第4話『変質者VS美少女』




 とりあえず、両手でもう一人の「私」をサッと隠す。

 コイツは、年頃の純粋で清らかな心を持つ乙女に見せて良いモノではない。

 邪悪の化身は封印だ。

 何はともあれ、人に出合うことが出来た。このチャンスを逃してはいけない。

 上手くいけば、この少女から食料や衣類が貰えるかもしれない。

 親しくなって会話が弾めば、この世界の情報も手に入る。

 まさに一石二鳥だが、第一印象が悪すぎる。全裸の男が遺跡の石畳に大の字で寝ている状況なんて、どう考えてもおかしい。

 この後のアプローチをしくじれば、完全に変質者扱いで逮捕確実だ。




 上手くやらなければ……。

 このまま寝転がっていては駄目だ。まずは起き上がって挨拶をしてみよう。

 いそいそと起き上がって、依然として硬直している少女に向き直る。

 警戒されない様に爽やかな笑顔を浮かべることも忘れない。


「こんにちは。こんな格好で本当に申し訳ないんだけれど、ちょっと、貴女に聞きたいことが」

「……い」

「え?」


 少女が震える声で何か言ったが、小さ過ぎて聞き取れなかった。

 思わず聞き返そうと、一歩踏み出した所で少女が動いた。

 後に飛び退いて素早く身を低くすると、右足にベルトで固定した皮のレッグポーチから30センチくらいの細いバトンを引き抜いた。

バトンガールがクルクル回すチアーバトンに似ている。

 ほー、綺麗なバトンだなぁ。

 持ち手部分は黄金に輝く金属、たぶん純金か真鍮製で細かな細工が施されている。その先端には青いゴルフポール大の美しい宝石が付いている。

 高さそうなバトンだ。でもそのバトンを一体何に使うんだろう?

 

「あ、あの……」

「こ、この変態! 人攫いッ! ここにいらしたはずの勇者様を何処へやったのですかッ!?」

「はぁッ!?」


 私を睨む少女の言葉は、流暢な日本語だった。

 いや、本当は全く違う言語で喋っているんだろう。クェーサーから付与された《翻訳》のスキルで、日本語に自動翻訳されていると見た。

 これは凄い。こんなに便利なら前世でも欲しかったよ。




 変態なのは……不本意だけど、この際、認める。

 だけど、人攫い? 勇者様? 一人で何の話をしてるんだこの子はッ!?

 私たちに間にどうやら厄介な誤解が生じている。

 その素敵バトンで殴りかかってくるつもりなの? 見た目に反して乱暴なんだね。

 私の話も聞かず、少女はブツブツと早口で何かを叫び、持っているバトンを振り上げた。




 すると、少女の声に反応したかのように杖の先の宝石が青白く輝きだした。

 宝石から大量の水が螺旋を描いて噴出し、徐々に大きな水球を形作っていく。

 私があんぐりと大口を開けて見ている内に水球は、バスケットボールくらいになって少女の頭上を浮遊している。


 あれ? 何かヤバイ気がする。


 股間を押さえたまま、言いし得ぬ危機感を感じた私の脳内に突如「ポーン!」と言う間の抜けた音がした。


《初級の攻撃系水魔法が発動しています。攻撃範囲は直線、約6メートル。大変危険ですので、左右どちらかへ速やかに回避してください》

《回避しなかった場合の予想被害は、胴体直撃で肋骨骨折及び複数の臓器破裂――。四肢直撃で打ち身、骨折となります》


 抑揚の無い電子音みたいな音声が脳内に響き渡る

 何だこれ? 「ポーン」って……カーナビかいッ! 

 てか、このナビ? ナビで呼び方合ってるのか分からないけど、声の主は誰なのよ!?

 ツッコミどころが満載過ぎる。

 決して少ない情報量ではないはずなのだが、それらが一気に思考の中に流れ込んでくる。黙読で10秒かかる説明文を0.5秒で即理解した感覚だ。

 待って、攻撃系水魔法って何? 魔法って、まさかファンタジーで同じみの「魔法」なの!? この世界には、魔法が存在してるってことなの?

 この女の子は、魔法使いなのか。

 危険、回避が必要って……こ、これがクェーサーの言っていたスキル《第六感》なの?

 



 あわわ、いろんな事が同時に起き過ぎて頭がパンクしそうだ。

 頭を抱えたくても、股間から両手を離すことが出来ないこのジレンマッ! 

 その場から動こうとしない私を見て、チャンスとばかりに少女が杖を振るう。


「さぁ、覚悟してくださいッ! そして、勇者様の居場所を白状してもらいます!」

「ヒィッ! 悠長に構えてる場合じゃない! とにかくあの水弾を避けないとッ!」


 私が回避のために体制を整えるのと、水球が少女の頭上を離れて飛んで来るタイミングは、ほぼ同時だった。

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! 水弾の飛んでくるスピードが思ったより早い!


「いやぁあああッー!!」


 ギリギリの所で、右側に転がって回避する。受身の取り方なんて知らないし、全裸だから地面に打ち付けた部分が地味に痛い。

 飛んでいった水球が、背後の私が寝ていた石造りの寝台に直撃した。

 うわ、石にひびが入ったよ。あの水の弾、物凄い威力だ。

 少女は立て続けに3発の水球を打ち込んできた。

 《第六感》のナビがあれば、威力は強くても直線的にしか飛ばせない水弾を避けるのは簡単だった。




  ふー……何とか骨折と内臓破裂は回避出来たよぉ。

  少女の方を見れば、私がこうも簡単に水球を回避できるとは思わなかったのだろう。

 素敵バトンを振り下ろした体制のまま、狼狽している。

 自信の必殺技だったんだろうけど、ゴメンね。

 私も怪我したくないからさ……。


「お、落ち着いて! 誤解なんですッ! 私の話を聞いて……」

「うう、意外とすばしっこいのですね……。ですが、これは流石に避けられないでしょう!」

 

 駄目だ、話が通じない。これだから、最近の若い子は!

 一体、どうすればいいんだ?

 そうしている内にも少女は次の攻撃体勢に入ってしまう。

 素敵バトンを胸元で水平に構え、先程の水球の時とは違う言葉を早口で唱える。

 なるほど、あれは魔法を発動するための呪文か!

 少女の周りにその身の丈と同サイズの渦潮が、6つ同時に発生する。

 すると再び、脳内に「ポーン!」と言う音が響いた。


《中級の攻撃系水魔法が発動しました。攻撃範囲は全体、直径約4メートル。危険度は低いものの、一時的に渦に囚われ、回避行動できなくなります》

《渦に囚われると、別の攻撃魔法を発動される可能性が非常に高くなります》


 渦に囚われて逃げられない状態から、さっきの水弾を打ち込むコンボを食らったら……私、死ぬんじゃない?

 少女が手を上げると、6つの渦が生き物のみたいに各々動き始めた。

 徐々に移動範囲を広げて、こちらに迫ってくる。広範囲の攻撃で逃げ場を無くして、私の退路を断つ気か。

 あの女の子、なかなかやるな。

 しかし、あの6つの渦全部を回避するしかないんだろうけど、どうする?

 すると、またしても「ポーン!」と音が鳴り響いた。


《回避のポイントとタイミングを表示します》

《床に円形のマーカーが表示されます。マーカーが消える前にその地点に移動してください》


「回避ポイントの表示? マーカー?」

「独り言だなんて余裕ですね! しかし、この渦から逃れる事は不可能ですよ!」



 残念だけど、それが可能みたいなんだよね。

 《第六感》のナビがいったとおりに、床をジッと見つめた。

 すると、約3メートルほど前方の床の一部がぼんやりと緑色に光った。

 へぇ、あれがマーカーね! 消えるまでに移動ってことは、猛ダッシュするしかないわね。


「マーカーが消える前に……」

「んなッ!? 何をする気ですか!!」


 傍から見ればダッシュで渦に突進していく私を見て、少女が動揺している。

 叫ぶ少女を無視して光るマーカーを踏むと、2つの渦が交差して私を避けていった。

 踏んだマーカーが消え、次は私から見て左の数歩先にマーカーが現れる。


「ふふふ、次はそっちね!」


 不謹慎だけど、このマーカーを踏む回避方法、ちょっと面白い。

 次々に表示されるマーカーを踏み続け、マーカーが表示されなくなった頃には6つの渦は魔力を失い、消滅していた。


「ふぅ、これで終わりなのかしら?」 

「そんな……。この中級魔法は妨害魔法を使わなければ、回避不可能なのに」


 渦を全て回避し、無傷で立っている私。その姿を見て少女は唖然としていた。

 お? 今なら話を聞いてくれるかもしれない。


「あの、話を聞いて……」

「かくなる上は! 勇者様、先立つ巫女キリカをお許し下さい」


 えー! 何かこの子、物騒な事言い出したぞ!?

 てか、キリカちゃんって名前なのか。巫女って言ってたけど、この世界では魔法使いは巫女扱いなの?

 よく分からない世界だな。

 キリカは、素敵バトンを縦にした状態で前方に構え、目を閉じて呪文を唱え始めた。

 呪文と共に少女の足元から大量の水が沸き始める。


《上級魔法が発動しました。この攻撃は回避不能です。速やかに屋外へ退避してください》

《現在のフロアが冠水するまで後2分です。退避できない場合は妨害魔法を使用するか、術者を行動不能にしてください》


 この部屋を自分も巻き込んで、水攻めにする気なのか。

 一箇所しかない出入り口は、キリカちゃんが塞いでるから出られない。

 魔法なんて使えないし、術者を行動不能にするってつまり攻撃しろってことでしょ? そんな事出来るわけない、相手は人間……しかも女の子だ。

 まずいな、どうにかしてキリカちゃんを止めないとッ!


「待って! 早まらずに私の話を聞いてッ!」

「問答無用です! 勇者様を守れない巫女など、生きている価値が無いのです!」

「勇者が誰なのかは知らないけど、ここには最初から私しかいなかったよ!」

「そんな見え透いた嘘を信じるとでも? 私を馬鹿にしているのですか!?」

「違うってば! 嘘も言ってないし、馬鹿にもしてないから。私は別の世界から創生を司る者って名乗る、自称神様のクェーサーに選ばれた転生者なの! まぁ、手違いだったんだけどさ……」

「え? あの……貴方、創生神様をご存知なのですか?」


 私の口からクェーサーの名前が出ると、キリカちゃんの表情が変わった。

 広間に溢れた水で腰まで浸かっていたが、それが一瞬で蒸発した。

 キリカちゃんが魔法攻撃を中止してくれたみたいだ。

 ホッと胸を撫で下ろす。

 胸に手を当てたかったけど、手を離してしまうと下半身の猛獣が逃げ出してしまうからやめた。

 よっしゃー! キリカちゃんとの水攻め、心中フラグは回避できたみたいだ。




 キリカと和解できてから、数分後――。

 現在、私とキリカは向かい合って座っていた。

 お互い正座で、私は両手で股間を押さえ、キリカは地面に額を擦り付けて土下座していた。

 キリカがずっとこの調子で、話が進まない。

 私は、ほとほと困り果てていた。


「本当に気にしてないから……いい加減、顔を上げてくれないかな?」

「あうう、お話もちゃんと聞かずに勇者様に攻撃するなんてッ! 巫女失格です! どうか、愚かな私を罰してくださいッ!」

「それはさ、小汚くてしかも全裸の私が原因だし。攻撃も当たらなくて、この通り、怪我もしてない。だから、この話、もう止めにしない?」

「で、ですがぁ……」


 グスッグスッと、這いつくばるキリカからは鼻を啜る音と嗚咽が交互に聞こえてくる。

 私の事をキリカが「勇者様」って呼ぶ理由とか、そもそもキリカちゃんが何者なのかとか、ここが何処なのかとか、色々聞きたい。

 聞きたいけど、それより何より、最優先したい事がある。

 ったく、面倒臭いな!


「よし、キリカちゃ……じゃない、巫女キリカさんッ!」

「は、はい!」


 偉そうな口調でそう告げれば、キリカがやっと顔を上げてくれた。

 その顔は、涙と鼻水でグチャグチャになっていた。

 あああ、せっかくの可愛い顔が台無しに……。

 女の子って、男から見るとこんな可愛い生き物に見えるのか。

 あのクズ野郎が、女子高校生と浮気してたのも悔しいが納得できる。

 一方、アラサー女だった前世の私は、男になった私から見てもとことん可愛くない。

 あんな態度と言動でモテるワケがない。


「君に罰を与えます!」

「な、何なりとお申しつけを!」


 キリカは、上目遣いで私を見上げた。

 瑠璃色の瞳が、不安に揺れているのが分かる。

 今、何なりとって言ったね?


「じゃぁ、目を閉じなさい」

「め、目を? うぅ、一思いにお願いします!」


 私が命じたとおりに、キリカは目をギュッと閉じた。

 それを確認すると、私は右手を股間から離した。

 そしてそのまま、ゆっくりと持ち上げてキリカの額にかかった前髪を退ける。

 触れた瞬間、キリカの肩がビクンと大袈裟に揺れた。

 う、何だこの背徳感……癖になりそう。

 って違う違う! 本能に流されていかん!

 邪念を払いのけた私は、キリカに軽くデコピンを食らわせた。


「はい、おしまい。これが罰ね」

「ふぇ? で、でもこれでは……」

「私がこれで許すって言ってるんだから、この件は終わり! これ以上、食い下がるなら本気で怒るよ?」

「……むぅ」


 キリカは、コツンとデコピンされた額を押さえて、キョトンとした顔をする。

 その顔を見て、私は笑って見せた。

 キリカちゃんも数回、目をパチクリさせたが、釣られたのか微笑み返してくれた。


「早速で申し訳ないんだけど、頼みたい事を聞いてもらえるかな?」

「はい、なんでしょうか? 勇者様」

「この格好だと落ち着いて話も出来ないから……着る物を貸してもらえないかな?」


 私の姿をまじまじと見て、キリカは今更ながら顔を真っ赤にしてオドオドし始めた。

 頭から湯気が出そうなくらい真っ赤だ。

 魔法で攻撃して、会話して、罰まで受けて、今更その反応するのね。

 改めて意識されると、急に恥ずかしくなってくるな。




 必死過ぎて、気が付いてなかったのかな?

 キリカちゃん、天然系美少女か。

 ううむ、あざと可愛い……。


「あ……はわわ! き、気が回らなくて申し訳ございません!」

「いえ、お気になさらず……」


 そう……こんな深刻な話をしている間も私はフル○ン……いや、全裸なのだ。

 そろそろ風邪引きそうだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る