第7話.『第一の試練迷宮』




 成り行きで、第一の試練迷宮の攻略に挑む事になった。

 キリカと私は、現在広間の奥――、祭壇の位置からでは薄暗くてその全貌が見えなかった壁の前にいた。

 徐にキリカちゃんがレッグポーチから、人差し指サイズの結晶が付いたキーホルダーを2つ取り出した。

 淡い蜂蜜色の綺麗な結晶、べっこう飴にも見える。


「勇者様、これをお使いになってください」

「これは?」

「照明石です。暗い場所で照明代わりになる便利アイテム、『魔道具』です」

「ふぅん?」


 差し出された照明石を受け取って、じっくり観察してみる。

 何の変哲も無い、パワーストンショップで見かける六角柱状の結晶だ。

 これが、この世界の懐中電灯だと思っていいのかな。

 旅館とかサービスエリアのお土産売り場に売っていても違和感が無い。

 照明代わりになるって事は、この石が光るの? でも、どうやって光らせるんだろう。

 使い方が分からず、助けを求めてキリカちゃんを見た。

 聞くは、一時の恥じとも言う。素直に使い方を教えてもらおう。


「キリカちゃん、ちょっと良いかな?」

「え、はい? 何でしょうか?」

「これは、どうやって使うの?」

「あ、これですか? ふふふ、とっても簡単なんですよ。見ててくださいね?」

「ん? うん、分かった」


 キリカは、そう言うとイタズラっぽく笑って見せてた。

 不覚にもその笑顔にドキッとしてしまった。まったく、この体はちょっと正直過ぎる。

 キリカは、照明石を私の方に向けた。


「良いですか? こう唱えるんです。【エサレツ】」


 キリカがそう唱えると、照明石がパッと光り出した。

 暖色系の光が、目の前の壁を照らし出す。


「わ、光った!? しかも、めっちゃ明るい!」


 照明石の光は、LEDライト並に明るいし、照らせる範囲も広い。

 照明石以上に不思議だったのは、《翻訳》のスキルが発動しているにもかかわらず、キリカの唱えた呪文は日本語に翻訳されなかった。

 翻訳されないって事は、固有名詞なのか? 聞いたことない単語だったけど……。

 私もキリカの真似をして、「エサレツ」と唱えた。

 私の手の平の上で、照明石が光輝く。

 二つの照明石の光が相まって、さらに照らし出される範囲が広まった。


「キリカちゃん、この呪文は?」

「これは、魔道具に設定されている《スイッチ魔法》と言う呪文の一種です。本来、魔道具を使用する際は、使用者が魔力を補充しなければなりません。私が持っている魔道具、魔術師専用のロッドがそれです」

「あれ? でも私は魔術師じゃないのに、照明石を使えてるよ?」


 私達の会話が、教育番組のお姉さんとマスコットが番組の最初にやる茶番劇みたいになっている。懐かしいな。

 団子好きで、何故かネズミの着ぐるみを着た猫がマスコットの番組を見てた。

 いかんいかん、話しが反れてしまった。


「それは、照明石が日用品限定の特殊魔道具だからです。この世界に生きる生物は、多かれ少なかれ必ず魔力を体内に保有しています。ですが、皆が一様に魔力を上手くコントロールできるわけではないのです。魔道具は、我々の生活になくてはならない必需品です」

「はぁ、電化製品みたいなものか」

「デンカセイヒン?」

「あ……何でもないから、気にしないで!」

「んー、そうですか? そこで考案されたのが、誰でも使える魔道具自体に魔力を補給した特別な魔道具です。こう言った魔道具を生活魔道具と呼びます。生活魔道具に限って、魔力発動のスイッチとなる《スイッチ魔法》が設定されているんです。この照明石の場合は、点灯する時は【エサレツ】、消灯する時は【ウオツオユス】と唱えれば良いのです」

「消灯の方が、呪文が難しくない?」


 消灯の呪文を言ってしまったためか、キリカの持っている照明石が消えてしまった。この事で分かったが、照明石のオンオフは持っている人物の《スイッチ魔法》にしか反応しない。

 キリカがもう一度、点灯の《スイッチ魔法》を唱えれば、再び照明石は発光した。


「生活魔道具には、一つだけ欠点があります。魔力が枯渇してしまうと使えなくなってしまうんです。枯渇した魔力は、魔法具専門店で補充できますが、料金が発生します。しかも、店によって料金設定が異なったり、店の会員になると割引サービス利いたり、溜まったポイントで商品を買える店もあります」


 あれ? 生々しい話になってきた。

 ファンタジー世界なのに、『割引サービス』と『溜まったポイント』って……。

 それ、魔法が当たり前に生活に必要なの?


「まぁ、向こうも商売だし、ライバル店と顧客争奪戦してるから仕方ないよ。でも、割引きサービスは地味に嬉しいよね」

「ただ、勧誘を断りくれなくて仕方なく会員になってから、もっと安い料金設定でポイントも倍のお店が出てくるのが納得できないんですよね……この前もそうだったんですけど」


 キリカチの話しは続いているが、内容が魔法具店の商法に対する文句に変わっている。ちなみに、キリカちゃんは魔術師だから店に行かなくても魔力の補充が出来るみたい。

 魔力補給……ガソリンスタンドで、自動車に給油するのと同じだ。

 この世界に会員カードとか、ポイント還元サービスの概念があるのに驚きだ。

 きっと勇者の入れ知恵に違いない。しかも、その勇者って元日本人だろ?

 

「この生活魔法具は過去の勇者様の一人が、魔道具研究の副産物として発明したと言われています。会員制度やポイント還元もそうです」

「やっぱりね。いや、そうじゃなくて……自分から質問しておいて言うのもアレなんだけど、キリカちゃん、そろそろ本来の目的に戻ろうか?」

「はぅ!? そ、そうですね。私ったら、少々、熱く語り過ぎてしまいました」


 私が提案すると、キリカは恥ずかしそうに頬に手を当てて、苦笑いを浮かべる。

 少々ってレベルじゃなかったと思うんだけど、あのまま喋らせておいたら性質の悪い魔道具クレーマーと化したんだろうね。熱中しちゃうと、周りが見えなくなるタイプか。

 止めて正解だったな。

 キリカに、照明石はベルトに付けておくと便利だと教えてもらったので、言われた通りにした。照明石がキーホルダー型になっているのは、この為らしい。

 両手は空いているに限る。過去の転生者も考えたものだ。




 目の前に立ち塞がる石造りの壁を見る。

 照明石の明かりで照らし出された壁には、壁画が描かれていた。

 円形の紋様の中に、円を真っ二つに分割する巨大な塔。その周りに無数に浮かぶ島らしき、これも円形の紋様に囲まれた物体。

 その絵を中心にさらにその外側にもう一回り大きな円が描かれていて、その外側には6つの異なる紋章が均等に配置されて描かれている。

 その二重の円の下には、髪の長い美しい女性と赤子の絵が描かれている。 

この壁画全体が、何を表しているのかは分からない。

 でも、女性と赤子が何を表しているのかは一目瞭然だった。




 創生神クェーサーと転生者である。




 ただ、私の知っているクェーサーと大分違う。

 まずあのロリ神様は、こんな大人びていない。

 美少女だったけど、美女ではない。

 目はオッドアイだったし、全裸じゃない、そして巨乳でもない。

 この壁画のクェーサーは、コレジャナイ感の塊だ。

 まさか、他の転生者にはクェーサーこう見えていたのか? 

 いや、違うな。

 これは描かせた転生者の趣味だ。ロリ派ではなくて、巨乳派だったんだろう。




 壁には、壁画が描かれているだけで扉の類はない。

 そんな壁画の中心に近づいてみないと分からない程、浅い楕円形の窪みがあった。

 キリカがそこに手を当てる。

 何をしようと言うのか? 私はその動向を静かに見守った。


「アユシシラガス、ヒタチネアモネラウ――。オヤユソグユス、ラヌオィクツクナソート、モチラツンインナノヲノミキサ。オイェカオウィチム。オズラエデチキ、ビチモナユスー、ユラナタラー、ヘラウ――【我の前に立ち塞がりし者――。悪しき者を何人たりとも通さぬ屈強なる守護者よ。道を開けよ、我は新たなる勇者の導き手であるぞ――】」


 キリカが呪文を静かに唱えた。外国の歌を聞いているみたいだ。

 翻訳されないと言う事は、これも《スイッチ魔法》か。

 うわわぁ、文言が長いし、覚えるの大変そう。

 これを舌を噛まずにスラスラ詠唱できるなんて、キリカは凄い。

 将来、有望なアナウンサーになれるよ。




 詠唱が終わると、何の変哲もないただの壁に変化が起きた。

 キリカの手の平が触れた部分から青白い光が壁の溝を中心から外側へと向かって放射状に走る。

 その光が消えると、一瞬の間をおいてゴゴゴと腹の底まで響く、地響きが広間を揺らす。

 何が起きているのか分からず、キリカの隣でたたらを踏んでいると目の前の壁が動き出した。

 真ん中から真っ二つに割れ、ゆっくりと石畳を削りながらスライドしていく。

 壁が割れたその先には真っ暗な空間が広がっている。

 ズシンと一際大きな音を壁の動きが止まった。

 RPGゲームをまったくプレイしたことのない私でもさすがに分かる。

 隠し扉だ。しかも、かなり手が込んでいる。

 この真っ暗で広い通路の先が、つまり……。


「こ、これが……」

「はい。第一の試練迷宮……その名もダンジョン・ウエノエキです」

「ダンジョン・ウエノエキ。ダンジョン…………いや、ちょっと待って。ダンジョン何だって?」

「ダンジョン・ウエノエキです」

「なん……ですって……?」

「ウエノエキです」

「……」

「……本当に、ウエノエキなんですよ?」

 


 ウエノエキ……ウエノエキって、あの『上野駅』なの!?

 何で勇者の試練迷宮にそんな名前付けたんだよ! 付けたヤツ誰だよ!!

 確かに東京都内の駅は増築に増築を重ねた結果、迷宮みたいな構造になってしまった。

 新宿駅、東京駅、池袋駅、梅田駅……挙げれば、きりが無い。




 上野駅は、『お上りさん殺し』で有名な駅の一つだ。

 最寄の出入り口が存在しない駅で、出入り口がやたらと多く、しかもそれぞれが遠い。

 さらにそれぞれの出入り口の名前がいけない。公園口やパンダ橋口、入谷口など、通勤で使い慣れた人にとっては馴染み深くても、使い慣れていない人にとってはもはや暗号と大差ないだろう。

 そして、トイレがなかなか見つからない。




 迷宮に前世の迷宮染みた駅名を付けたくなるのは分からない事は無いけど、異世界人達はその意味も知らずに『ウエノエキ』を使っている。

 どう反応し返せば良いのか、こっちが困るじゃないか!


「そうかぁ……ここが、異世界の上野駅か」

「はい。私も文献で呼んだ時、その名の物々しさに底知れぬ恐怖を覚えました」


 恐怖か……そうだね、初めて行くと集合場所とか待ち合わせ場所にした場所の最寄出入り口が分からなくて慌てるよ。

 でもね、キリカちゃん。

 上野駅の公園口を出て徒歩5分の距離に上野動物公園があるんだ。

 そこは『パンダ』って言う白黒のクマが有名で、一大ブームを巻き起こした事もあるんだよ。キリカちゃんも見たら、絶対可愛いって言うと思うよ。

 それに迷った時は駅員さんに聞けば、道だってちゃんと教えてもらえる。

 上野駅の名誉のためにも言っておくけど、あそこは恐怖とは無縁の所だからね?




 このダンジョンに名前を付けたのは、間違いなく日本人の転生者だ。

 後続の転生者が前世ネタでウケるとでも思ったのだろうか? 

 その勇者、馬鹿なんじゃないの?

 異世界に転生した勇者の日本人率がおかしい。

 もしかして、46人中半分近くが日本人なんじゃない?

 何やってんのよ、クェーサー!

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