第22話.『決着』
3職以上の職種って、サイコパス君は2回も転職してるの?
ローウェルが提供してくれた知識によると、〈賢者〉とは魔術を駆使して闘うのが〈魔術師〉〈魔導師〉ならば、彼らの使う魔術式を考案するのが〈賢者〉なのだそうだ。
転職す時に、履歴書に〈アサシン〉って書いたら、書類選考で落とされて、そのまま警察に通報されそうだけど、異世界では勝手が違うみたいだ。
ローウェルが驚いていたのは、少年がリベルテだったからではない。
この世界では、少年と同年代のリベルテはごまんといる。ならば、何に驚いたのか?
答えは、職種の組み合わせだ。〈賢者〉は研究畑の職種で、自ら闘いに赴かない者がなる。
そんな非戦闘職をメインに、少年は〈狩人〉と人族には不向きな〈アサシン〉を副職とし、3種の職業の欠点を他の職業の長所でフォローし、攻撃面、防御面を完璧に、そして強力に補正している。
天才だ――。異世界生活3日目にして、とんでもない強敵に襲撃されてしまった。
運動部未経験の新入生が剣道部に強制入部させられ、次の日には全国大会の決勝の舞台に先鋒で立たされていた……って感じだろう。
絶対、勝てないだろ。
どうすんの、どうすんの!? と騒ぐ私と表情を曇らせるローウェル。
形勢逆転で一気に立場が入れ替わった私達は、少年の一挙一動を警戒した。
クロスボウを構えるでもなく、少年は指輪をした方の手を前にかざした。
そのポーズは何なんの? 何する気なの?
分かった……私に酷いことする気でしょう!?
「雑魚にこんな大技を使いたくはなかったけど……魔刀の特殊スキルは侮れないからね」
「サイコパス君が、なんかしてくる気だよ! ど、どどどうする師匠!?」
『〈賢者〉の魔術は、自己流がほとんどだ。どんな術を使う気なのか、小生にも見当がつかん』
師匠はホント、いつでも冷静だよね。もうちょっと、焦っていいんじゃない?
言葉を失っていると、少年の指輪に嵌った魔石が発光した。
相手の魔法発動を認識しているのに、《第六感》が発動しない。
命に関わる危険な魔法じゃないのだろうが、ゾワッと背筋が粟立った。
スキルでは察知できない、未曾有の危機が迫っている。
ローウェルもそれを感じ取っていた。鋭い口調で、私に指示を投げる。
『シャリオン、森へ逃げ込むぞ。一度、体勢を立て直す!』
「う、うん!」
「逃がすわけないだろう。ウブーユク・イアクテカユスンーフ!」
ローウェルですら、聞いた事のない詠唱呪文だ。
咄嗟に空き地から森に逃げ込もうと疾駆したが、ギリギリ間に合わなかった。
私は少年が張った結界に閉じ込められ、身動きが取れなくなった。
私の身長の2倍ほどの陽炎の様に揺らめく、透明な立方体。刀で切っても、パンチしても、助走をつけてドロップキックをかましてもビクともしない。
動物園や水族館に展示された動物や魚介類になった気分だ。
これで終わりではなかった。仕上げだと言わんばかりに、少年がベルトに装備していたクナイ型の小刀を結界の周囲に1本ずつ、合計で6本投げた。地面に刺さったクナイは円を描き、刀身についた紫色の魔石がボンヤリと発光した。
閉じ込められた私を、少年が愉快そうに目を細めて見ている。
「まずは《響命》やアンタの使っているスキルを解除させてもらう。オジアキエスオユク」
「なッ!?」
少年の詠唱に応え、クナイの魔石から紫電が走り、それが円を描く。
《響命》を解除するだって? そんな勇者(初心者)殺しの魔術があるのか。
しかし、紫電の円を見ても、私の身体に何ら変化はなかった。劇的な変化があったのは、ローウェルの方だった。
『う……ぐぁあああああッ!!』
紫電の円が現れた途端、ローウェルが苦しみ出した。
その雄叫びに、ビクッと私の肩が大きく揺れる。
「し、師匠ッ!? どうしたの、大丈夫!?」
断末魔の叫びにしか聞こえないローウェルの悲鳴に、私は焦った。
堪らず声を掛けると、苦しむローウェルが、
『すま、ん……シャ、リオ、ン』
息も絶え絶えに短く呻いた。
言い終えたのと同時に、見えない力で、私からローウェルが無理やり引き剥がされた。
元の姿に戻った私と、犬の姿で弾かれ、地面に転がったローウェル。
ピクリともしないローウェルに駆け寄り、その身体を抱き上げる。
私の腕の中で耳を垂らし、浅い呼吸を繰り返しながらグッタリしいる。
私は結界の外にいる少年を睨んだ。
私達の様子を見て、残忍な笑顔を浮かべる少年に頭がカッとなった。
ローウェルを地面に寝かせて、少年側の壁に駆け寄ると、ドンと壁を殴りつけて怒鳴った。
「師匠! 本当にどうしちゃったの!? ちょっと、君。師匠に何をしたの!!」
「――? ――、――――――!?」
「はぁ? 何語喋ってんの!?」
怒鳴る私を訝しげな顔で見た少年。私もそこでハッと気が付いた。
私の口から出てきた言葉は、『オリゾン・アストル語』ではなかった。
前世で慣れ親しんだ『日本語』を喋っていた。
「そうか、《翻訳》のスキルが解除されたから……」
この世界の言葉が喋れないし、急に分からなくなったんだ。
これはマズいぞ。ローウェルを抱きしめる手の平に、じっとりと脂汗をかき始める。
《翻訳》が使えないんだから、
クェーサーから付与された2つのチートスキルを封じられた私は、ただの一般人……いや、それ以下のスペックだ。
結界で動きとスキルを封じられた私に、一体何が出来ると言うんだ。
壁越しにガンを付け合う私と少年。
私の肩辺りちょっと高い位置に少年の顔があるから、壁がなかったら思い切り頭突きしてやりたい。
コイツ、本当にムカつく。ませてるじゃ済まされない、碌な大人にならないぞ。
コイツを産んだ親の顔が見てみたい。そして、「お宅の息子さんね」と文句を言ってやりたい。
もう良いだろう、と言った感じで肩を竦めた少年はクロスボウに矢を込めた。
私に向かって構えるのかと思ったが、決壊の天井を狙った。
強制解除された《第六感》は発動しない。でも、こちらを攻撃するつもりでいるのは確かだ。
クソ! 便利スキルだと思ったに、こうなると全然役に立たない。
「――――、――――――――。――、――――。――――、……」
ペラペラと少年が何かを長々と語り始めた。この結界の説明でもしてるんだろう。
しかし、聞けば聞くほど人の癇に障る喋り方と、横柄な態度だ。
お前はス○オか! それとも某魔法学校に通う何とかフォイか? いや、その口振りはどっちかと言うと、教職で勤務する『半純血のプリンス』か!?
ヒアリングを早々に諦めた私は、そんな想像して、プッと忍び笑いをした。
「――――?」
「あ、もしかして気に触った? 君さ……友達いないでしょ? 頭は良いけど、根暗で魔術オタク、自分以外の人間は馬鹿ばっかりだから、関わらないだけだ! とか言って、強がってるんじゃない? 日本語だから、通じてないだろうけど」
物理攻撃ができないから、精神攻撃を一発お見舞いしてやった。
言葉は通じなくても私が小馬鹿にしているのがニュアンスで理解できたらしく、少年は顔を真っ赤にした。
「――、――――!」
凄まじい殺気を放つ少年が、矢を結界の天井に向かって放った。
結界の中に6本の矢が入り込むと、天井に当たってそれぞれが、あらぬ方向に跳弾した。
結界内を、ビリヤード台上でショットされた玉の如く、縦横無尽に矢が飛び回る。
そのうちの一本の軌道が私に向いた。避けようとしたが間に合わず、太股を矢が掠った。
幸い傷は浅かったが、ズボンが裂け、鮮血が流れ落ちる。
手で傷口を朝得るが、傷口がジクジクと痛み、脈打っているのを手の平から感じる。
暑くもないのに全身から汗が噴き出す。
「クッソ、痛いしッ! ヤベェッ!?」
「アハハハハッ! ――――、――!」
結界に閉じ込められた私に逃げ場は無い。少年の高笑いが響く。
ヨロヨロと立ち上がろうとしてるローウェルが目に付いた。咄嗟にその上に覆い被さった。
せめてローウェルだけは、無事でいて欲しかったのだ。
今回の絶体絶命だけは本物だ。転生して、たった3日の吐かない人生になるなんて。
せめてもの足掻きと、ギュッと目を閉じた。
「オイェシウオフ!」
もう駄目だと諦めかけたその時、透き通った少女の叫びが森に響いた。
おっと、勇者サークルのヒロインも遅刻でやって来た――。
ああ、いや……下らない冗談はさておき。だってさ、冗談を言える位の余裕がなきゃ勇者はやっていけないと思うんだ。
ズタボロの時こそ、笑うんだよ。これが世渡り上手な大人の処世術ね。
「キリカちゃん!」
「―――、――!?」
空き地の手前に、ロッドを構えたキリカが怖い顔で仁王立ちしている。
全身から怒りのオーラがメラメラと立ち昇っている。
何か私に向かって叫んでるけど、何言ってるのか分からない。
たぶん、心配してくれているんだろう。
「――ッ!? ――、――――?」
結界と少年の周囲を、巨大な水の渦が囲む。
水圧で、地面に刺さっていたクナイが地面から抜け、紫電の輪が崩壊する。
結界に駆け寄るキリカの姿を見て、少年の表情が一変し、青ざめた顔で動揺し始めた。
その動揺が、結界を維持するための集中力に影響したのか、結界が歪んだ。
これは、チャンスだ――。
私は自分の下で、黄金の瞳をギラギラと輝かせる漆黒の獣に呼びかけた。
さあ、反撃開始と行きましょうか。
「師匠、いける!?」
「応ッ! 目に物見せてくれようぞ!」
「そう来なくちゃ! 《響命》!」
2つのスキルも復活し、私とローウェルが再び、融合する。
こんなにすんなりと《響命》が成功したのは初めてだ。その快挙に気付く事無く、私は手にした刀で結界を上から下へと切り上げた。
結界はガラスを叩き割ったみたいに、粉々になって消滅した。
結界が消えた事で、跳弾していた矢が四方へ飛び去った。
自分優位のペースを乱された少年が、私達を物凄い形相で睨んだ。
「お前ぇえええッ! 絶対に許さないぞ!」
「今すぐに武器を納めなさい、ルーシアスさんッ! 今すぐにですッ!」
キリカが普段の彼女からでは想像もできない強い口調で、少年を叱責する。
少年は何故、自分が叱られねばならないのかと、唇を震わせていた。
「あ、姉上!? どうして……どうして、そんな奴を庇うのですか!?」
「優しい貴方が、こんな事をするなんて……私は悲しいです。シャリオン様への数々の不逞、頭を冷やして反省しなさい! ンアディウス!」
「ヒェッ!」
私達が手を下す前に、キリカちゃんが放った水弾が少年を直撃した。
情けない悲鳴を上げて、弾き飛ばされた少年は木に背中から衝突し、そのまま地面にうつ伏せで倒れた。ピクリともしないから、気を失ったのだろう。
本気で怒ったキリカが怖かった。ローウェルも同じ事を考えたのだろう、脅威の元凶が戦闘不能になったので《響命》を解いたが、怒っているキリカの傍に近寄ろうとしない。
人間の姿で倒れている少年に歩み寄ると、しげしげとその全容を観察している。
私は危機から救ってくれたキリカに礼を言おうと、少年の頭を小突くローウェルから視線をキリカに移した。
そして、はたと気が付いた。
「あれ? 姉上? キリカちゃんが姉上だって?」
「シャリオン様、誠に申し訳ございません! シャリオン様の危機に気を失って、またお役に立てませんでした……ですが、どうか! どうか、弟の非礼はお許し下さい! 私はどうなっても構いません、ですからルーシアスさんをお許し下さい」
「えぇええ!! あの子が、キリカちゃんの弟なの!?」
許す、許さない以前に、あの少年がキリカの言っていた「優しくて、頼りになる」弟君だったとのネタばらしに不意打ちを食らった。
見た目も性格も全然、似ていない。それにキリカには悪いが、優しくなかった。根暗な研究オタクのサイコパス君だ。弟とか、冗談だよね?
そもそもキリカの弟がなんで、私を攻撃してきたんだ?
泣きじゃくりながら土下座するキリカを傷の痛みも忘れて止める。どう言う事なのか経緯を聞こうとするも失敗に終わり、大声でローウェルに助けを求めたのだった。
混乱の納まったキリカに、太股の傷を回復魔法で癒してもらった。
破けたズボンまでは治らなかったけど、傷は綺麗に塞がった。
少年が目を覚ますまで、3人で事の経緯を話し合った。
さらにその数分後、少年がゆっくりと目を覚ました。
そばに座っていた私を見て、すぐさま臨戦態勢に入ろうとしたが、キリカがロッドを構えて制止した。
大人しくなった少年に、キリカはここ3日の出来事を丁寧に説明した。
私とローウェルは、それを黙って聞いていた。
「アンタ……本当に勇者なのか?」
「そうです、私が勇者です。ご紹介頂きましたが、シャリオン・ガングランと言います。一身上の都合があって、乳児期、幼児期、諸々すっ飛ばして大人なんです。よろしく、ルーシアス君」
「……」
「ルーシアスさん、信じて下さい。シャリオン様は、ソルシエール本家と勇者様しか知らない、創生神クェーサー様のお名前も知っていらっしゃいますし、ダンジョン・ウエノエキを攻略されたのが何よりの証拠です」
「姉上がそこまで言うなら……信じます」
機械的に自己紹介をした私は、少年……ルーシアス・ソルシエールと握手を交わそうと右手を差し出すが、見事にシカトされた。
コイツ……ぶっ飛ばすぞ?
「ルーシアスさん、シャリオン様とローウェル様に言う事があるでしょう?」
「ですが、姉上! コイツは!」
「ルーシアスさんッ!」
反抗するもキリカに大きな声を出されて、グッと黙った少年。
チラリと私を横目で見て、
「……申し訳、ございませんでした」
口だけの謝罪を述べた。おい、それが人に謝る態度なのか?
ツンデレのつもりなのか? 悪いがツンデレはローウェルで間に合ってるんでね。拳がわなわなと震えたが、ローウェルに小声で「耐えろ」と耳打ちされ、何とか堪えた。
キリカの年子の弟、ルーシアスは勘違いをしていた。
3日前にキリカが父親宛に送った手紙の存在を知らないルーシアスは、一ヶ月ぶりに隠れ家で1人暮らしをする姉に会うため、隠れ家を訪れた。そこで、姉であるキリカが見知らぬ男に襲われている光景に出くわした――と言うのが、今回の騒動の発端だった。
「私が原因の勘違いだった訳だし、怪我もしてない……私はもう気にしてないよ。ただ、師匠を物扱いした事は許容できないかな!」
「良いのだ、シャリオン。小生は気にしておらん」
これ以上の詮索は無用とローウェルが、今回の事件は不問にした。
私はと言えば、キリカとその隣に座るルーシアスを交互に見比べる。
「キリカちゃんとルーシアス君、あんまり似てないね」
「そ、そうですね……えっと」
「アンタには関係ない」
「あー、でも、2人ともそそっかしいって所は似てるね。キリカちゃんにも初対面の時、変質者と勘違いされて攻撃されたし……」
「巫女よ……シャリオンの話は本当か?」
「ひぇええ、ローウェル様の笑顔が怖いですぅ!」
「姉上は悪くありません! 悪いのは、どう考えてもコイツ……じゃなくて、シャリオン、様です!」
慌てて口元を押さえたが、後の祭りだ。
ローウェルが真っ黒な笑顔でキリカに無言の圧力を掛け、そこにルーシアスが割って入る。
キリカが私を勘違いで攻撃した事件は、ローウェルが怒るだろうから黙っていたんだった。姉が責められる原因になった私に、ルーシアスの矛先が向いた。
うわああ……その瞳孔の開いた三白眼に青筋立てて、口の端を器用に吊り上げる表情やめた方がいいぞ。道端でやったら、絶対職質受ける。
ルーシアスは、私の事がお気に召さないらしい。
キリカとは、確かに一歩間違えば事に及びそうな危うい状況だったが、手は出していない。姉想いの弟と言うのは、姉と親しい男性に対してこんな態度を取るのだろうか。
弟と不仲だった私には理解できない。
キリカを「姉上」と呼び、定期的に様子を見に来て、姉のためなら人殺しも辞さない、姉想いの弟……ちょっと、度を越えた兄弟愛な気もする。
ルーシアスって、重度の「シスコン」なんじゃないか?
気まずい空気が流れる。
何か、この場が和む話題を……と考えていた矢先、私達の上を影が走った。
ハッと見上げれば一羽の白い鳥が、キリカの頭上を旋回している。
野生の小鳥か? いや違う、あれは『野鳥便箋』だ。
キリカの父親から、返信が来たのだ。
立ち上がったキリカの手に紙の小鳥が舞い降りる。
白い紙のツバメだ。
薄暗い森の空き地で、純白のツバメだけが浮き上がって見える。
「ウーヒアク」
キリカが《スイッチ魔法》を唱えると、ツバメはたちまち一枚の便箋になった。書かれた内容をキリカが黙読する。読み終えると、キリカは私を見下ろした。
「お父様がシャリオン様にお会いしたいそうです。急ぎ、ソルシエール本家にお越し下さいとの事……出立の準備を致しましょう」
キリカから手紙の内容を聞いて、全員が立ち上がった。
私はキリカとルーシアスの実家である、ソルシエール家に向かう事になった。
そこで何が待ち受けているのか、私は想像すらしていなかった。
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