第30話.『喧嘩をしたら、親友になるフラグ』
ヒミカの様子を思い出しているのか、ルーシアスは懐かしそうに微笑した。
だが、その笑顔もすぐに消えた。
「ヒミカ様を死の淵に追い込んだのも、姉上が本家で肩身が狭いのも、全て父上とあの人だ。このままではソルシエール家は根元から腐って、駄目になってしまう」
「待った、ルー君。良いかい? 君はまだ15歳なんだよ? もっと少年らしく、気楽に考えようよ」
「15歳は立派な大人だ。誰かがこの流れを断ち切らないと。だから、僕は早く里長になりたい」
そうすれば、姉上は誰にも虐められない。
僕が里長になって姉上を守る。ヒミカ様との約束を果たせる。
それでようやく、姉上は幸せになれるんだ。
ルーシアスの決意は固かった。
しかし、それは遠回しに父親の急逝を願っていると言う事でもある。
でも、それで本当に良いのか? それで皆が……ルーシアス自身は幸福になれるのか?
「ルー君はさ、それで幸せになれるの?」
「当たり前だろう。僕が里長になれば、姉上は何不自由なく、安心してここで暮らせるようになるんだ」
「そうじゃなくて。それは、キリカちゃんの幸せでしょう? ルー君自身は里長になったら幸せなの?」
「それは……」
ルーシアスが言葉に詰まった。
やっぱりな。そうだろうと思ったよ。
私には隣に座る少年が背伸びをして、強がっている様にしか見えない。
「ルー君の将来の夢って何なの?」
「将来の夢? そんな物、あるわけないだろう。僕は……父上の後を継ぐためだけに生まれてきたんだ。夢なんて抱くだけ無駄なんだ」
「じゃあ、聞くけど。どうして、3職以上持ち(リベルテ)なんてしてるの? 里長になるなら、職業は魔術師だけで十分なんじゃない?」
「そ、それは……姉上を守るためには、魔術師だけでは不十分だと思ったからで……」
痛いところを点かれて、シドロモドロになる。
そうそう、それが本来の15歳がする反応なんだよ。
早く大人になりたい気持ちは分かるけどさ、君は自分にもっと正直になるべきなんだよ。
「ルー君、嘘が下手っぴだね。本当は、他にやりたい事があるんでしょ?」
「アンタ、何が言いたいんだ? 冷やかしなら、失せろよ。不愉快だ!」
「キリカちゃんを理由にして、現実から逃げてるルー君は、ご両親と一緒だと思うけどな! って言いたいだけだよ」
「偉そうな口を聞くな! お前に……お前なんかに、僕の何が分かるッ!?」
怒ったルーシアスが、私の胸倉を掴んだ。
しかし、言い出した私も怯まないし、一歩も引かない。
拳を振り上げるルーシアスに、止めの重い一発をお見舞いしてやった。
「そっちこそ、偉そうに何言ってんだ! 両親と面と向かって話もしないで、逃げ出したくせに……そんなヤツが、『姉上は僕が守る』だって? 聞いて呆れんだよッ! 寝言は寝て言え、この根性無し!!」
「うるさい! そんなの分かってる……僕だって、こんな自分が嫌いだッ!」
ルーシアスは今にも泣き出しそうな顔で私を睨みつけている。
振り上げた拳がブルブル震えている。結局、私を殴らずに突き飛ばした。
行き場を失った拳は、ガツンと地面を殴りつけた。
「情けなくて、意気地なしで、自分勝手で……大嫌いなんだ」
うわわ、痛そう……。
殴り合いの喧嘩に発展するかも……って覚悟はしてたけど、内心ヒヤヒヤものだった。「よいせ」と座り直していると、ルーシアスは背を向けて、またも体育座りで顔を伏せてしまった。
完全に不貞腐れてしまったみたいだ。
偉そうに説教を出来る立場ではないが、ルーシアスには道を踏み外さないで欲しい。
前の私(・・・)みたいに――。
「そうだ! 迷える子羊ルー君のために、勇者が昔話でもしようか?」
「聞きたくない……頼むから、僕の前から消えてくれ」
「まぁ、良いから黙って聞き流しなさいな。タイトルは、そうだな……『愚かな女』でいこう」
『愚かな女』
昔々……いや、昔ではなく未来の話だったかも。一人の女がおりましたとさ。
女の家族は、両親と弟で仲は可もなく不可もなく……要は普通の家庭でした。
幼い頃の女には夢がありました。
成長する内に、自分で何かと理由をつけ、女はその夢を諦めてしまいました。
ある時から、女は自分は不幸な人間だと思うようになりました。
何をしても、上手くいかなくなったからです。
女は、自分を責める両親を恨みました。
女は、出来の良い弟を逆恨みしました。
女はそんな家を飛び出し、一人になりました。
邪魔者がいなくなり、今度こそ幸せになれると思いました。
でもそれは、間違いでした。
女は不幸なままでした。
それでも女は、自分の間違いを認めませんでした。
やがて女は、何をやっても上手くいかない自分の人生に絶望してしまいました。
女は、仕事を失いました。
女は、結婚を約束した恋人に裏切られました。
それでも女は、過ちを認めません。
自分は何も悪くない。全部周りの人間のせいだと、泣き喚きました。
結局、狂ってしまった女は、自ら命を絶ってしまいましたとさ。
そんな女の死を悲しむ者は、誰もいなかったそうな。
めでたし、めでたし……。
「……全然、めでたくないじゃないか」
「でしょ? このままだと、ルー君もこの女みたいになっちゃうよ?」
「僕に言わせれば、この世に生を受けて、たった4日のアンタが、何でそんな話を知ってるのか不思議だ」
「うーん……何となく? 記憶が混在知るのかもね」
この話のモデル、私なんやでぇ……とは、口が裂けても言えないけど。
この昔話で何を伝えたかったかと言えば、大体こうだ。
将来の夢を簡単に諦めてはいけない。実現できなくても、人生目標は大切だ。
嫌だと思う事は相手に伝えよう。人は、以心伝心なんて出来ない。
どんなに嫌いでも、家族は当たり障りなく大切にした方が良い。
でないと、私みたいに人生を失敗する。
それにルーシアスはまだ恵まれている。弟思いで理解力のある優しい姉がいる。 大抵の事は卒なくこなせる才能も持っている。
これらを生かさず、里長の座に納まってしまったら、間違いなくラルジャンと同じ運命を辿ってしまうだろう。
「私が言いたいのは、どう生きるかは、ルー君次第。でも、身辺整理はしておいた方が、後腐れがなくて良いよって話だよ」
「……」
自分の人生は、自分だけの物だ。
ルーシアスにだって、他人に決められた運命を拒んで、自由に生きる権利がある。最終的に里長になる道を本人が選んだとしても、今はまだ自由に生きて良いんだ。
私は、家族が煩わしくて、家から逃げ出した人間だ。
確かにやり口が悪かったし、末路は最悪だった。
でも、その選択自体を後悔しているわけではない。
長女だから家族の為に自分を犠牲にするなんて、所詮は体裁の良い奇麗事でしかない。『子は親の物』と考える古き良き時代の日本人の美徳なんて、真っ平ゴメンだ。
大人になるまで育ててやったんだから、親の面倒を子供が見るのは当たり前……だなんて、子供を縛り付ける考え方はおかしい。
子供は親のために生まれてきたんじゃない。
でも、後悔はなくても心残りはある。
「家族って、本当に煩わしい。親って、子供の人生にすぐ口を挟んでくる。アレは駄目、コレも駄目……でも、それは良いって自分の価値観で押し付けて、命令してくる」
「……」
ルーシアスは無言だ。
でも、私の話に耳を傾けている気配はある。
ルーシアスにも思い当たる節があるのだろう。大方、実母のミシルだろうが……。
「嫌な思い出と嫌い人しかない場所でもさ……」
長い沈黙の後、ポツリと呟いた。
ルーシアスが、次の言葉を言い出さない私を横目で見る。
そのまま、何も言わずに空を見上げた。
日の沈んだ空に一番星が輝いている。
この世界の夜空はとても綺麗だと、改めて思った。
「絶対帰ってやるもんかって思っても、いざとなったら帰れる場所があるって、やっぱり良いなぁって思う。私には無いからさ……帰る場所も、待っててくれる人も」
「……あ」
それを聞いたルーシアスがやっと顔を上げた。
私を顔を見つめ、顔を顰める。バツが悪そうだ。
「生きていれば、嫌な思いもたくさんする。無理に両親を好きになれなんて、私は言わない」
苦笑いを返せば、ルーシアスは口をモゴモゴさせた。
こんな拗れた家庭環境でなければ、自分の気持ちを偽らない素直な子に育ったはずだ。
「ルー君は、まだ15年しか生きてない。それだけは忘れちゃいけない。今ならまだ、間違いはいくらでも修正できるんだよ?」
「アンタ…………いや、勇者」
「まあね! 生まれて4日のヤツが、偉そうな事言ってんじゃねー……って話なんだけどさ! ほら、ミシル様が使いを送って私達を探しに来る前に、屋敷に帰ろうぜッ!」
汚れを払いながら立ち上がると、座っているルーシアスに手を差し出す。
私の手をルーシアスがその手を掴んだ。掴んでくれないかもしれないと、諦め半分だった私は手のぬくもりに感動した。
その瞬間、私達の関係に大きな一歩があった事を噛み締めた。
胸の奥がムズムズして、思わず顔がニヤけてしまう。
「ルー君が、私の手を……あんなに嫌われてたのに。勇者、感激で泣きそうだよ」
「まったく、手を握ったくらいで大袈裟だな。あと、その気持ち悪い顔で僕を見るな!」
立ち上がったルーシアスは、「女々しいヤツ」と暴言を吐きつつ、さっさと手を離した。感動とショックの嵐に襲われる私を置いて歩き出す。
でも、私は見逃さなかった。
文句を言うルーシアスの耳が、薄暗くても分かるくらい真っ赤になっていたのを……。
思いつきで、隣を歩くルーシアスに飛びついて肩を組んだら、脇腹に肘鉄を食らった。手加減してくれても良いじゃんよ、もっと親睦深めようぜー。
「なぁ、勇者」
「んー? どうしたの、ルー君」
「さっきの昔話で、一つだけ分からない事がある……聞いてもいいか?」
「どうぞ、どうぞ」
「何故、女は誰かに助けを求めなかったんだ?」
聞かれた私はパチパチと数回、瞬きをした。
腕を組んで「はて、どうしてだったっけ?」と、少し思い返してみる。
「たぶん、意地……じゃないかな?」
「……そうか」
ルーシアスは、確かめる様に「意地か」と呟く。
難しい顔をしているルーシアスの肩をポンポンと叩いた。「なんだ?」と振り返ったルーシアスの頬に私の人差し指がムニュッとめり込む。
「やぁーい、引っかかった!」
ゲラゲラお腹を抱えて笑っていたら、脛に蹴りを入れられた。
弁慶の泣き所を蹴るなんて……冗談が通じない子なんだから!
激痛に足を押さえて「うごごごご」と喉の奥から声にならない声が漏れ出す。
蹲っていると、そっぽを向いたルーシアスが手を差し伸べてきた。
これで、お相子ってことかな? その手を掴んだ。
照れるルーシアスにちょっかいを出しつつ、頭の中では用意周到に作戦を練っていた。
「ねえねえ、ルー君」
「……なんだよ。言っとくが、同じ手には掛からないからな」
「もう、やらないって。こうやってるとさ、私達、なーんか親友になったみたいじゃない?」
「アンタと親友になるなんて、頼まれてもゴメンだね」
「あーあーあー、素直じゃないなぁ。可愛くないぞ!」
小さな出来事に、大きな進展に手ごたえを感じた。
さて、次の闘いに備えないと。
相手は――あのミシル様だ。さあ、どう立ち回る?
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