第8話『スキル《第六感》』
「私がご一緒できるは、ここまでです。これより先は、勇者様お一人で攻略していただきます」
「そうだね、助けを借りずに攻略しないと試練の意味ないもんね。このダンジョンの地図って無いの?」
「残念ながら、ございません。勇者様以外の立ち入りは禁忌とされていて、ダンジョン内の構造がどうなっているのかも、私達には分かりません。勇者様の持てる全ての知識、体力、五感を駆使してゴールである最深部を目指してください」
ダンジョンと言えば、財宝とかトラップ、敵モンスターをまず想像する。
倒しても倒しても起き上がってくる骸骨騎士、床のスイッチを踏むと転がってくる大岩、そして、最深部の部屋に隠された隠し扉の向こうには目の眩むような財宝の山が……。
某トレジャーハンターの映画から得たダンジョンのお決まりパターンだ。
しかし、ここは異世界だ。フィクション映画とは違う。
構造が分からないと言う事は、広さ、階層、ゴールの位置、罠や敵の有無、それら全ても分からないと言う事だ。
照明石の明かりのみを頼りに手探りで攻略するしかないのか。
ふむ、想像していたより、難易度は高そうだ。
「勇者様、念のためこちらも持って行ってください。お役に立つはずです」
「飲み物と……こっっちの箱は食べ物?」
「ポカリストスとカルーメイトです。ポカリストスは、傷や体力の回復促進剤が配合された飲料水です。カルーメイトは携帯食です。一口食べるだけで一食分の栄養分と満腹感が得られます。味はベリー、ハチミツ、ソルトの3種類があります。私のオススメは、ベリー味です。この2つのアイテムは、旅やダンジョン攻略を生業にする冒険者の必需品なのです」
ポカリストスって……つまり、ポカ○スエットとアク○リアス。
かの有名な2大スポドリ、大○製薬と日本コ○・コーラが異世界で奇跡のコラボをしていた。
こっちのカルーメイトは、完全にカ○リーメイトだしね。
ご丁寧に入っている青いボトルや黄色のパッケージまでソックリだ。
そうか、前の世界で飲んだり食べたりしていたこれらの商品は、世界が変われば、ゲームで言うところの回復アイテムの役割を果たしているのか。
「もう、ツッコミが追いつかない……」
「手荷物がお邪魔でしたら、お渡ししたバッグに入れて下さい。そのバッグも魔道具の一種で、回復アイテムや回収した素材、武器など最大で12個まで収納可能です。ちなみに生き物は、生きた状態ですと収納できませんので注意してくださいね」
「いやー、生きて無くても動物を丸ごとバッグに入れたいとは思わないかな」
このバッグの中に12個もアイテムが入るのか、凄いな。
ドラ○もんの四次元ポケットみたいだ。
武器も入っちゃうって、剣とか槍、斧みたいな大型の武器も入るのかな? どうやってこの小さいバッグに入っていくのか、是非見てみたいものだ。
それからキリカには申し訳ないが、動物の死骸をバッグに入れる発想があるのにちょっと引いた。
死骸をバッグに入れて持ち歩いて、その後どうするつもりなんだろう?
持ち帰って、料理の材料にするのかな。バッグの中で腐りそうだけど……。
魔道具だから、何かしらの防腐効果のある魔法が施されてるのだろう。
「そうだ、キリカちゃん。アレがないんだけど……」
私はキリカに向かって、両手を差し出した。
何してるかって? 武器を催促してるんです。
ゲーム的専門用語を使うなら、『初期装備』ってヤツ?
すでに色々貰ってるのに、これ以上くれくれするのは私も気が引けるんだけどね。
キリカちゃんだって、ロッド持ってるんだから私だって護身用の武器が欲しいよ。
「あの、アレとは何でしょう?」
「ほら、これからダンジョンに挑むのに、護身用の武器がないと危ないよね?」
「武器……」
キリカが私の手と顔を交互に見て、不思議そうにしている。
剣かな? 槍かな? それとも弓? あ、キリカちゃんと同じロッドでも良いな。
どれも使える自信ないけどさ。
「武器は……勇者様がこれから取りに行かれるのですよ?」
「ホワッツ?」
「この第一の試練迷宮、ダンジョン・ウエノエキの最深部にあるんです。勇者様の専用武器が……」
「……私の専用武器が、何でダンジョンの奥にあるの?」
「ここは7歳を迎えられた勇者様が、専用武器を入手するために作られたダンジョンなんです。ですから、このダンジョンは7歳までに培った知識と技術、体力、五感が重要だと言ったんです」
「うぇえええッー!? そんなの聞いてないよ!?」
衝撃の事実。
武器無しで、構造も敵の有無も分からないダンジョンを一人で手探り探索。
ダンジョンクリアでゲットできるのは、専用武器か。
これじゃ、本当にRPGゲームのチュートリアルじゃないか。
最初に説明して欲しかったよね、ウエノエキが初期装備調達ダンジョンだって。
「やはり、今回はやめておきますか?」
「……」
どうする? 今ならまだやめられる……。
でも小1がクリアできるダンジョン……ウエノエキだよ?
小1の男の子の知識って、足し算、引き算、ひらがな、カタカナ、漢字が少々、朝顔の育て方、メダカの水槽の水交換とかでしょう?
体力なんて、50m走8秒以内に完走とか、跳び箱3段飛べるとか、縄跳びであや飛びできるとかでしょう?
五感は……ほら、スキル《第六感》ね! 五どころか、六もあるよ!
ほら、絶対、行けるって!
最深部までちょこっと行って、武器とってダッシュで戻ってくれば、大丈夫だって!
「男に……男に、二言はないよ。ダンジョンを攻略して、必ず武器をゲットしてくる」
「で、でも……」
恐怖で声が震えた。
どんなに自分に「大丈夫だ」と言い聞かせてもやはり怖いものは怖かった。
これはゲームではない、現実だ。
死んだらリセットとして、またやり直し……なんて、都合の良い事は出来ない。
そんな私の不安と恐怖が、キリカにも伝わってしまっている。
男になったから、可愛い女の子に良い所を見せたいってわけじゃない。
明るい未来――、前世では得られずに終わってしまった人生をやり直す。
キリカにぎこちない笑顔でこう告げた。
「私、行くよ。いや、行かなきゃいけないんだ」
「そこまで仰られるのでしたら……巫女であり、審判者のしきたりに従い、この扉は閉ざさねばなりません。出口にて、勇者様をお待ちしております。どうか、ご無事で」
どうして、キリカが泣きそうな顔をしてるんだろう。
もしかしなくても、私のせい?……出会って間もない男の為に泣けるなんて、 本当に優しい子だな。そんな彼女を泣かせる私は、男としてサイテーだな。
私は、そんなキリカを安心させるためにも力強く頷いてみせた。
私に恭しく頭を下げたキリは、広間に戻ると扉を閉めるための《スイッチ魔法》を唱えた。
閉まるドアの向こうで、キリカが私を見ている。
彼女の目に今の私は、きっと物凄く情けななく映っている事だろう。
そんな私一人を残して、扉は完全に閉まった。
「ふぅ……」
深いため息が漏れた。
また、私は一人になった。
真っ暗な『ダンジョン・ウエノエキ』の内部を腰に下げた照明石が照らしている。
そうは言っても、その全貌を照らせているわけではない。
精々5m四方、その先は一寸先も見えない暗闇が延々と続いている。
まさに未知の領域――、かのインディ・ジョー○ズも前人未到の遺跡に入る時はこんな心境なんだろうか?
「うわぁ……真っ暗だし、ジメジメだし、カビ臭いし。奥がどうなってるのか、ここからじゃ全然見えないや」
大手を振って歩くわけにもいかないだろうな。
遺跡って言ったら、必ずと言って良いほど大量のトラップが仕掛けてある。
回復薬を兼ねた食料と飲み物はあるけど、何日も過ごせる量じゃない。
こんなカビ臭い場所にずっといたら、病気になりそうだ。
日付が変わらない内に攻略するのが、ベストだろうね。
「ここにいても何も始まらないし、手当たり次第、虱潰しに進んでみますか。目指せ、私専用の武器がある最深部へ!」
前世ならこんな独り言ばっか言ってる髭面の男がいたら、白い目で見られただろう。
しかしここは異世界で、ダンジョンの中だ。
喋ってないと死ぬ。死ななくても精神が蝕まれて、情緒不安定になる。
食料が尽きて廃人になる前に進みましょうか。
「おー!」と拳を高く突き上げて、セルフ鼓舞をしてみた。
「……っと、その前に」
私は視線を下げる。何処を見ているのかっって……言わせないでよ、股間だよ。
ホントさ、コレのポジションがずっと気になってたんだよ。
体にフィットしたズボンのせいで、余計に股間周辺がパツるんだよ。
違和感が……今まで体験した事の無い違和感が下半身を支配している。
モノがなかった時は、パンツの布が筋に食い込むくらいはあったけど、そこまで気にならなかった。
こう、コレを直さないと何をやっても上手くいかない気すらしてくる。
いつだったか、職場の上司が飲み会の席でポジショニングについての下ネタトークを延々としていたっけ。
その時は、適当に右から左へ流してしまったが、ちゃんと聞いておくべきだったのかもしれない。
「んー、こんなもん? うーん、まだ微妙な違和感が残ってるんだよなぁ……」
何が悲しくて、ズボンに手を突っ込んで自分のイチモツの位置を、手動で調整しなければならないんだ。
女だった頃は「男の人って、楽そうでいいなー」なんて思っていたが、男は男で案外、扱いづらい。
主に下半身のヤツだけど。
でもキリカちゃんの前で、堂々と直すわけにはいかないじゃない。
世の男性諸君は、一体どのタイミングで治してるんだ?
非の打ち所の無い聖人君主、常に冷静沈着な紳士、武士道を重んじる武人、彼らですらコレのベストポジションを知っていて、人目を忍んで素早くサッと直してるのか?
その妙技、是非ご教授願いたい。
コツコツとブーツの底が、石畳を叩く音だけが通路に木霊する。
ベルトにつけた照明石が歩みにあわせて揺らめきながら、周囲を明るく照らす。
自分の足音以外は、何も聞こえない。生き物の気配もない。
今の所、1本道の通路を奥へ奥へと進んでいる。
《第六感》のスキルも発動しない。
静かだ。静か過ぎる。
まさか、ずっとこのまま直進していれば、ゴールです……なんて事はないだろうな?
でも7歳の子供がクリアできるダンジョンだし、あり得るかもしれない。
そうだとすれば、とんだ食わせ物だ。
前進あるのみのダンジョンにマップなんていらないし、巫女の同伴も、食料もいらないじゃない。
ウエノエキなんてご大層な名前はもっと要らない。
この世界にはスマホ、ガラケーの通信機器はおろか、時計もないらしい。
今が何時なのかも分からないし、文明の利器に頼った生活をする現代人とって手持ち無沙汰とは辛い以外の何者でもない。
「おっと?」
こんなことを考えていた私は、すぐに歩みを止めることになった。
前方に十字路が現れたのだ。
ですよねー、一本道なワケがないよね。
「ふーん、十字路か……。正解の道は1本って考えるのが妥当だとして、問題はどの道が正解かだよね」
十字路のど真ん中で止まって、腕を組む。
4つの通路を見比べても、特に違いはない。どの道も先の見えない暗闇が続いているだけだ。
行き止まりならここまで戻ってくればいい。でも、進んだ先で道がさらに分岐していた時が怖い。
目印もない、見た目に変化の無い場所では、方向感覚が狂って道に迷う。
富士の樹海の様な深い森で遭難者が多いのはそのせいだ。
ここに戻ってくることすら出来なくなる可能性がある。
伝説や物語では、迷宮に怪物退治に向かう英雄は糸を通路に垂らして目印にし、幼い兄弟は光る小石を森の獣道に落とした。
何も持っていない私は、どちらも出来ない。
一発で正解ルートを選びたいところだけど、そう上手くいくものでもない。
「まずは、こっちに行ってみるか」
悩んだ結果、感で進行方向、向かって右の道を選んだ。
正解ルートが直進って言うのは、ちょっと安直過ぎる。人間は咄嗟の時、左を選ぶってどこかで聞いた気がするから、その裏をかいて右だ。
数歩進んだ所で、今まで沈黙を貫いていた《第六感》が警告音を発した。
おお? 何だ、何だ?
《この先、約3m先の床にトラップのスイッチが設置されています》
《スイッチの位置をマーキングし、表示します》
やっぱり、トラップがあったか。
照明石の明かりが照らせるギリギリの範囲、ぼんやりと見えている通路のど真ん中に緑の円形マーカーが現れ、ぼんやりと点滅した。
「トラップかぁー。戻るか? いや、でもトラップがあるからって、ハズレとは限らないだろうし……スイッチを踏まなきゃいいんだから、進んでみるか」
ここで来た道を戻って、他の3つを進んで、結局全部ハズレでここが正解でしたー! だと面倒臭いし、モチベが下がる。
先に進んで、正解か否かを確認してきた方がダンジョン攻略のヒントが得られるかもしれない。
とりあえず、床のスイッチに気を付けて先へ進んだ。
「行き止まりか。隠し扉も……ないな。ハズレか」
結局、通路の終点は何にもない行き止まりだった。
行き止まりの壁を叩いたり、撫でたりして隠し扉がないか調べたが、何も無かった。
覚悟はしていても、やっぱり落胆してしまう。
十字路まで引き返して、深く考えずに「どれに、し、よ、う、か、な?」と人差し指で残りの3つを順々に差してみる。
「言、う、と、お、り!」の「り!」で指差した直進の通路を進む。
「ここもトラップがあったけど、結局行き止まりかい……テンション下がる」
また十字路に戻ってきた。正解ルートは、左の通路か。
うーむ、このダンジョンの法則が見えたかも……。
でも、決め付けるにはまだ時期尚早だ。
この十字路だけで得たヒントでは、まだ実証が足りない。
正解の通路を進む。すると、今度は6つの分かれ道が現れた。
正解ルートを探すのと同時に、見つけた法則の検証もしてみることにしよう。
一人は心細いし、ゴールはまだ通そうだし……。
こんなRPG未経験者の私が勇者で、本当に大丈夫なんだろうか?
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