第5話『巫女キリカ』
キリカが一旦帰宅して、再び一人になってから大分、時間が経過した。
時間掛かってるなー、キリカちゃん天性のドジッ娘みたいだし、大丈夫かな?
「暇だ……」
私はと言えば、お風呂上りみたいに腰に布を巻いて石造りの寝台……キリカに聞いところ「それは勇者様の祭壇です」と説明してくれた祭壇の前に足を崩して座っている。
あたふたしているキリカに「何でキリカちゃんは、私を勇者って呼ぶの?」って素朴な疑問を問いかけてみたが、「勇者様は勇者様としか言いようが……。
あ! もしかして、巫女の家系に伝わる勇者の伝承の事ですか? 今、話せば長くなってしまいますので、戻ってから説明致します!」とだけ言い残して、広間から飛び出して行ってしまった。
ちなみに、この腰に巻いてる布は、赤ちゃん用の布オムツだ。
ここを出る前にキリカが渡してくれたんだけど、何でオムツなんて持ってたんだろう?
疑問に思いながら、キリカが置き去りにした荷物を拾うついでに中身を確認してみれば、赤ちゃん用のグッズがギッシリ詰まっていた。
布オムツ、手触りの良い生地のベビー服一式、負ぶい紐、哺乳瓶、赤ちゃんをあやす為のオモチャ、そして『0歳から始める英才教育』と異世界語で書かれた本だ。
翻訳スキルのおかげで、異世界語の文章は脳内で日本語に自動変換されている。
分厚いその本を数ページ読んでみたが、前世と異世界の子育ての考え方はほぼ一緒みたいだ。
この新生児の知育指南本じゃ、暇潰しにはならないな……。
本を閉じて、他の荷物と一緒に祭壇の上に置いた。
「ふーん、従来の転生者は赤ちゃんの状態でこの祭壇に現れるのか。それで、その赤ちゃんをキリカちゃんが育てる。でもクェーサーが私を急成長させたから、キリカちゃんが変質者と勘違いして攻撃してきたと……」
ふむふむ、誤解の謎が解けたな!
一気にしらけた。
頭の後で両手を組んで、祭壇に寄り掛かると深いため息をつく。
「だから何だ? って話だよねー。キリカちゃん、早くカムバーック……」
キリカには、本当に申し訳ない事をしてしまった。
最初からクェーサーの名前を出しておけば、無益な争いにはならなかったのにね。
でも、何でクェーサーの名前をキリカが知ってるんだろう?
クェーサーは、「我が子」であるこの世界に干渉できないはずなのに、どうなってるんだ?
重大な問題だって、残っている。これもいつまでも有耶無耶に放置しておくわけには行くまい。
「キリカちゃんに正直に告白した方が良いのかなぁ? 私、実は魂が女なんですって……でも、どうやって切り出すんだよー。絶対、違う意味で捉えられちゃうよー」
問題が山積み過ぎて、打開策が浮かばない。
手詰まりな状況に、私はボサボサの頭を掻き毟った。
それもこれも全部、クェーサーのせいだ。
出入り口の方から、慌しい足音が聞こえてくる。
お? どうやら、キリカが戻ってきたみたいだ。
居住まいを正して彼女の到着を待ち構える。
むッ、わざわざ一旦帰宅させた立場なんだから、立って待ってた方が道理かな?
よいせ! っと立ち上がったのと同時に、広間にキリカが走りこんできた。
「ゆ、勇者様! 遅くなって申し訳ございません。お召し物をお持ち致しました!」
「お帰り、キリカちゃん。ありがとう、急がせちゃってごめんね」
「いえ、これくらい! 勇者様のお世話係として当然の事をしたまでです」
大荷物を抱えたキリカが、下駄ブーツの底をカポカポ鳴らしながら私の走りよって来る。
私の目の前で立ち止まって、控えめな胸に手を当てて、息を整えているキリカちゃん。
労いの言葉をかけて、キリカから手荷物を受け取った。
祭壇の上に一旦置いて、包みを広げる。その様子をキリカが興味深そうに覗き込んでいる。
「あっーと……キリカちゃん?」
「はい! 何でしょう、勇者様?」
振り返って、キリカを見下ろす。
キリカの身長は、胸元より数センチ低いから自然にそうなってしまう。
子犬みたいに期待に満ちたキラキラの眼差しで私を見上げている。
とっても良いお返事を返してくれたところ、申し訳ないんだけどね……。
「私、今から着替えるんだけど……」
「はい!」
「だから、その、そんなに見つめられちゃうと……ね?」
「……あ! も、ももも申し訳ございません! 私ったら!」
キリカは、私の言いたい事をやっと理解したてくれたみたいだ。
ボッと顔を真っ赤にして、顔を両手で覆うと後ろを向いた。
そうそう、着替えるからね。また全裸になるから、しばらく後を向いててねー。
キリエが後を向いたのを確認して、腰に巻いた布を外す。
まずはパンツを手に取って、いそいそと着替え始めた。
異世界のパンツがまさかのボクサーパンツで感動したのは、心の奥にしまって置こう。
「お待たせキリカちゃん。着替え終わったから、こっち向いても大丈夫だよ」
「は、はい。よく似合っていらっしゃいますね。ええっと、服が解れていたり、キツかったりはしませんか?」
「うん、あつらえたみたいにピッタリだよ。ちなみに、この服は?」
「それは我が一族に代々伝わる勇者様専用の衣装です。どんな性別、年齢、体系の勇者様にも必ず合う魔装具の一種なんです」
「へー、魔装具。そんな物があるのか」
私専用の衣装だと言う、この服――『魔装具』。
上着は、体のラインにフィットする伸縮性のある黒い肩なしインナー。
右肩から左脇へと急所をガードする皮製の名前の分からない幅の広いベルトみたいな防具。
腕には日焼け対策用のアームカバーみたいなグローブ、その上からさらに金属製の板が付いた篭手も付ける。
ズボンもインナーの同じ素材の物で、膝に皮製のプロテクターをベルトで固定している。
靴は、状態の悪い道でも歩きやすそうな皮製のミリタリーぽいブーツ。
腰には、丈夫な布で出来た大き目のシザーズバッグ。
聞き足である右足には、キリカが付けているのと同デザインのレッグポーチを装備した。
ハリウッド映画で見る特殊部隊役のカッコイイ俳優さんが着ていそうな衣装だ。
なかなか、様になってるんじゃないか?
勇者専用の衣装だと言うから、マントにお伽噺の王子様が着るみたいな古典的な鎧かと思ったけど、違うみたいだ。
防御よりも回避を徹底している感じだ。
RPGゲームでの装備品と言えば、だいたい何かしらの能力が備わっているものだが、この服にもあるのかな?
「この魔装具には2種類の魔法が付与されています。私達が日常生活で使用する《職業スキル》と同様に、装備した者に様々な効果をもたらします。勇者様は《スキル》をご存知ですか?」
「スキルか、触る程度になら知ってるかな。この世界の住人なら誰でも持ってる特殊能力だよね?」
「うーん、ちょっと違いがいますが……事前知識としては、それでいいのかもしれません。勇者様の魔装具には《気候順応》と《魔防特化》の魔法が付与されています」
「その二つには、どんな効果があるの?」
「《気候順応》は気候、気温の影響を一切受けない効果があります。《魔法防御》は魔法攻撃限定で直撃を受けても、そのダメージを1/3にまで軽減出来ます。しかも全属性の魔法に対応しています」
キリカは2つの魔法について、丁寧に説明してくれた。
ふむ、《気候順応》に《魔法防御》か、どっちも便利だね。
魔法攻撃のダメージを1/3に軽減って凄くね? 内臓破裂が打ち身で済むって事だよね?
それ以前にスキルで《第六感》があるから、攻撃食らわないでしょ?
今の私、最強じゃん。魔法って、何でもありだな。
特殊な力が備わった戦闘服を着るんだから、やっぱり襲ってくる悪党や猛獣がこの世界にはウロウロしているのか。
参ったな。回避は出来ても、戦闘はからっきし駄目な素人だから反撃できないぞ。
まぁ、何はともあれ、全裸じゃなくなったんだから、思う存分キリカと面と向かって話が出来る。
キリカちゃんの事や、この世界の事を、勇者について聞いて見るとしますか。
おっと、その前にもう一つ。
「キリカちゃん、重ね重ね申し訳ないんだけど、髪を縛るゴムか紐、持っていない?」
「ごむ?……ああ、結い紐ですか? そうですね……なら、これをお使い下さい」
顎に人差し指を当てて考える素振りをしてから、「ああ!」と呟いたキリカは自分の髪を結っていたリボンを解いて手渡してくれた。
金糸で細かい刺繍が入った綺麗な群青色のリボン。
これ、ブランド物なんじゃないかな?キリカちゃんって、お嬢様なのかもしれない。喋り方も敬語でお上品だし……。
て言うか、本当に私が使っちゃって良いの?
「これはキリカちゃんのでしょ? 良いの? 私の髪、ボサボサで汚いから素敵なリボンが汚れちゃうよ」
「いいえ、良いのです。そのリボンは勇者様に差し上げます。どうぞ、お使いになってください。私の持ち物が勇者様のお役に立つのならば、こんな名誉な事はありません!」
「そ、そうなの? ありがとう、じゃぁ遠慮なく使わせてもらうね」
キリカのリボンを私が使うと名誉って……私って、一体どんな存在なんだ?
キリカからリボンを受け取って、ボサボサに伸びた藤色の髪を手櫛で整える。
後ろ髪を適当に三つの房に分けて、さっと三つ編みに編んで先端を貰ったリボンで結ぶ。
うん、これで少しは見栄えもマシになったな。
私達は再び、向かい合って祭壇の前に座った。
「さて、キリカちゃん」
私から話を切り出す。
「はい、勇者様」
「いきなり、こんな事を告白するのも正直、気が引けるんだけどさ……」
「こ、こくこく、告白ですかッ!?」
「うん。……あ、告白って言っても、キリカちゃんが今、想像してるのと違うよ? 告白って聞いて、愛の告白の方を想像してない?」
「はぅ!? そ、そそそそんな事ありませんよッ!!」
ブンブンと頭と両手を横に、高速で振って否定しているが、全然説得力が無い。
キリカちゃん、嘘が驚くほど下手だ。
「そう?」
「そそ、そんな事より、その告白とは何なのでしょうかッ!?」
「私さ……実は女なんだよ。クェーサーの手違いで男になっちゃったんだ」
「……、……へ?」
私は思い切って、本当の事を話した。
私の告白を聞いたキリカは無言だ。
暫くすると、スッと顔を伏せてしまった。
もしかして、私の告白でショックを受けてしまったのか?
私は顔を伏せて、うんともすんとも言わないキリカに何と声を掛けるべきか、迷った。彼女に触れるべきか否かと、中途半端に伸ばした手を宙に彷徨わせた。
「ぅぷぷぷ……フッ、あはははは!!」
しかし、次の瞬間、私の心配は杞憂に終わった。
ポカンとした顔でキリカを見つめる私の目の前で、とうとう堪え切れなくなったのか、キリカちゃんはお腹を両手で押さえて爆笑し始めた。
目尻には薄っすらと涙まで滲んでいる。
いくらなんでも爆笑しすぎだよ、ちょっと凹んだわ。
「き、キリカちゃん? 大丈夫?」
「あっはははは! す、すみません。笑いすぎて、お腹が! お腹が痛いです」
「そんなにおかしかった? 私は、ただ正直に事実を……」
「ゆ、勇者様も冗談を言われるんですね。私、何だが安心してしまいました。勇者様は、見た目通りの怖い方なのだとばかり思っていました」
「冗談じゃないんだけど……」
本気の告白を冗談と捉えられて、私の方がショックを受けた。
でも、仕方ないのかもしれない。
どこからどう見たって、今の私は男だ。
股間の男の勲章までバッチリ見られてしまったんだから、今更弁解のしようも無い。
そうだね、無精髭の大男がいたら「怖い人」かもって思うよね。
でも私、内臓スペックは女だから……キリカちゃんより年上の同性なんだよ?
胸が大きいと肩凝るのも知ってるし、生理痛の辛さも知ってる。
メイクや美容、服やアクセサリーで着飾る楽しさも知っている。
「ええっと、勇者様……体は男性でも心は女性と言う、心の病を負っている方々が少なからずいらっしゃると聞いた事があります!」
「精神的な病気じゃなくて、本当に……」
「いまはまだありませんが、いつか、治療薬や治療魔法が必ず出来ますよ! だから、落ち込まないでください!! 私も協力いたしますので、希望を持ってください!」
キリカに爆笑されて、私の表情は完全に死んだ。
絶望に打ちひしがれ、死んだ魚の目をする私の見て、必死にキリカが的外れな見解で励ましてくれた。
結局、この告白は心の病で済まされてしまった。
違うんだよ……本当に女なんだってば。
協力するって、キリカちゃんは何をしてくれるつもりなんでしょうね?
もう、説得するのは諦めよう。虚しくなるだけだし……。
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