第29話.『ルーシアスを探せ』




 2人に駆け寄る。

 そわそわしているキリカに、ローウェルが私を指差して何か言っている。

 パッと表情を輝かせたキリカが、私を出迎えてくれた。


「キリカちゃん! 良かった、ここにいたんだね!……あー、ここにいても大丈夫なの?」

「はい、私は大丈夫です。この離宮は……お母様との思い出の場所ですから」

 

 キリカにとって、ここ母親との思い出と幽閉されたトラウマを同時に蘇らせる場所だ。でも、この屋敷にキリカの居場所はここしかない。

 ファムさんとの会話が次々と蘇り、胸が締め付けられた。目の前にいるキリカをギュッと抱きしめたい衝動に駆られる。

 懸命に明るく振舞うキリカを見て、目頭が熱くなった。


「ルーシアスさんに、私はここにいた方が良いと言われて……お茶の用意をしていましたら、ローウェル様がいらっしゃって」

「小生と巫女の2人で茶を啜りながら、お前が来るのを待っていた……と言うわけだ」


 ローウェルは、私の肩越しに近付き「どうだった?」と聞いた。

 バッグからクラオトに渡された封筒を取り出し、「ラルジャン様、超怖かった。で、これ貰った」と小声で呟いた。

 ローウェルは「ほう」とだけ感嘆して、すぐに離れていった。

 この手紙をキリカに見せるのは、この場にいないルーシアスが揃ってからにしよう。

 バッグに手紙をしまいながら、離宮の庭を見回し、屋内から音がしないかと耳を澄ます。

 会話からも聞いて取れるが、ここには2人しかいないみたいだ。


「ルー君は? 一緒じゃないの?」

「小生が来る前から、あやつはいなかったぞ」

 

 ルーシアスと最後に一緒にいたキリカを二人で見る。

 キリカも困った顔をしている。


「それが、行き先も言わずに、出て行ってしまったんです。私にもルーシアスさんが何処へ行ったのか、検討が付かなくて」


 言われなくても、その時のルーシアスがどんな顔で出ていたのか容易に想像できた。行かなくては――。その言葉が、私を突き動かす。

 

「私、ルー君を探しに行って来る」


 背を向けた私を、キリカは「待ってください」と呼び止めた。

 だが、あえて私は振り返らない。


「私も行きます!」

「キリカちゃんは、師匠と一緒にここで待ってて」

「で、でも……1人より、2人で探した方が効率も」

「いや、私一人で行く」

 

 強めに言えば、キリカは黙り込んでしまった。

 キリカをこの場に残してしまう罪悪感に苛まれる。自分の仕打ちに反吐が出そうだ。

 奥歯を噛み締め「ごめんね」と心の中で何度も謝った。


「ルー君と2人きりで話したい事もあるし……大丈夫、見つけたらすぐに戻るから」


 ローウェルに「師匠、キリカちゃんをよろしくね」と頼んで、歩き出す。

 大丈夫だ――、ローウェルは強い(・・)。何が起きてもキリカを守ってくれる。

 迷いを断ち、ルーシアスを探す事に集中しよう。




 屋敷の正門を目指して走る。それと同時に、ファムさんがいないかと探す。

 直感だが、ルーシアスはこの屋敷内にいない。屋敷の外、里のどこかにいる。

 だが、土地勘のない私にはルーシアスが行きそうな場所に見当がつかない。

 そこで、幼い頃のキリカとルーシアスを良く知るファムさんだ。

 ファムさんに聞けば、きっと何処に行ったか分かる。と、早々に前方左斜め前に、お目当ての人物を発見! ファムさんは畳んだ洗濯物の山を抱えてどこかに向かう最中だ。私には気付いていない。

 声を張り上げて、ファムさんの名前を呼ぶ。


「ファムさぁあああああんッ!!」


 急に大声で呼び止められたファムさんは大慌てだった。

 私を見るなり、足がもつれてバランスを崩し、積み上げた洗濯物を落としそうになっている。


「あら? あらあら、あらららぁー!?」

「うぉ、危ないッ!」


  間一髪でファムさんを真横から抱かかえ、片手で洗濯物の塔も支える。「ふぅ」と安堵の吐息が漏れた。と、思ったのも束の間――。

 私の身体はふわりと宙を舞っていた。

 回転する視界に顔をトマトみたいに真っ赤にしたファムさんが映った。



 え、なんで?



 地面に肩から落ちてゴロゴロ転がった後、自分がファムさんに背負い投げされたらしいと頭が見解を出した。

 おせーよ。命の危機じゃないからって発動しない《第六感》よ、お前も同罪だ。


「い、いいいいいけませんわ、シャリオン様! 独身の男女が抱き合うなんて!! そんな、はしたないですわ!」

「す、スミマセンデシタ……」


 シャリオンは学んだ――。

 この世界でも女性(おばちゃん)は強い、新米勇者よりずっと強い……。

 こんな事してる場合じゃない、投げ飛ばされて当初の目的を忘れかけていた。

 立ち上がって、可憐な乙女の様に頬を高潮させているファムさんに、


「ファムさん、里の中にルーシアス君が行きそうな場所を知りませんか? 何でも良いんです、覚えてる限りで教えてください」


 ルーシアスが行きそうな場所を尋ねる。

 ファムさんは一瞬キョトンとしてから、「そうですわねぇ」と頭を捻る。


「幼い頃のお坊ちゃまは、村外れの水車小屋の傍か、そこから少し先にある野草の群生地に……ああ、あと川の対岸にある一族の墓所に行かれていた記憶がありますわ」

「水車小屋に原っぱ、墓所ですね、ありがとうございます!」


 候補は3箇所か……おそらく、そのどれかにいる。

 キリカもルーシアスも7歳までしかこの里にいなかったのだ。

 行く宛てなんて大してないだろう。私を警戒しているルーシアスが、キリカを置いて旅立つなんてのも考えられない。

 ファムさんにお礼もそこそこで、駆け出した。

 道が分からなくなったら、村人に聞いて案内してもらえばいい。

 そんな慌しい私の背にファムさんが叫ぶ。


「シャリオン様! 今晩はシャリオン様の歓迎会を盛大に執り行うと、ミシル様が仰っておりました。お早めにお戻りくださいと、お坊ちゃまにもお伝えください!」

「分かりました、伝えておきます」


 ミシル主催の歓迎会か……うぁ、気乗りしないなぁ。

 キリカやローウェル、ルーシアスにファムさんと離宮で質素な晩餐会に変更させてくれないかな? きっとソルシエール家の親族一同も呼ぶのだろう。

 無理だ、断れる空気じゃない。これも勇者の社交辞令、上手く立ち回るか。




 出会う使用人達が皆、挨拶とご機嫌伺いをしてきた。

 前世の癖で、それに一々頭を下げて「お疲れ様です」と対応してしまった。

 エンカウント率がおかしいよ、会社の上司が部下に挨拶される気分はこんな感じか。忙しい雰囲気を察して、挨拶は手短にするか、遠慮してもらいたいね。

 やっと正門を出て千本鳥居を抜けると、坂を飛ぶ勢いで駆け下りる。

 行きは、山羊竜姉妹で登って来た坂は人の足で下るには少々長い。

 これは、思わぬロスタイム、ヒルクライムだったらもっと時間が掛かっただろう。



 家々が立ち並ぶ集落と田園の境界線として、川から水路が引かれている。

 夕日でオレンジ色に輝く水流を目で辿れば、大きな水車小屋に行き着いた。

 仕事を終え、家路を急ぐ小作人達に奇異の目で見られながら、水車小屋へ。

 水車は仕切り板で回転を止められていた。


「おーい、ルー君!」


 小屋の周りを一周して、一応小屋の中も覗くが応答は無し。

 ここにはいない。よし、次だ。

 ファムさんが言っていた原っぱは、水車小屋のすぐ裏手だった。

 色取り取りの花が、夜に備えて蕾になっている。

 虫達が歩く度に草葉の陰から飛び立つ。

 座っていたとしても、ルーシアスの身長なら茂った草に隠れ切れない。

 ここもハズレか。候補は後一箇所……そこにもいなかったらどしよう。

 3,4人の男女混合の子供達が、原っぱの向こうからやって来る。

 楽しそうに笑いながら、お喋りに花を咲かせている。

 その子達に見覚えがあった。

 里に着いた時、ルーシアスに旅話をせがんでいた子達だ。


「君達! ちょっと、良いかな?」

「あ、ルーシアス様と一緒にいた変なおじさんだ!」


 一人が私を指差して、叫んだ。それを聞いた他の子供達が尻込みして、私を警戒する。

 正体不明の部外者だし、そう言う反応をされるのは覚悟していた。

 でも、『変なおじさん』って……そうです、私が変なおじさんですぅ! ってか?

 純粋無垢な子供に言われると、悲しみと虚脱感で昏倒しそうだ。 

 世の中のおじさん達はこんな悲しみに耐えているのか。

 ショックを引き摺りつつ、お互いに身を寄せ合って固まっている子供達の前に片膝を突く。

 誠心誠意のスマイルでもう一度、接触を試みる。


「私は、決して怪しい物じゃなくて……」

「うそだ! 変な人は皆そう言うから、ついて行っちゃ駄目って、お父さんとお母さんが言ってた!」

「そう、それ! 家のばあちゃんも言ってた!」

「あれ? ワンちゃんはー?」


 「アタシも!」「俺も!」と子供達が口々に言う。

 これはご家族の教育の賜物だね。

 話し掛けただけで誘拐犯扱いだなんて、異世界も世知辛い。

 どうにかして、この子達の信用を勝ち得ないと。


「じゃあ、怪しい……おじさんじゃないって事を照明しよう。私の名前は、シャリオン・ガングラン。キリカさんとルーシアス君とは知り合いで、この里へは、里長様に呼ばれてきました。どう? これでもまだ、私は変なおじさんかな?」

「うーん……ちょっと、相談ターイム!」

「どうぞ、どうぞ。じっくり相談してください」


 焦らない、焦らない。一休み、一休みだ。

 私が頷くと、リーダー格の身体の一回り大きい男の子が他の子達を手招く。

 子供達は一斉に私に背を向けて、ヒソヒソと相談話を始めた。

 その後、何故かじゃんけんが始まって、負けた子が頭を抱えた。

 話がまとまったのか、全員がこっちを向いた。

 じゃんけんで負けた女の子が、皆に押されて一歩前に出て来た。


「し、シャリオンおじさんは、私達に何の御用でしゅか?」


 女の子は、緊張で語尾を噛んだ。

 見る見る真っ赤になった女の子は、今にも泣きそうだ。

 私はまた『おじさん』って言われて、今にも泣きそうです。


「実はルーシアス君を探してるんだ。この辺で見かけなかったかな?」

「ルーシアス様?」


 それを聞いた他の子供達が、顔を見合わせると一気に喋り出した。


「さっきまで、皆で旅のお話を聞いてたの!」

「ルーシアス様、カッコイイよな!」

「ねぇねぇ、ワンちゃんは?」

「遅くなると家族が心配するから、帰りなさいって言われた」

「アタシ、ルーシアス様のお嫁さんになりたい」

「私もー!」

「ルーシアス様なら、お墓の方に行ったよ」


 待て待て、私は聖徳太子じゃないんだ。一人ずつ話しておくれよ。

 関係ない話もさり気なく混ざってて、おじさん、そっちが気になっちゃうよ。


「ルーシアス君はお墓にいるんだね、ありがとう。皆、気をつけて帰るんだよ」

「うん、おじさんも気をつけてね!」

「ワンちゃん、触りたかったなー」

「バイバイ、シャリオンおじさん!」

「早く、ルーシアス様のお嫁さんになりたいな!」


 子供達が元気に去っていく。

 最後の最後で結婚したいって言ってた君、ルーシアスはシスコンだから望みは薄いよ。

 おや? 目から透き通った水滴が……フフフ、通り雨だな。




 川に掛った吊り橋を渡る。

 鬱蒼と木々が生い茂る森に、閑静な墓所はあった。

 シビルの里の墓石は、前世では見た事も聞いた事もないリング型だ。

 大小様々で、どれも名前が彫られていない。

 入り組んだ墓所を横断する土が剥き出しになった道を歩く。

 舗装した道ではない、人が踏んで出来た道だ。それが森の奥まで伸びている。

 人気はなく、ルーシアスの姿もない。不思議な墓石を観察しながら、さらに奥へ進む。

 10mほど行くと、開けた場所に出た。

 ここだけは人の手が入っている。円形に整備されたそこには、一際大きな墓石。ここがソルシエール本家の墓だろう。

 始祖レナ・ソルシエールから始まった一族、その代々の先祖たちが眠る墓。

 大きな墓石の隣には、小さくてお世辞にも良い出来とは言えない墓石もあった。その前にルーシアスの姿があった。墓石の前の地面に体育座りをして、全く動かない。

 寝てるのか? と思ったがそうでもない。ジっと小さな墓石を見つめているのだ。物音を立てないように、コッソリと背後に近付く。


「……バレてるぞ」

「ですよねー。分かっちゃいるけど、ついつい、やりたくなっちゃうんだよね」


 振り返りもせず、深い溜息と冷たい指摘。

 ルーシアスは、気分を害されたと言わんばかりに不機嫌オーラを放っている。


「アンタ、ここに何の用だ?」

「何のって、ルー君を迎えに着たんだよ。キリカちゃんが心配してるし……皆待ってるから、お屋敷に帰ろうよ」


 墓石を見つめるルーシアスの隣に腰を下ろす。

 帰ろうと誘えば、ルーシアスは膝に顔を埋めて、塞ぎこんでしまった。

 こんな辛気臭いルーシアスは、出会ってから始めて見た。


「断る。とっとと帰ってくれ」

「取り付く島もないのな。その気持ち、分からなくもないけど……」


 これは、ルーシアスが帰る気になるまで待つしかない。

 長期戦になりそうだ。

 どうやって待ち時間を潰そうかと思案していると、ルーシアスが顔を上げた。


「……今のあの家に、僕の居場所はない」

「……どうして?」

「ファムや父上から何も聞いていないのか?」

「聞いたよ。ご両親の過去からキリカちゃんやルー君の生い立ち、全部聞いた」

「分かっているなら、どうして? なんて聞くのは愚問だ。あの人の顔だって、二度と見たくなかった。あの女と同じ血が流れてると思うだけで、自分にゾッとする」


 お墓の前で、一晩ここで過ごすの? 異世界版の肝試しかな?

 私とルーシアスがいないと分かれば、ミシル様が使いを出して迎えに来るだろう。ミシルの性格からして、私達がいなくなったの理由を全部キリカのせいにしそうだ。

 いや、あの人は絶対にするぞ。その前に帰った方が、無駄な争いも起きなく済む。

 何とか理由をつけて、帰らせよう。


「里長様にも挨拶してないでしょ? 久しぶりに帰ってきたんだから、お父さんにだけでも挨拶した方が良いんじゃない?」

「父上は、僕に無関心だ。産まれた時から今まで、ずっとだ」


 ヤベェ、地雷踏み抜いちゃった。

 余計、意固地にしてどうすんだ。馬鹿かよ、私!


「お父さんに認められたいって、ルー君言ってなかったっけ?」

「父上にじゃない、一族に認められたいんだ。次期里長として、僕の素質を認められたいんだ」


 あ、さらに墓穴掘ってしまった。うーん、でも里長になる気はあるんだ。

 両親と仲が悪くても、跡継ぎの役目は果たす。でも、家には帰りたくない。

 思春期特有の難しさですな……。


「この里に、僕に居場所があるとすれば……ここだけだ」

「この大きい墓石って、ソルシエール本家のお墓でしょ? でも、こっちの小さいお墓は?」

「父上の正妻……姉上のお母上、ヒミカ様の墓だ」

「……あ」


 ああ、そうか。

 本家の墓に、正妻と言えど血族以外の者は入れられない。

 こう言う所まで、東南アジアや日本の風習と酷似している。

 しかし、巫女を産んだから墓くらいは隣に作ってやろうと、親戚一同が葬ったのだろう。

 哀れな姪の末路に、ファムさんの無念は察するに余りある。


「産んだだけで僕に興味を持たなかった。あの人に、愛情を掛けられた思い出もない。でも、ヒミカ様は違った」


 母親を『女傑』『あの人』呼ばわりか。

 ミシルとルーシアスの溝は深くて、底が見えない。

 ダンション・ウエノエキの縦穴みたいだ。

 自分が15歳だった頃を思い出すが、何やかんやで両親に甘えていた時期だ。

 ルーシアスには、それがない。身を寄せられる『より所』が何処にもない。


「実の子で無い僕を可愛がってくれた。僕の話を聞いてくれた。最初は元使用人だった立場から、跡継ぎである僕に取り入ろうとしているんじゃないかと思った」

「ルー君……」

「でも、違ったんだ。僕が悪い事をすれば、ヒミカ様は本気で叱った。叱った後、僕を抱きしめて泣いた。心から僕を心配してくれたんだ。この方が本当の母上だったら……と、何度思ったか分からない」


 ルーシアスにとって本当の『家族』。

 それは血の繋がらないヒミカと、半分だけ繋がっているキリカだけ。

 実父と実母は、血の繋がりがあるだけの他人――。

 なんて悲しい家族の在り方なのだろう。

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