ある上司の入院から亡くなるまで
⑴入院先から送られてきた手紙(病気を告白)
夫が東京勤務していた頃、この方は直属の上司ではありませんでしたが、ご自宅に一度泊めて頂き、ご一緒にゴルフに出掛けました。
奥様を早くに亡くされています。しかしご子息家族が近くにお住まいで、不自由されていません。
急に決まったものですから、夫は手ぶらのままで御宅に伺っていました。それを聞いた私は、ささやかなお礼の品をお送りしようと思いますが、年配の男性に何がいいのか考えあぐねます。
┅そう言えば、退職された上司が「盆暮れの挨拶はいいから、いかなごは送って欲しい」と希望された事を思い出します。
意外と男性の口に合うのでしょうか。
この方にも、くぎ煮を送付することにしました。
一度限りのつもりでしたが、思いのほかの反応で「孫がペロリと食べてしまいました」と喜びの声を頂き、御世辞であると承知しつつも、その後も毎年お送りしてきました。
この年も変わりなくお送りしました。
いつもなら、お礼のメールが早々に夫のパソコンに送信されてくるのですが、一ヶ月過ぎても便りがありません。どうしたんだろう?と気にしていた矢先、封書が送られてきました。
この方は七十歳代でしたが、この便りから4年後、他界されてしまいました。
深刻な話でありながらユーモアを交え、心の内と御自身に起こった事実を冷静に書かれています。
とても並みの人間に真似出来ません。この様な便りを頂戴し、改めて光栄な事だと思います。
句読点も段落もありませんが、丁寧な字で読みやすく書かれています。
手紙を書き慣れた年配の方々は亡くなるばかり。
二・三枚もの便箋に書かれた手紙を受け取る事も無くなるでしょう。
この方は、私のくぎ煮を「賞味…」と書かれています。
くぎ煮を送る私は「ご笑味下さい」と書きます。
…………
拝啓
今年もいかなごを有難とうございました
何か恒例となってしまった様で申し訳ない反面 毎年楽しみにしています
手造りの繊細な味が判るのか孫達にも大好評です
にもかかわらず お礼が大変遅くなりました
実は一月中旬 全くの偶然から食道に異常がみつかり ガンの告知を受けました
いま迄入院はおろか医者とは無縁だっただけに びっくり仰天 信じられませんでしたが 良く考えると七十才を越えた老体 不思議でも何でもないですよね
“年相応に病に負けた”です
自身の死生感とガンが食道と云う難しい場所にできたことで 当初は何もせず放置も考えましたが 子供たちの同意は得られず結局は手術に踏み切りました
食道手術は消化器系では最大級とか
六甲山すら登った事ないのに いきなりアルプスに挑んだ様なものでした
三月に入院 その二日後に手術を実施 首 胸 腹を開け八時間に及んだ様ですが 術後経過もほぼ順調で現在に至っています
早期発見と云う点で幸運だった と云う人もいますが 斬首と切腹の二大極刑でとりあえずの命を保証された気がします
桜の散る頃に退院できる見込みですが 食事制限もあって今年は くぎ煮は賞味できないと思います(その前に全て孫達の胃の中に収まっているかも知れませんが…)
弁解がましく長々と書きましたが まだ指先に力も入らず 乱筆乱文お許し下さい
取り急ぎお礼、報告まで
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます