第12話

 「ねぇ、雪羽って稲葉リョぉのこと好きなんでしょ?」

 「…ぶっはっ!」

 「ぎゃっ!」

 ミズキの言葉に、雪羽は飲んでいたアイスカフェオレを、前に立っていた友里の後頭部に勢い良く噴きかけた。

 雪羽達は学校の帰りにソラノとミズキを案内するという名目で、買い物に出かけていた。

 ESSユニットは地上200メートル以上の高さに浮いている都市。という構造上、地下を多分に活用することが出来る。その為、地下街というものが都市の部分とほぼ同じ面積で広がり、発達している。雪羽たちは今、その地下街のショッピングモールにいる。

 「雪羽ぁぁぁぁぁっ」

友里は低い声で唸りながら雪羽の方へ、ゆっくり振り向く。さながらホラー映画だ。

 「ごめん!ごめんごめんごめんごめん!」

 雪羽が必死に謝る。友里はカバンから取り出したタオルで短めの髪をわしゃわしゃと豪快に拭いた。制服は防水加工なので少しタオルを当てただけでアイスカフェオレは拭ける。シミにはならないだろう。

 「一応鏡で見てくるわ…待っててっ!」

 友里はビシッと敬礼して、そのままトイレへ行った。

 「もぉ!ミズキちゃんが変なこと言うからぁ!」

 「いやいやぁ別に変なことは言ってないよぉ?ただ、雪羽見るとすぐわかるし」

 「別に!稲葉くんのことなんか好きじゃないよっ」

 「その割にはぁ?あたしがリョウを誘ったとき、嬉しそうな顔してたしぃ?ソラノがリョウの言う事、途中までしか聞かないで教室出て行ったときも必死に追いかけて行かなかった?全力疾走でぇ!」

 ミズキはニヤニヤした顔で、雪羽の意外に大きい胸を小突く。ソラノを見るとアキナと一緒に、実用性のなさそうなデザインの文房具をとても不思議そうにじっくりと見ていた。

 「だって…稲葉くんが話してたのに行っちゃうからさ…」

 「稲葉くんもぉ一緒に来てくれれば良かったのに…でしょ?」

 「も~!違うって!ミズキちゃんって意地悪だよねぇ」

 雪羽は笑って言う。

 「初めて言われましたぁ、あははっ」

 ミズキはケラケラと笑う。ソラノがその笑い声を聞いてこちらを見た。手には厳選中の猫をデザインしたペンだ。

 ミズキはソラノに小さく手を振りながら口を開いた。

 「あの子は不器用だからねぇ…」

 「…え?」

 「人付き合いがよくわからないのよ…だからさ、許してあげてね?次は稲葉リョぉも一緒に遊ぶようにするからさぁ?」

 「うん…。って稲葉くんのことはいいからぁ!」

 「あははははっ!」

 「うひぃ。お待たせ~楽しそうだねぇ~」

 ミズキがまたケラケラと笑うと、友里がトイレから戻ってきた。少し雪羽に嫌味な感じで言っている。

 「友里~、ホントごめんねぇ…」

 「冗談冗談!、んじゃ、行こうか」

 三人はソラノとアキナの元へ。ソラノはまだ猫のペンを厳選中だった。



 ※※



 ソラノたち5人は、そのあともいろいろと歩き回った。地下街を出るともう日が落ちようとしていた。

 「もうこんな時間かぁ。楽しいと時間が経つの早いよね」

 友里が背伸びしながら言う。ミズキもそれを聞いて口を開く。

 「そうだねぇ…そろそろ帰ろうかぁ?親御さん心配するよぉ」

 「親御さんって…ミズキ、保護者みたいだね」

 アキナがそれを聞いて上品に笑う。雪羽もクスクスと笑い、口を開く。

 「じゃあ、ここで解散しよっか?」

 「そだね。じゃあまた明日っ!」

 「バイバイ」

 アキナと友里が手を振りながら駅の方へと歩いて行く。

 2人に手を振っていた雪羽がこちらに振り返った。

 「ソラノちゃん、ミズキちゃん。今日は楽しかった」

 「私も楽しかった。ありがとう」

 「こういうのもいいよねぇ」

 ミズキがニコニコして誰にでもなく言う。

 「わ、私の方こそ付き合ってくれてありがと…明日からもよろしくね!」

 雪羽は元気いっぱいに笑って、大きく手を振ってくれる。そして、自分の家の方へ走って行ってしまった。

 「…うん…気をつけて…」

 ソラノは口元だけで笑う。2人は雪羽が見えなくなるまで手を振った。

 「明日からも…か」

 ソラノが小さく言った。

 「ん…?何か言った?」

 「…なんでもない」

 「…」

 ミズキは口を【へ】の字にしてソラノを覗き込む。

 「…何だ…」

 「なんでもある顔…。っていうか今日、稲葉リョぉから無理矢理逃げなかった?」

 「別に…」

 ソラノは大股で歩き出す。ミズキが小走りでついて行く。

 「むふふ…またまたぁ」

 完全に笑っている…ミズキの悪い癖が出て来た。

 「ふひひ…せっかく稲葉リョぉも一緒に遊びに行けるような雰囲気作ったのにぃ…」

 「ミズキ…そんな余計なことはいい…!」

 ソラノは一気に振り向く。やはりミズキは意地悪でいっぱいの笑みだ。

 「ソーラーが女の子初心者だからぁ、わざわざ手取り足取り腰取り教えてるんじゃん?」

 ミズキはまるでどこかの変態教師の如く手を動かす。腰取りは余計だ。

 「いいって!」

 ソラノはその手から避けるように身体をくねらせる。ミズキが触れてくることはないので本気で逃げたりはしないが。

 「せっかく女の子出来るんだからさ…もっと自分から楽しみなよ?」

 「…」

 ソラノは返事をしない。また大股で歩き出す。

 「おぉう、待ってよぉ…」

 ミズキは追いついて横に並ぶ。

 「で…?早速、稲葉リョぉと何かあった?」

 次にミズキを見ると先程までの笑顔が無かった。こちらをジッと見ている。

 流石ミズキ…。と思い、ソラノは観念した。

 「リョウに…ここを発つと言った…」

 「…え?」

 ミズキは口をぽかんと開けたまま固まる。そして、少しして首をブンブンと振った。

 「ちょっと、何言ってんの!?せっかく女の子ライフ始まったのにっ!ソーラーまさか昨日のこと気にしてんの!?ていうか何でそんな話になってんの!?」

 「気にしてなんかない!ただ、もうここにいるのが見つかった以上、留まれないだろ!?」

 珍しくソラノが感情的になったので、少し気圧されたがミズキも負けるつもりはない。

 「別にあんなのは想定内!あたしやヤマト、ガルムは、ソーラーを護りたくてやってんだよ!?あたしたちはソラノに普通の女の子とし―――」

 「それでも、私があんな形で外に出なければ、昨日みたいなことにはならなかった!」

 「あんなことの為にあたしたちはいるの!実際、昨日は解決できたじゃない!?」

 「あんなの!雷姫から逃げたから無事だっただけ…。まともにやりあってたら、ミズキもヤマトも無事じゃ済まなかった!」

 「そんなの関係ない!あたしは全力でソーラーを護るんだから!それに、稲葉リョぉはどうするのよ…?やっと…」

 ミズキはその言葉の続きを言おうとしたが詰まってしまう。

 「リョウは違う支社に連れて行って、保護させる…。私がリョウから離れれば…雷姫も追ってついて来る…アマテルの最優先は、私のはずだからな…」

 「あんたはそれでいいの!?…」

 ミズキはソラノの真正面に回って顔を見る。ソラノはミズキでも見たことのない表情をしていた。それでも、その表情はいつも一緒にいるミズキにしかわからなかった。

 「ソーラー…」

 ソラノは口を一文字に閉じて、ミズキをまっすぐに見ていた。唇が小刻みに震えている。

 「わからないっ…」

 ソラノは小さく言う。必死に口を閉じて感情がそこから氾濫しないように耐えている…。そして、それが漏れてしまい、言葉として出てきてしまったのだろう。

 ミズキはソラノを抱きしめる。周りの通行人が好奇の目で見ている。人が見ていようと構いはしない。

 「―えっ?ミズキ!?」

 ソラノは狼狽える。

 「ソーラー…。いや、ソラノ…、こういうときはね…?いっぱい悩めばいいの…」

 ミズキは次第に肩で息をし始める。

 「悩んで…。悩んで…たまには…。…あたしたちにも相談…してよ…?」

 「ミズキっ!離れろ!これ以上はっ!」

 ミズキはもがくソラノを逃げないようにもっと強い力で抱きしめる。

 「それが…女の子なんだか…ら…。…。…だから…。すぐに…答えを…自分の嫌な…こた…え…」

 「ミズキぃ!」

 ソラノは本気で引き剥がす。ミズキはそのまま後ろへ倒れる。

 「…!」

 ソラノは咄嗟に手で支えて、壊れやすい人形を扱うように傍の花壇にゆっくりと座らせる。ミズキはもう何十キロも走ったような疲れ方だ。そして、口を開く。

 「ソラノ…だから…もうちょっと悩んで…。自分ですぐ結論出さなくていいから…。あたしはソラノがどんな結論を出してもついて行く…護っていく。だけど、ソラノには後悔した道を歩いて欲しくない…だから、もうちょっと考えてみて…?まだわからないんでしょ?」

 「ミズキ…。わからない…けどっ!私は―――」

 「触れられるのって、温かいでしょ?でも、あたしはここまでしかできない…わかるよね…?」

 ミズキはふっと力なく笑う。

 「ミズキ…」

 ソラノはミズキに何もしてやることが出来ず、近くで護衛をしているはずのヤマトに通信をしようと、自分の耳に手を伸ばす。すると、後ろからヤマトの声が聞こえた。

 「…無理しやがって…」

 ソラノが振り向くと、ヤマトが頭をポリポリ掻きながらミズキに駆け寄った。金髪と緩めたネクタイのせいで、仕事帰りのホストのようにも見える。

 「ふひひ…ヤマト…」

 ミズキは無理矢理に笑顔を作る。

 「おい…立てるか?」

 「肩貸してくれれば、大丈夫かな…」

 ヤマトはやれやれとため息をひとつ吐いて肩を貸す。ミズキも苦しげに笑って、立ち上がる。

 「…ミズキ…お前何やってんだよ…」

 「…お前って言うな…」

 ミズキはぼそりと言う…。さっきよりは息も整っているようだ。

 「ソーラー…俺もお前の決めたことには何も言わないが…、お前が後悔した道を一緒に歩くのは俺も辛い」

 ヤマトは目の鋭さを残したままソラノを見て言った。

 「ヤマト…」

 「それをわかってくれ…。ミズキも一緒だ」

 ソラノは何も言えなかった。ここでわかったと言えなかった。ふと、リョウもこんな気持ちだったのか?と思った。

 「…考えてみる…悩んでみる…」

 ミズキが身体を張って言ってくれたのだ。無駄にはしたくなかった。

 ミズキは安心して、ふっと笑う。ヤマトも表情を崩して微笑んだ。

 「帰ろう」

 ヤマトのその声は本当に優しい声だった。

 「ヤマト、もういいわよ…歩ける」

 「了解」

 ミズキはヤマトの肩から手を離し、一人で立つ。

 「カバンは持っといてねぇ」

 ミズキは魅力的な笑顔でそう言った。ヤマトも舌打ちをわざとらしくするだけで文句も言わず歩き出した。

 ソラノもその後ろを歩き出す。ミズキが隣に来てくれた。

 「そんな顔しなぁい!」

 ミズキは満面の笑みでそう言った。先程までの大人びた態度はどこに行ったのやら。

 「稲葉リョぉはいいと思うよぉ!?顔も良くて、陰でモテてるって、アキナが言ってたじゃん?性格はちょっと優しすぎっぽいけどぉ」

 ミズキはニヤニヤしながら言う。

 「そうなのか…?」

 「情報収集は任せなさぁい!ヤマトなんかより全然……うばはぁ!」

 ソラノを見ながら話していたミズキは、立ち止まったヤマトにぶつかった。

 「急に立ち止まらないでよぉ!…ヤマト…?」

 耳に手を当てて通信をしているヤマトの表情は仕事の顔だった。ソラノとミズキもそれに気付いた。

 「どうした…ヤマト」

 ソラノは嫌な予感しかしなかった。そして、ヤマトは通信を終えてソラノを見た…。焦っている。

 「稲葉リョウに付けていた監視からの報告だ…。稲葉リョウと少女一人が昨日のフロストの男と接触、逃亡中」

 ソラノは心臓が何かに握り潰されたような感覚に襲われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る