第3話.『異世界での目覚め』

 



 眩しい――。

 グッと眉を顰めて、顔面に降り注ぐ光から顔をそむける。

 眩しいけど、暖かい光が全身に降り注いでいる。

 人間の体内時計は、日光を浴びる事によって動き出す。

 したがって、私の眠っていた意識も徐々に覚醒していった。




 にしても硬いな……。

 しかも冷たいし、背中がめちゃくちゃ痛い。感触から察するに石だと思う。

 平らな石で出来た何かに仰向けに寝そべっている。

 何故、そんな所に私は寝ているのか? 

 答えはただ一つ。

 美少女神様クェーサーに与えられた選択肢、「転生」を選び、前世のどん底人生を一からやり直すべく、別の世界に転生したのだ。

 夢オチに期待してたのに、現実って本当に非情だな。

 漫画やゲーム、アニメに映画で起こるフィクションを私自身が体験するなんて、夢にも思わなかった。

 そして今一番の問題は、自分が一体何処にいるかだよ。


「……」


 ムクリと上体を起こす。頭がまだボーッとしている。

 新しい体に私の魂が順応していないのかもしれない。

 眩しい光が差し込む頭上をかざした右手越しに見上げれば、石造りのコケや木の根が生えた古めかしい高いドーム状の屋根に、ポッカリと大きな穴が開いていた。

 そこから日光がさんさんと照りつけている。通りで眩しいわけだ……。

 今度は天井から目線を徐々に下げて、自分の周囲を見渡す。

 ドーム型の無駄に広い部屋だ。




 うーん。

 向かって左側の奥は、日差しが届いてないせいでよく見えないなぁ。

 まぁいっか、さてさて反対側はどうなってるのかな? 

 右を向けば、こっちは日差しが届いていて奥までハッキリと見えている。

 奥の壁には扉の無い出入り口らしきものと、そこから私がいる正方形の広間は学校の教室程度の間取りで、一直線に通路が延びている。

 その周りは水路で囲まれている。水が流れていると言う事は、この水路は外から引かれているんだろうな。

 この広間には私以外は誰もいない。人の気配がまるでしない無人の廃墟だ。




 なるほど、ここは古い遺跡か。

 あれだな、天空の城ラ○ュタっぽい。すっごく似てる。

 天井からたくさんの木の根が垂れ下がってる所なんかソックリだ。

 うーむ、この遺跡を見るにこの異世界の文明レベルは、そこそこ高いみたいだ。

 とは言っても、この遺跡は相当古い物だ。この遺跡の外がどうなっているのかが問題だな。出た途端、空飛ぶ車が縦横無尽に飛び回るSFな世界でした……なんて言う可能性も十分あり得る。

 その逆も然りだが……。




 「我が子」の中身、つまり異世界がどうなっているのか、クェーサー自身も分からないと言っていた。

 誰かに出会うまでは一人で何とか生き残るしかない。

 転生初日からサバイバル生活か……自信ないなぁ。

 幸いな事にクェーサーから与えられた「第六感」のスキルは、身に迫る危険を察知できる。

 たぶんこれを使えば、危ない目に遭う事は無いと思う。

 だが如何せん、スキルがどんな物なのか、ゲームやアニメを見ない私には皆目検討がつかない。

 スキルは自動で発動するのか、それとも手動なのか。使用回数に上限はあるのか否か?

 参ったな、いきなり分からない事だらけだ。

 こんな事なら、スキルについてクェーサーにもっと色々聞いておけば良かった。

 食べ物は、どうやって手に入れる? 

 水なら近くにあるが、飲んでも大丈夫なのか?

 あー、もしかして私、ここで飢え死にしてしまうんじゃないだろうか?




 ダメだダメだ、そうじゃないでしょ! ブンブンと頭を勢いよく振った。

 ネガティブ思考はやめだ。

 うだうだ考えながら、ここで寝ていても何も始まらない。

 自分から行動しなければ……この異世界では、絶対に良い人生を送ると誓ったんだ。


「さて、これからどうすれば……ん?」


 独り言を呟きかけた瞬間、違和感に思わず口元を押さえた。

 なんだ? 声が……私の声がおかしいぞ。


「……私の声、こんなに低かったっけ?」


 他人が聞いている私の声と、骨伝動で自身が聞いている地声には差がある。

 それにしたってこの声は、低過ぎる。女性が地声で出せる低さではない。

 これは男性の声だ。

 ここで今更ながら、自分の容姿を確認していなかった事に気が付いた。

 ゴクリと生唾を飲み込んで、恐る恐る自分の体を見た。

 嫌な予感しかしない。


「きゃぁあああッ!! な、何これ? どうなってるの!?」


 自分の姿を見て、思わず悲鳴を上げてしまった。

 頭が酷く混乱している。本当に寝ている場合じゃない。

 その場から素早く立ち上がって、走り出そうとするも足がもつれてうまく前に進めない。

 前世の体と今の体は、身長にかなりの差がある。元の体は、160cm前後と標準的な身長だったが、今の私は結構な高身長だ。

 正確な数値は計ってみないと分からないが、たぶん175cm以上はある。

 そのせいか、バランスが非常に取りづらい。

 何度も転びそうになりながらに近くの水路に駆け寄って、両手をついて水面を覗き込んだ。




 今の私は何も着ていない。

 産まれたままの姿……つまり、全裸だ。

 肌の色は、黄色人種特有の黄色みのある肌色ではなく、白人系の白い肌だ。

 血色はとても良くて、手入れもしてないだろうに肌のキメも細かい。




 違う違う。

 肌はどうでも良いんだ。それよりもっと重要な事がある。

 私の体は前世であった物が無くなって、無かった物がある。

 豊満とまではいかなかったが、それなりに大きかった胸の双丘が見事に消え失せ、代わりに程よい筋肉のついた胸板になった。

 さらに視線を順に降ろしていけば、割れた腹筋、体脂肪と言う言葉とは無縁そうな鍛えられた肉体が視界に飛び込んできた。

 



 一番ショックなのは、下半身だ。

 男性にしかないはずのアレ、マツタケにちょっと似ている「生殖器」が生えている。

 記憶にある父親のモノより立派なヤツが……しかも、ご丁寧に剥けてやがる。

 体を動かす度に、風も無いのにブラブラ揺れる。これは、予想以上にグロいぞ。

 自分の体の一部なのに、何か見るのも嫌だし、嫌悪感が半端ない。

 入浴やトイレの度に見るのか。えー、コレに慣れるしかないの?

 ヤバい、泣きたくなってきた。

 誰か、これは夢だと言ってくれ。




 気を取り直して覗き込んだ水面に映った自分の顔に、いよいよ言葉を失った。

 水面には涙目になった男の顔が映っている。

 腰辺りまでボサボサに伸びた薄い藤色の髪。燃える様な真紅の双眸。

 そして口元を覆うモジャモジャに伸びた無精髭。

 浮浪者だ……男の姿で小汚い浮浪者になった私が映っている。

 脱色して染めた髪にカラコンでも入れてるのかと戸惑ったが、ここは異世界だ。

 前世にだって、奇抜な体色をした動物や昆虫がいたんだ。

 漫画やゲーム、アニメのキャラだってあり得ない色の髪とか、目の色してるじゃない。

 異世界の人間の髪や目の色が黒や金、茶色以外があってもおかしくないか……。


「な、何なのコレ!?」


 男になっても、口調は女だった私のままだ。

 これじゃ、他人から見たらオネェのホームレスじゃないかッ!

 クェーサーの言っていた「成体」って、本当に何も処理を施していない成長した体だった。

 せめて、服くらいは着せて欲しかった。



 目が覚めたら、男になっていた――。

 完全に盲点だった。

 異世界に転生したら、当然、前世と同じ女性の体だと勝手に思い込んでいた。

 でも水面に映る私の姿は、何度見ても髪がボサボサに伸びた無精髭の男だ。

 若者なのは確かなのだ。

 でも顔の半分が髭で覆われているから、年齢は判別出来ない。

 体は男、心は女……この状況に動揺せずにはいられない。


「嘘……でしょ? え、えええええええッ!!」


 何と言う事だ――。

 私は男として、異世界で生きていく事を余儀なくされてしまった。

 クェーサー、何で男に転生するって事前に言ってくれなかったの! 

 美少女に生まれ変われると思ってたのに! 何て事をしてくれたんだでしょうね。

 何がモテモテの明るい人生だよ! 元同性にモテても嬉しくいし、かと言って男に恋したらホモになっちゃうじゃないか! 

 どうしてくれるんだ! 一生、恨んでやるッ!




「こんな格好でここから出るわけには……いかないよねぇ」


 この異世界に警察がいるなら、公然猥褻の罪で一発逮捕だ。

 まずは着る物を調達して、身なりを綺麗にしないと……。

 でも、どうやって? ここには残念ながら何も無い。


「ううう、どうしよう」


 水路のそばで、股間を両手で隠しながらとりあえず正座する。

 この状況の打開策を必死に考えるが、良い案は何も浮かばない。

 途方に暮れるしかなかった。

 クェーサーには悪いが、私の異世界での第二の人生はここで終わりそうだ。

 まず、この遺跡から出られない。

 クェーサーの「我が子」の成長ため、この世界を発展させる大儀もこなせそうに無い。

 万事休す……成すすべ無し。

 水面を覗き込むのをやめて、大の字になって床に寝転んだ。

 前世なら地面に寝転ぶなんて、不衛生だと絶対にしなかった。

 男の体になったからなのか、ここが異世界だからなのか、全裸で寝転んでも全く気にならなかった。

 体だけが順応して、心が置いてけ堀になっている。


「はぁ……転生なんて選ばないで、死んでおけば良かったのかなぁ?」


 寝転んだ拍子に鼻の辺りまで伸びた前髪が頬にかかる。

 ああ、邪魔だなぁ……髪切りたいし、髭剃りたい。

 髭剃りたいなんて初めて言ったよ。乱れた前髪をふっと吹いて退かす。

 はぁ、何か色々考えてたらお腹空いてきた……。



 

 空腹を感じたのとほぼ同時に、バサリ! と何かが落ちる音が出入り口の方から聞こえた。




 ん? 何だ何だ?

 そう思いつつも無気力状態の私は、大の字に寝転んだまま、出入り口に顔だけ向けた。

 出入り口に呆然と立っている少女が逆さまに見えた。

 見た目からするに十代、ちょうど女子高校生くらいの可愛らしい女の子だ。

 藍色の長髪を銀の髪飾りとリボンで結った特徴的な髪型。

 服装は、セーラー服と巫女服を組み合わせた感じの青と水色を基調にした不思議な衣装。

 白に赤のラインが入ったニーソックス、靴も下駄とブーツを組み合わせた斬新なデザイン。

 アニメや漫画のキャラクターが着ている機能性と着こなしに難ありな服に酷似している。

 バサリと音を立てたのは、その少女が足元に落とした大量の荷物だったみたい。

 微動だにしない少女の大きな瑠璃色の瞳がこっちを見ている。

 ああ、クソ野郎と一緒にいた女子高校生に似てるな。

 顔は全く似ていない、全体の雰囲気がだ。


「ありゃ……可愛い」


 つい本音が口から零れてしまった。

 これが男の本能なのか、少女の胸元や短いスカートとニーソックスの狭間に見える白い肌を目が行ったりきたりしている。

 でも心は女のままだから、それ以上、何かしようと言う気にはならないから安心した。

 ただ、こう……心がザワザワして落ち着かない。




 これが俗に言う「ムラッとする」と言うヤツか。

 なんて欲望に忠実な体なんだ。女だった頃にはなかった感覚だ。

 世の男性陣は、この感情を常に抑制しているのか……気合いと言うか、凄い努力だ。

 人生の大半を「我慢」で乗り切っているんだな。



 へ? ちょっと待って、この娘はいつの間に現れたんだ?

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