第18話

 リョウたち三人が駅に着くと、雪羽とアキナとヤマトがすでに待っていた。雪羽は元気いっぱいに腕を振っている。

 「稲葉くぅん!ソラノちゃぁん!ミズキぃ!」

 「高岡もいるのか…」

 リョウは少し肩を落とす。

 「当たり前でしょぉ?ソラノと稲葉リョぉ、二人も警護しなきゃいけないのに、あたし一人で間に合うわけないでしょぉ?」

 ミズキが腰に手を置いて言う。

 「何かすいません…」

 リョウは頭をポリポリ掻きながら謝る。

 「別にぃ?仕事だしぃ?給料もらってるんだしぃ?」

 ミズキは意地悪そうな笑みだった。とてもこの女の子がリアルな戦いの中にいるとは、リョウには思えなかった。っていうか。

 「え、給料もらってんの?」

 「当たり前じゃぁん。仕事なんだし」

 ミズキはいたって真面目な顔。人間として差を感じた…。合流した雪羽とアキナはその様子を見て首をかしげ、ヤマトは呆れていた。

 「いくらもらってるの?」

 「教えるわけないでしょぉ?」

 そんなことを話しながら駅のホームに入ると、ちょうど展望公園行きの電車が着いていた。リョウたちはそれに乗り込む。

 間もなくして電車は発車した。

 ミズキたちは向かい合わせの四人掛けの席に座っている。雪羽とアキナが座ったところにミズキとヤマトがなだれ込んで座り、リョウとソラノが余って二人掛けの席に座った。リョウはそれからずっと家から持ってきた古いムービープレイヤーで、翔子から貰った映像ファイルを観ていた。雪羽は納得いかない様子でリョウを遠くから睨んでいる。

 「きみは何を観ているんだ?」

 隣に座るソラノが沈黙に耐えられなかったのか声をかける。

 「ん?あぁ…ちょっとね」

 「景色を見ようとか、他のことをしようとは思わないのか?」

 「景色って言っても…」

 よく見慣れたビルやソーラーパネルばかりが過ぎていく。つまらない景色だ。

 「…」

 「…」

 「…私もそれを見る」

 しばらく沈黙が続くと、いたたまれなくなったソラノは身体を詰めてプレイヤーを覗き込んでくる。身体が固まった。近い近い。

 「お…と…」

 ソラノの顔が至近距離にある。少しいい香りがした。

 「アニメ…」

 「悪い?」

 「別に何も言っていない…。こういうのが好きなのか?きみは」

 ソラノは熱心にプレイヤーを観ながら言った。リョウは段々と恥ずかしくなってきた。

 「まぁ…これぐらいにしておこう…」

 さっさとプレイヤーを片付ける。向こうの四人組は意外と楽しくやってるようだ。

 「なんだ…私も観ていたのに…」

 「あぁ…ごめん…。いや…ソラノとちゃんと話してないなぁと思って…」

 「いきなり何だ…?」

 「…」

 よく考えてみると、何から話せばいいのかわからない…。腕を組んで唸る。

 「…ちょうどいい、それならきみの身体のことを話そう…」

 ソラノはあの虎の目でリョウを見た。

 「いいのか?こんなところで…」

 リョウは辺りを見渡す。人は少なめだが、聞こうと思えば集音できる装置や機械で聞ける時代だ、油断はできない。

 「問題ない。ミズキがいる」

 「あいつ大丈夫か?お菓子ぼりぼり食って仕事してるようには見えないけど…」

 ミズキはお菓子の袋に手を突っ込んで、ケラケラ笑っていた。

 「何か変な動きをしてるのがいればヤマトが動くし、変なナノマシンがあればミズキが気付く…」

 「わかるのか?ナノマシンが」

 「ミズキの頭にはホークアイという機械が埋め込まれている。視覚、聴覚に入った情報や、自分の周囲の物を即座に解析することができる。つまり、この車両の中くらいならナノマシンでもなんでも見える…」

 「…実はすごいんだな…真国って」

 人は見かけによらない、と再認識させられる。そんなこと言ったら殴られそうだが。

 「それも多分聞かれているぞ…」

 「え…」

 そっとミズキを見てみると目が合った…。こちらに笑顔を向けている。リョウは視線をソラノに戻した。

 「…あはは…。話を戻そう…」

 ソラノは一瞬笑顔を見せて口を開いた。

 「…ふ…わかった…。まず、検査の結果から言おう…」

 「もう出たのか?」

 「まぁ、中間発表みたいなものだ。私の個人的な推測も入っている…」

 「お、おう…」

 リョウは変に緊張する。なんか受験の合格発表みたいな気分。

 「きみは生命力を電気などのエネルギーに変換するアプリエイター…だと思う」

 リョウは黙ってソラノを見る。ソラノは続けた。

 「きみのナノマシンを調べた結果、電撃を使うにもかかわらず蓄電する能力が無かった…。ん…?というより、きみはアプリエイターの方には驚かないんだな?」

 「…あぁ、リンさんにそれは聞いてたから…」

 「リンか…。余計なことを…」

 ソラノの眉がピクピクと動いていた。

 「まぁいい。調べて分かったことがいくつかある。1つ目はさっきも言ったが、きみのナノマシンには電気を蓄電する機能はない。つまりは、電撃への耐性は一応あるようだが直接身体に流しても充電みたいなことはできない」

 ソラノは、指を1つ立てて言う。そして、2本目の指を立てた。

 「2つ目、ナノマシンはきみの体外では何の能力もない物になってしまう。しかし、きみの体内にある状態のナノマシンを調べてみると、雷姫に匹敵する威力の放電を行うことが出来る。そして、3つ目、力を大量消費すると、きみは昏睡状態に落ちる。これはまだ完全にはわからないが、さっき言った通り電撃がきみの生命力から変換、供給されているからだと思う…。だから、力を使いすぎると生命力、簡単に言うと体力を消費して眠る。しかも強制的に」

 「強制的?ってことは何してても電池切れになったらどこでも眠っちゃうのか?」

 「そう、多分これはある種のストッパーだろう…。本当に使い切ると死ぬと思う」

 「死ぬ!?」

 リョウは思わず大声になった。雪羽たちが驚いてこちらを見ている。リョウはすかさず「なんでもない」と誤魔化した。ミズキが「驚かせるなぁ」と話を終わらせてくれる。ソラノはそれを見計らって再開する。

 「4つ目、その生命力の変換効率が測る度に上がってきている」

 「毎回電流を出す検査って、それ測ってたのか…?」

 ソラノは頷いて続ける。

 「つまり、最初は百の生命力に対して一の電気エネルギーだったのが、もう四対一くらいになっている」

 「それが進化…してるって?」

 ソラノは頷く。

 「5つ目、きみの筋力も電流を流すことによって上がっているはずだ。おそらく電流を流した状態だと、最新の軍用ナノマシンを使用した兵士とも渡り合える」

 「おぉ…つまりほんとにライジングモードだな!」

 「は?」

 ソラノが急に冷たく返事をした。

 「…なんでもない…」

 ソラノにはその単語は通じなかったようで恥ずかしくなる。

 「きみが何と呼ぼうが気にはしないが…。6つ目…」

 ソラノは窓の外を見て止まった。四人組の方から「おぉ~」と声が聞こえた。

 「ここでやめておこうか。リョウ」

 ソラノはフッと笑って外を眺めた。

 窓の外には650メートルの高さから望む関東平野とその先の海が広がっていた。

 展望公園はESSユニットの端の部分に位置する。特にこのESSカントーの展望公園は関東平野を一望できる観光スポットとなっており、他のESSの展望公園とは違い、立ち入り禁止のフェンスの数メートル先は壁面に風力発電のプロペラが大小数千基設置されている断崖絶壁になっている。その為、まるで世界がここで終わりかのような光景が見られる。

 駅に着き、リョウ達は電車を降りる。乗客のほとんどがここ目当てだったようで、ホームは少し混雑した。ソラノは人気の少ないホームの端にぽつんと立っていた。

 「ソラノどうかした?」

 「人があまり多いと…な」

 ソラノは人ごみをじっと見て言った。

 「そうだったね。あ、じゃあ、さっきの6つ目は?」

 リョウは先ほどの話を促す。これでソラノも時間を潰せるだろう。

 「あぁ…途中だったな、6つ目は、私の完全な推測なんだが―――」

 「ソラノちゃん!稲葉くん!どしたの?真剣な顔して…」

 雪羽のかわいい顔が二人を覗き込んだ。二人は雪羽に気付くことが出来ずに驚く。

 「おわっ!びっくりしたぁ!…いや、何もないよ。ただソラノが人ごみが苦手だからさ…」

 「ふーん」

 雪羽は目を細めてリョウを見る。

 「すまないな、雪羽…もう大丈夫、行こう」

 ソラノは素敵な笑顔で雪羽と歩いて行った。リョウは一人にな―――

 「どぉん!」

 「どはっ!」

 ミズキがリョウの背中を思いきり叩いた。そして、肩を組む。何か大きめな柔らかいものも当たる。

 「調子はどぉだい?稲葉リョぉ?」

 「ちょ、調子ってなんだよ…」

 「ソラノと楽しくやってるかい?ってことぉ!ねぇ?何話してたのぉ?」

 「別に…。俺の身体のことだよ…」

 「えっ?ウソ!?それだけ?」

 「そうだよ。何か悪いか?てか、聞こえてたんだろ?」

 「はぁ~。別に人の話全部聞くようなキモいことしないわよぉ」

 ミズキは深いため息を吐く。

 「んま、今日はなるべくソラノといてあげなさいよぉ…」

 そう言ってミズキはまたリョウの背中を叩いた。



 ※※



 展望公園の駅を出たリョウたちは、そのまま景色のいい高台へと向かった。少し強めだが気持ちのいい風が吹いている。

 「稲葉くん」

 隣に立っていた雪羽がリョウに声をかけた。

 「ん?」

 「来てくれてありがとね、迷惑じゃなかった?」

 「かわいい湯野原さんに誘ってもらえるとか、来週処刑ものだよ」

 「処刑!?」

 「いや、こっちの話…」

 昨日誘われた時点で教室中に殺意が漂っていた。来週の月曜日は裁判にかけられ、有罪が確定するだろう。

 「ま、そのときは高岡も一緒だけどな」

 「?」

 雪羽は首を傾げる。

 「いや、なんでもないよ」

 「稲葉くん、ソラノちゃんたちと仲良いよね?」

 雪羽は探るような目で言う。

 「そう見える?」

 「うん…。昔からの知り合いだったとか?」

 雪羽はポーチのベルトを握りしめた。

 「あはは…違う違う。たまたま転校前日に話したことがあっただけだよ」

 「そう…なんだ」

 「そうそう」

 雪羽は周囲を見た。アキナがソラノたちを少し距離を置いた場所に連れて行ってくれていた。

 「こ、今度は…その、二人で…どこか行ったりしたり」

 「へ?」

 リョウは腑抜けた声を出す。

 「買い物とか、い、行きませんか?」

 「…」

 リョウは目を丸くして固まっていた。雪羽が上目使いでリョウを見つめる。

 「め、迷惑じゃなかったらでいいの!」

 「め、迷惑じゃない…っすけど…」

 リョウは言葉に詰まる。どう返事をすればいいかわからなかった。これがお誘いだろうか?そうですかそうですか。

 「だ…ダメ…?」

 雪羽はリョウを凝視して言う。雪羽が可愛すぎる…。言葉が出ない。

 「あ…の」

 「おーい!稲葉リョぉ!雪羽ぁ!ご飯行くぞぉ!」

 ミズキが大声で二人を呼んでいる。

 「う、うーい!じゃ、い、行こうか」

 リョウは助かったと思い大声で返事をする。

 「うん…」

 雪羽は力なく返事をした。そして、ミズキはドヤ顔で待ち構えていた。聞いてましたね。

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