第2話.『2つの選択肢』





「……と、言うわけだ!」


 クェーサーの長い説明が終わった。

 ゆうに3時間以上は、クェーサーの独壇場だったと思う。

 ずっと正座をしていた私は、魂だけの存在なのに足が痺れる錯覚を感じている。


「はぁ……まぁ、何となく分かったような、分からなかったような……」

「何だと! 我がこんなにも懇切丁寧に説明してやったと言うのに! 理解力が低すぎるぞ!」

「いえ、十分理解できました! つまり、こう言うことですよね!」


 立ち上がったクェーサーが腰に手を当てて、プンスコ怒り始めた。

 また高速空中散歩をされては困るので、両手を胸元で振って慌てて否定した。 

 そして、クェーサーのとりとめの無さ過ぎる説明の要点を自分なりにまとめて口に出した。




 クェーサー曰く、彼女は最も若い『創造を司る者』なのだと言う。

 彼女はその138人目である。私達人間が『神様』と呼び、崇める存在こそ、クェーサーを含めた138人の『創生を司る者』らしい。




 創生を司る者は、自らの力を分け与えた『世界』を必ず一つ産む。

 その産まれた世界を『我が子』の如く、慈しみ、育む義務がある。

 それはその世界が一生を終え、消滅するまでずっと継続される。

 クェーサーは子供にしか見えない外見だが、立派な一児の母親なのだ。




 しかし、そんな『我が子』の成長には大きな問題があった。

 創生を司る者は、『我が子』の成長に直接、手出しする事が出来ない。

 その理由は有耶無耶にされてしまったが、『我が子』の成長に親である現神様が手を出してしまうと天変地異や疫病が発生し、最悪の場合、『我が子』は消滅してしまう。

 そうなると、親である神様に137人の前神様からの審判とペナルティを課せられ、神様の権限を剥奪されてしまう。

 神様の子育てとは、なかなか厳しいようだ。




 ならば、どうするのか? 

 そこで、創生を司る者は前創生を司る者が産み出した『世界』から手助けを得る。

 前神様の世界に手を出すのは、その世界の秩序を乱さない程度であれば、全く問題ない。

 それが神様達の暗黙のルールなのだ。



 さて、その方法についてだが、いくつかあるらしい。

 最もポピュラーな方法が『転生』と呼ばれる方法だ。

 前の創造を司る者……もう面倒臭いので『前神様』と『現神様』と言おう。

 前神様の産み出した世界から、選び出した生物の魂を現神様が産み出した『我が子』に送り込む。

 送り込まれた魂は前世の意識や記憶を保ったまま、新たな体に宿り、第二の人生を『我が子』でスタートする。そして前世で蓄積した知識や技術で内側から発展させる。

 その発展こそが『我が子』の成長である。

 なんともご都合主義な話だが、それが神様の慣習となっているらしい。

 つまり、前神様が天寿を全うする前にある程度の転生者を送り込まねばならない。 




 神様が選ぶ魂に基準は無い。138人の神様によって全く違う。

 それは時としてある意味、適当でもある。

 ただ、全員に共通するのが目に付いた生物の魂をあらゆる手を使って体から引き剥がし、この真っ暗な空間『創造の間』に呼び出す。

 つまり、前世の肉体は私の様に死んでしまうわけだけど……。

 呼び出した魂には一応、選択肢と選択権を与える。『転生』か『死』の二択だ。

 この二択だと『転生』の強制一択だとも思うんだけどね。




 『転生』を選んだ魂は、『我が子』へと送り出される。

 その後、転生者がどうなるのかは神様にも分からないし、当然、手助けも出来ない。

 生き残るためには、転生者自身が何とかしなければならない。

 異世界でいきなりサバイバーにならなくてはならないが、前世の記憶があるのだから何とかなるだろうと言うのが神様の言い分だ。

 



 クェーサーが、長時間かけて『選ばれし者』である私に説明した内容のまとめは以上だ。





「なんだ、分かっているではないか!」

「ええ、まぁ……ただ、どうしても納得できない疑問が一つあるんですが」


 私のまとめを聞いたクェーサーは、満足そうに頷いた。

 座った格好のまま、フワフワ浮き始めたクェーサーに疑問を投げかけると「むむ?」と一瞬、訝しげな顔をしたがすぐにあの自信満々の表情に戻った。


「疑問? ふむ、良いだろう。我は寛大だからな! 何でも聞くがいいぞ?」

「何で私を選んだんですか? 私、神様のお子様に貢献できるような知識も技術もないですよ?」

「うッ! そ、それを聞いてくるとは……お前、なかなか鋭い奴だな」

「鋭いって……いやいや。突然、自分が選ばれたら普通、疑問に思いますよ?」


 神様が適当な選別をしていると言っても、私の様に秀でた能力がまるで皆無の人間を何故選んだのか? クェーサーの基準はどうなっているのか。

 転生する前に是非とも理由が知りたい。


「……ま、間違えた」

「は? すみません、よく聞き取れなかったんですが」

「いや、だからその……」


 すると突然、クェーサーの表情から笑顔が消えた。

 さっきまでの偉そうなの態度から180度、シュンとうな垂れてモジモジし始める。

 色の違う2つの瞳が挙動不審に忙しなく動いている。


「あの、怒らないから正直に言ってください」

「ほ、本当か? 本当に怒らないか?」

「怒らない、怒らないです」

「そ、そうか?……実はな」


 言うか否か迷った末に、意を決したのか、クェーサーは小さな声で語り始めた。

 私はその告白を固唾を呑んで聞いた。


「その……手違いがあってだな、選ぶ相手を間違えてしまったんだ。本当は、お前ではなくて……お前と喧嘩していた男をここへ呼ぶはずだった」

「え?」

「愛しい我が子の成長を促すには、あの様なクズでサイテーな男の存在も必要なのではないかと思い立ってな! それで雷でも当てて魂を肉体から引き剥がそうと思ったのだが、そこにお前が飛び出して来て……」

「はぁああああ!? 何ですって!?」


 ここに来て初めて、大声を上げた。

 その大声を聞いた自称『神様』のクェーサーは全身を強張らせ、反射的に肩を縮めて両目をギュッと瞑った。

 完全に怒られた時の子供の反応だ。


「お、怒らないと言ったではないか! 嘘つき!!」

「怒ってはいないです! あまりのただ、衝撃の事実に驚いてるんです! じゃぁ、私は手違いで死んだんですか!?」

「うぬぬ……そ、そう言う事になるな」

「なんて事してくれたんですか! 今すぐ生き返らせてください! 手違いなんですし、神様なんですからそれくらい簡単でしょ?」

「それは出来ない」


 頭を下げて懇願するも、間髪いれずに断られた。

 何故? 間違って殺しておいて、生き返らせる事は出来ないとはどう言う事なんだ?

 納得がいかず、目の前でフワフワと浮遊するクェーサーを睨んだ。


「そう睨むな。まぁ、お前の元の体に魂を戻す事はできるぞ?」

「何だ、出来るんじゃないですか。じゃあ、今すぐ元の体に戻してください」


 身を乗り出して、クェーサーに掴みかかろうとするも寸での所で避けられた。

 手違いで、右も左もの分からない異世界に転生するなんて、御免だ。

 私は、私の体で私の人生を全うしたい。

 確かに人生お先真っ暗だなと思ったが、これから良い事が起きるかもしれない。

 しかし、一方のクェーサーはと言えば、自分から提案しておきながら、気乗りしないのか口を尖らせた。


「どうしてもと、お前が望むのならば戻してやっても良いが、この空間にまた戻って来る事になるぞ。しかも次にここへ来る時は、お前と言う個の意識は消える……それでも良いか?」

「え?」


 私が間の抜けた声を声を出すと、急にクェーサーの顔から笑顔が消え、真面目な顔になった。

 その表情は今までの子供っぽさが嘘の様な、どこか大人びていて有無を言わさぬ威厳を放っている。


「忘れたのか? お前の肉体は死んだのだ。死んだ肉体に魂が戻って何になる?」

「そ、それは……」

「我ら創生を司る者は、創り出す事はできるが、一度作り出したモノが壊れても直す事が出来ない。つまり死者を蘇らせる事は出来んのだ。本来、現世の肉体を離れた魂はそれまでの個を失い、この空間に戻ってくる。それを一まとめにし、新たな生命の種とし、育むのも我の仕事なのだ」

「……」


 神様にもできる事の限度がある。

 神が全知全能と言うのは、人間が作ったフィクションと言う事か。

 ああ私の人生、案外あっけなかったな……。そう考えて、私はがっくりと肩を落とした。

 そんな私の様子を見ていたクェーサーが徐に口を開いた。


「時に聞くが……お前は何故、そこまで元の世界にこだわるのだ?」

「何故って、それは……」

「お前の人生を一通り見たが、決して良い人生を歩んできたわけではないだろう? お前が職を転々とする事を嘆き、顔を合わせれば説教ばかりの両親。出来の良い実の弟との埋まらぬ格差。転職しても変わらぬ劣悪な職場環境。死ぬ間際とて、働いていた会社を予告無く解雇され、挙句の果てに信じていた恋人には裏切られ、酷い罵りまで受けたではないか。元の世界とは、お前がそこまで執着するに値するものか?」

「……」

「この際だから暴露するが、お前はあの場で落雷で死なずとも、帰宅途中に電車に撥ねられて死ぬ……恋人に裏切られたショックで自殺するのだ。自ら人生に自分で幕を下ろす」

「……」


 言い返す言葉が無い。

 そうか、落雷で死ななくてもどの道、私は死ぬのか……。

 自分の最後を聞いて酷く落ち込む私を見ていたクェーサーが唸った。

 

「前世の人生が最悪なものであっても、我の『愛しき子』へと転生すれば、前世の運命が嘘のような明るく成功続きの人生が待っている! しかもモテモテで大金持ち、求婚者が後を絶たぬ人気者になれる! かもしれぬ……。これは、あくまでも可能性でしかないが、お前の頑張り次第でどうとでもなるであろう。どうだ? 賭けてみぬか? 我が愛しき子に」

「……」

「どうする? 選ばれし者よ。お前に与えられた選択は2つの一つ。転生か? 死か? さあ、選ぶか良い」


 そう言われて、私は伏せていた顔を上げた。

 スッと立ち上がり、目の前のクェーサーを真っ直ぐ見つめた。

 私の中に迷いは無かった。




 私は選択した。

 新たな人生に賭けてみよう、そう決心した。


「転生します。神様のお子様に私を転生させてください」

「よし! よく、決心したな。とは言っても、お前は我の手違いで死なせてしまったからな……せめてもの侘びとして、我から特別な力を授けよう」

「そんな事して大丈夫なんですか? お子様への手助けは出来ないって、さっき……」

「その辺りの細かい事は、皆目を瞑っておるのだ。バレなければ、不正ではない」

「そんな適当で本当に良いの?」


 あまりの適当さにクェーサーを白い目で見たが、そんなのはお構い無しでクェーサーは両手を胸元でギュウッと握り締めて、オッドアイの瞳を閉じた。

 すると握った手から七色の光が溢れ出し、クェーサーがゆっくりと手を開くとテニスボールほどの輝く球体が現れた。

 手の平の上でフワフワと浮遊する球体は、暖かな光を放ちながら力強く鼓動している。


「紹介しよう。この子が我の愛しき子だ」

「小さいんですね」

「産まれてまだ、数十万年しか経っていないからな。育ち盛りの可愛い子だ。愛しくてたまらん」

「数十万年……」



 地球誕生が約46億年前だと、どこかで聞いた事がある。

 それを考えれば、数十万年と言う年月はまだまだ赤子の領域なのか。

 ふむふむと光る球体を眺めながら頷いていると、私の目線の高さまで浮かび上がったクェーサーが私の額にそっと触れた。

 触れた部分がほんのりと暖かくなる。

 指を介して、私の中に『何か』が流れ込んでくる。


「お前には2つの特殊能力……スキルを与えよう」

「スキル?」

「137人目の創生を司る者は、己が『我が子』にスキルを付与しない事を選んだ。だが我は、我が子に生を受けた全ての生物にスキルを授けたのだ。故にお前にもスキルを与える。1つは《第六感》、危険を察知する事が出来る便利なスキルだ。生存率が格段に上がるだろう」

「危険を察知。へぇ……確かに便利そうな能力ですね」

「2つ目は《翻訳》だ。どんな言語、口語もたちどころに理解できよう。我が子の中で、どの様な言語が使われているのか、我にも良く分からんのでな。新たな言語を一から学ぶにも時間が掛かるであろう? そこで、このスキルが日常生活において大いに役立つだろう」

「危険察知に、言葉が分かる特殊能力。それってつまり……世に言うチート能力と言うものですか?」

「いや、そうでもないぞ」


 そこで会話が一時中断され、私の体がキラキラ輝き始める。

 その変化に驚いて自身の体を見回していると、クェーサーが再び口を開く。


「どうやら、我が子との同調が始まったようだ。お前の転生も近い。最後の力だが……」


 クェーサーが話し続けているが、意識が遠退いていく。

 眠りに落ちる直前の感覚に近い。

 不思議な感じだが、悪い気はしない。むしろ、温かくてとても心地がいい。


「おーい、最後までよく聞かんかー。最後の力だが、転生後の体を成体に設定しておいたぞ。本来は赤子から初めて、徐々に我が子に慣らしていくのだが、それでは融通が利かんだろう? 好きに行動できる様にしておいたからなー! 聞こえておるかー?」


 ああ、眠い……瞼が重い。

 クェーサーの声が遥か遠くに聞こえる。

 これが『転生』なのか……悪くないかもしれない。

 こうなったら絶対に前世よりも良い、第二の人生を送ってみせる。


「まぁ、良いか。我が子を頼んだぞ……我が選びし、最後の転生者よ」


 意識が途絶える前に見たクェーサーは、確かに微笑んでいた。

 目を閉じた私は光の粒子になって、クェーサーの手の中で輝く「我が子」の中へと吸い込まれた。




 『創生の間』に一人残った純白の少女、138人目の「創生を司る者」クェーサー。

 儚げな白を基調とした少女神は、ふと言い忘れた事があった事を思い出した。

 が、今となってはもう遅い。

 転生者として選んだ者はもう『我が子』へと旅立ってしまった。


「まぁ……あとの事は、あの者が自分で何とかするだろう!」


 そう呟いて、少女は手の中の『我が子』に微笑みかけると優しく抱きしめたのだった。

 その表情は、我が子を慈しむ母親そのものだった。

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