第8話 峠越え
ローズ達の前に大きな山がそびえている。
「こいつを越えるのは確かに一日たっぷり掛りそうだな」
「宿の人に作ってもらった弁当もあるし、サクサク登りますか」
ローズは呑気に歩き出した。
ガンツが戦闘不能になるのがちょうど峠付近。その対策も立てられぬまま、今日を迎えてし
まったのだ。
「ローズ、見てください」
ランスが樫の杖をローズに見せた。
「白魔導士は武器はダメなんじゃないの」
「白魔導士協会の規則を読んだら、刀とか刃物系はいけないらしいですが、棒で叩くのは良いらしいですね」
ランスが杖を剣のように持ちかえて振るって見せた。
「白魔法は防御系だし戦闘に不向きだもんね」
「何を言っているんです。骸骨とかアンデット系には白魔法しかありませんよ」
「あらあら・・・私の火力の前にはどんな魔物でもイチコロだわ」
「だ・か・ら・・・ちゃんと制御してくださいって言っているでしょ。
一発で山を吹き飛ばしたってしょうがないんだから」
「あらあら・・・無力な魔導士がなんか言っているわね」
「二人とも喧嘩良くない。それより良いこと考えたんだけど」
ガンツが話に割って入った。
「俺が戦闘不能で寝てしまったら、峠の上から転げ落としたらどうだろうか」
「どうだろうかって・・・そんな無茶なこと」
「確かに一晩山の頂上付近で明かすのは危険ですが」
「転げ落とした途端に、目が覚めて・・・」
「私たちはギタギタにやられますね」
「その意見はローズ委員会の採決で却下されました」
「うおっうううう」
しばらく山を歩いているとローズが奇声を発した。
「ひゃっー!!見つけた。マンドラゴラだ」
「なんですかマンドラゴラって」
「黒魔術に必要な草なのよ。先生が見つけたら採っとくようにって言ってた。それに貴重品だから町で売れば1000ギャラにはなるわね」
「せっ・・・1000ギャラですと」
「そうなのよ。超お宝なの」
「じゃあ、引き抜くからガンツは私の耳を塞いでちょうだい」
「あうっ、わかった」
「なんで耳を塞ぐんですか?」
「こいつは引き抜く時に悲鳴を上げるのよ。その声を聞くと気が狂うっていうのよね」
「ランスはガンツの耳を塞いであげて」
「はい、わかりました」
ランスがガンツの耳を塞いだ。
「じゃ、引き抜くわよ」
「・・・・わあぁぁぁぁぁぁぁぁ。誰が私の耳を塞ぐんですか!!」
「チッ、気が付いたか・・・」
「ローズ。今、チッて言いましたね」
「言ってないわよ」
ローズはプイッそっぽを向いた。
「お姉ちゃん達、マンドラゴラが欲しいのかね」
一人の老人が立っていた。山に薪でも拾いに行った帰りだろうか。
「俺がやってやろ」
「しかし気が狂ってしまうと言うではないですか」
「まさかおじいさん既に気が狂っているんじゃ」
「ばかっ、ローズ。ご老人に失礼なことを言うんじゃない」
「すみません」
「すみません」
「えっ、なに?私だけが常識外れみたいな感じなの?」
老人はひとしきり笑った後、何やら呪文を唱え始めた。
「????」
するとマンドラゴラが自然に抜け始めた。ズルズル・・・ボトリ。
「ほりゃ、お姉ちゃんにやるぞい」
「うわ、ありがとうございます。今のは土の法ですか」
「土の法を知っておるのか。感心、感心」
「友達が土の法を勉強していたので、昔はそうやってお芋掘りとかしていました」
「うむ、簡単な土の法は山に暮らすものの必須の知識だったの」
「しかし、こんなものに興味を持つとは魔法使いの修行中かの」
「王立魔導院3年出席番号38番 ローズ・クリスタルです」
「ほうほう・・それじゃトライアルツアーという奴の最中じゃの」
老人にこの山に住むモンスターの事や注意すべき点を聞いて別れた。
「ほいじゃ、がんばっての」
「運が良かったですね。モンスに追われた時の逃げ場所や泉の場所なんかを聞けて」
「水系のモンスが多いっていうのは苦笑いなのだけどね」
「炎系のモンスのが相性悪いんじゃないのですか」
「炎系だと下位のモンスは絡んでこないのよ。私は炎神と契約しているから、ちょっかい出すとね。じじいが黙っちゃいないぞって感じ」
「なるほど、同級生のアクア殿なら絡んでこないと」
「そう、あの娘は水系だからね」
「うーん、スライムとかドロドロの奴は俺とも相性が良くないな。あいつら殴りが効かないからな」
「私も武器は杖ですから打撃系ですね」
いい加減歩き続けて太陽も頭の上に差し掛かったので、昼飯にすることにした。
「うわあ、大きいおにぎりだ」
弁当箱には握り飯が詰められていた。
「で、なんで一番サイズの大きい握り飯をローズが取るんですか?」
「男のくせに握り飯の大きさに拘るなんてみみっちいわね」
「いや、どう考えてもこれは身体の一番大きいガンツの物でしょう」
「何言ってんのよ。私の知り合いでデブのくせに少食って奴がいるんだけど、そいつはいつも定食屋で気の良いおばちゃんに大盛りサービスされているのよ。そんで断れないから必死になって食べて、糖尿になったり、痛風になったり、逆流性食道炎になったりしているのよ」
「ただその人が馬鹿なだけでしょう」
「世の中にはね、人の善意が裏目に出るってこともあるっていうことよ。一度そいつが勇気出して自分は少食だって言ったらね。おばちゃんが悲しそうな顔をしてね。こんな田舎飯お兄さんの口には合わないかねって嫌味言われたんだから」
「ガンツも実は少食でしょ」
「う、うん」
「でも、おばちゃんが大盛りにしたら平らげるでしょ?」
「うん」
「今のお話の中で誰が馬鹿だっていうのよ。ランス」
「すみませんでした。しかし、お人よし同士が傷つけあうのってなんだか理不尽な感じもしますが」
「で、その話とローズが大きい握り飯を食べるのとどういう関係が」
「私はね、身体が小さいし女だし少食と思われて、定食屋さんで小盛りにされることが多いのよ。魔導士は精神的にも体力的にもいっぱい食べないとダメなのにさ。で、大盛りとか頼むと女のくせにとかなんとか言われるんだわさ」
「ということはこの小さいおにぎり二個はローズ用ということか・・」
夜が来た(BGMはサントリーのあれで)
夜の闇の力を胸いっぱいに吸い込んだ魔物たちがやってくる。
「浄化のカーテンもヘッポコ白魔道士が使うと効果ないわね」
「ぐぬぬ」
ローズの言うとおり魔物たちの息遣いが聞こえそうなくらい、奴らは近くに集まっていた。いきなり飛びかかってこないのは、浄化のカーテンと彼らの力が拮抗しているせいだろう。
「こいつらゾロソロ連れて山を登るより、ここら辺でキャンプしましょうか」
ローズは歩き疲れ、夜の闇の濃さで足元が見えなくなったこともあってキャンプを提案した。
「ファイア」
適当に集めた薪に火をつけた。火の明かりが闇を追いやる。はっきりと見えなかった魔物たちが良く見えるようになった。
「おっ、思ったよりたくさんいたのね」
ぐるりを囲まれた形のローズ達は冷や汗をかいた。100体程度は軽いくるようだ。
「ちょっと、あたしの魔法でビビらしてやろうかしら」
「白魔導士の杖の威力を試してみたい」
「本気で殴ればなんとかなると思うんだよ。実際」
三重くらいに囲まれたローズ達がイラついていた。
遠くの方から歌声が聞こえてきた。
「こんな夜にずいぶん呑気な人がいますね」
ランスが呆れたように言った。そして地元の人間なのかもしれないなと思った。
「おおっ・・・こんな山のこんな所でキャンプを張っているバカどもがいるぞ」
歌を歌いながら近づいてきた男はローズ達の前に現れた。
「ちょっと火に当たらしてもらっていいかね」
男はローズ達にあいさつをすると浄化のカーテンをするりと抜けて入ってきた。浄化のカーテンを抜けてくるということは魔物ではないということか。魔力の強い魔物でも浄化のカーテンをすり抜けることは簡単ではない。
「この山では火は使えないはずだが・・・こりゃ魔力の火だね」
「えっ、そうなんですか?」
「この山は水系の魔物の巣だからね。普通の火なんか消されちまうよ」
「あなたは地元の方でしょうか」
ランスが慇懃に尋ねた。
「まあ、そんなもんさ。山で採れたものを町に売ったりして生業にしている者さ」
男の名はミネラルだという。体格は普通、腕力自慢にも見えない。
「しかし、夜は魔物の力が強くなるのは常識なのに、こんな時間にこんな所にいるなんて勇気がありますね」
「そりゃ、お前たちも同じだろうよ」
「おいらはこいつらとは顔なじみでよ。最初のうちは一悶着あったけどな」
男は近くにいた魔物の肩を抱くとゲラゲラと笑った。
「で、お前らはなんでこんなところでキャンプをしているんだ」
「ふーん、トライアルツアーね。俺も子供の頃にやったっけな」
「子供の頃は町に住んでいたのですね」
「まあな・・・魔導院に通っていたことあったかな」
「それでは先輩ということになりますね」
「いや、例の戦争が始まって、卒業までいられなかったから、先輩と呼ばれるれるのはちょっとな」
「ああ・・・」
ローズとランスはその戦争で家族を失っている。あまり触れたくない記憶なのだ。
いつの間にかガンツは戦士の休息に入っていた。
ミネラルは小一時間ほどローズ達と話をした後山を下りて行った。
「むう・・・浄化のカーテンを切らすとまずそうですね」
「徹夜になると明日の下山がきついけど仕方がないわね」
午前零時を回ると闇の力でパワーアップしたのか、浄化のカーテンにちょっかいを出す奴が出始めた。
ビシッ、バシッ、スライム系のモンスターが体を鞭のようにして叩いてくる。
だんだんと集団で攻撃してくるようになった。
スライムの中で一番体の大きい奴が体当たりを始める。
「ローズ、すみませんが浄化のカーテンが持ちそうもありません。戦闘準備をお願いします」
ランスが振り向くとローズはだらしなく口を開けて眠っていた。
「ローズ!!起きてください。戦闘開始です」
ついに浄化のカーテンが破られた。バリバリバリ・・・・
魔物たちが一気に輪を縮めてきた。
ランスが杖を剣のように持ち替えて、スライムを突いているが一向にダメージを与えられない。
「ファイヤ」
ローズの指先から火球が打ち出される。
両腕を振り回して全方位に振り撒いているが水系のモンスターに対してアドバンテージはなかった。
「私の火球がジュンっていいながら消えてやんの・・・あははは」
「ローズ、笑い事ではありません」
「わかってるわよ。確かこいつらに有効な魔法があったはず」
肩から下げていたカバンの中から魔導書を取り出して、必死にページをめくる。
「ローズ、モタモタしないでください」
「あった。えーと炎の蛇の使用の仕方と・・・」
「あれっ、これレベル22からの魔法じゃん・・・あたし確かレベル20だったのではないかな」
「まあ、何とかなるでしょ」
ローズが呪文を唱える。下位魔法なら詠唱破棄しても使えるが、自分のレベルより上の魔法は完全詠唱しても失敗することが多いのだ。
「出でよ。ファイヤードラゴン(レベル99の魔法)」
「おおっ!!」
「ローズ、いつの間にそんな上級魔法会得していたのですか」
ランスの顔が希望に輝く。しかし振り向いたランスが見たものはシマヘビ程度の炎の紐だった。
「一度言ってみたかったんだい(恥)」
顔を真っ赤にしたローズがシマヘビを振り回した。火球に比べて威力は増したが、魔物たちを撃退するほどではなかった。
「ローズ・・・魔力の調整です。魔力の放出量を徐々に増やしていってください」
「うるさいわね。やっているわよ」
確かに炎の蛇のサイズはシマヘビ⇒青大将⇒キングコブラ⇒シマヘビと伸び縮みを繰り返している。
一進一退を繰り返していると、眠っているガンツに攻撃を仕掛けてきた。
「まずいわね。ここでガンツが目覚めるとあたし達も死ぬわね」
「わかりました。ガンツへの攻撃は私が引き受けましょう」
スライムが鞭のように体を伸ばして打撃を加えてくる。
ビシッ!!
「つーー、こいつらの攻撃は痛いですね」
「パンチにスナップが効いているんだよね」
ローズもランスも叩かれ過ぎて、顔面が腫れ目も開かなくなっていた。
二人はお互いの顔を見てゲラゲラ笑った。
「ランスさん。ここで大事なお知らせがあります」
「なんですか?」
「私の魔力が底をつきそうです」
「安心してください。私なんて浄化のカーテンを破られたときに無くなっています」
「おほほほほほ・・・回復系魔法なしでやれってことですか」
「わははははは・・・そんな感じの状況です」
ローズが身構えた。
「ついに、あたしの格闘技が活躍する時が来たようね」
「旅の格闘家から二週間手ほどきを受けた技をお見せしよう」
「二週間て短かっ!!」
「外部からの破壊を陽とするなら、内部からの破壊は陰」
「えっ?なんですって」
「すなわち北斗神拳」
「ウソダァ」
「ばれた?」
大きな衝撃。ボススライムからの攻撃だった。
転がっていく二人。
「ガンツは大丈夫か?」
「大丈夫そうですね」
ローズは鞄の中に右手を突っ込んでいる。
「きた、きた、きた、きた、きたー」
「えっ、どうしたんですか?」
ローズの左手から巨大火球が連射され始めた。小型のスライムは一瞬
で浄化される。見る間に敵の数が減少していった。
「おおおお、なんだがヒーローっポイ展開になってきましたね」
100体以上いた魔物たちが退散していった。
「なめんじゃないわよ」
そう言うとローズは垂れた鼻血をすすった。
クリスタルアイズ @kawasakiz900rs
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