第27話.『血の劣化』




 何と言葉を返えせば良いか、慎重に言葉を厳選する私。

 衣服に包まれた背中は、嫌な汗が滝のように流れている。

 ここで、厳選された4つの選択肢を紹介しよう。

 


 選択肢1.『こんにちは、いい天気ですね』と言って、平手打ちをする。

 選択肢2.『こんにちは、いい景色ですね』と言って、平手打ちをする。

 選択肢3.『お招き頂きありがとうございます』と言って、平手打ちする。

 選択肢4.平手打ちする。


 ガッテム、なんてこったい! 選択肢の最後に、どうしても平手打ちが入ってしまう。挨拶も忘れて悩んでいたら、ラルジャンは再び湖の湖面を覗き込んでしまった。


「森を包み込む『守護の霧』は、この湖を媒介に里長が秘術で操っています。一度は跡継ぎの立場を捨てて村を出た私が、今は長の座に就き、村を守っている……滑稽でなりなせんな」


 やつれた顔でありながら、微笑を絶やさない里長ラルジャン。

 私の表情を見て、


「ミシルとクラオトによれば、これでも快方に向かっているのですが……ははは、なかなか不気味でしょう?」


 自虐的な語り口で話す。何が面白いのか、全然分からない。

 これは……笑うべきなのか?

 クラオトに視線で助けを求めるが、彼も無反応で見返してくるだけだった。

 里長様は、私が本物(・・)の勇者かどうか、確認したくて呼んだ訳じゃないんかい!


「森人族のクラオトが何故、人族の私に仕えているのか……気になりますか? そうですよね、気になりますよね」

「あ、あー……そうですね。気になるような、ならないような?」


 初めて会話らしい会話をした。だが、話の焦点が見事にずれている。

 別に、クラオトが気になっているわけでは断じてない。

 一方的に話題を振ってくる老人と会話している気分になってくる。

 ラルジャン自身は、老人と言うには若過ぎる。不健康な見た目ではあるが、40代半ばと言ったところだろう。

 的を得ない話題を振られるせいで、私は対応しきれなくなった。

 私をここに呼ぶ必要性があったのかさえ、疑問に思えてくる。


「クラオトは、国王陛下が私に与えてくれた臣下であり、近侍であり、主治医なのです。こんな私の傍に、いかなる時でもいてくれます。そうですよね、クラオト?」

「はい、グランド・マスター。私には貴方様を守らねばならぬ義務があります」


 それ、答えになってないよ。余計に疑問が増えてしまった。

 『国王陛下』って、人族の国王だよね? 人族の国王が、古参種族第二位の森人族を王宮に使える魔術師の護衛に付けるって、何を意味するんだろう?

 中世ヨーロッパや古代ローマに準えるなら、つまり、クラオトさんは……。

 私が答えを出す前に、ローウェルがクラオトに視線を投げた。


「クラオトとやら。お主、監獄闘技島の元剣闘士(グラディエアトル)か?」

「左様でございます。そうでなければ最弱種族などに、召抱えられたりは致しません」

「森人族でありながら剣闘士になるとは、よほどの大罪を犯したと見受ける」

「お、おおぅ? 何の話してんの、師匠?」


 剣闘士って事は、やっぱり、奴隷出身だったのか。

 目の前のラルジャンより、直立不動で控えているクラオトへ興味を持ったらしい。ううん、違うな。私が会話できるようにわざとクラオトに意識を逸らしたんだ。

 若干、言い方が嫌味に聞こえたけど。


「僭越ながら、ミスター・ガングランには、私がご説明致しましょう」





 クラオトは、語る。

 監獄闘技島とは、法を犯した罪人が行き着く地獄――。

 『黒海』と呼ばれる、凶暴な大型モンスターが犇めく危険な海に浮かぶ、脱獄不可能な絶海の孤島。囚人達に逃げ場はない。

 収監された囚人は『剣闘士(グラディエアトル)』となり、血に飢えた観客達を喜ばせる見世物として、日夜問わず死闘を繰り広げる。詳しくは語らなかったが、何かしらの罪を犯してしまったクラオトも例外なく、監獄闘技島に収監され、剣闘士として死線を掻い潜って来た。

 彼らは、何も無駄死をするわけではない。

 最後まで生き残った者……優勝者には、それ相応の褒美を与えられる。



 その褒美が、『無罪放免』だ。


 

 無罪放免となれば、監獄闘技島から出所できる。

 文字通り、死に物狂いの大乱闘だ。弱者から先に死んでいく。

 クラオトは最後まで生き残り、片目はその代償となった。

 ただし、二度と武器を握って闘う事の出来ない身体にされるのが無罪放免の条件だ。

 殺傷力のある武器の類……包丁や工具も洩れなく含めて握れなくなる『武器封じ』と『魔術返し』呼ばれる呪術が両腕に施されている。

 『魔術返し』とは、魔力保有量の多い囚人に掛けられる呪術で、無闇に攻撃魔法を発動すると、自分にもその分のダメージが跳ね返って来る。

 森人族には、彼らの法で『同族であっても、一度罪人とみなされた者は国外追放とする』と言う決まりがあった。クラオトさんは二度と国には戻れないし、実家にも勘当されているため、家族に会うことも出来ない。

 武器は握れないが、3職持ち以上(リベルテ)だったクラオトさんの職業は『気功士』と呼ばれる魔法系格闘術だった。空は飛べないけど、ドラ○ンボールの孫○空だね。

 予断だが、『気功士』は森人族の天職なのだそうだ。実際、森人族の約4割が『気功士』を職業としている。『森人族スーパーサ○ヤ人説』が浮上したけど、前世ネタが通じないのが残念だ。

 類稀なる魔法格闘術と回復魔法を極めら森人族の元囚人、と言う不名誉な経歴を買われ、王宮の兵として召抱えられたのだ。その後、数々の武勲を上げたクラオトは、国王の命令で宮廷魔術師であるラルジャンの近侍に任命された。

 苦労人だな、クラオトさん。




 クラオトの話をラルジャンは楽しそうに聞いていた。うんうんと相槌を打つ。

 身体を左右にユラユラ揺らす仕草は、まるで大きな子供だ。

 ひええ、この絶妙な温度差が怖いよ。精神不安定にも程があるだろ……。

 何と言う事だ、勇者は恐怖で動けないッ!

 過去のドロドロ三角関係や、ここぞと言う時に役に立たなかった話を聞いているから、ラルジャンにやり場のない憤りを覚えていたはずなのに、彼のあまりにもインパクトのある第一印象のせいで、面食らってしまった。

 キャンプファイヤーの炎柱が、突然の予期せぬ鉄砲水を食らったみたいに、怒りは鎮静化してしまった。

 この人の何処に、ヒミカとミシルは惹かれたのか理解できない。

 私なら、「私達、良いお友達でいましょう」で全力で逃げるぞ。心を病む前、若い頃は格好良かったとか? 全体的にナヨナヨしてるし、この人に里長とか、王宮付きの魔術師なんて任せて大丈夫なの? 休職して、カウンセリング受けた方が良いって……。

 貴方の奥さんの言ってる事は、言っちゃ悪いが信用しない方が良いよ。


「レナの恐れた『血の劣化』は止められんかったか。これだから、生き物は面倒なのだ」

「それは尚早ですぞ、ローウェル殿。私は見ての通りですが、息子のルーシアスは優秀です。いやはや、私に似なくて本当に良かった」

「貴様、今すぐその口を閉じよ。小生にこの場で葬られたいなら、別だがな」


 人の姿なのにローウェルは、犬歯を剥いて唸り声を上げる。

 ローウェルの性格上、冗談は言わない。つまり、本気だ。

 本気で、ラルジャンを始末しようとしている。意気消沈してしまった私とは違い、ローウェルの殺気は鰻上りだった。

 物騒だ、このままだとこの神聖な湖が真っ赤に染まってしまう。

 ラルジャンの様子を窺えば、殺気なんて何のそのでおどけて見せている。

 薄ら笑いを絶やさず、事もあろうかローウェルとの距離を詰め始めた。

 私だったら、あんな怖い顔で直視されたら、絶対チビっちゃう。

 クラオトさん、貴方のご主人様がおかしいよ! 今すぐ、カウンセリングしてあげて!

 フラフラとローウェルに歩み寄り、腰を屈めてその顔面スレスレまで顔を近づけた。


「殺してくださるんですか? ローウェル様は、この私を殺してくださるのですか!? 是非、是非にお願いします!!」


 ラルジャンの恍惚の笑み――、弧を描く濁った目は焦点が定まっていない。

「さあ! さあ!」とローウェルを囃し立てる。



 何だ、コレ――? 殺してくださいって、本気なの?



 尋常ではない行動と言動は、恐怖を超越した純粋な『狂気』だった。

 終いにはラルジャンに縋り付かれてしまったローウェルだったが、その異常性を前にしても鉄面皮を貫く。止めるべきなのだろうか、と戸惑っていると、その手を音もなく近づいて来たクラオトさんに強く掴まれてた。手を掴んだまま彼は、首を横に小さく振った。

 私に出来る事は、何も無いと言う意味を込めて――。


「お前、死が怖くないのか?」

「私は、ずっと死を夢見ています。でも、死ねない……死なせてもらえない。どうやっても、生かされしまうのです。これは、飼い殺し以外の何者でもない」

「死が救いだとでも思っているのか? ふむ、正気の沙汰ではないな」


 ローウェル、今更気がついたの?

 その人、最初から正気じゃなかったからね。

 この雰囲気にも慣れてきたし、そろそろ、私が本題を切り出した方がいいよね?

 「殺して下さい」とうわ言の様に呟くラルジャンに近づき、まずは自己紹介から始めた。


「既にご存知かと思いますが、私の名前はシャリオン・ガングランと申します。この名前は、キリカさんが名付けてくれました」


 自己紹介を終えるとラルジャンが、ゆっくりとこちらを向いた。


「キリカ……。キリカは、息災にしていますか?」


 キリカの名を聞いたラルジャンの表情が変わった。ピタリとうわ言が止まる。

 ヒミカの生き写しであるキリカは、やはり特別な存在なのだろう。

 淀んでいた瞳に光が宿り、口元の歪な微笑は消えた。フラついていた体に、真っ直ぐな芯が一本通った。スッと背筋を伸ばした彼は、正気に戻ったのだ。

これが本来のラルジャン・ソルシエールの姿か。


「キリカさんは元気ですよ。辛い過去の出来事を微塵も感じさせないほどに……」

「そうですか。あの子から来る手紙は、いつも『元気にしています』とか『大丈夫です』とか『心配しないでください』と、私を気遣う言葉しか書かれていないので……」

「でしょうね。私でも、きっとそう書きます」


 愁いを帯びたラルジャンの苦言を、私は冷たく切り捨てる。

 実家の父親がこの状態では、心配を書けてしまう内容は書けない。

 

「ラルジャン様、私を招かれた理由をお聞かせ願いたいのですが?」


「勇者様をここへ呼んだのは、キリカからの野鳥便箋の内容の真偽を確かめるためです。それともう一つ……」

「もう一つ? 何でしょうか」

「勇者様なら、この私を殺して下さるのではないかと……。罪深い私をその穢れなき御手で、断罪して下さるのではないかと」


 何て、自分勝手な人なんだ。

 自分で死ねないから、私に殺して欲しいだと? 


「くだらん、聞く価値もない戯言だな。シャリオンよ、小生は巫女とその弟を探しに行く。あとはお前一人で何とかせよ」

「あ、うん。私もすぐに行くから」


 すっかり気分を害されたローウェルは、六角堂から出て行った。

 私はその後姿に軽く手を振って、ラルジャンと1対1で対立する。



 違う――。この人は、愛する人の死がショックで引き篭もったんじゃない。

 自分が可愛いだけだ。

 自分は悪くない、傷つきたくない、悪人にされたくないと現実から逃げているの卑怯者だ。悪いのは周囲の人間で、自分は被害者なのだといい訳がしたいだけなんだ。

 これじゃ、まるで……まるで、前世の私じゃないか。

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