第15話

 「―――以上が、ロルトス・ワーカーの戦闘記録です」

 暗い部屋で、スクリーンに映し出されていた映像が止まる。

 その一際座り心地の良さそうな椅子に足を組んで座っている少女、エール・クレーブリッツは、一つあくびをして自慢のツインテールの一束で頬をくすぐった。

 「…この子面白い…逢いたい…。今どこにいるの?」

 「ロルトス・ワーカーは、オーコックス・インダストリーの者と思しき人間により捕縛、彼らのもとにいると推測されます…」

 スーツを着た女が淡々と答える。

 「違う違う。あんな役立たずのことを聞いてるんじゃないのよ。この子よ」

 エールは語気を強めた。

 「彼…稲葉リョウは…恐らく、ロルトス・ワーカーと同じ場所かと…」

 「正確な場所とかはわかるの?」

 「い、いえ…それが、ナノマシンの生体識別信号が確認できず、場所が特定できません。稲葉リョウも同様です…」

 するとエールは急にテンションを上げ、手を叩いた。

 「でしょうね…キャハッ!だってあれだけの電撃食らってるのよ?中身のナノマシンは使い物にならないはずよ!アイギスが無かったら多分死んでるわね。リョウちゃんも同じっていうのは気になるケド…んま、回収ついでに、リョウちゃんに逢いに行こうかな?」

 エールは無邪気な笑顔で誰にとなしに言う。

 「…それは…。許可を取らなければ…」

 「わかってるわよっ。そのくらい…。にしてもあいつバカよね、何回捕まればいいわけ?拘束されるのが好きなドM?キャハッ!」

 エールはわざとらしくお腹を抱えて足をバタつかせる。

 「…」

 女は不快な顔をしたが何も言えなかった。いや、何も言える立場ではなかった。

 「…役立たずの回収は誰かにやってもらお。ホントは殺してもいいんだけど…でも~、リョウちゃんを見つけてくれたこともあるし、気が向いたら回収してあげようかしら…」

 エールは優雅に椅子から立ち上がる。

 「ソーラーノーム捜索はどうされるのですか…?」

 女が不安気に言うと、エールは不快な顔を隠さずに言った。

 「あんな女、興味ないのよ…。私は好きなものの為にしか行動しない。生きない。リョウちゃんと出逢えれば一緒にあの女もいるんじゃない?ムカつくけど…」

 エールが手をやる気なく振ってドアの前に向かうと、スライド式のドアが開いた。

 「…どこへ…?」

 「…勝手にさせてもらうわ…あなたたちは引き続き仕事を続けてちょうだい。だいたい、姫は休暇で日本に来たのに…。着いて早々お仕事させられるとか、イライラしてるのよ。しかも失敗した奴の援護よ?姫を誰だと思ってんの?殺すわよ?」

 エールはニヤリと笑いその長い黄金のツインテールをなびかせて部屋を出て行った。



 ※※



 「ん…」

 リョウは目を開けたと同時に、小さく呻き声をあげた。身体が恐ろしく重かった。

 「ここは…」

 目だけで周りを見渡す。何かの機械のモニターが光るだけの真っ暗な部屋、大きな窓には、高所に都市があるESSユニット特有の眩い星空が見える。

 リョウは身体を起こす。制服ではなく、身体にピッタリとくっつく黒い服を着ていた。

 「…」

 いつ脱がされたのかが気になってしまう。よく見るとその服は、ソラノと初めて会ったときに、ソラノが着ていたものに近かった。

 今何時だ…?星空ってことは、あれからそんなに時間は経ってないか、丸一日寝てたかってことか…。

 リョウは自分があまりにも冷静だったことにも驚いたが、状況の整理に徹する。

 「あのアイギスって奴をぶっ倒して、そのあとから記憶が…無いな、最後に師匠が俺を…。って!師匠は!」

 改めて周りを見渡す。ベッドは自分が使っているもの一つしかない。

 「くっそ…」

 リョウはあの場で倒れた自分を恨んだ。拳を強く握りしめる。

 すると、スライド式の自動ドアが開く音がした。リョウはそちらへ目を向ける。

 「ソラノ…」

 ソラノが立っていた。学校の制服の上に白衣を着ている。手に持っているトレイには液体が入った小さなビンがたくさん乗っている。

 「…」

 しばらくの沈黙。ソラノは相変わらず、無表情の美しい顔でリョウを見ている。

 「……ソラ―――」

 沈黙に耐えられず、リョウはへたくそな作り笑顔で言いかけると、ソラノは早足で部屋に入り、トレイを乱暴にベッド脇の机に置く。そして、リョウに抱きついた。

 「そ、ソラノ!?」

 「…」

 ちょうどリョウの胸の辺りに顔を埋める。リョウは慌てたが、ソラノの気持ちはもうわかっていた。

 「ごめん」

 「…きみは…バカだ」

 ソラノは泣いているのか、身体が震えていた。リョウはソラノの頭に優しく手を乗せる。

 「俺さ…ソラノの気持ちがほんの少しかもしれないけど、わかった。自分の知ってる人を危ない目に遭わせたくないんだよな…。ソラノは優しいんだよな…」

 リョウは少しだけ手を動かして、ソラノの頭をぎこちなく撫でた。

 「それでもさ…力になりたい、そ、傍に居たいっていう奴はいるんだよ」

 それを聞くとソラノは抱きつく力を強くした。

 「ありがとな…でも、ソラノがやろうとしてる方法だけじゃないと思うんだ…」

 ソラノはゆっくりと顔を上げリョウを見る。星の光で白い肌が一層美しく見えた。やはり泣いていたようで、目が潤んでいた。

 「…だ、だから…その…俺は戦いたい…」

 あの戦闘の中で、たどり着いた想いだ。

 「私の為にそんなことはして欲しくない…」

 「確かに、ソラノの為でもあるけど、俺自身も気に入らないんだよ。あんな奴らのせいで誰かの希望が叶えられないなんて、諦めないといけないなんて…だから、力になりたい」

 「リョウ…」

 ソラノが擦れて消えてしまいそうな声で名を呼ぶ。リョウは咄嗟に目を逸らしてしまった。

 この状況に緊張した。もうどうしていいのかわからなくなってきた。 そして、なんとか言葉を出そうとして口を開いた。

 「あ、えと…こ…この服って誰が着せたの…?一度素っ裸にならないとこれ、着られないよな?は、恥ずかしぃ~。あはは…」

 次にソラノを見たときは、美人がリョウを呆れ顔で見ていた。

 「…きみは本当にバカだな」


 ※※


 壁一面に広がるスクリーンにはリョウと翔子、そして、アイギスが上空からのアングルで映し出されていた。場面はちょうど、二人が連続攻撃でアイギスを吹き飛ばしている。リョウに付いていた監視が撮影していたものだ。

 「しかし、面白いくらいに人が飛んでるわね…」

 リンがコーヒー片手に呆れる。

 「ねぇ、ヤマト。この稲葉リョウ君ってホントにノーマークだったの?」

 椅子に座って腕を組んでいたヤマトがうんざりした様子で口を開く。

 「ノーマークだ」

 「この女の子は?あなたたちが現場に駆けつけたときにはもういなかったみたいだけど」

 「ノーマーク!」

 「…この動きと技…普通の人間の動きと威力じゃないわよ?」

 「はぁ…調べとくよ…」

 ヤマトは渋い顔をして言った。

 「この次を見て」

 ミズキが端末を操作する。場面は少し飛んでリョウがアイギスの腕を掴んで放電したとこだ。

 「…わぉ…」

 リンが思わず声を漏らす。

 「このあと!」

 ミズキが画面を凝視たまま言う。リョウが加速。アイギスの顔面を掴み、最大の放電。周りのガラスなどが砕け飛んでいく。そして、落雷のような光が画面を埋め尽くし、そこで映像は終わった。

 「わかった?」

 ミズキはリンを見る。口調はいつも通りだが目は鋭かった。

 「…すごいわね…」

 リンが半笑いで答える。そこで自動ドアの音が聞こえた。ソラノが部屋に入ってきたのだ。

 「お~ソーラーぁ。おかえりぃ!どぉだった?」

 ミズキがイスをくるくる回転させながら言う。

 「もう起きていた…。バイタルも安定してたし、もう大丈夫なんじゃないか」

 ソラノは淡々と言う。

 「ソーラー…なんか怒ってない?」

 ミズキが探るような目で言う。

 「別に…怒ってない…」

 ソラノは少し頬を膨らませて言った。こういうときのミズキは鋭い。

 「ふぅーん…まっいいや…。えっと…それで、周辺の状況とこの映像を解析するとねぇ?電撃の動きも有り得ないしぃ。威力が前回を上回ってるハズなのよぉ…最後の放電とか落雷並みの威力だよ?それなのに、それから数時間で回復して目を覚ましてる。前はどれだけ寝てた?」

 黙って聞いていたヤマトがスクリーンのリョウを睨みながら口を開いた。

 「つまり前に比べて強くなってるし、電力量みたいなのが増えてるっていうことか?」

 「そうねぇ、というより…ぶっちゃけて言っちゃうと進化している…と言った方がいいかしらぁ?」

 「…それって…」

 ヤマトがソラノを見る。

 「ナノマシン四原則…もっとも破ってはいけない進化を手に入れたナノマシンを持つ者…アプリエイター」

 リンが神妙な面持ちでそう言った。そして、ソラノの前に立って続ける。

 「それにしてもソーラー…どうすんの?稲葉リョウ君」

 「どういう意味?」

 ソラノは表情を壊さずに言った。

 「もうあの子も普通に生きていけないわよ?」

 「…わかっている」

 ソラノは顔を背けた。

 「とりあえずは拘束しているアマテルから色々話を聞こうと思ってるけど治療カプセルに入ってるし、少し時間かかるわね…」

 「完全に治療するのか?」

 ヤマトがリンに新しいコーヒーを渡して言う。

 「…ここは病院じゃないんだから口さえ開いてくれればいい。それに…もう何も出来ないわ…」

 「どういう意味だ?」

 「全身ミディアムに焼けて、全てのナノマシンが破壊されてるんだから…。今は普通の人間よ。多分ナノマシンがなかったら死んでたわね」

 「なぁ…アイギスって軍用ナノマシンだよな…?だったら電流くらい耐えられるよな?」

 軍用ナノマシンのほとんどの目的は戦争、戦闘、諜報である。当然、捕虜となった場合が想定され、高温や高圧電流など人体内部へのダメージがある拷問には耐えられるようになっている。

 「それだけ稲葉リョウくんがイレギュラーってことよ…残念だけど、もう昨日までの生活は出来ないでしょうね…。で、ソラノどうするの?」

 「何が…?」

 ソラノはそむけたまま返事をする。

 「此処ここに居たいんじゃないの?」

 リンのその短い一言は多くを語るよりもわかりやすかった。ソラノは一瞬考えて、口を開いた。 

 「…もうわからなくなった…」

 ソラノはかすれて消えそうな声でそう言う。

 「ソーラー…」

 「リョウは…私のせいでこんなことになった…。私が此処に居れば、これ以上の危険に遭わせることになる…」

 ソラノは絞り出すように言葉にする。リンは少しソラノを睨むように見た。

 「…それはどうかしらね?今回の件で、稲葉リョウ君はあなた程ではないにせよ、奴らの関心を集める存在になった。今さらあなたが彼から離れたって危険な目に遭うことには変わらないわよ?」

 「だからって…!私が此処に居ていい理由にはならないだろう!?きっかけを作ったのは私だ!」

 「…確かにそうね。でも私たちは、【あなたがどうしたいか】なのよ?」

 リンは座っているソラノの目線に合わせて屈んだ。そして続ける。

 「此処に居てはいけないことと、此処に居ていい理由が無いのはイコールじゃないのよ?あなたが此処に居たければ、それが理由になる…。あなたの気持ち次第よ…」

 「…私は!リョウやミズキたちのことを考えて…!」

 ソラノはリンの顔を正面に捕らえて語気を強めた。

 「それはわかっているわよ。ただね…たまには…自分の為に考えてみなさい…。今がそのときだと思う…」

 「…私は…もうわからなくなったっ!…こんなの…初めてだ…。もうわからない!」

 ソラノはいきなり立ち上がり、部屋を出て行ってしまう。

 「…ソーラー…」

 ミズキはソラノが出て行ったドアをじっと見つめてそう言った。リンはミズキの肩に手を置く。

 「あの子を無理矢理居させることなら簡単よ…。重要なのは自分で此処に居るっていう意思なの…。スイスESSに移ってもソーラーは変わらずアマテルから逃げ続けないといけない、稲葉リョウ君も同じ…。ソーラーが今更離れても、彼はどっち道、普通の人生には戻れない…。多分、ソーラーは離れたあとに彼の状況を知って自分を責めるだろうし、無理矢理居させて彼が危険な目に遭っても自分を責める。それはミズキもわかるでしょ?」

 「うん…長い付き合いだし…」

 「本当の意味で…生まれたときから自分のせいで、大勢の人達が犠牲になってきたソーラーは、遠ざけることでしか他人を守る方法がなかった。だから、自分が誰かの傍に居たいと思う気持ちすら間違いだと思ってるのよ…」

 「ソーラーも悩んでるんだよねぇ…」

 「でもね…これがいい機会だと思ってるの」

 リンは腕組みをしてスクリーンに映るリョウを見た。ミズキが疑問に思い、口を開く。

 「ソーラーが自分の意思で…何かをやるってこと?」

 「それもあるわ…でも、もう一つ…。この…ソーラーノームを巡る今までの状態に一石を投じられると思うの…。私は稲葉リョウ君に賭けたいのよ…」

 リンは祈りを捧げるように目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る