第11話

 その日は何事もなく残りの授業が終わった。ソラノは雪羽たちともすっかり仲良くなったようだ。学校でもかわいさが高レベルの女子たちが集まっている姿は、下手なアイドルグループを見るよりも目の保養になる。

 それを脇目にリョウは帰る為、カバンに荷物を詰め込んでいた。

 「稲葉リョぉも誘う?」

 「へ?」

 急にミズキたちの会話に自分の名前が登場して、リョウは思わず声をあげてしまう。ミズキたち、女子グループが黙ってこっちを見ている。

 「ねぇねぇ…このあと、何か予定あるぅ?」

 ミズキがニヤニヤしながら聞く。

 「えっと…ケータイ失くしたっぽいから、作りに行こうかなと思ってるんだ…け…ど?」

 何故かミズキは鬼の形相でこちらを睨んでいた。

 「え…え?何だよ?」

 「そうか…じゃあ、リョウは無理だな。ミズキ、みんな行こうか」

 ソラノは早口で言って、さっさと教室を出てしまう。

 「えっ!?ソラノちゃん!?待ってよ!まだ稲葉くんは…」

 そう叫びながら雪羽はソラノを追いかける。

 「んじゃあね~稲葉!」

 ボーイッシュな友里が笑いながら、肩を叩いて教室を出る。

 「また明日」

 ストレートロングの黒髪なアキナも手を小さく振って、出て行った。

 「お、おう…」

 リョウは手を振り返す。アキナぐらいの大人っぽい女子に手を振られると、何故か嬉しくなってしまった。

 「稲葉リョぉ…」

 ミズキのえらく低い声が聞こえた。

 「…」

 蛇に睨まれたカエル状態。

 「あんたねぇ…。せっかくあたしがついて来やすいような雰囲気にしたのにぃ!」

 ミズキの眉毛が「ハ」の字になっていて少しムカついた。

 「べ、別に頼んでねぇだろ…?だいたいなんでお前が雰囲気作りするんだよ…」

 「お前って言うなっ!」

 ミズキは殺意が宿った目でそう言うと、ソラノを追いかけて行った。

 「…なんか納得いかねぇ…」

 リョウは呆然と立っているしかなかった。教室の端っこで「ざまぁ」と言っている山田はあとで殴っておこうと思った。


 ※※


 リョウは靴箱で靴を履き替えて、校門へ向かう。校庭では運動部の連中が走ったりしていた。それを眺めながら歩く。女子の体操着が眩しく見える。

 「あでっ!」

 「ふにゅ!」

 何かに当たった。だが前に壁などはない。下を見るとリョウの胸の辺りにお団子があった。お団子ヘアーの翔子だ。

 「おっ師匠!」

 「わざと?」

 翔子はそのままリョウを見上げる。

 「いやいや…マジで小さくて見えなか…はうっ!」

 翔子は鳩尾に頭突きを入れた。物凄い衝撃が腹部を襲う。

 「あんた…恩を仇で返すタイプのようね…」

 「ぬく…ううう…」

 リョウは腹をさする。そして、声が出ない。翔子は軽く前髪を整えて口を開いた。

 「ちょうどよかった。あんた、私に付き合いなさい」

 「えっ…」

 「何よ、嫌なの?」

 翔子がナイフの様な鋭さを持った目で睨む。

 「嫌というか…俺、用事が―――」

 「あんた、お礼するって今日言ってたじゃない。男に二言はないのよ?」

 「それって、俺が言うセリフ…てか、礼は要らないとか言ってたような…」

 「あん?」

 翔子は小さいので下から見上げてくるのだが、目つきはそこらへんの不良とは比べ物にならない凄みを感じる。

 「いえ…」

 「付き合うの?付き合わないの?」

 もはや選択の余地は無い。

 「付き合います…」

 「よろしい、最初からそう言えば良いのよ」

 そう言いながら、翔子はてくてくと先を歩いて行った。リョウも三歩後ろをついていく。

 「あの…師匠」

 「その師匠って呼び方止めてくれる?」

 翔子は振り返りもせずに言う。

 「…翔子?」

 「…っ!い、いきなり呼び捨て!?」

 翔子が慌てた。一瞬お団子が膨れた気がしたが、気のせいだろう。

 「じゃあなんて呼べばいいのよ…」

 「好きにすれば!で?何?」

 二人は歩きながら話していたのでいつの間にか校門を抜ける。

 「いや、知り合ったの今日ですよね?俺たち」

 「そうね」

 後ろから見ると翔子は下手をすると小学生のように小さい、後ろからついていくリョウは保護者のように見えてしまう。

 「なんでそんなに強気なの?」

 翔子が急に立ち止まった。気付くのが少し遅れたリョウはぶつかりそうになる。

 「っと」

 「…悪い?これが私の普通なの!」

 そう言いながら勢いよく振り返る。結局リョウとぶつかった。反射的にリョウに抱きつくようになる。

 「ふわっ!」

 「あっごめ…」

 「ふん!」

 「かはっ!」

 リョウの横っ腹へフックが入る。この小さな身体から想像できないほどの衝撃が走った。たまらずしゃがみ込む。

 「師匠…暴力反対…」

 「うっさい!さっさとついて来なさいよ!」


 ※※


 リョウと翔子は昨日のゲーセンの前に立っていた。朝見たときと同じで、規制線が張ってあり、黒焦げのグズグズもそのままだ。

 「師匠、まさかだと思うけど…」

 「何?」

 翔子は腰に両手を置いて自信あり気に言う。どこからその強気が出るのやら…。

 「ここでゲームやろうと思ってたの?」

 「…何?悪い?文句あんの?」

 早口で言う。そして、こっちを見ない。

 「いやいや…あんなことあったんだから、やってるわけないでしょ」

 「他」

 「はい?」

 「他にゲーセンであれがある所…」

 翔子は涙目になって言う…よほど悔しいようだ。リョウはポリポリと頬を掻く。

 「確か、二つ先のユニットにあったような…」

 「ホント!?」

 翔子が大きく目を開けて、小さい身体を最大限に広げて喜ぶ。

 「だけど、そこのゲーセン、レベルが高くて人も多いんだよ。だから練習にならなくて…」

 「あんたの練習なんてどうでもいいのよっ」

 翔子はまだ少し赤い目で、リョウにじっとりと言った。

 「…」

 「さっさと連れて行きなさい!」

 「はい…」

 リョウは仕方ないと言う風に、バス停へと歩いていく。その後ろを翔子が小走りでついてくる。だいぶ、日没は遅くなって、この時間でも空は白い雲が映える青空だ。少し歩くだけで汗が滲む。

 「師匠」

 「なに?」

 翔子が隣に追いついてきた。こちらの方は全く見てくれない。

 「何かやってんの?格闘技とか…」

 「やってるわよ…」

 翔子は面倒臭そうに答える。目も【答えるのもだるい】と言っているのがわかる。

 「…そりゃわかるよ。今日だけで何発師匠の食らった?俺」

 「あれは私なりのスキンシップよ。失礼ね、喜びなさい」

 翔子はちらりとこちらを見て言う。鼻高々である。

 「…空手とか?」

 リョウは見様見真似で正拳突きを繰り出す。

 「動き見てわかんないの?空手と全く動き違ったでしょ。私のオリジナルよ」

 「わからないよ…。オリジナル?」

 「そ、私のお父さんがジークンドーをやっててね。それをベースに発勁と、あるエッセンスを加えて、私のオリジナルに進化させたの…それが翔子天空拳!」

 翔子は人差し指を立てて得意げに言った。

 「…~っ!」

 ネーミングセンス…。死ぬ…笑い死ぬ…。助けてくれ…。

 リョウはそう思いながら噴き出すのを必死に我慢していた。肩が震えている。今笑えば確実に殺されるだろう。

 翔子が下から訝しげに見上げる。

 「何よ?どうかした?」

 「ぃ…いえ…?」

 リョウは目を逸らす。まともに見ることが出来ない。翔子は頬を膨らませた。ちょっとかわいかったが、話を逸らすことにする。

 「…そ、その、あるエッセンスって?」

 翔子はよくぞ聞いてくれました!と言う風に、急に笑顔になってこっちを向いた。やはり、普通にしていればめちゃくちゃかわいい…。最近自分の周りにかわいい子が急増している気がする。そろそろ死ぬのかな?と思った。

 「格闘機神伝ガオウバインよ!」

 「…は?」

 「アニメよ!」

 「…はっ」

 リョウは小さく息を吐くように笑った。手はやれやれというポーズ。

 「あんた、ガオウバインなめんじゃないわよ…あれに出てくる拳法は結構理に適ってるものが多いんだからね!」

 翔子が腰を低く構えた。また殴る気だ!

 「待てよ…ガオウバイン…」

 リョウは腕を組んで考えてみる。なんか聞いたことがあった。

 その様子を見て、翔子は構えを解く。

 「おぉ!ガオウバイン!思い出した!だから翔子天空拳か!翔雷天空拳だもんな!確か」

 リョウは興奮して大声で言う。

 格闘機神伝ガオウバイン…それは6年前に放映されたアニメだ。主人公のレイザードが、巨大なロボット、ガオウバインを駆り、宇宙からの侵略者と戦っていく。という2000年代前後のテイストが非常に強い作品である。その作品の中でレイザードが翔雷天空拳という拳法の使い手だった。

 「あんた知ってるの!?」

 翔子が目を輝かせて、リョウに顔を近づける。

 「観てたよ観てた…ん?でもあれって途中で終わらなかったっけ?」

 「あれは途中で終わったんじゃないのよ。あれはね、シリアスな内容のせいで深夜枠に移されちゃったの」

 「あぁ…確かにシリアスだったな。なんだっけ?中盤くらいでヒロインっぽいの死んじゃったもん。あれはショックだったわぁ」

 目的のバス停に着く。リョウは屋根の下に入る。日差しが遮られるだけでだいぶ楽になった。

 「何してんの?」

 翔子は冷ややかな目でバス停の外で立ち止まる。

 「え?2つ先のユニットだよ?バス乗らないと…」

 1ユニット、徒歩約20分。

 「あんた、そんなんだから弱いのよ。このぐらいの距離歩きなさいよ」

 翔子は腰に両手を置いて呆れる。少しするとそのまま歩き始めた。

 「弱いって…そんなん関係ないでしょ。…って待ってよ、師匠!」

 リョウは翔子を慌てて追いかける。また日差しの下に出た。翔子はリョウがすぐ後ろに来たのを確認すると先程の話題を再開した。

 「それまでヒロインだった女の子がね、敵に殺されちゃうってのは、その頃のお子様にはキツかったのよ。ただ、それがあったことでレイザードは強くなっていくっていう成長の物語なのに…。最後の3話なんて涙なしじゃ観られないんだから!」

 非常に楽しそうに語る。さっきまでのボコボコ殴っていたのは何だったのか…。

 「師匠は全部観たの?」

 「当たり前でしょ?REディスクで全巻持ってるわよっ!」

 「マジで!?REDで!?」

 リョウは興奮して声が大きくなってしまう。

 映像や音楽をネット配信で販売する現在において、ディスク販売は少なくなっている。だが、プレミア感やコレクション性を求める、いわゆるオタクに向けてごく僅かだが、高額なREディスクが特典とセットで販売されている。もちろん、子供が買えるような値段ではない。

 「観たい?」

 相変わらず翔子は鼻高々。

 「…えっ?観たい!いいの!?」

 「いいわよ。今度鑑賞会しないとねぇ…」

 「おお!いいねぇ!」

 リョウは拳を突き上げて喜んだが、ふと気付いた。

 「師匠…もう一度言うけど…知り合ったのって今日だよね?」

 「…それがどうしたのよ?」

 「いきなりその…家に行く話とか、早くない?」

 「…」

 翔子の動きが止まる。そして次第に顔が真っ赤に変色していった。

 「…ちょっ…!調子乗らないでよね!いつ私が家に来ても良いって言ったのよ!お、男の人を家に呼ぶときはつ、つ、つ、つ、付き合ってる相手じゃないとダメなんだから!」

 翔子が喚きながら拳を構える。

 「うわっ!待って!自分で鑑賞会って言ったじゃねぇか!師匠の家しか…うはぁっ!」

 翔子の掌底。リョウはバックステップで回避。素人から見ても腰が入っている一撃。食らえば一溜りもないだろう。

 「違う違う違うっ!あんたの家でよっ!」

 「あぶねっ!あっ俺の家!?来るの?いつ来るか言ってくれたら片付うぇ!」

 高速のローキック。横に跳んでそれも避ける。翔子はますます顔を赤らめる。

 「い、いい、行かないわよ!」

 「どっちだよ!?」

 「うっさい!」

 回転蹴り。腰に直撃。

 「がふっ!」

 ぶっ飛ばされ、そのまま情けなく転ぶ。4メートルくらい飛んだ気がしたが、気のせいにしておく。

 「…あんたが変なこと言うから悪いのよ…。大丈夫?」

 そう言いながら近づいて、手を差し出してくる。リョウは手を取り、立ち上がる。

 「痛ってぇ…。自分がぶっ飛ばしたくせに…」

 リョウは腰を擦りながら愚痴る。

 「あんた、弱いけどそれだけ避けられるんなら素質があるわよ」

 「素質?」

 「そ、あれだけ身体が動くんなら、あとはソフトの問題。基本さえ覚えちゃえばいいとこまでいけるわよ?」

 「ソフト?…っていうか。いつまで手、握ってんだよ…」

 翔子はリョウを引き上げてから手を握ったままだった。リョウは離そうと力は抜いていたが。

 「ふ、ふわっ…!調子に乗ってんじゃないわよっ!」

 翔子は真っ赤な顔で、乱暴に手を振りほどく。

 「師匠、無茶苦茶だな…」

 「うっさい!」

 翔子は足早に歩き出す。乗るはずだったバスが二人を追い越して行った。

 「…で師匠…ソフトって?」

 リョウは無言で歩くのも嫌だったので、気を取り直して師匠のご高説を賜ることにする。翔子は一つため息を吐いて口を開いた。

 「…いくらソフトが良くても、それを再生できるだけの性能を持つハード…つまり、身体がないと拳法は成立しない。その逆も然りよ」

 「じゃあ俺はハードが良くてもソフトがダメってこと?」

 「そういうことね…ソフトがダメっていうか、あんたの場合、ソフトが無いって感じね」

 「ソフトが無い…」

 なんだかバカよりも酷い言葉を言われたような気がした。

 「そうねぇ…。あんた闘い方教えてって言ってたわよね?」

 翔子はニヤリと笑ってそう言うと腕組みをしてリョウを見上げた。何か企んでいる目だ。

 「…い、言ってましたけど…」

 「教えてあげるっ!私の弟子になりなさいっ!」

 翔子の目は何故か輝いている。

 「っていうか、師匠って呼んでるし…」

 「そうね!じゃあ師匠の言うことは絶対なんだからねっ!?」

 翔子はビシッとリョウに指を差して言う。

 「…むちゃくちゃだ!それ!」

 「よし!それなら、ゲーセンなんか行ってる暇なんてないわね…」

 翔子が鼻息を荒くしてリョウの腕を掴んだ。

 「俺はゲーセンで闘い方を―――」

 「どこか公園みたいな広場ない?行くわよ!」

 「人の話聞いてるっ!?」

 「うっさいわねぇ!走るわよ!あっ綺麗なとこじゃないとダメだからね」

 翔子はリョウの腕を掴んだまま走り出した。

 一番近い公園まで走って15分。

 ここから見える青空に浮かぶ不思議な形の雲がこれから何かが始まることを予感させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る