だ。敬おう。


「この世界の全生物は生れ落ちた瞬間から、固有属性の魔力を必ず1種類付与される。6種族も、例外ではない。ただ、他の生物と違い、各種族ごとに付与される固有属性が決まっている」

「う、うん? 魔力ね……」

「魔人族は光、森人族は火、鬼人族は闇、獣人族は風、翼人族は水の魔法を操る。そして問題は、人族の持つ魔力の属性なのだが……」

「師匠! ち、ちょっと待って! 質問があるんだけど」

「ん? 何だ?」

「その各種族の魔力属性……間違ってない?」

「いや、これで合っている」

「でも、おかしいじゃない! 月夜で魔力が上がる魔人族が光で、森に住んでる森人族が火! 空を飛ぶ翼人族が水で、獣人族が風って……種族の特徴と魔力の属性が一致してないよ!?」


 誰が聞いたって、おかしいと思うだろう。

 特に森人族なんて、森林地帯で火の魔法なんて使ったら山火事になる。

 得意技で住処の森が全焼とか、本末転倒も良い所だ。

 ローウェルを疑いたくは無いが、年月の経過で耄碌してない? 

 記憶が混在してるんじゃないの?


「種族と属性の不一致には、理由がある。だが、その理由を言ってしまうと、後の説明と重複する。暫し待て。今は人族の持つ固有属性の話が優先だ」

「納得いかないんだよなぁー……」

「まぁ、そう言うな。それで人族の固有属性だがな……無だ」

「むッ!?」

「そうだ、無だ。しかし、ここで言う『無』とは、魔力を持たないと言う意味ではないぞ。人族は固有属性を持たない代わりに、どの属性の魔力でも持てる……そう言う属性を持つ種族だ。最弱種族でありながら、勢力を拡大できた理由がここにある」

「むむむッ!?」

「はぁ、お前……理解できていないな?」


 ジト目で私を睨むローウェルが本日、何度目か分からない溜息をつく。

 つまり、ローウェルが言いたい事は「固有属性が無いのが、固有属性」ってことでしょ?

 なるほど、意味分からんです。


「仮にだ、ここに3人の種族が居たとする。この3人が魔人族ならば、当然全員が光属性の魔力を保有している。また、この3人が獣人族なら、全員風属性だ。しかし、この3人が人族だった場合、1人目が火属性、2人目が闇属性、3人目は風属性となる。あくまで例えだがな。別の組み合わせもあり得るし、全員同じ属性もまた然り……本当に千差万別なのだ。理解したか?」

「流石にそこまで言われたら、理解できるよ! でも、どうして人族だけがそんな優遇措置されてるの?」

「さあな、俺にも分からん。その真意は、創生神様のみが知っていらっしゃる。だが、無属性は決して優遇ではない。むしろ不遇だ」


 5種類の魔力が使い放題なのに、一体何処が『不遇』だと言うのか?

 うーん、余計にややこしくなってきたぞ? ファンタジー世界では、マルチは不遇って言うのが、常識なのかな?

 その辺、どうなの? 教えて師匠!


「どうして? どの属性でも使えるんでしょ?」

「使えてしまうからこそ、不遇なのだ。人族の魔力保有量は、どの種族よりも少ない。下手をすれば、自力で魔力を引き出せない者すらいる。だが、人族には他の種族には無い、柔軟な発想力があった。結果、人族は物体に魔力を封じ込め、定めた術式によって発動する《魔術》と《魔道具》、《魔装具》を作ったのだ」

「あ! あー……なるほど、今理解した!」

「やっとか」


 バラバラだった情報が、一本の糸で繋がった。

 思わず、感動で手を打ってしまった。広い空間にパンッと言う軽快な音が木霊する。

 その音に驚いたのか、ローウェルの耳がビクッと震えた。本体よりも正直なお耳ちゃんだ。


「この他にも、各属性の特徴などあるのだが……今日だけでは、とても語り尽くせる気がしない。詳しく知りたければ、追って巫女にでも聞くが良い」

「なんとまぁ……ここで、この場に居ないキリカちゃんに丸投げするのか」


 今回ばかりは、私が溜息を吐いた。

 でも、知ってて損は無いよね。ここから出たらキリカに聞いてみよう。




「オリゾン・アストルに、さっきの6種以外の人種はいないの?」

「この6種類以外に「人」と分類される種族は存在しない。たとえ、似通った容姿と高い知的レベルを持ち、文化的生活を送っていてもだ。それらは人以外の知的生物、あるいは魔物と定義される。そして、それらは建国を硬く禁じられている」

「どうして? 不公平じゃん! 誰がそんな事決めたのさ?」


 最初の6種類以外は、どんなに人っぽくても人間じゃないと? 

 酷い差別だ。下手したら民族問題にまで発展するぞ。


「『不変六理の輪』だ」

「不変……六理の輪?」


 誰って聞いたのに、人の名前ではない回答が返ってきた。

 ローウェル師匠の珍回答……まさか、渾身のボケだと言うのか?


「お前も見ただろう? このダンジョン・ウエノエキの入り口に描かれていたエンブレムを。あれが、『不変六理の輪』を分かりやすく図解したものだ」

「何を表した壁画なんだろうって思ってたんだけど、それだったんだ。でも、それと人種云々がどう関係してるの?」

「この不変六理の輪こそが、オリゾン・アストルに『人類至上主義』を定義した理念だ。そして、不変六理の輪を提唱したのは……初代勇者だ」

「……」


 私は言葉を失ってしまった。勇者って正義の味方じゃないの?

 どうして、そんな争いと差別の温床にしかならない理念をこの世界に押し付けたの?

 私の中の『勇者像』がガラガラと音を立てて崩れていく。


「人類至上主義と聞き、今のお前の同様、心許ない表情をする勇者も数人いた。無理も無い。博愛主義を掲げる者からすれば、親の仇と同等の理念らしいからな。だが、不変六理の輪が定義されたが故に、オリゾン・アストルから下らぬ種族抗争が無くなったのも事実。紛れも無い勇者の功績だ。悪い方向にだけ捉えるな」





 ローウェルは『不変六理の輪』が生まれた由縁を歴史的観点から語りだした。

 空白の100年間、『虚空期』が終わった。

 オリゾン・アストルには、どの生物よりもずば抜けた知能と身体能力を持つ、6つの種族が同時に出現した。その時点では、種族別の固有属性魔力が無かった。

 6種族は、己のみに宿った魔力を自由自在に操った。

 各種族には群れを束ねる強者――、種族長が戦いによって選ばれた。

 種族長は種族の者達を束ね、集落が生まれた。

 いつしか集落は巨大化し、国となった。

 群れは国民となり、長は王と呼ばれる様になった。

 国民が増えれば、その分、領土も拡大する。

 拡大を続ける領土は、ある問題を偶発させた。

 種族同士の領地を巡る争いだ――。

 最初こそ、老若男女が拳や簡素な打撃具での殴り合いで勝敗を争った。

 結果として、怪力の鬼人族や、ずば抜けた瞬発力を持つ獣人族が優勢だった。




 一体、どの種族が最初に編み出したか?

 己に宿る魔力を塊にし、中、近距離から放つ事で、相手に致命傷を与える攻撃方法を思いついた。

 皮肉な事に種族間の争いによって、『魔法』が誕生したのだ

 形勢は一気に逆転した。しかし、劣勢に陥った種族がそれを黙認するわけが無い。

 すぐに他の種族達も魔法を使い始めた。たちまち、世界は戦火に包まれた。

 この泥沼の戦いが続いた暗黒期を後の人々は、『オリゾン・アストル戦役』と呼んだ。

 この長い戦争の中で、それぞれの種族は、自身の種族的特徴と合った魔法を特化させていった。


 魔人族は、『闇』魔法を――。

 森人族は、『光』魔法を――。

 鬼人族は、『水』魔法を――。

 獣人族は、『火』魔法を――。

 翼人族は、『風』魔法を――。




 そして最弱種族である人族は……魔法を使うことができなかった。

 他種族は人族を戦いに相対する敵とも見なさかった。5種族の激しい戦渦に巻き込まれ、人族は次第に数を減らしていった。

 戦うことのできない人族は、住んでいた土地を奪われ、作物も家畜も育たない不毛な土地へと人族は逃れた。

 いよいよ戦争が佳境に入った頃、人族は絶滅寸前にまで追い込まれていた。


 


 長い長い戦争に終止符を打ったのは、たった一人の人族の女だった。

 彼女は身分を聞かれると、『勇者』と自称した。

 入り乱れて戦う5種族達を、何処からともなく現れた彼女は圧倒的な力で瞬く間に鎮圧した。

 だが、ただの一人として死者を出さなかったと言う。

 戦いが止むと、彼女はこう叫んだ。


『この世に最初に誕生した6種族達よ、不毛な争いを止めよッ! そして、私の言葉を心して聞くが良い。今後、お前たち以外の『人』と呼ばれる種族は現れん。生物や魔物を凌駕し、この世界に君臨する覇者はお前達を指す。その代わり、それぞれの種族が持てる魔力は1つ、お前達が最も不得意とする属性を付与するとしよう』


 燐と響き渡る勇者の言葉に、群集がどよめいた。

 それを諸共せずに、勇者は続けた。


『ただし、例外を設ける。最弱種族である人族には、『無』属性の魔法を与える。無属性とは、どの属性にもなれる可能性を秘めている。そして、人族は今後、この様な排他的で実にくだらん争いが起きぬ様、オリゾン・アストルにおける『調停者』の任を言い渡す!』


 人族以外の各種族が、一斉に反発の声を上げた。

 だが、勇者はそれを一喝して退けた。


『黙れ! 私一人に負けたお前達に拒否権はない、二度と魔法による争いは出来ぬ。これを私は『不変六理の輪』と名付け、絶対の断案とする!これは、この世界の母……創生神様のご意思だッ!!』


 勇者の活躍によって、血で血を洗う戦争は終わった。

 戦争を終結させた勇者は『英雄』として崇められ、彼女の定めた『不変六理の輪』は、平和の象徴とされた。

 後に『調停者』の役割を任された人族の手によって、『不変六理の輪』は、文字の読めぬ者でも理解できる図に書き起こされた。

 それが、あの扉に描かれたエンブレムである。

 『不変六理の輪』に描かれる6種族の輪は、種族同士の相性を意味している。


 『無属性』の人族は、『闇属性』の鬼人族強く――、

 『闇属性』の鬼人族は、『火属性』は森人族に強く――、

 『火属性』の森人族は、『光属性』の魔人族に強く――、

 『光属性』の魔人族は、『水属性』の翼人族に強く――、

 『水属性』の翼人族は、『風属性』の獣人族に強く――、

 『風属性』の獣人族は、『無属性』人族に強い。


 これが未来永劫、変わる事のない絶対の法則なのだ。

 しかし、これはあくまで種族の属性相性だ。使用する武器や職業の熟練度によっては、覆る事もあるそうだ。

 それだと、属性相性を作った意味が無いんじゃ……と思うが、何事にも基礎が必要だ。

 この基礎によって、世界の均衡が保たれている。

 『不変六理の輪』は、世界を平和にするための不条理なのだ。





「これが『不変六理の輪』誕生の伝説だ。初代勇者は、こうして勇者の立ち位置を確立した」

「あのー、水を差す様だけどさ……」

「む?」

「この話し、盛ってるよね? 絶対、脚色してるよね?」

「お前はどうしてそう、皮肉な捉え方をするんだ?」

「皮肉じゃなくて、英雄のあるあるでしょ! 必ずって言って良いほど、過去の偉人の話って、神格化するために尾ひれが付くじゃない?」

「そうだな、お前の言いたい事も分からんでもない。確かに、この話の全てが事実とは言いがたい。だが、事実が脚色を圧倒しているのは明確だ。でなければ、『不変六理の輪』も勇者も、今にまで残るまい」

「そりゃ、そうかもだけど……」

 

 今の話で、『勇者』のハードルが一気に上がった。

 敵の大群を殺さずに無双とか、世界を根底から覆すとか、この体で歩く事すら儘ならない私に出来っこない。人生やり直しが、初っ端から最高難易度だ。

 納得がいかない私は、胡坐をかいてぶつくさと不満を漏らす。

 ローウェルは、口を尖らせている私を横目にスクッと立ち上がった。


「安心しろ、初代勇者を超えられる者などおらん。さて、小生からの話は以上だ。名も無き勇者よ、立つが良い」

「え? なになに、どっか行くの? もしかして、出口?」

「いいから、黙って両手を差し出せ」


 言われがるまま、立ち上がる。

 ローウェルは、私に両手を前に出すように指示してきた。

 何がしたいのか分からなかったが、素直に両手を前に出す。

 その手の平に、ローウェルが自分の手を重ねた。

 え? それ、何のポーズなの?

 と、疑問を口に出す前にローウェルの体が再び眩く発光した。

 次の瞬間、私の手の上に刀の姿に戻ったローウェルが載っていた。


「何してんの、師匠?」

「小生を払え」


 ポカンとしてしまった。

 ローウェルの行動が説明不足過ぎるし、唐突過ぎてキャパオーバーしてるんだけど?

 せっかちなお爺ちゃんの相手をしてる気分だ。


「払うって?」

「はぁ……抜刀しろと言う意味だ。鞘は腰のベルトに固定しろ」

「最初から、そう言えば良いじゃん。えっと、抜けばいいんだね?」


 刀を抜くなんて初めてだ。

 時代劇の侍は、確か柄の根元辺りを握って、一気に引き抜いてたよね?

 そんな感じで抜けばいいのかな……。

 ローウェルを持ち替えて、柄と鞘を握るとグッと引っ張った。

 思っていたより簡単に刀は抜けた。

 スラリと漆黒の鞘から滑り出てきたローウェルの刀身は、真っ黒だった。

 闇より深い黒――、しかし、その刀身は炎の赤い光を反射し、ユラユラと輝いていた。

 吸い込まれる様な黒に目が釘付けになって入ると、刀が「ククッ」と低く笑った。

 ローウェルが笑ったのだ。


「なかなかお目にかかれない間抜け面だ」

「それが言いたくて、私に抜刀させたわけ?」

「そう、機嫌を悪くするな。さて、準備は良いな? お前には、最後の試練を受けてもらう。……死んでくれるなよ?」

「え?」


 私の手中に納まったローウェルが実に愉快そうな声で言った。

 その意味深な言葉に慌てふためく。死ぬなってなんだよ、いきなり不謹慎だぞ!

 すると私の背後で突如、ズトンと重々しい地響きが起き、周囲を激しく揺るがす。

 それと同時に、巨大な影が私に覆い被さる。

 全身から一気に冷や汗が出た。言いし得ぬ恐怖で足が竦み、カタカタと震えている。

 それでも、背後の巨大な『それ』を確認するためにゆっくりと振り返る。




 ああ、凄く嫌な予感がする。

 とりあえず、また死ぬのだけは御免だ……。

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