第6話『勇者』




 私達の会話は続く。

 ここには時計がないから、体感時間での推測だが、すでに2時間以上は話していると思う。


「えっと、勇者様……」

「そう、それね! 何で私を勇者って呼ぶの? あと、貴女は一体何者で、私とはどう言う関係なの? そんでもって、ここは何処!? 何でクェーサーを知ってるの!?」

「え!? ええっと? その……あのぉ」


 矢継ぎ早に4つの質問をキリカに投げつける。

 質問されたキリカは、何から答えれば良いのかシドロモドロになっている。

 すっかり怯えてしまった様で、震えながらまた泣き出しそうになっている。

 あ、そうだよね。自分より大きい髭面の男に迫られたら怖いよね。

 ここは冷静に、一つずつ聞いていかないと駄目だ。


「ごめん、私の聞き方が悪かった。まず、自己紹介してもらえるかな?」

「はわわ、私ったら! 自己紹介が遅れてしまいました。私、キリカ・ソルシエールと申します。代々、勇者様にお使えする名家ソルシエール家の第46代目の巫女です」

「46代目の巫女?」

「巫女とはですね、この世界を創りし創生神クェーサー様が勇者の導き手として選んだ人間がなれる特別な職業です。そして、貴方様は46人目の勇者様なんです」

「なるほどねぇ、クェーサーが選んだ……」


 キリカは胸を張って堂々と説明してくれた。

 口振りから巫女に選ばれるのは、相当名誉な事みたいだ。

 でも説明を聞いた私は、別の事でヒクヒクと眉と口元を痙攣させていた。

 あのロリ神め、何が『我が子』には干渉できない……だよ!

 転生者の世話係選ぶとか、めっちゃ干渉してんじゃんよッ! しかもキリカちゃんで46代目ってことは46人も人殺しして、転生させてるの? 

 神様として、それってどうなのよ!? 


「ちなみにその巫女って、クェーサーが直接選んでるの?」

「いえ、そうではありません。巫女は、必ずソルシエール家の血筋から産まれます。性別は関係なく、御印と呼ばれる聖痕が巫女となる子の体のどこかに現れます。そして、その子が16歳となった年に、この場所、創生の神殿のちょうど真上を太陽が通過する日が来ます。その時、新たな勇者が現れるとの伝承があるのです」

「その伝承って、誰が伝えたの?」

「それはですね、ソルシエール家の初代頭首レナ・ソルシエールです。レナ様は、巫女であり、初代勇者様でもありあます。ソルシエール家の血筋から巫女が生まれるよう、特別な魔術を施したのもレナ様です。ちなみにクェーサー様の名を知るのは、勇者様とソルシエール家関係者のみです。一般市民は、その名を知らないため創生神と呼んでいます」

「だから、クェーサーの名前を出した途端、キリカちゃんは攻撃をやめてくれたんだね」

「そ、その事はもう忘れてください!」

 

 ソルシエール家の開祖にして初代勇者、巫女の祖――。

 なるほど、納得した。

 クェーサーが『我が子』に最初に転生させた人物が、その後、現れるであろう後続転生者のために自分の一族に伝承としてその育成を義務付け、異世界での生活に困らない様に取り計らってくれたんだ。

 なんて、親切な人なんだ。お墓があるなら、是非お参りをしたい。


「この世界の巫女って、魔法が使えるの? 魔法使いとは違うの?」

「巫女は、先にも言いましたが特別な役職名です。本来は巫女と言う職業は存在致しませんので、魔術師に分類されています。ソルシエール家は、魔術師の家系なのです。ですから、産まれた子は皆、幼い頃から魔術の勉強と訓練をするのです」

「特別な職業……キリカちゃんのお家は、由緒正しいお家柄なんだね」

「はい。私の父、祖父、曾祖父と三代続いて王宮付きの魔術師の位を授かっています。それが私の誇りでもあるんです」


 そう言って、キリカは立ち上がる。

 何だ? と思って見上げると、何の前触れもなくスカートを捲くった。


「うわぁああッ!?」


 私は慌てて目を逸らした。今の私は勇者である前に男なのに、なんて事してるんだこの子。一瞬、太股の付け根に小さな痣があるのが見えた。形までは覚えてないけど、あれが『御印』と言うヤツなんだろう。

 幸いな事に精神が女のままだから、欲情まではいかないけどそう言うのは初対面の気心知れない男にやったら駄目なヤツだよ。


「わ! ちょっと、キリカちゃんッ! そう言うのはマズイって!!」

「これが私に出た御印です! どうぞ、ご確認下さい」

「そんな自慢げに言わないでッ! 私、男だから! キリカちゃんが正真正銘の巫女だって分かったから! 今すぐ、スカートを下ろしなさいッ!!」


 ドヤ顔でスカートの裾を持ち上げているキリカに、私は顔を背けたまま怒鳴った。

 気付いていない。この子、自分が何を仕出かしたのかまるで理解してない。

 ビッチとかじゃなくて、本当に知らないんだと思う。

 聞かれれば、誰の前でも『御印』見せちゃうの? 16歳の女の子がスカートを捲ってホイホイ見せて良い物ではない。

 駄目だ、この子の貞操は私が守ってやらねば……。

 私は目の前の少女に対して、謎の加護欲に駆られた。何だろう、久しく枯れていた「姉」の本能が再燃したみたいだ。

 私が心配しなくても何でも出来た実弟と違って、キリカに対しては頼れるお姉ちゃんポジションになりたいと思ってしまう。

 年上として、女として、人生の先輩としてこの子を放っておけない。

 お姉ちゃんを通り越して、母親になった心境だ。

 そうは言っても、今の私は男なんだけどさ……悲しいね。



 

 キリカは怒られたと思ったのか、シュンと項垂れてスカートを下ろすとその場に腰を下ろした。

 私はコホンと咳払いをして、ションボリしながらスカートの裾を弄っているキリカに視線を戻した。


「急に大声出してごめんね。でも、今後は不用意に御印を見せない事、いいね?」

「申し訳ございません。先程から失敗ばかりで、勇者様のご機嫌を損ねてしまうなんて……お父様や乳母にもよく言われるんです。巫女としての自覚が足りないって」

「そんな事は無いと思うけど……。とりあえず、話を戻そうか。キリカちゃんが言う勇者って何者?」

「勇者様は……勇者様ですよ?」


 キリカに小首を傾げられてしまった。

 う、うん。質問を疑問符で返さないで、ややこしくなるから。


「そうじゃなくて……私の言い方が悪かったかな。そのソルシエール家の伝承では、勇者は何て説明されてるの?」

「勇者とは、創生神によって選ばれし者。この世界に危機訪れし時、彼方の世界より創生神が遣わす救世主。世界をより良き未来へと導く者、その者を我らは『勇者』と呼ぶ……そう言い伝えられています」

「勇者……転生者ではないの?」

「転生、者ですか? いえ、その様な記述はどこにも……」

「そうなんだ」


 どうやら、初代を含めた歴代の勇者……つまり、クェーサーに選ばれ、この世界に転生者達は転生については語らなかったみたいだ。

 必要以上の混乱を避けるため? 

 それとも身元を『勇者』と改めた方が、異世界では都合が良かったのか?

 今となっては、その理由は推測の域を出ない。


「彼方の世界って、私がいた世界の事だよね? でも世界の危機って何だ? クェーサーはそんな事、一言も……」

「え? 何か仰いましたか?」

「あ、ううん! ただの独り言だから気にしないで。勇者については、何となく分かったよ。ベビー用品をたくさん持って来てたみたいだけど、それは何故?」


 私がブツブツ独り言を呟いていると、キリカが不安そうな顔をした。

 また、私を怒らせてしまったと勘違いしているんだろう。

 キリカちゃんはちょっと、心配性過ぎるんじゃなかな?

 ベビー用品を持参していた理由に粗方察しはついているが、あえてその質問ではぐらかした。


「実は、私もその事で混乱しているのです。伝承では、勇者様は赤子の状態で現れるとあったので、乳幼児用の生活用品を一通り揃えてお迎えにあがったのですが、まさか勇者様が成長したお姿でいらっしゃるだなんて、想定外でした」

「何て言うか、本当にごめんね? 詳しくは言えないけど、ここに来る前にクェーサーと一悶着あってさ。結果的に、大人の姿でこの世界に来る事になっちゃったんだ」

「クェーサー様と一悶着……まさか、戦われたのですか!?」

「戦うって……違う違う、そんな物騒な事していないよ。クェーサーの方に手違いがあって、ちょっと口論になっただけだから」

「安心しました。偉大な神のクェーサー様でもミスを犯すのですね。意外です」

「偉大って言うほどの子でもなかったよ? 何て言うか、自由奔放で呆れるくらいマイペースだった」


 何で戦うって発想に至るかな。

 この世界は、決闘で物事を解決してるの? そんな脳筋で大丈夫か?

 とりあえず、今の時点で聞きたい事は全部聞けたかな。

 あれ? 何か忘れてる気がする。


「そう言えば、私、自己紹介してなかったよね?」

「え?」

「私の名前は……えーっと、名前は?」

「あの、勇者様?」


 沈黙――。

 遺跡の広間が静寂に包まれる。

 キリカの目の前でゆっくりと地面に両手をつき、私は唇を震わせた。

 顔色は、たぶん真っ青だと思う。額に薄っすらと脂汗が滲むのを感じる。


「……あれ? 名前が思い出せない。何で?」


 どうなってるんだ? 自分の名前が思い出せない。

 アルツハイマーか? 痴呆か? しかも若年性だなんて性質が悪すぎる。

 勇者になって新生活スタートじゃなくて、闘病生活スタートの間違いじゃないか。


「勇者様、お名前の事でしたら大丈夫ですよ。どうぞ、ご安心ください」

「なん……だと?」


 記憶障害が起きてるのに安心しろとな?

 キリカちゃん、良い病院でも紹介してくれるの?

 それともアルツハイマーを治せる魔法があるの?


「勇者様の名は、巫女が命名するしきたりなんです。巫女にとって、命名の儀はそれはもう、名誉な事なのです」

「はい?」

「勇者様でなくとも、この世界の子供は7歳になるまで神の子とされ、名を持てません。7歳の誕生日を迎えると、成人の仲間入りとして名を得るのです」

「う、うん?」

「ただ勇者様の命名の場合だけは、他の子供達と少々違うのです」

「ど、どんな風に?」


 7歳までは神の子……日本の古い風習にもそんなのが確かあったな。

 7歳になるまでの死亡率が高いから、そんな風に言われてたんだよね?

 七五三ってそのお礼参りなんだっけ? よく覚えてないけど。

 こうなる事を見越して、クェーサーが私の名前を記憶から消したのか?

 混乱するから、先に言っとけよ! あのヘッポコ神様!


「勇者様は、試練を受けなければなりません。見事、試練を突破すれば、勇者様は名を手に入れることが出来るのです。巫女はその審判者でもあるのです」

「試練?」

「レナ様が定めた勇者の伝統です。勇者としての教養や訓練を学び、無事、7歳の誕生日を迎えた勇者様の素質を見極めるための最初の試練です」

「7歳で試練……私立小学校のお受験かな? ちなみに、今まで突破できなかった勇者っているの?」

「いらっしゃいません、全員が突破なさっています。ですが、勇者様の場合、特例中の特例です。今日の所は一旦、私の別宅に戻り、明日にでもソルシエール家に使いを送り、お父様……いえ、里長様の判断を仰いでから、後日、挑戦と言う形でも問題ないかと思いますが」


 私は腕を組んで考える。

 キリカちゃん的には、お父さんの判断を聞いてから私に試練を受けさせたいみたいだ。


「その試練って、何処で受けられるの?」

「ここです。この広間の奥にある隠し扉の奥に、第一の試練迷宮……ダンジョンがあるのです」

「ダンジョンか……RPGゲームでよく出てくる迷路だよね? うーん、今日帰って、後日またここに来るだと二度手間だよね?」

「た、確かに言い様によっては二度手間ですが。勇者様は、この世界にいらしたばかりなんですよ? 戦闘やダンジョンに関する予備知識もないのに、無謀過ぎますよ」

「出来る事なら、名前は早く欲しいんだよねぇ」


 私から不穏な気配を察知したのか、必死に考え直す様に説得してくるキリカちゃん。

 名前が無いのは不便だし、一度帰ってもう一回ここに来るなんて二度手間は正直、面倒臭い。

 その場で済ませる事は、一回で全てやるが私のポリシーだ。

 そうしないと気が済まない。

 


 

 7歳と言えば、小学校1年生だ。

 幼稚園か保育園を卒園したばかりのピカピカの小学生が突破できる試練を、成

人男性の私が突破できないはずがない。

 むしろ、突破できなかったら恥ずかしい。

 それに、今の私にはスキル《第六感》と言う強い味方もいる。

 ははは、突破できる気しかしないな!


「試練を……受けてみますか?」


 キリカが「本当にやるの?」と念を押してくる。

 ええ、受けましょう。

 名前を手に入れるためにも、その試練とやらを――。

 キリカの提案に、私は無言で立ち上がると、頷いて見せた。




 第一の試練迷宮、いっちょやってやりますか!

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