第21話.『勇者VS暗殺者』
キリカの後頭部に私の羽織っていたカーディガンを丸めて枕代わりにし、ベッドの脇にそっと寝かせた。あの攻撃で唯一無事だった掛け布団をその身体に掛ける。
その姿を一瞥してから、師匠と共に壁に開いた穴から外に出る。
サイコパス君は3度も狙撃に失敗した事から、森の中を移動して新たな狙撃ポイントを探していると、ローウェルが耳を忙しなく動かしながら教えてくれた。
「ヤツの職業は、〈狩人〉と見た。〈狩人〉は遠距離からの狙撃と、獲物による近接戦闘を得意とし、中距離攻撃を短所とする職種だ。適切な距離を保ちながら、応戦しろ。分かったな?」
「この世界の〈狩人〉って人間を狩るのね。ハン○ーゲームかよ。適切な距離って、どのくらい?」
「お前が両手を開いた直径範囲の2倍までだ。まずは、ヤツを森から誘き出す必要がある」
「オッケー」
《響命》のチャンスは、サイコパス君が移動している今しかないと、ローウェルは言う。
ローウェルの背後に立ち、瞳を閉じるとゆっくりと深呼吸を繰り返す。
『心』を鍛える修行の成果を見せる時だ……たった3日しかしてない修行だけど。
心を無にして、ローウェルに呼吸を合わせろ。
私とローウェルの体の、魂の、『心』のピントを正確に絞れ――。
抱きしめられる時の温もりに似た、暖かな心地よさを全身に感じる。
「《響命》」
鋭くそう唱えれば、周囲の空気が弾け、小砂利が舞い上がる。
私が目を開けると、右手には刀になったローウェルが握られていた。
刀身に頭に犬耳が生え、藤色の髪の所々に黒のメッシュ。紅と黄金のオッドアイの青年が映っている。
よし、《響命》は成功だ。軽く肩を回して、次のステップに移る。
頭に生えた犬耳を動かして、サイコパス君の居場所を探る。
犬なだけあって、聴覚は人間の数十倍鋭い。姿までは捉えられないが、森を移動するサイコパス君の居場所はすぐに見つかった。
さて、どうやって誘き出そう。
「師匠、サイコパス君の位置は分かったけど、どうやって森から出す?」
『ヤツが目星をつけた狙撃ポイントに、先回りするしかあるまい。そこからヤツの不得意な中距離戦闘に持ち込み、力ずくで森から引き摺り出す』
「うひー、乱暴なやり方だな。もっとスマートな方法はないの? 私、勇者だよ?」
『生死を分かつ戦いに、形式美を求めるな。死にたいのか?』
「だって、勇者は正義の味方でしょ? そんな力ずくとか、悪役がやる事だよ!」
『勇者が絶対正義とは限らん、逆もまた然りだ。正義とは、抱く人間の価値観でどうとでも変わる……良く覚えておけ』
口を尖らせてブーブー文句を言いつつ、私は狙撃ポイントへの先回りのために走り出す。ローウェルと《響命》で合体した私の身体能力であれば、余裕で少年の進路へ先回りが出来る。
獣の如く、身を低くしながら木の根元から根元へと縫う様に疾駆する。
岩があれば飛び越え、坂があれば、一気に駆け上がる。
『これは訓練を一貫だと思え。奴を追い詰め、どれだけ攻撃しても構わん。ただし、絶対に殺すな』
「いくら襲われたからって、人殺しはちょっと……。捕まえて、ちょっとボコったら警察に突き出す!」
『憲兵団に引き渡すのは構わんが、その前にヤツには聞きたい事がある』
「聞きたい事?」
『この森はソルシエールの所有地であり、禁則地だ。部外者は立ち入れん。強力な結界によって道を阻まれ、ここまでの侵入は不可能なはずだ』
この会話は、頭の中で繰り広げられている。
サイコパス君は、私達から大分離れた所を北上中だ。
こっちの追跡に気付いているのかは分からない。
「ほうほう、それは怪しい……ん? 何か、臭くない?」
『これは、獣の鼻を利かなくする罠だ。〈狩人〉が得意とする戦法の一つだが……まぁ、よくもここまで、丁寧に仕掛けて行ったものだ』
私は、スンスンと辺りの匂いを嗅いだ。
先に進めば進むほど、シップ薬の匂いを高密度に凝縮したみたいな刺激臭が息を吸わなくても鼻腔に充満する。あまりの臭さに、鼻元を手の甲で押さえた。
走っている最中、倒木の下に小さなお香らしき物が焚かれているのを発見した。
あれがローウェルの言う罠なんだろうね。
「これってさ……私達の方が誘導されてるわけじゃないよね? 不安になってきた」
『さて、どうだろうな?』
「おやおや師匠殿。ここまで来て、私に全部丸投げですかい?」
森を抜けた。
目の前は周囲より若干小高い空き地になっていて、木々の間から隠れ家が見えた。
隠れ家までは直線距離にして、約50m弱か。
この場所が、少年の目指している第二の狙撃ポイントに違いない。
じゃあ、ここで待ち伏せと行きましょうか。
なんて気楽に構えていたら、《第六感》が発動した。林の奥で何かがチカチカ光ったと思ったら、数十本の矢が私目掛けて飛んでくる。
「《神速》」
《第六感》と《神速》のコンボで、軽やかなステップを踏むと矢を全弾回避。
サイコパス君には悪いけど、何度撃っても結局は、矢の無駄撃ちになるだけだ。無益な争いはしたくない……と言うより、戦闘は痛いし、怪我したくないから戦いたくない。
一発殴るだけで今回は許してあげるから、大人しく投降して欲しい。
余裕ぶっている私に、ローウェルの叱責が飛ぶ。
『おい、《神速》にばかり頼るな。お前からも攻撃を仕掛けろ』
「嫌だよぉ! 師匠も知ってるでしょ? 私が刀の扱い、からっきし駄目だって……」
語尾を暈して、ボソボソとローウェルに耳打ちする。
そうなのだ――。実は特訓2日目に何の気まぐれか、ローウェルは私に自身を握らせて「やってみせろ」の一言で、刀を振らせた。
結果は……まぁ、分かっちゃいたけど、酷かった。
腰は引けてて、体が『く』の字になってた。そもそも刀の握り方が分からなかったし、「うぇーい!」と間抜けな声を上げて、思い切り振ったら両手からスポーンと飛んで行った。
飛んで行って、木の幹にドスッと刺さった。
全部ギャグみたいだけど、私は本気だったから。幹に刺さったローウェルを抜いたら、すぐに人の姿に変化して、阿修羅みたいな顔で長い説教をされた。
それからローウェルは、『心』の特訓以外に、腕立て伏せ100回、スクワット100回を追加した。
鬼コーチが怖くて、泣きながら腕立て伏せとスクワットをやった。
実は、今も筋肉痛気味なんだよ。腕と太股が特に酷い。
『あの時のお前には失望した』
「だから! 私はね、剣道すらやった事ないの! 体育の選択授業は、3年連続ダンスだったし。自分でやらせておいて、マジギレする師匠も師匠だからね!」
『おい、ヤツが森から出てくるぞ。注意しろ』
「話し逸らしやがったぞ、コイツ!」
ローウェルの態度に歯軋りしながら、森を睨む。
群青色の衣装を翻しながら、堂々と森から出て来る少年。
真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。矢を回避されたと言うのに悔しそうな顔をするでもなく、怒りの表情を浮かべるでもなく、その顔は無表情だ。
あっちも余裕なのか? それとも余裕を装っているのか?
《響命》で合体した私達と少年が森の中で対峙した。
お互いの距離は、目測で約5m程だろう。今、《神速》を発動すれば、ローウェルを使わずにパンチ一発で少年を仕留められるかもしれない。
足と利き腕に力が入る。
「アンタ……一体、どうやって取り入った?」
虫ケラでも見るような目で私を見て、前触れもなく少年は口を開いた。
取り入るってどういう事だい? 私が、誰に?
少年は手に持っていたクロスボウをもう不要だと言わんばかりに、付属のショルダーベルトで背中に背負ってしまった。
え、どうしたの? まさか、私の強さに恐れをなして降参っすか?
そうだと有り難いんですけど……。
「アンタにその姿、神器・魔刀ローウェル様の特殊スキル《響命》で融合した姿だろう?
ローウェル様をどうやって懐柔したんだ? 幻惑術の使い手か?」
「懐柔も何も……ダンジョン・ウエノエキを死に物狂いで攻略して、ゲットしてきたんだけど? 私、これでも勇者だし……」
「アンタが勇者? ハッ、そんな見え透いた嘘が通用するとでも?」
「嘘言ってないし! 現にこうやって師匠と合体して、魔刀も持ってんじゃん! どっからどう見ても勇者じゃん!!」
ありのままの事実だけを話したのに、少年に呆れ顔で「嘘」と断定されて本当に遺憾だ。
もし! 私が勇者じゃなかったとしても、君には関係ないだろう!
そろそろシャリオン、本気で怒るよ!
「嘘が下手だな、勇者はまだ赤ん坊のはずだ。どうやってこの禁則地に入ったかは知らないけど、その神器はアンタみたいな低俗な輩が使って良い代物じゃないんだ。僕は寛大だからな。置いて立ち去れば、命だけは助けてやるよ」
「君のその態度が、非常にムカつくんだけどな! 年上を馬鹿にしてると痛い目見るよ!」
肩を竦めて私を馬鹿にする少年に、私は握り締めた拳を見せた。
イライラの募る私とは逆に、少年は腰に当てていた手をダランと力なく垂らす。
コイツ、前世の弟に口調とか態度がそっくりだから余計ムカつく。
「その様子だと、立ち去る気はないんだな」
「そうだね、立ち去る理由がないからね!」
噛み付く勢いで、売り言葉に買い言葉を返すと、少年が面倒臭そうに顔を顰めた。だが、その表情とは裏腹にその両足が少しずつすり足で、動いているのが目に付く。
何か、仕掛けてくるつもりだ。でもこの距離は〈狩人〉が不得意とする中距離。
つまり、少年が先制しても私が有利ってことだ。
一応、ポーズだけだけど刀を構えておこう。
その瞬間、少年の口元がニヤリと不気味に吊り上がった。
「じゃあ、僕にここで殺されても……文句ないよなッ!」
『むッ!? 来るぞ、シャリオン!』
「師匠が君に聞きたい事があるらしいから、手荒な真似はしたくないけど、足腰立たなくなる程度には攻撃させてもらうよ!」
ローウェルに言われなくても、《第六感》ですでに少年の攻撃は察知していた。
私は瞬時にサイドステップでの回避を思いつく。
《警告――。正体不明の敵より、仕込み暗器による攻撃を察知しました。直線攻撃の可能性有り、左右どちらかに回避して下さい》
てな感じの警告が脳内で木霊していた。
それより〈狩人〉って暗器使うの? 何か違くない? クロスボウはどうした。あと、直線攻撃の可能性って言うのに引っかかりを感じる。
少年が肘下に装備した篭手から、ぺティーナイフサイズの小刀がシュッと滑り出し、それを私目掛けて投げつけて来た。飛んでくる暗器をヒョイッと避ける。
芸のない攻撃だな、さっきの威勢はなんだったのかなぁ? 片腹痛いぜッ!
飛んでいった暗器の後に、キラリと光る細い線が見えた。
その線の元を辿っていくと、少年が暗器を投げた右手の中指に繋がっていた。
その中指には、小さな緑色の宝石が嵌ったお洒落な銀の指輪が見える。
何だ、あれ? ただのアクセサリーじゃなさそうだ。
『シャリオン、後だッ!』
焦りを感じるローウェルの声にハッと我に帰った。
咄嗟に振り返ろうとしたが、
『《神速》』
と、首を動かすより先に、上半身がマト○ックスの弾丸避けみたいに大きく反って、口が勝手に動いた。
ギェエエ、首が! 背筋が痛い!
ローウェルが私の口を介して《神速》を発動したのだと気付くのと同時に、視界に移る世界がスローになる。
スローになった世界で暗器が私の眼前、すれすれに迫っていた。
「ゲッ」と呻き、考える前に行動する。その場に立ち膝を突いて、回避行動をとった。
直進して行った物が、そのまま戻ってくるなんて物理法則の無視も良い所だ。
「あぁ゛ッ!」
そうか、分かったぞ。あの糸だ!
少年が手から伸びたあの糸で、暗器を引っ張っているんだ。
背後の物は当然に私の視界に移らない。だから《第六感》が発動しなかったんだ。
なんて、恐ろしい子なんだ。あの歳でプロの殺し屋かよ!
そこで《神速》の効果が切れた。暗器が私の頭上を通過し、少年の手に再び収まった。
『手投げの暗器か……ならば、あやつの副職は〈アサシン〉か。厄介だな』
「〈狩人〉で〈アサシン〉なの? あの暗器、サイコパス君の指輪と繋がってるよね。どう言う仕組み?」
少年の次の手に細心の注意を払いつつ、ローウェルに解説を求めた。
少年の方は、私が攻撃を回避した事に驚いている様子はない。私がこう出るのを予知していたみたいに、1人頷いて納得していた。
『中距離を短所とする〈狩人〉に対し、〈アサシン〉は中距離を最も得意としている。ただし、暗器の攻撃は単発で、弓やクロスボウの様に連射ができん。2つの職種は優良な相互関係にあるが、本来〈アサシン〉は動体視力の低い人族には向かん職種だ』
「じゃあ、サイコパス君は人族の逸材なの?」
『こればかりは努力だけでは、どうにもならんからな。そしてあの暗器だが、間違いなく魔道具だ。己の魔力を指輪の魔石を媒介にワイヤー化する。それを暗器に括りつけて、意のままに操っている』
「やっぱり」
私の予想は正しかった。
魔道具の暗器だなんて、本当に厄介だ。意のままに飛んで来る小刀を回避しながら、闘うだなんて芸当が、自分に出来るとは思えない。
《神速》で逃げ回る手もあるが、
『《神速》で回避し続ければ良いと思っているだろう?』
「ギクッ!?」
『お前の考えなど、お見通しだ。今のお前が《神速》を使う事を禁じはせんが、その代わり、使用したら必ず一撃を入れて、反撃せよ』
「そ、そんな! 無茶苦茶だよ! 師匠は、私が死んじゃっても良いの!?」
『はぁ、情けないヤツめ……致しかたない。今回だけ特別に、小生があやつの相手をしよう。お前の身体、少し借りるぞ』
私の身体はローウェルに掌握され、勝手に少年に向かって突進していく。
声にならない奇声を上げて突っ込んでくる私に向かって、少年はもう一度暗器を投げつけ、背負っていたクロスボウを後手に回した左手で銃で言うなら、ショルダーレストに当たる部分を弾いて、背中から外すと右手で銃身を掴む。
クロスボウを構えて、太股の矢筒(クイーバー)から金属製の矢を抜いて高速装填する。
その動作の速い事、速い事! その速さたるや神業だ。
そのまま、一分の狂いなく矢を発射した。
『確かに腕は良い。だが……フフフ、まだ若いな』
状況は最悪なのに、ローウェルが楽しそうだ。
私は、鳴りっ放しの警告音と飛んで来る暗器と無数の矢を見て失神寸前だ。
時間差で飛んで来るそれらを、視界に捉えたローウェルは刀を構えた。
無詠唱で《神速》を発動すると、暗器と矢の脇を通過していく。
通過する際、暗器と指輪を繋ぐ魔法糸を刀をさっと一振りして切断、さらにゆっくりと前進する矢一本一本を丁寧に真っ二つにしていく。
現実時間で言えば、たった2秒ほどの出来事だ。
私がやっているとは、自分でも信じられない動きだ。
ル○ン三世に出て来る斬鉄剣の使い手か。マナーモードのゴ○モン……それくらいしか、比較する例が浮かばない。
《神速》の効果が切れた時には、少年の3歩手前にまで迫っていた。ローウェルが刀の峰を少年の腹部に叩き込もうとしていた。
勝った――。私も、たぶんローウェルもそう思った。
「チッ、それ位で粋がるなよ! 《守護方陣》!」
不利に立った少年が叫ぶと、ローウェルの放った攻撃が見えない壁によって弾かれた。
何これ、魔法? それともスキル?
私よりもローウェルの方が驚いているのが気になってしまう。
『スキル・リマインドだと!? こやつ、まさか主職〈賢者〉のリベルテか!?』
「へ? 何それ!? 一人で納得してないで、説明して!」
ローウェルがこんなに動揺するなんて初めてだ。
犬みたいに四つん這いで後方に飛び去って、少年から距離を取る。
しきりに両耳を動かし、獣の本能を丸出しにして少年を警戒しているのが、私にもビシビシ伝わってくる。
『スキル・リマインドとは、今まで取得したスキルを、別職種でも使用できる事を指す。3職以上の職種持ち……リベルテから使用可能になる。そして、スキル《守護方陣》は物理攻撃を低確率で無効化する〈賢者〉のみが取得できるスキルだ』
「低確率なの? 思いっきり師匠の攻撃、弾いていたよ?」
『あやつが頭につけている魔装具の影響だ。スキル発動率を上げる術が掛けられている。あれしきの小細工に気付かぬとは、迂闊だった』
「ご名答、流石は魔刀ローウェル様。すぐにその不届き者から開放して差し上げますので、もう少々お待ちを」
少年がローウェルに向かって、感情の篭っていない拍手を送った。
私の身体を掌握するローウェルは、紅と金のオッドアイをスッと細めた。
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