第9話『攻略完了』
私が睨んだとおり、ダンジョン・ウエノエキにはある法則があった。
確かに勘の鋭い子供なら、すぐにこのダンジョンの攻略法に感づくだろう。
「でも、このトラップの量は7歳児にはキツいよ。巫女様の英才教育で、身体能力がオリンピック強化選手並になってないと、トラップのスイッチ踏んだ瞬間に回避できないって」
私の編み出した攻略方法はこうだ。
まず、真っ暗な通路を照明石の明かりを頼りに進んで行く。
当然ながら、進んだ先では勇者の行く手を阻むべく、通路が必ず2~6手に分岐する。
その中から適当な通路を直感で選んで進む。
暫く進んで、《第六感》がトラップを察知して発動する。
そしたら、来た道を戻って別の通路を進む。
これを繰り返して、進んでも《第六感》が発動しない通路が正解ルートだ。
簡単に言うと、トラップがある通路はハズレ、ない通路がアタリ、と言うだけのことだ。
ダンジョン・ウエノエキにおいて、勇者が受ける最初の試練とは、すばり「トラップの早期発見とその回避」と見た。
これは推測でしかないが、この世界ではトラップが至る所に設置されている。
しかも、物によっては掛れば致命傷、最悪の場合死に至ってしまう。
勇者が享年7歳、死因はトラップでは、クェーサーが転生させた意味がなくなってしまう。
7歳だろうが勇者は勇者。トラップくらい自分1人で何とかできなければならない。
初代勇者であり、ソルシエール家の始祖である巫女のレナ様は、何らかの方法で全てを見越していたのだろう。
とんでもないスパルタ教育だが、理に敵っているのよね。
初代勇者レナ様……あのおっちょこちょい創生神のクェーサーが、最初に選んだ転生者。
その偉業と功績は、後世の勇者達にとって大きな助けになっている。
何のとりえもない私に、そんな大業が成せるんだろうか?
勇者として、この世界で何をすれば良いのか……世界征服や人類滅亡を目論む魔王や王国を倒せば良いのかな?
いやいや、ゲームじゃあるまいし、もっと現実的で具体的なビジョンを思い描こう。
私でも出来る事……なんだろうなぁ?
ダンジョン攻略法に話しを戻そう。
この法則に気付き、尚且つ《第六感》と言う特殊スキルを持った私にトラップは通用しない。
《第六感》の発動とトラップ発見、Uターン、前進を繰り返すだけの単調な道程。
楽勝だ……楽勝過ぎて、笑いが止まらない。
相変わらずカビ臭くて、淀んだ空気で満ちているが慣れは怖い。
そんな劣悪環境の中、床にドッカリ座って、キリカちゃんから貰った飲料水と携帯食料を一口ずつ試飲、試食するだけの余裕が生まれている。
カルーメイトは、一口食べただけで一食分食べた時の満腹感が得られた。
何とも不思議な感覚である。
「あー、完全にポ○リとカ○リーメイトだ。あの味を良くここまで再現できたわね……」
これを作った人物の涙ぐましい努力を感じたが、努力の方向性が間違っている気がする。
異世界に転生しても、ポ○リとカ○リーメイトが食べたかったの?
あ、でも、このベリー味は、前世でも発売して欲しかったかも。
大分、奥まで来たと思う。
そろそろ、最深部であるゴールに到達しても良いんじゃないかな?
出口で待つと言っていたキリカちゃんの事も気になる。
若い女の子を一人で待たせるのは良くない。
健気に私の帰りを待つキリカちゃんを想像したら、自然と早足になった。
待ち合わせする時は、10分前には集合場所に到着している。
相手を待たせるくらいなら、自分がいつまででも待つハチ公タイプ……それが私だ。
直進、右折、左折を何度も繰り返し、奥へ奥へと突き進む。
すると、急に今までとは明らかに様子が違う空間に出た。
もはや、ここは通路ではない。
ダンジョン構内に広がる巨大な吹き抜けだ。
学校の体育館ほどの広い空間、その奥は照明石の明かりが届かないため、どうなっているのか見えない。
何より困ったのは、私がいる足場の前方には道がない。
掛っていた橋が落ちてしまったのか、はたまた何か仕掛けがあるのか、切り立った断崖絶壁になっている。
底は見えない。
おいおい、このダンジョン自体が地下にあるのに、さらに深層部があるってどうなってるの?
このダンジョンを設計した建築家はどうやってこんな大穴を造ったんだ?
奈落に続いているんじゃないかと思えるほど、深い闇が大きく口を開けている。
誤って転落したら上がって来れない、いや、それ以前に助からないだろう。
「道を間違えたのかな? いや、でも正解ルートを進んできたはずだから……ここを渡る方法があるの?」
持てる知識を生かして、と言うのはここで使うのか。
しかし、ノーヒントとは手厳しい。
とにかく、周囲に手がかりがないか虱潰しに調べてみるしかない。
ベルトに付けていた照明石を手に持ち替えて、まずは奈落の淵を確認してみよう。
立ったまま覗くのは、流石に怖い。
格好悪いけど、その場で四つん這いになって、恐る恐る底を覗き込む。
底からは時折、強い風が吹き上げてきた。「グォオオオ……」と言う、不気味な風鳴りが忘れかけていた不安を蘇らせる。
「何も見えない……ふむ」
私の傍らには、手頃な小石が落ちていた。
小石と言うより、何かの拍子に壁か床が砕けたものだと思う。
手を伸ばして、底に向かってポイッと落とす。
井戸の深さを調べるために石を落とし、着水までに掛った秒数で割り出す。
ドラマや映画では頻繁に見かける方法だ。
この世界には魔法がある。
この奈落のだって魔法でそう見えている可能性だってある。実は、膝くらいまでの高さしかない段差でしたー……なんて、冗談でも笑えない。
世界を救う勇者様がそんな段差如きにビビって立ち往生してましたなんて、口が裂けても言えない。
墓まで持っていく秘密になるだろう。
ヒューンと小石が落ちていく。アッと言う間に闇に飲まれて見えなくなった。
この世界にもちゃんと万有引力はあるのね、何か安心した。
おっといけない、カウントしなくちゃ……。
「1、2、3……」
風鳴りがうるさいが、石が底に落ちた音は聞こえない。
良かった、膝より深さはあるみたい。
まあまあ、まだ結論を出すには早い。
むしろ、10秒以内に着地音が聞こえたら、それはそれでやるせない気分になる。
飛び降りて、向こう側の壁まで歩いていける。壁をよじ登れる自信はないけど。
「15、16、17,18……」
まだ、何も聞こえない。うーん、10m以上はありそうだ。
前言撤回。飛び降りたら、即死だ。他の方法を考えねば。
カウントを続けよう。
「……41、42、43、よんじゅぅうううッ!! ちょっと、どんだけ深いのよッ!!」
ダンッと、力任せに床を両手の拳で叩いた。
思わず、元の女口調になってしまったが、そんなのは大した問題じゃない。
本当に底無しなんじゃないの!? 7歳の子供を本気で殺す気?
前言撤回だ。初代勇者は何考えてんのよ、危ないじゃないッ!
結局、小石の着地音は聞こえなかった。
向こう側へ渡る手段は別にある。私は立ち上がって、周囲の探索を再開した。
「7歳児の発想と機転で渡れるんだから、難しく考えない方が良いのかも……」
独り言を呟きながら、周囲の探索を続ける。
これ以上、この辺りを探索して何もなかったら、来た道を戻るしかない。
ここまで来て振り出しに戻るのかと思うと、心が折れそうだ。
命の危機ではないから、チートスキルの《第六感》も役に立たない。
ヒント! 何でも良いからヒントは無いのか!?
立ち上がって、床や壁、高いアーチ状の天井を注意深く見てみるが、別段、怪しい物や変わった点はない。
あー、これは完全に手詰まりだ。
「やだぁ……マジで来た道戻るパターンなの?」
たち膝の状態でため息を吐きながら、すぐそばの壁に手を付いた。
何よ、このダンジョン……全然、子供向けじゃないじゃん。
それとも、単に私の理解力が低いの? もしそうなら、私、小学生からやり直したいわ。
「ん?」
壁に触れた瞬間、違和感が指先に伝ってきた。
何て言うか、こう……触り心地が軽い。
手は付いたまま、照明石を壁に近づけて、違和感の正体を探る。
ダンジョンの壁は、荒削りの岩を縦20cm、横30cm程のサイズに加工し、組積造にしてある。
現在、私が触れているブロックと隣のブロックを比較のために交互に軽くノックしてみる。
まずは隣のブロック――。
身の詰まった実に鈍い石らしい音……とでも言っておこう。
そして、問題のブロック――。
コンコンと軽い音がする。感触も軽石みたいだ。
このブロックだけ、つまり入念にカムフラージュされた偽物(フェイク)だ。
《第六感》が発動しないところを見ると、危険性は無い。
これがこの場を切り抜けるための『ヒント』と見てまず間違いない。
ビンゴ、壁に触れたのが吉と出た。運が良い。
さて、これをどうする?
「ふーむ……ちょっと、力を入れれば外せるかも?」
思うままにブロックの目地に指を食い込ませて、グッと力を入れてみた。
すると、ハリボテのブロックはあっさり外れた。
表面を周りの壁、ソックリに加工した石膏ボードの様だ。
本当によく出来ている。見ただけじゃ、分かるはずが無い。
そして、ハリボテを外した場所に目をやれば、何やら文字が刻まれていた。
読んでみよう。
「創生神に選ばれし者よ、この言葉を心せよ――。全てを照らす光のみが正義とは限らず、闇もまた正義である。闇を味方に付け、道を切り開け……かぁ」
無言で壁の文字から、視線を逸らして目頭を指で揉んだ。
回りくどいヒントだな、オイ……。
難しい言葉をズラズラ並べれば、良いってモンじゃないでしょう。
この文章考えたのって、レナ様なのかな? 引っかけでも何でもないよね。
深く考える必要は無い。何が起きるのかは分からないが、刻まれた言葉の通りにすれば良いのだ。
ならば、こうするまでだ。
「ええっと、確か……【ウオツオユス】」
キリカに教えてもらった照明石を消灯する《スイッチ魔法》を唱える。
ふっと照明石の明かりが消え、辺りは暗闇に包まれた。
刻まれた文字を解釈するに、明かりが点いていると見えない『何か』がここにはあるらしい。それが何なのか、確信するためにも明かりを消したという訳だ。
自分の手さえ見えない、完全な闇だ。
音は、不気味な風鳴りと自分の呼吸音しか聞こえない。
「こ、これは!?」
変化はすぐに起きた。
今までなかった。いや、そこにあったが見えなかった通路が、忽然と姿を現す。
一寸先も見えなかった闇の中に浮かび上がった隠し通路――、そのぼんやりとした明かりは、非常口に設置されている非常灯の光に似てる。
私のいる足場から、徐々に緑色の明かりが点灯していく。
おそらく、この先が……。
「ゴール……ダンジョン・ウエノエキの最深部ッ!」
光の隠し通路を見つめる私は、拳にグッと力を入れた。
この先へ行けば、私は晴れて勇者と認められ、名前と武器を手に入れられる。
そう考えると、俄然やる気が出た。
ああ、RPGゲームを面白いと言うゲーマーの気持ちが今、やっと分かった。
疲労と不安、苛立ち、恐怖を凌駕するこの高揚感と達成感は、とても気持ちが良い。
ぼんやりとした明かりを頼りに、私は隠し通路へと踏み出す。
片足を乗せて、しばし様子を見る。
何も起きない。もう片方の足も恐る恐る乗せて隠し通路の上に立つ。
意気揚々と一歩踏み出した瞬間、奈落にボッシュート!
うわー、ここでやられたぁーとか、嫌な想像をしたけど、そんな意地悪はしないよね。疑心暗鬼にも程がある。
隠し通路を進み、最深部へと王手をかけた。
隠し通路を渡り終え、再び照明石を点灯させる。
私の目の前には、巨大な扉が立ち塞がっている。
あまりの巨大さに、奈良の大仏でも見上げている気分だ。
入り口と全く同じデザインのレリーフを施した石の扉、押しただけでは開きそうにも無い。
この扉にも開門のための《スイッチ魔法》が設定されていたら、私は開けられる自信が無い。
とりあえず、押してみよう。押して駄目だったら引いてみてよう。
どっちも駄目だったら……そうだなぁ、泣こうかな。
「押して駄目なら、引いてみろってね……うう?」
両手で厳つい扉に手を付くと、内側から「カチリ」と言う小さな音がした。
疑問符が頭上に浮かぶより前に、扉が勝手に開き始めた。
扉を押すために、力を込めていた両手が虚しく空を切る。
しかしながら、人間とは急には止まれない生き物だ。
体は勢いを殺しきれず、前へ前へ出ようとする。
「ちょ、ちょ、待った……って、おわぁッ!?」
慌てて、体制を整えようと両腕を振り回しながら背を反らすも、間に合わない。
慣性の法則に従って、開いた扉の向こう側の床に顔面から強かに打ちつけた。
「へぶぁッ!!」
転倒した拍子に、情けない呻きが口の端から漏れる。
ここまで来て、まさかの痛恨のミス。
だって、こんな簡単に扉が開くとは思ってなかったんだもん。
最深部に到着したから、勇者らしく格好良くキメようとして、この有様だ。
慣れない事はするモンじゃないね……。
私がのた打ち回っている背後で、扉が独りでに閉まったが気にしている余裕はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます