第33話.『私の知ってる旅と違うんですが……』




 おい、誰だ? 

 禁則地を出たら、魔物と野党に襲われるって脅したヤツは?




 最初で最大の難関は、南大陸を抜ける3週間だ。

 旅路中で、泊まれる宿は3箇所しかない。1箇所目の宿まで、約2週間。

 倒木や土砂崩れで道が塞がり、迂回を余儀なくされた。

 森の中や崖の洞窟で野宿もした。夜の森は雑音が多く、遠くで獣の遠吠えが聞こえた。暗闇に何者かが潜んでいるのでは? とビクビクしていた。



 魔物が怖くて、夜中に尿意を催しても1人で用足しに行けなかった。

 チキン勇者は、相棒の魔刀を起こして付いて来てもらった。

 叩き起こされてご機嫌斜めなローウェルに「そこにいてよ! どっか行かないでよ!」と子供みたいに草陰から釘を刺す。

 この時、立ちションの有り難さを知った。



 一箇所目の宿に着いた時は、ホッとした。

 宿と言うよりボロい山小屋と言う方が正しいその宿は、閑散としていた。

 客は私達だけ。しかも、宿泊代が異様に高かった。

 ローウェルは刀にも戻ってもらったから、一人分の料金が浮いた。

 それでも3人一部屋食事無しで、1080ソルだ。日本円にして、9000円。これでもまけてるって、店主は言うんですよ?

 都内のカプセルホテルだって、最近は設備が充実していて一泊1500円台が相場だって言うのに……ぼったくりも大概にしろ。

 ルーシアスは、宿のカウンターの上にを600ソル硬貨を1枚出して、「釣りは入らない。その代わり、夕食を出してくれ」と頼んだ。

 渋々だったが、出された金額に目が眩んだのか主人は承諾した。

 この時のルーシアスは格好良かった。

 通された部屋は狭くて、湿気が多いせいか、かび臭かった。

 部屋で犬の姿になったローウェルが露骨に嫌な顔をしていた。

 特別に用意された夕食も美味しくなかった。これなら野宿の方がマシだとさえ思えた。




 しかし、ここまでアクシデントらしいアクシデントは、何も起きなかった。




 森の中で魔物に取り囲まれる? ないない。

 野党に寝込みを襲われる? ないですよ。




 現在私達は、三箇所目の宿を出で南大陸と北大陸を繋ぐ境界、別名『大陸の括れ』にいる。アンプロワまで、後4日程で到着だそうだ。

 行く所には人っ子一人いない。本当に魔物や野党なんているの? 

 私が見た生き物と言えば、野生の小鳥とリスだ。

 それ以外はルーシアスが仕留めて来た野ウサギ、山鳥、小鹿だ。

 ローウェルは、川沿いで熊の親子を見たらしい。私も見たかったな!

 どれも前世で見た動物だ。言葉を喋ったり、魔法を使ってきたり、特殊な能力は持っていない。私が知っている勇者って言うのは、敵と戦って強くなる。

 モンスターや悪党を倒して、経験地とお金を稼ぎ、次の町へ行く。

 このまま敵と遭遇せず、レベルアップに必要な経験値も稼げないとなると、初期値のままアンプロワ入りしてしまう。

 ローウェルに筋トレと『心』の特訓は毎朝見てもらってるけど、魔刀モードのローウェルはあれ以来握っていない。




 会社で働いて、それに見合った分をお金を貰う――。

 敵と戦って、それに見合った分の経験値を貰う――。

 そうして社員は、昇進する。

 そうして勇者は、レベルアップする。

 それがセオリーじゃない? 違うの?




 何なんだ、これは? 聞いていたのと違う。

 最初の話に戻る。誰が脅したかって? メンバー最年少のルー君だよ!

 だから私がルーシアルに文句を言ったのは、自然な流れだった。


「魔物、出ないなぁ。ねぇ、ルー君、魔物が全然出ないよ?」

「そうだな、無駄な体力を消費しなくて助かる」

「誰だっけ? 禁則地出たら魔物に襲われるって言ったの?」


 手綱を操るローウェルに頼んで、ネージュをニュイに並走させる。

 ルーシアスの前に乗るキリカは、彼に瀬を預けて気持ち良さそうに転寝をしている。

 役得かよ。ルーシアス、今すぐそこ代われ。


「徒歩や馬での移動ならまだしも、山羊竜を襲う魔物なんて、この大陸にはいない」

「何だって!? お主、謀ったな!」


 さらっととんでもない事、言いやがった。

 この数週間、魔物の急襲に終始怯えていた私の気持ちが分かるか!?

 純情な勇者の心を弄んだのね! 

 大きな声を出したら、キリカちゃんがパチッと目を覚ました。

 起こした張本人である私をルーシアスが怖い顔でギッと睨む。

 おい、ルー君。その手に持った物騒なブツ(暗器)をしまえよ。

 キリカは寝ぼけ眼を擦って、ふわわぁと欠伸をした。

 気持ち良さそうに目を閉じて、また夢の世界に戻っていってしまった。

 寝る子は育つ、大いに結構!

 だから、ルー君! その「命拾いしたな」みたいな顔はやめろって!


「ニュイとネージュって、もしかして物凄く強いの?」


 地元で有名なレディース姉妹的な?

 昔は、この辺りでブイブイ言わせてたの?


「実際に闘わせた事は無いけど、この辺りに生息する魔物なら余裕で倒せるだろうね。だけど、魔物が寄って来ない最大の理由は、山羊竜が竜種の聖獣だからだ」

「竜種の聖獣? ねぇ、師匠。竜種って?」

「おい、勇者。ローウェル様じゃなくて、僕に聞き返せばいいだろ! まったく……」


 おお? ルーシアスが、ほんのちょっとだけデレてるぞ?

 嵐が来そうだ。いや、天変地異がお起こるかも……。


「良いか、竜種と言うのは…………聞いてるのか?」

「うん、聞いてる! 聞いてるよッ!」


 『聖獣』――。

 彼らはただの動物ではない。かと言って、魔物でもない。

 聖獣とは、精霊の加護を受けた神聖な獣を指す。



 その歴史は古く、伝記のみが残っている。

 古の時代、まだ精霊が目に見える存在だった頃。

 大精霊によって、12種類の生き物が選ばれ、その力を分け与えられた。

 聖獣の放つ神気は、魔の者を祓い清め、荒廃した大地を蘇らせると言われている。

 そんな聖獣を魔物は本能的に恐れ、傍には絶対寄って来ない。『不変六理の輪』が出来る以前の人類は、聖獣の信仰の対象としていた。

 竜種と呼ばれる聖獣は、その名からも分かる様に聖なる加護を受けた竜だ。

 12種の聖獣の中でも知能が高く、神気も強い。

 大昔には人の姿に化たり、人語を理解して喋ったり、人と夫婦になったり、人のように振舞う竜種もいたそうだ。

 聖獣は自分達を信仰してくれる人類に、とても友好的だった。

 虚空期後、オリゾン・アストル戦役を会戦した6種族は、聖獣に信仰以外の価値を見出した。人を警戒しない聖獣を次々に捕らえ『意思のある兵器』として戦争で使役したのだ。



 竜種はどの聖獣よりも多く、戦場に駆り出された。

 長きに渡る戦いで、その数は激減し、絶滅してしまった種類も少なくない。

 戦争終結後、勇者を含めた6種族の協定によって聖獣の保護が義務付けられた。


「これが聖獣の生態と歴史だ。勇者、理解したか?」

「2頭のおかげで、魔物が寄って来なかったんだね! スゴイやネージュ、見直したよ!」


 よしよしとネージュの身体を撫でる。

 褒められたネージュは、「ピュピュイ」と得意げに鳴いて見せた。

 ご機嫌ちゃんだ。むふふ、可愛いヤツめ。


「あんまり、騒ぐなよ。姉上が起きちゃうだろ!」

「おやおやぁ? ルー君てば、私がネージュばっか褒めるから、ヤキモチ妬いてるのかな?」

「ち・が・う! 断じて違う!! アンタ、馬鹿なのか? 誰がヤキモチなんか妬くか!」



 寝ているキリカを気づかい、思うように動けないルーシアスを思う存分おちょくった。最初の頃に比べると、私とルーシアスも打ち解けたよなぁ。

 どちらにとっても、黒歴史でしかない初対面時が嘘みたいだ。

 感慨深いし、妹と弟が一気に出来たみたいで嬉しい。


「……くだらん、痴話喧嘩なら他所でやれ」


 呆れを通り越して不機嫌になったローウェルの注意で、私達は黙った。

 落ち着いた私は、もう一つの問題が解決していない事に気が付いた。


「でも、野党の方は? 私達みたいに武器を持ってるだろうから、聖獣の有無は関係ないでしょう?」

「人気のない森を縄張りにして、金品の収穫があると思うか? それに、この辺りは禁則地の傍だ。あんまり、この辺を野党紛いの格好でうろついていると……」

「うろついてると?」


 ルーシアスの意味深な間を空けた。

 え、話の続きが凄く気になるんだけど。

 俯き気味のルーシアスの顔を覗き込めば、その表情が引きつっている。


「不審者の進入を察知したクラオトが、直ちに排除しに向かう」

「あ……」


 全てを察した。

 あのクラオトならやりかねないと言う、根拠のない説得力がある。

 シビルの里のセ○ムは、不審者に対して容赦も慈悲もない。

 でも、クラオトは武器も魔術も呪いで使えない。

 丸腰の彼がたった一人で、森に潜む不特定多数の野党討伐を?


「それってつまり、クラオトさん1人で、あの里を守ってるの?」

「父上の操る「守護の霧」があるから、実際に野党討伐に出たのは1、2回だ。クラオトは堕ちても森人族、森の全てがあの男の味方だ。嘘か本当か、木と話せるとも言っていた」

「木って、どんな話題振って来るんだろうね?」

「さあな」

 

 呼び捨てにはしていても、ルーシアスはクラオトに一目置いている。

 ルーシアスに勉学と武術の稽古をつけた家庭教師とはクラオトだったのだ。

 先生である彼に森で生き残る術を教わったから、ルーシアスは狩人の職種を選択した。


「尊敬する先生を呼び捨てにするのは、どうかと思うよ?」

「尊敬はしているが、師と仰いだ事は無い。森人族は人族を軽視してるからな」

「また、そう言う可愛くない事を言う」

「そうです、このモフモフの尻尾が可愛いんです! むにゃむにゃ……」


 ここでキリカが大きな寝言を言ったが、本人は気持ち良さそうに眠っている。

 どんな夢見てるんだろう。毛玉生物でも追いかけてるのかな?

 私達はお互いに顔を見合わせて、苦笑し合った。




3人のおかげで、一ヶ月の長い旅路は退屈しなかった。

そんな旅の終点も近い――。




 人族が誇る巨大国家、『トワ・エ・モア王国』。

 南大陸の中心に位置するこの国は、中央に国王の住まう広大な王宮と、遠くからでは高い塔にしか見えない独特な城がそびえ立っている。

 深い外堀を挟んだその周りを王族一派の屋敷、さらにその周りを臣下達の屋敷が守りを固めるために囲んでいる。そんな堅牢な城砦国家でもある。

 最も外側が各行政機関と、樹木の年輪の様な造りをしている。

 トワ・エ・モア王国をグルリと囲うのが、通称『職業都市』と呼ばれるアンプロワだ。

 元々は6つの個々に分かれた都市だったが、王国の一大事業であった河川整備によって、王都と都市を隔てる大型水路が作られ、生活用水としても各都市を繋いだ。

 この一繋ぎの水路によって、各都市は人や物の往来が盛んになった。

 水路によって1つの連結都市が生まれた……と言う歴史を持つ。




 住人や旅人、商人、王族の出入国を管理する巨大なアーチ型の正門。

 石造りの城門は、某夢の国のシンデレラ城に似ているが、規模はその3倍はある。

 門に横一列に設置された12箇所の検問所。高速道路のインターみたいだ。

 半分は入国口。もう半分は出国口。引っ切り無しに人や馬、荷車などが出入りしている。



 その入国口の一箇所、人の流れが滞っている。

 担当しているのは、平凡な顔付きをした人族の審査官だ。

 ゲームなら最初の町の門番AとかBの立ち位置だろうね。

 JRでお馴染みの駅員さんみたいな紺色の制服に筒型の帽子。

 彼は、ピカピカの新人審査官だ。

 私達の顔とマニュアルと交互に見ては、首を捻っている。

 検問所の流れをストップさせているのは、一体何処の誰なのか?

 言わずもがな、私達勇者一行です。

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