第1章.転生編
第1話.『138人目の神様』
「……い、……ぅおーい!」
誰かが大きな声で叫んでいる。
ちょっと、良い気持ちで寝てるんだから起こさないでよ……。
叫んでいるのは、声の感じからして女の子だ、間違いない。
舌足らずな子供特有の声……声の主は、小学校低学年くらいなのだろう。
声と共に頬をペチペチと軽く叩かれる感覚、体を揺すられる微かな衝撃も交互に感じる。
その呼び声で、途切れた意識が徐々に回復していく。
待てよ、そもそも何で私は寝ているんだっけか?
ええっと、確か……マンションから浮気相手の女子高校生と一緒に出てきた彼氏と口論になった。
それから、全ての元凶であるクソ野郎を一発ぶん殴ってやろうとしたところで雷に打たれて……。
そこまで考えて、私は完全に目を覚ました。
そうだ! そうだよ、私は雷に打たれたんだった!
「おおッ、やっと起きたな! むふふー、気分はどうだ? どうなんだ!?」
両目を明けると、私の顔面スレスレを覗き込む可愛らしい少女の顔。
やけに上から目線の偉そうな口調が気になる。
私が男で、さらにロリコンだったら、たぶん泣いて大歓喜するレベルで可愛い子だ。
いやしかし待て待て、いくらなんでも顔が近すぎるだろう……パーソナルスペースは老若男女関係なく大切だよ?
少女は、満面の笑みで私の頬をペチペチ叩き続けている。
力を加減してくれてるみたいだから痛くはないんだけど、私、起きたんだからやめようか?
それにしても雷に打たれて生きているだなんて、なんて強運……いや、悪運と言うべきなのか?
それにしてもここは何処なんだろう?
真っ暗な音の無い空間に少女と私の二人だけがいる。
真夜中の病院のベッドの上かとも思ったが、そうでもないらしい。
押し黙って思案する私を他所に、少女は頬を叩くのに飽きたのか、ピョンと勢いをつけて立ち上がった。
狭いのか広いのかも判別できない謎の空間に、無邪気な笑顔を浮かべる少女だけがくっきりと浮かび上がっている。
おや?
ふと、少女をマジマジと見つめていた私は今更ながらその容姿に違和感を感じた。
左右で色の違う瞳。水色と金色のアッドアイ。まるで宝石みたいな綺麗な目だ。
白い……いや、いくらなんでも白過ぎる、しかし子供らしい瑞々しさのある肌。
仰向けの状態から上体を起こした私を少女は、大きな目をキョロキョロさせながら興味深そうに覗き込んでいる。
たまにいるよね、こう言う白猫。かく言う私は根っからの犬派だけどね。
少女の髪は直立の状態でも地面に付くほど長い。しかも混じりけのない絹糸みたいな白髪だ。
着ている服はと言えば、袖で手がすっぽりと隠れてしまう少し変わったデザインの純白ワンピース。
ケチャップか醤油なんかを零したら一発アウトの服だ。
白髪の頭頂部には、透けたレース地の牡丹か、はたまた月下美人か、それともリコリス?
とりあえず、それぞれを三位一体にした大きな花髪飾りが頭に乗っている。
これも言うに及ばず真っ白だ。
全身上から下まで真っ白な少女だ。神々しさすら感じる。
この少女は一体、何者なんだ?
最近はこんな小さな子供の間でもコスプレが流行っているんだろうか?
「ははーん。お前、今、我が何者なのかと考えただろう! どうだ? 当たっているか? 当たっているだろう!」
確かに思ったけど……一人称が「我」だなんて本当に風変わりな子だ。
それより何でこの子はこんなに偉そうなんだ?
まず、目上の人には敬語が基本だろう。私の場合、少女くらいの年頃には両親にそう厳しくしつけられた。
そもそも年上であろうがなかろうが初対面の相手を「お前」呼ばわりするのはどうなんだ?
この少女の親は躾がなってないとしか言いようがない。
私が訝しげな顔で少女を見つめていると、少女はそんな私にはお構いなしといった様子で「フン!」と鼻を鳴らす。
私が答えずに無言を貫いていると、チラッと私の方を盗み見て「あれー?」っと眉間に皺を寄せて首を傾げた。期待していた反応ではなかったらしい。
しかし、私の冷めた反応にもめげずに、今度は腕を組んでふんぞり返えった。
「ならば、教えてやろう! 我が名はクェーサー! 138人目の創生を司る者である! お前達人間は、我の事を神と呼ぶな!」
「……何で、138人目? 中途半端じゃない?」
「そ、そんなこと言われても……本当に我で138人目なんだから仕方なかろう? ううむ、人数についてツッコんだのは、お前が初めてだな」
聞いてもいない自己紹介を大きな声で元気良くしてくれた。
なるほど、クェーサーちゃんか……時代の最先端を行く、紛う事無きキラキラネームだ。
どんな漢字を当ててるんだろう? 就活生になったら苦労しそうだ。
しかも自分を神様と言うか。
なるほど、これが若い子の会話に良く出てくる「中二病」と言う奴か。
ああでも、これくらいの歳の子供が言うのはセーフなのかな?
「お前、かなり失礼な事ばかり考えているな! 我が神なのは事実なんだからな!」
「えーっと……」
「どうだ! 凄いだろう?」
「クェーサーちゃん……で良いのかな? ここは何処なのかな? あと、貴女のご両親か大人の人をを呼んできて欲しいんだけど?」
この子じゃ話にならない。話の通じる大人を連れてきてもらおう。
すると、クェーサーはプクッと頬を膨らませた。
「ブーブー! だーかーらー、我は神だと言っているだろう! お前よりもずーっと年上なんだぞ!」
「私より年上って……貴女、どう見たって子供じゃない。大人をからかっちゃ駄目よ?」
「ぐぬぬ、何と言う言い草! おのれぇー……ならば、これはどうだ! 我の力を見れば、我が神だと嫌でも信じる事になるだろう!」
地団太を踏んでプンスコ怒っていたクェーサーは、そう叫んでバッと両手を上に掲げた。
何でも良いけど、早く誰か呼んで来て欲しいんだけどなぁ……子供のお遊びに付き合ってる暇はって……ん?
体に今まで体験した事の無い、妙な違和感を感じる。
こう、何て言ったら良いのか……全身を見えない釣り糸に吊り上げられているみたいな。
と、次の瞬間、体が一気にクェーサーの目線の高さまで浮き上がった。
「わ、わわわッ! か、体が浮いてる!?」
「ふふふ、驚いているな! どうだ、思い知ったか? そぉら、飛んでこーい!」
「ぎゃぁああああッ!!」
クェーサーがそう言って、人差し指で頭上を指差すと私の体が物凄いスピードで真っ暗な空間へと上昇し始めた。さらに洗濯機に入れられたみたいにグルグルと高速で回転し始める。
何が起きているのか分からず、ただ悲鳴を上げる事しか出来なかった。
遠心分離機かミキサーにかけられたらこんな感じなんだろう。
こんなに高速で周ったら、私、バターになっちゃう!
今時の子は、このネタ知らないんだろうな。
こんなところで、ジェネレーションギャップが……悲しいなぁ。
何を言ってるのか、自分でも分からなくなるなるくらい、混乱してる。
そんな私のすぐ隣をクェーサーが笑いながら飛んでいる。
私を縦横無尽に飛ばして、その反応を見て楽しんでいるようだ。
本当に神様なのかは分からないが、この子は普通じゃない。
あの無邪気な笑みに恐怖すら感じる。これ以上、何かされる前に兎に角、謝罪しろと私の本能が告げている。
このままだと、絶対殺される!
「わ、分かりました! 私が間違ってました。貴女は正真正銘、本物の神様です! だから、お願いですから、降ろして下さい! 何でもしますから! 殺さないで、助けて下さいぃいいいッ!」
「何だ、もう降参なのか。仕方ないなぁ。ホイ、降ろすぞぉー」
手足をバタバタさせながら涙目で懇願すると、至極つまらなそうな顔をしてブツブツ文句を言いながら、クェーサーは私を地面?……真っ暗空間だから何処が地面なのか、よく分からないに場所にゆっくりと降ろしてくれた。
地面に這いつくばり、ゼェゼェと肩で息をする。
そんな私を「大丈夫かぁー?」と隣に座り込んで心配そうに覗き込むクェーサー。
「偉大な神様が、私みたいな冴えないアラサー女に何の御用でしょうか?」
「やっと本題に入れるな! まずは、お前の体を良く見てみよ!」
また飛ばされるのも嫌なので、大人しく命令に従う。
自分の体、手や足、胴体を注意深く観察してみた。
透けている。
手も足も胴体も透けていて、向こう側の暗黒空間が見える。
無言のまま、右手をクェーサーに向ける。
手の向こう側にいるニヤけ顔のクェーサーが透けて見える。
手を下ろして、数秒間考えてから次は左手を上げる。
今度は私の不可解な行動を見て、小首を傾げるクェーサーが透けて見えた。
す け て い る ?
透けてるって何だ? シースルー? スケスケ?
「な、何これ! ちょ、ちょちょちょっと! 私の体、どうなっちゃってるんですか!?」
「やはり気が付いていなかったか。今のお前は、生命エネルギーの塊……つまり、魂だけの存在だからなぁ。肉体がないんだからスケスケでも仕方ないな!」
「待ってください! 何故に私は魂だけになってるんですか!」
「何故にって、お前は雷に打たれただろう? それで、死んだのだ」
「え……私、やっぱり死んだんですか?」
「いや、待て待て。死んだと言うのには語弊があるな。うーむ、もっと良い言い方は無いものか……」
「死んだ」の一言に脳内が完全にフリーズした。
じゃぁ、ここは天国なのか? 天国がこんなに真っ暗な空間だとは思わなかった。てっきり、ふわふわの雲の上にあって天使が飛び回る楽園みたいな所だと思ったのに……ガッカリだ。
死んだばかりの人間は、現世の意識が残っているのか。という事は、私と言う
「個」は消えて別の生命に生まれ変わるのか。いつ、消えちゃうんだろう?
急に怖くなってきた。嫌だ、まだ消えたくない……。
固まる私を他所にクェーサーは1人悩み始める。
しばしの沈黙の後、クェーサーはポンと手を打った。
「うむ、これだな! 我が意図的に雷を落として、お前を殺したのだ!」
クェーサーがさらに追い討ちをかけてきた。
何と言う事だ。
殺されるじゃない、もう殺されてた……目の前の少女、いや神様に。
何が悲しくて志半ばで神様(自称)に殺されなくちゃいけないんだ。
私は何かとんでもない大罪でも犯したのだろうか?
「何故、ガッカリしているのだ! お前は選ばれたのだぞ? 愛しき我が子の成長のためにな!」
「人の事、殺しといて……何を言ってるんですか。選ばれた? 我が子? 意味が分かりません」
「ううむ、これだから137番目の奴が作った創造物は扱いづらい。面倒臭いが、仕方がない。話せば長くなるが……我が直々に説明しよう」
面倒臭いって何だよ? と文句を言いたかったがそこはグッと堪えた。
クェーサーは「ハァー」と大袈裟なため息を一つ吐いて、私の前にペタンと座った。
そして、身振り手振りを加えて私を「殺した」理由を語りだした。
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