第5話 弱点

格闘技大会会場は熱気に包まれていた。

ガンツは決勝までコマを進めていた。

「ヘル選手は担架で運ばれて行きましたね。ババさん」

「巨人族のガンツ選手は凄いね。ほとんど一撃で相手を倒している」

「しかし、ディフェンデングチャンピオンのゴーダ選手には敵わないのではな

いでしょうか?」

「うーん、面白い試合になりそうだね。タフさではゴーダ選手もかなりのもの

だからね」

巨人族の女カーズが焼き芋を頬張りながら試合を見ていた。

「いいねえ、ガンツっていうのは。よしっ、私の婿に決めた。なっ、おっさん

いいアイデアだろ」

カーズは隣にいた男の肩を叩いた。

「はあ、どうぞご自由に」

「そこはおめでとうございますだろ。新郎新婦の門出を祝ってさ」

ニカッとカーズが笑った。

「でかい女には逆らうなっていうのが親の遺言で・・・」

「ああっ?」

「いえっ、なんでもないです。おめでとうございますです。はい」

「でぇへへへへ・・・照れるなあ」

カーズは顔を赤らめ頭を掻いた。


「ローズ・・・いよいよヤバくなってきたぞ。本格的に格闘技をやっている大人が

相手だ。これからはちょっときつくなってくるぞ」

セコンドについてローズにガンツが愚痴っている。

「何言っているのよ。ちょっと本気出せば軽いでしょ」

「さすがに攻撃を真正面から受け過ぎた。ダメージの蓄積っていうのはバカになら

ない」

「ガンツ殿、全力を尽くしてください。勝ち負けは二の次です。我々は修行中の身

です。何よりの恥は全力を尽くさず負けることです。言い訳できるような負けは恥じなければなりません」

「ランス。わかったよ。皆の恥になるような負け方はしないよ」


「気にいらねぇな。あの女。あたしのガンツになに馴れ馴れしく話しかけてるんだ

よ。むかつくぅ」

「ガンツ選手の彼女かもしれませんね」

「ああっ?えあ・・・ううううう」

「ということはあたしは失恋したってことなのか?」

「いや、それはなんともかんとも・・・」

「おい、おっさん。適当なこと言って俺の乙女心が傷ついたじねぇか」

「俺の乙女心・・・・」

「ぼそぼそ小声でつっ込みいれるのやめろっ!」

カーズは2本目のヤキイモ頬張りながら、隣のおっさんの肩をバンバン叩いた。


「ふーん、さすが子供とはいえ巨人族だけあるな。筋肉の付き方が違うという話し

もあるしな」

ゴーダはディフィンディングチャンピオンといういうだけあり、冷静にガンツのこ

とを分析していた。

「ゴーダ・・・あのガンツって奴は何故かあまり攻撃をしてこない。体力温存して

いるのかどうかは知らないが、その割に相手の攻撃を受け過ぎている。

ちっとは避けるかすればいいのにな。技術的なものかもしれない。ただ、負けた奴

らは調子に乗ってカウンターを食うパターンが多い。これさえ気を付ければ大した

ことないぞ」

ゴーダのセコンドがアドバイスをしている。

「なら、いっそのこと打撃で勝負しないで、関節技でも使ってやるかな」

ゴーダは元々打撃系の選手ではない。ただ、この格闘技大会では打撃戦が多いのでそのスタイルに従っているだけだった。

「ガンツに関節技の技術があるかどうかわからないが・・・むう。巨人族の筋力は

瞬発力より持久力的なものと聞いているが。ゴーダ、おまえもそろそろ中央ビュー

する時期なんだから無茶はするなよ」

「わかっているって。今回で10回連続優勝で殿堂入りだ。この試合を最後にこの

町からおさらばさ」

「死亡フラグ発生」

ゴーダのセコンドの横にローズが立っていた。

「おまえ、ガンツのセコンドだろ。こんな所に来て盗み聞きか?」

「良いこと教えてあげるわ。この戦いが終わったら彼女に結婚申し込むんだっ言った登場人物は100%の確率で死んじゃうのよ。物語の王道なのよ」

「100%・・・・」

「物語の王道・・・」

ゴーダとゴーダのセコンドはごくりと生唾を飲んだ。

「そっ、そんなことないもん!!」

動揺したゴーダが子供の様に反論した。

「ふふふふふ・・・動揺しているわね。ゴーダちゃん」

「いいからお前はあっちのセコンドに帰れ!!レフリーに言って失格にすんぞ」

「おっと、言い忘れてた。今度の試合は本気出すから気をつけてね。セコンドの人

タオルの用意忘れずにね」

「今までの試合が手抜きだとか言うのかよ。相手に怪我させないように倒すみたいなことやってたくせに…」

「おっさん・・・ゴーダの完成形を見せることになりそうだな」

「仕方がない。ここで負けたら中央のプロモーターからの話も終わりだしな」

「ローズ、どこに行っていたんですか。敵陣のセコンドと話なんてすると八百長と

思われますよ」

「八百長?この試合は賭け対象になっているの?」

「当然です。私も焼き芋の売り上げの一部をガンツに賭けています」

「ああっ?一部っていくら賭けたのよ」

「200ギャラ・・・」

ランスの目が泳いでいる。

「それって全部じゃないの!!」

「だって10倍ですよ。賭け率。いっきに2000ギャラですよ。そしてガンツが

優勝すれば1000ギャラだから。旅費の心配から一気に解放されますよ」

ランスが自分の無謀さを掻き消そうとして一気にしゃべった。

「むう・・・ガンツ。今の君の立場を理解してちょうだいね」

ローズがにっこりと笑ってガンツに忠告した。

「あうっ・・・・腕がほとんど上がらない・・のだが」

「何言ってんのガンツ!!気合よ、気合。アニマル浜口も言っているでしょ」

ローズが真っ青になりながらガンツに檄を飛ばした。ガンツは生来の力から特に格闘技術を学んだことがなかった。力のままに腕を振り回せば大抵のことはなんとかなったからだ。大人十人までなら拘束篭手をしたままでもなんとかなった。今はそれがアダになった。技術のあるプロ選手に力だけの素人という図式だった。素人とは言ってもナチュラルで常人の三倍の筋力があるのだから、まぐれ当たりでもしてくれれば勝利は確定なのだが、今回の相手にまぐれで勝つということは確率的に低いだろう。

「こうなったら最後の手段を発動するしかないわね・・・」

ローズが自信満々で提案する。

「なんですか。最後の手段て」

ランスが尋ねた。

「試合中にわたしのお色気発動で、相手選手のスキをついてガンツが一撃必殺っていう寸法よ」

「すいません。私最近、耳が悪くなったようで・・・誰のお色気でスキをつくって

おっしゃいましたか?」

ランスが自分の耳に手を当てて聞き返す。

「わた、・・わたしのお色・・・けけけ」

ローズは耳まで真っ赤になった。

「すいませんでした。ツルペタで生きていてすいませんでした」

「ローズ、分かればいいんです。こんなときにふざけた冗談聞きたくありませんか

ら」

「ふざけた冗談・・・」

プルプルと震えるローズ。

「いいですか。ガンツ。相手は巨人族との試合経験がないようです。こちらの不利

がばれないうちに、序盤で勝負を決めましょう。長引けばこちらが不利になるばか

りですからね」

「ちょっと、兄ちゃん待ちな。あたしのダーリンに妙なアドバイスしないでくんね

えかな」

「・・・・ダーリンて、あなたは誰ですか?」

「知らねえのか?あたしはガンツ・ディーゼルの婚約者てーか嫁のカーズ・ダイヤ

だ。」

「えっ?初耳です。ローズは知っていましたか?」

「いや、全然」

ローズが頭を振った。

「実は私も初耳なんだよな」

カーズが一緒になって言った。

「えっ?」「えっ?」

「同じ巨人族が同じ町で出会った。それだけで恋の動機としては十分だろう」

「恋とか言わせんなよ。こっぱずかしい」

ランスの肩を叩こうとしたカーズの手がランスをすり抜け、ローズの背中を直

撃した。地面を転がるローズ。

「ランス!!体術使うのやめろ。男だったら叩かれろ」

ローズが猛然と抗議する。

「そんなこと言ったって巨人族の張り手を受けたら骨折じゃすみませんよ」

「じゃあ、あたしが骨折してもいいって言うのか!! ぎゃい、ぎゃい」

「ところでさっきのアドバイスだがな。巨人族は追いつめられるとリミッター

が外れるし、見境なくなるからむしろそっちの方がいいかと」

「見境なくなるって・・・・一番まずいパターンじゃないの」

「何度が経験していくうちに、短時間のリミッター解放とか操れるようになる

から、経験の内ってことで、どうだろうか」

「一度、大暴れした時100人かがりで止めたってことがあったけど・・・」

「心配すんな。同じ巨人族のあたしがいるんだ。止めることはできるよ」

「作戦タイム。ランスどうする」

ローズがランスに相談を持ちかけた。

「見境なくなるっていうとここの会場にいる人たち全員が大変なことになるか

と思います」

「わたしもそう思う。そんで警察沙汰になって国に連れ戻されるってとこまで

読めた」

「読めますね・・・いっそのこと棄権して準優勝の賞金500ギャラもらって

止めますか?」

「だめだよ。金がかかってんだから棄権なんてしたら、それこそ暴動が起こる

ぞ。それにあたしのダーリンはそんなかっこ悪いことをしてはダメなのだ」

「あんた、部外者でしょ。作戦会議に混ざらないでちょうだい」

「しかし、暴動は予想されますね。格闘技の試合を見ていて皆興奮していますからね・・・・困りましたね」

「ガンツもやる気だし・・・」

ガンツも顔に生気が戻ってきた。

「で、ダーリンは何か格闘技の経験があるのかい」

「ガンツは何もしなくても強かったから特に格闘技はやっていないわ」

「ふーん、技はないのね。今回は苦戦しそうだね」


決勝戦10分×3ラウンド 試合開始のゴングが鳴った。

ゴーダはまるで地を這うような低い態勢でガンツに近づいて行った。

「ほら、打撃封じが出たわよ」

「ゴーダって奴、あのままダーリンに寝技をかけるつもりだよ」

「なんだこいつ構えもしない。何かの流儀なのか。それとも腕が上がらなく

なったか」

「ゴーダ、良く見ていけ。焦って動くなよ」

「いやぁー、解説のババさん。玄人好みの展開になってきましたね」

「ガンツ選手が全試合打撃で勝利してきたので、戦法を変えたのでしょう。み

んな一発食らって終了でしたから、安易に打撃の攻防に持ち込みたくないんでしょ

うな」

「しかし、仮にタックルからマウントポジションをとっても関節技まで持っていくにはかなり危険を伴うと思うのですが」

「ゴーダ選手も今回優勝すれば10回連続で殿堂入りです。なんでも中央からの声もかかっているという噂ですしね。これからの格闘人生がかかっているから多少のリスクは承知の上でしょう」

ゴーダが何度か踏み込むそぶりを見せる。ガンツの反応は遅い。これなら飛び込んで行けそうだが。

「ガンツ!!」

ローズの大声。ついガンツがセコンドを振り向くと大きな女がクネクネしていた。

「なんだありゃ?」

その瞬間をついてゴーダがタックルしあっさりと懐を奪われてしまう。

「あれっ?」

ローズがカーズを睨んでいる。

「あたしのお色気魔法がダーリンにかかっちゃった。てへっ」

「ふざけんな!!ガンツが不利になっただけだろ」

「ふん、ツルペタのお嬢さんは黙ってらっしゃい」

「ぐぎぎぎぎぎぎぎ・・・」

マット上のガンツにゴーダが馬乗りになって、ガンツの顔面にパンチを雨のよ

うに浴びせている。

「あああっっっ」

「ランス、どうする?タオルを投げる?」

「男の闘いです。勝負の幕引きはガンツに任せましょう」


「私がお金を盗んだからあいつらはあんな目にあっているの?」

試合を見ているネイチャは胸がチクチクと痛んだ。

「・・・・バカ、ガンツそんな奴に負けるのか・・・」

ミャウが泣きながら呟いている。

「うううう・・・妹の友達の仲をむりやり引き裂いて・・・胸が悪いにゃ」

「本当のことをミャウに言おうか・・・しかし姉としての威厳が・・・」


「おおっと、ついに庇い切れなくなった腕の間にゴーダ選手のパンチがねじ込まれた。ガンツ選手流血です」

「この体勢から逃れる術はないですよね。ババさん」

「むずかしいねぇ、必勝ポジションと言われているからねぇ」

「ランス、私達は三人で旅をするのが目的だよね。そして三人で課題を済ませて国に帰る。これは三人が力を合わせてやれってことでしょう?」

ローズの肩が震えている。

「全くその通りです。誰か一人が負担するものではありませんし、そんなこと

ならこの旅自体無意味ですね。お金のことは別の方法を考えましょう」

「それじゃ、タオルを投げるね」

ローズがタオルを投げようとした。それを引っ張るカーズ。

「待ちなよ。三人が力を合わせるっていうのは、それぞれが全力を尽くすって

ことだろ。ダーリンは今戦っている最中なんだ。全力を出している最中なん

だよ。仲間とか言うならやられている姿も見ていろよ」

「おおっと、ゴーダ選手のマウントポジションが外れた。どうしたのか」

「ガンツ選手が拳でゴーダ選手のレバーを叩いていたようですな。ほら、ゴー

ダ選手のわき腹が真っ赤になっている」

「こいつ、細かい技掛けやがって・・・ごほっ・・うう吐きそうだ」

鼻血と汗と打撃でボロボロになったガンツが立った。

「やっぱりあたしのダーリンだ。いい男になったじゃないか」

「ローズ、あんたがタオルなんか投げたらこんなシーンは見られなかったぞ」

「うっさい、ガンツは巨人族の長から託されたクリスタル王国の客人なんだ。

また、巨人族が迎えに来たら返さなきゃならない客人なんだよ」

ローズは幼き日のようにガンツを攻撃するゴーダに飛びかかって行きそうだった。

一本目終了のゴングが鳴った。

「ガンツ、大丈夫か。お前がこんなになるの初めて見たぞ。嫌だったら止めていい

からな。お金なんて私のお色気でなんとかするからな」

もう、ローズは泣いていた。自分でも何を言っているかわからない。

「ガンツ殿、あなたの全力を見せていただきました。ここまで来たら勝つしかあり

ません。後はここから盛り上げてスカッ~と勝っちゃってください」

ガンツはよほど疲れているのか、ランスの言葉に応えずニヤリと歯を見せた。

「にゃあー!!ミャウの敵のくせにこんなに弱っちいのは許さないにゃ!!」

「負けたら噛みつくにぁー」

涙と鼻水でくしゃくしゃになったネコ娘がマットをバンバン叩きながら怒っ

ていた。

パンチで腫れた目を無理やり開くとマットの端に三本の引っかき傷が見えた。

「ミャウ・・・来てくれたのか」

二本目開始のゴングが鳴った。

ゴーダは相変わらず低い姿勢でタックルを狙っている。次にマウントポジションを取ったら即、関節技に入るつもりだった。

「ガンツッ!!」

ローズの叫び声。絶叫に近かった。

ガンツが腫れた目で見るとローズ・ミャウ・大きな女がクネクネしていた。

会場の皆がそれを見てげらげら笑っている。

そこにゴーダのタックルが入る。

「お前のセコンドは馬鹿じゃねえのか?」

ゴーダの背にガンツの張り手が落ちた。

バシッ!!!!!!!!!!!!

「うごっ!!」

ずるずるとゴーダがマットに這いつくばった。

ガンツがゴーダを起こして次の技に入ろうとした所で、ゴーダのセコンドから

タオルが入った。ゴーダは完全に気絶していたのだ。

「ガンツ選手の優勝です。巨人族の不敗伝説は守られました。張り手の一撃でゴーダ選手をマットに沈めました。」

「向こう正面のババさん。ゴーダ選手残念でしたね。せっかくの中央への切符がフイになってしまいました」

「いや、巨人族の少年とはいえ1ラウンド目を有利に進めたというのは大きな勲章で

すよ。普通、3分持ちません。打撃を受けない様にして寝技に持ち込む技術は評価されていいですよ」

「そうですか。ババさん。今日は解説ありがとうございました」

「はい、お疲れ様でした」

「それでは第35回格闘技大会の放送を終わらさせていただきます」

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