第4話

 夜斗と別れた空御と悠霧は、一限目の講義のために制服から実習服へと着替えていた。

『実習』

 異能を学ぶ教育機関において必修講義。各々の異能を測ることと実力を見定めることなど、大人と当の本人達のためにある内容らしい。

 そんな、実習にはテストと同じように順位が存在する。その順位の上位を占めるのが『特待生』であるのは必然として成り立っている。彼らは羨望と嫉妬の対象として見られ、特待生もまたそれに相応しい振る舞いなどが求められている。

 実習を行うのは演習場であり、その規模は軽く野球ができるくらいには広い。

 造りはすり鉢状で観覧用の席が軽く見積もっても1000はある。おおよそ九十九学園全学生を収容するためなのだから当たり前といえば当たり前だ。そんな客席に囲われた中央は土場となっている。スキルにより陥没や亀裂が起きるため修復のしやすい素材を用いた結果そうなった。

「だりぃ~」

「夜斗君みたいなこと言わないでください」

 実習服に着替えを終えた美男美女の二人。見た目簡素な作りとは裏腹に服の頑丈さはかなり高く。防弾、防刃チョッキよりも軽く、薄く丈夫なのだ。様々な実験……例えば、高熱、張力などの耐久テストを行い、一定水準以上を満たしたものだけが配布される。

「だって、あれだぞ。朝いきなり時間割の変更とか……由美ちゃんとの相席がぁあああッ!」

「そっちですかッ!?」

「そっちって、何を言うかと思えば。それ以外ないだろうに……」

 呆れてものも言えなくなった悠霧。かれこれ長い付き合いではあるが、未だに空御の女好きには慣れなかった。しかしこれでも、みてくれは良く。気が利く、面倒見がいいなど、世の女性が求める大半のものを所持しているせいで色々な女性にモテる。

 調子に乗ることもしばしばあり、お灸を据えたいがいかんせん実力では向こうの方が上ということもあって、腹立たしい思いをしていた。

「何時か空御君を倒します」

 決意を込めて悠霧はボソッと呟いた。

「とりあえずオレを倒すには、オレ以外の十傑の奴に二人くらい勝たないとダメだぜ」

「き、聞いてたんですか!?」

 おっかなびっくりといった様子の彼女に空御は苦笑で返した。

「小さくガッツポーズしてる時点でバレバレだっつーの。んなんだから、負けるんだよ」

 悠霧は模擬戦でもその素直さが仇となり、からめ手や読みあいに負ける傾向が強い。その実、地力が他の学生より抜きん出ている『有道十二家』としての実力で何とかなっていたりする。

「……ぅ。で、でも何が『十傑』ですか。学生が勝手につけた称号じゃないですか。そんなの――」

 まくしたてる悠霧の言葉を、空御の解ってないな、といった風な笑みが無理やり止めさせた。それによって、その笑みの意味が気になる悠霧はムスッとした表情で問う。

「んでも、差し詰め模擬戦の順位はほぼそれらと合致しているだろう?」

 空御の言っていることは実際にその通りに近かった。何度か行われている模擬戦では、大体十傑が入っているチームもしくは、十傑自身が勝利している。さらに十傑同士の対戦があった際はランクの高い方に軍配が上がっているのは事実。それくらいには学生の目は肥えているわけだ。そんな中での悠霧のこの発言。何かしらの意図があるのは確かだろう。そう結論付けたからこそ、空御は正論らしいものをぶつけた。

「気付いてないですねッ。この十傑には夜斗君が入ってないんですよ! それはすなわち、見る目のない学生がいるということです。まあそもそも夜斗君の本来の実力を知るのは私と後数人程度だけですし……」

 まるで、弱点でもみつけたように饒舌で話す彼女を空御が生暖かい目で見ていた。

「そんなわけで、私は強いんですッ!」

どうしてそうなった……と、空御は話をスルーしていたせいで途中の部分を聞いておらず、結論しか分からなかった。

 式と答えが解っていれば、おおよその過程は推測できるだろうが、悠霧の言葉は全く分からず、どういった経緯を踏んでその答えに至ったのか問いたいところだった。

 しかし、目がキラキラとしており訊くに訊けず、

「お、おう。そうか」

 と、曖昧に答えるほかなかった。


『――それでは、模擬戦第一試合を始めたいと思います』


 ふと、アナウンスがそう告げた。それにより空御と悠霧は、意識を演習場の中央へと向ける。そこでは、五対五の団体戦が行われる寸前だった。両陣営の顔ぶれは空御の顔見知りも何人か居たようで、実力はおおよそ均衡しているだろう、と読んだ。

 案の定か、拮抗したまま動かない。

 その詰まった栓をこじ開けるように空御達から見て左側の陣営の一人がヴォイスコマンドを口にする。

「『揺蕩う・水の調べ・穿て』ッ!」

 相手側の周りを囲うように細かな水の粒が現れ、それらがじょじょにゆっくりと形状を変えて矛へと変貌する。その切っ先は、敵を全て睨んでいる。

「――三節詠唱……【領域】三層目――『重奏水戟』かッ」

 空御が驚くのも無理はなかった。

 異能のスキルは【領域】と呼ばれる、術式が漂う海のようなところからコマンドで召喚する感覚。その【領域】は全八層からなり、さらに属性ごとに分かれており有属性六種と無属性の七種類存在している。その中から選択するスキルは、層が深くなればなるほど扱う者も減っていく。即ち、それだけ扱いが難しいということだ。さりとて空御からすれば、三層目のスキルなど朝飯前といっても過言ではない。ただ、彼が驚いたのはそれを使った者だ。

 記憶違いでなければ、『重奏水戟』を繰り出した彼は本来得意とする術式は土属性・【拡張】スキル。系統だけをみれば間違ってはいない。悠霧の『水槍』の上位版と考えれば問題ない技だ。しかし、自分が得意とする属性とは違うものを学生、しかも『特待生』でない学生が使ったことに空御は目を見張ったのだ。

「すごいですね。彼」

 隣で興味津々と言った感じで眺めていた悠霧もそう口にした。

「まあ、んでも。相手方も……」

 対する『重奏水戟』を受ける側。『特待生』を一人抱えているようで、対応と対処の早さは目を引くものだった。

 ヴォイスコマンドを詠唱破棄することなく共にモーションコマンドを織り交ぜて放つ、術式の展開手段――重複展開マルチリアライズ。空御の知る限りの知識で推測すれば、そのモーションコマンドで召喚されるスキルは三層目、『緋円』

 コマンドが終わり現象として世界に上書きを行う。

 文字通りの緋色の炎が『特待生』の彼女を中心に円周上に広がり小さなドームを形成する。

「『緋円』ですね。……でも属性相性が悪いはずなのに、彼女はどうしてあれを選択……」

 悠霧が疑問を口にしていると、その式の答えは後ろから返ってきた。

「確かに属性だけの相性を見ればそうだが、系統の三つ巴関係と『特化』と『万能』ってことが抜けてる」

「あ、夜斗君ッ! おかえりなさい」

「うーっす。遅かったな」

「まあ色々あってな。それで悠霧、解ったか?」

「はい。属性優位よりも系統優位性。それに『特化』の補正ですね」

「そうだな。――異能の優位性は属性よりも系統に依存する。普通に考えれば火と水ならば後者の方が強いのは明らか。しかし、系統はそれよりも優先される。【強化】は【拡張】に、【拡張】は【付与】に、【付与】は【強化】に強い三つ巴となっているんだ。属性で強くとも系統での相性が悪ければ負けてしまう。これは普遍のルールとして成り立っているからこそ、いかに相手の手を読むかが必要不可欠になってしまう。突き詰めれば、人の心理のぶつかり合いとも言えるか」

 さらに『特化』と『万能』という異能者の括りも重要だ、と夜斗は若干、興奮気味に説明を加えていく。

『特化』は『特化型異能者』の略称で、一属性のみを使う。生まれたときから、その属性しか使えない。一族の遺伝としてそうなる傾向が大半だ。その影響で、属性に対する相性がよく、他の異能者よりもスキルの威力や展開までの速さ等が大幅に高くなる。

『万能』は簡潔に表現すると『特化』の逆。様々な属性を使えるという利点が光るタイプ。『器用貧乏』と揶揄されることが多い。後天的に異能者として目覚めるタイプはこちら側のみ。

 その二種類のため『特化』の方が優れているという風潮が蔓延していた。

「だが、俺としては戦略的幅を広げるのに万能は必須だと考えている。だから絶対的どちらが強いとは一概には言えないんだよ」

 夜斗の長いながい解説を終えると悠霧は目を輝かせながら夜斗の話を一生懸命聞いていたが、空御の方はこの手の話をずっと聞かされている身としてもう飽き飽きとしていた。そのせいか話半分で意識は完全に目下の模擬戦の方へと移っていた。

「まあ、このバトルは風潮だけじゃなくて、『特化型異能者』の方が優れている、それが事実なんだよな……」

 空御がぼそっとそう漏らした。

 緋色の壁が豪雨をすべて凌ぎきり、無力化すると同時に『特待生』で『特化』の彼女の詠唱が終了し、すぐさま事象が起きる。

 水蒸気のドームを『何か』が鋭く穿つ。それも一〇や二〇では足りない、無数の小さな穴。

「あれは……『千羽赫灼せんばかくしゃく』……ッ」

「仲間も巻き添えかッ!?」

 夜斗の言葉に空御が反応するかたちで驚きをあげた。

 針のように細い赤色の塊が全方向に凄まじい速さで放たれる。避けるすべのない弛緩しきっている仲間など、防御する間もなく倒れていく。

 実習服にセットされた防御膜が切れた証拠だ。即座に別の術式が発動し、小さな青白いドームが倒れた学生を覆う。戦闘続行不能時に自動で起きる現象として、空御達には見慣れたものだ。

 仲間の攻撃によって、それが見られるのは極稀な話だが……。

 その間も、『千羽赫灼』は止まることを知らない。敵側は運よく距離があったことが幸いして、防御が出来ている。

「あれは……。『緋円』の炎を尖端に纏わせて威力を上げてますね。スキルコネクトもかなり高いですよ、あの人」

 悠霧の言葉に空御も目を凝らして視れば、彼女の言った通りだった。

「術式を深く熟知しているな」

「おそらく、そうでしょうが……」

 悠霧の言いよどむ姿を見て空御が、何を言いたいのかくらいは察しがついたようだ。伊達に長い付き合いをしているわけではない。

「あいつは機械的。言えば効率厨ってところだな」

「そんなところですね」

「でも夜斗はもっと考えてる。って言いたいんだろ? ただの道具とは考えてないって感じだしな。もしかしたら、術式と結婚するんじゃねってレベルで」

「そ、そんなのわたしがぜったい、ぜ~~~~ったい許しません。夜斗君、それなら私と結婚して下さいよッ!」

 いったい何と意地を張ってるんだ。と言いたくらいに夜斗は思ったが、彼女の性格上、本当にそうしかねないことを思い心中で少し呆れた。

 そんなやり取りの最中にようやく目下の戦闘に変化が起きた。

 赤い雨が止み、それらを受けていた彼らはオーラの消費量が多く、顔は疲弊しているのが簡単に窺える。それらに比べ一人ではあるが悠然とした態度で、オーラの消費、肉体の疲労など全てを感じさせない彼女の方が強いのは一目瞭然。

 結果は誰もが想い描いた通りに終わった――赤い雨を降らせた、茜色の長髪をたなびかせる彼女――南条那由の一人勝ちで。

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