第13話

 ※少し時間を遡って、Mユニット第三公園※


 リョウは公園に着いてからみっちりと翔子に翔子天空拳の基本の構え、動きを無理やり教わっていた。翔子天空拳の基本は文字通り、飛ぶような軽い動きと攻撃時の重い一撃からなる一撃必殺の拳法…らしい。翔子曰く、長期戦には全く向いていないそうだ。色々とご指導を賜ったあと、帰ったらアニメをじっくり観て、技の動きを覚えること、そして、やってみることという無茶苦茶な修行方法を命じられた。暗くなってきたので、最後に一つ技を教えて解放してくれることとなった。

 「いい?見てなさいよ?」

 翔子はトントンとリズム良くその場で跳ねる。リョウは腕を組んで凝視する。

 「ハァァ…。リャッ!」

 翔子はタイミングを見つけると、片足で跳び、空中で回転蹴り。そのあとにもう一回転して着地。勢いでスカートがめくれ上がった。

 「見た?」

 ドヤ顔の翔子。

 「スパッツなんだな…残念」

 「一度食らった方が覚えるかもね…」

 冷めた目つきで翔子がまたリズムを取り出した。

 「や、ちゃんと見てました見てました!」

 「じゃ、やってみて」

 「はい?」

 「やってみなさいって言ってんの!コレが出来ればだいたいの技が出来るからっ」

 「いや、師匠…!これが出来ればって、そりゃそうだろ!?さっきの見てたけど空中で二回転してたし!しかも二回転目の方が高くなってさ…」

 普通にコメントをすれば、重力を無視している。

 「よく見てるじゃない。言ったでしょ?一番の修行はじっくり見て覚えることだって。ほらぁ、早くやる!」

 「…むっちゃくちゃ…」

 リョウは見様見真似でリズム良く跳ねる。タイミングが掴めない。それよりも空中回転蹴りなんかの要領がわからなかった。とりあえずやってみることにする。

 「よっと!」

 右脚で勢いをつけ、一周したら踏みきる。その勢いで左脚が回る。空中回転蹴り。そして、余裕の着地。

 「できた!」

 「なにが?あんた、腐ってんの?」

 翔子は、はしゃぐ子供を迷惑そうに見る目をしていた。子供の様な体型のくせに。

 「回転足りてないし…こんなことも出来ないの?私、すぐ出来たのに…ちょっと残念…」

 「ボロクソに言いますね…」

 「最初はいいわ…。左脚の回転で勢いがついたら、一気に加速させて二回転目にいくのよ。わかった?」

 「ちょっと!…それ人間の技じゃないし!」

 「元から人間の技じゃないわよ翔子天空拳よ?」

 翔子は腰に両手を置いて当然のように言う。

 「師匠…これ出来るようになったのって、いつ?」

 「ん?…10歳くらいのときだと思うけど」

 「それって格闘技習い始めてどのくらいのとき?」

 「ジークンドー始めたのは4歳だったから、始めて6年のときね」

 「はぁ…」

 リョウはため息をついて近くのベンチに腰掛けた。公園に来る途中で買ったコーラを飲む。

 「なによ…」

 「それってさ、格闘の基礎が出来てるからいきなり出来たんじゃん…」

 「…そう言われてみるとそうね…。でも、あんたの避け方見たときは出来そうだと思ったんだけどな…」

 翔子もため息をついてリョウの横に座る。

 「飲む?」

 リョウは翔子に飲みかけのコーラを渡す。それを受け取ると、翔子は引きつった高い声を出し始めた。

 「…かっ」

 「か?」

 翔子は両手でコーラを掴んだまま固まっている。

 「…かっ…かっ」

 「まさか師匠、間接キスとか気にし――てへぇ!」

 威力十分な手刀での突きが肩に刺さる。

 「わわわ私が、そそそそんなもん気にするわけないじゃないアホ!ぶっ飛ばすわよ!」

 テンプレ反応…。

 「もうぶっ飛ばしてます…」

 リョウは肩を摩る。この短い期間で痛みに慣れてきた自分が心配になった。

 「…あ、あんた何か部活とか入ってたの?身体はそこそこ出来てるみたいだけど…?」

 「いや…何もしてないね…」

 「そう…やっぱ基本から教えないといけないみたいねぇ…。うーん…」

 翔子は唸りながら深く考え込む。

 「左脚の勢いで…加速ねぇ…」

 リョウは立ちあがり、また構えてみる。

 加速って、俺の電流で加速させればいんじゃね?

 リョウはそう思い、ナノマシンで加速させることにした。拳を強く握りしめる。電流が身体を一瞬で走り抜け、身体が軽くなっていく。さっきと同じ要領でリズムをとる。

 「よっ!と!」

 右脚を加速させて回転する。そして、一周したときに左脚で踏み切る。

 「おうわっ!」

 思った以上に回転が加わり、右脚での蹴りが思いきり前方に持って行かれる。跳べと命令した左脚はもうすでに踏みきり、跳ぶ。そして、地面から離れた身体は、勢いのまま前方へ数メートルは跳んだ。

 「…」

 翔子は目を点にして唖然と見ている。

 「とっと…おわ!」

 着地。しかし、上手くいかず派手に膝と手をつく。

 「痛ってっ!」

 「ちょっと…何それ…」

 リョウが振り向くと、翔子が立って目を輝かせていた。

 「それ…〝嵐天・回脚〟じゃない!あんた何したの!?ねぇ!?何したの!?」

 どうやら翔雷天空拳の技の名前のようだ。いきなりそんなことを言われてもわかるはずもない。

 「いや…何って…」

 なんだか地雷を踏んだ気がした。

 「…なんかナノマシン入れてる?」

 翔子の目は輝いたままだったが、質問は的を射ている。翔子がアマテルというわけではないが、ここは誤魔化した方がいいと思った。

 「身体能力を上げるナノマシンを…少々…あはは」

 「一般健常者に対しての運動補助ナノマシンの使用は禁止されているはずだけど?しかも、仮にそれを使用してたとしても、今の動きはおかしいわよ!ねぇ?何入れてんの?」

 「あはははははは…」

 一気に汗が噴き出してくる。ああ言えば納得してくれると思っていたが、翔子がここまでツッコんでくるとは思ってもみなかった。

 「ねぇ!」

 翔子がリョウに迫る。目の輝きが増した。

 この子なら別に言ってもいいかな。こんな子に言っても別に問題ないだろ…。

 そう思ったときだった。

 「教えてあげるよォ?その子はねェ、たぶん雷姫のナノマシンを持ってるっぽくてねェ?魔法みたいな力を持ってるんだよォ~。にしても、よく跳んだねェ~!」

 公園の入り口、道路側から声が聞こえた。二人がそちらを見ると、そこには黒いスーツを着てサングラスをかけた男が大声で喋りながら近づいて来ていた。

 「ソーラーノーム用のスキャナー使って探してたらァ、あれれェ?君に行き着いたねェ?…クク…」

 男はニヤニヤしながらサングラスを外す。切れ長の目をしていた。

 「雷姫…?あんた…誰?」

 翔子が敵意を孕んだ目で睨みつける。拳がきつく握られていた。

 「よォく見たら君ィ、昨日ソーラーノームと逃げた子じゃない?」

 翔子を無視してリョウに話しかける。リョウはソラノとの会話を思い出した。昨日のあの騒動の中で銃を撃ってきた男だ。つまり、アマテル。

 「ちょっと…あん――」

 翔子が前に出ようとするのをリョウが手で静止した。

 「何すんのよ!私はこいつに!」

 「…いや…師匠…」

 リョウは何も言えなかったが、翔子は関係ない。何かされるなら自分だけでいいはずだ。そう思って、黙って前に立つ。

 「ソーラーノームはどこォ?」

 「知らない…」

 「そっかァ…残念だなァ…。でも、姫ちゃんが君に興味があるみたいだからァ…とりあえず一緒に来てもらうよォ?」

 男はニコリと笑った。

 「い、嫌だ…」

 「えェー?困るよーどーしよー」

 男が棒読みでわざとらしく頭を抱える。

 どうする…どうするどうするどうする!ナノマシンを使うか?そしたら逃げられるか?

 「ところでさァ、この子は君の彼女ォ?」

 男が始めて翔子を意識した。

 「違うっ…」

 「ククククク…君もついて来てもらうよォ?」

 「…は?」

 翔子がズイッと前に出て、下から睨み上げる。リョウはその肩を掴んで翔子を止めて口を開いた。

 「この子は関係ない…」

 「関係あるよォ?君の身体のこと知ってるじゃぁん?」

 「それはあんたが勝手にっ…!」

 「この子が教えてって言ったから教えたまでだよォ?クククク…」

 そう言うと男は腰のホルスターから拳銃を隠しもせず取り出す。周りで様子を伺っていた人達もこの男の異常さに気付いたようだ。少しずつ離れていく。こんなとき、誰も助けてくれようとはしない。

 リョウは怒りに近い感情を込めて男を睨む。

 「…俺だけでいいでしょ…」

 「ううん。ダメだよォ?君の周辺は洗っといた方がよさそうだからねェ…」

 男は卑怯という言葉が最も似合う笑顔で言う。

 「んまァ。どうしてもって言うなら、ここで殺しとくけどォ?」

 男は爬虫類のような目を見開いてリョウに耳打ちする。リョウは拳を、血が出る程に握り締めた。

 「殺しとこっ」

 男は銃口を翔子の額に向けた。

 「やめ――」

 リョウが「やめろ」と言いかけたときだった。

 翔子が、拳銃を素早く拳で弾いた。

 拳銃が男の手から離れ、宙を舞う。

 「〝双天…〟」

 翔子が聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。そして、翔子は片足を上げ、掌底を構えた。

 一瞬で距離を詰め、男の懐に入る。男がそれに気付いた。

 「…ん?」

 「〝烈突ッ!〟」

 次の瞬間、翔子が低い声でハッキリと叫び、腕と脚を流れるように動かし、掌底と膝蹴りを同時に男の身体にぶち込む。

 そして、その次の瞬間に一歩踏み込み、高速で肘打ち。

 「ぐごぁ!」

 その瞬間、パンッという人間から出るはずのない乾いた破裂音が響いた。

 男が車に轢かれた人形のように吹き飛ぶ。

 「…!?」

 リョウは絶句した。男一人が目の前で、少女に。男は数メートル先の道路に停めてあったワゴンに衝突する。ワゴンが大きく揺れ、相当な事故があったかのようなへこみが出来た。

 「フーーーーー…」

 翔子が深く息を吐き、構えを解くと、リョウの腕を掴んだ。

 「行くわよっ!」

 「…え?」

 リョウと翔子は公園の別の出口へ向けて走る。逃げながら男の方を見ると、あれだけの衝撃があったのにも関わらず、頭を押さえながら立ち上がろうとしていた。

 「もう立とうとしてる…」

 リョウがつぶやく。

 「えぇ?ホントッ!?…あれ人間?」

 「いやいやいやっ!師匠もすげぇんだけど…。あれ何?」

 「あれは〝双天・烈突〟…ガオウバインの第2話で出た必殺技。ホントは相手を飛ばしたあとに追い撃ちをかけるんだけど、流石にそれはアニメの中でしか出来ないから、私に出来るのはせいぜいあのくらい…」

 「…あのくらいって…十分吹っ飛んでたぞ!」

 「そうね…結構本気でいったんだけど、立ち上がれるとか…ちょっとショック…」

 翔子は苦虫を噛み潰したような言葉で言う。

 二人は公園を抜けて、大通りに出た。

 「どうする!?」

 「えぇ!?私に聞くの!?」

 「師匠でしょ!?っていうかどうすんだよ!?派手に吹っ飛ばして…何か考えてたんじゃなかったの!?」

 「何も考えてないわよ!今は女の子でいさせなさいよ!」

 そう言いながらも翔子はリョウの腕を引っ張って、迷いもなく歩道を走り抜ける。

 「なんか当てがあって走ってんの!?」

 「ないわよ!悪い!?」

 「ないのかよ!?」

 こちらを見る翔子は落ち着いた表情に見えたが、焦っているらしく、目は少し潤んでいた。

 「くっそっ!捕まれないのに…!」

 捕まれば絶対俺を使ってソラノを捕まえようとするはず…。それに俺の身体のことを完全に知っていた。ソラノが捕まえられなくても俺は無事じゃないだろうけど…。リョウは走りながら焦る。

 「こっち!」

 リョウは翔子の手を繋ぎなおして、先を走る。

 「あんたこそ当てがあるの!?」

 「ない!けど…地下街を通って違うユニットに行こうっ!」

 二人は階段を見つけて、地下街へ一気に駆け降りる。

 「とりあえず隣のユニットまで行ったら、そこで上がって警察を呼ぼう…!あああああっ!」

 リョウはいきなり声をあげる。

 「ひいぃぃぃ!何よ!?」

 翔子は毛が逆立った猫のように悲鳴を上げる。実際、お団子が縦に伸びた気がした。

 「そうだった…!俺、今ケータイ…なかったんだ…」

 「そ、そんなこと…?そんなんで声あげないでよ…」

 「ごめんごめんっ!」

 二人は全力疾走でメインストリートを駆ける。翔子は大股で走る、かなりの速さだ。

 そして、走っている間に翔子を巻き込まない最善の策を考えた。

 「師匠!さっきの男、俺を狙ってる…。俺は次のエスカレーターを登るから、師匠はこのまま地下を通って自分の家まで帰ってくれ!」

 「えぇっ!?あんた何言ってんの!?」

 「地下でそのまま帰ればあいつにも見つからないだろうし、この道は人通りも多い!何かあったらさすがに誰か助けてくれるでしょ!?とにかくあいつはヤバイッ!」

 「私は戦えるわよ!それよりあんたよ!あんた…そもそも何で狙われてるのよ!?一人になったらそれこそ危ないじゃない!?」

 「こっちはこっちで何とかする!脚だけは自信ありますから!狙われてる理由は秘密!師匠がこれ以上巻き込まれることないよ!」

 「ちょ…!私がそれで納得するとでも―――」

 リョウが登ると言ったエスカレーターが見えてきた。上と下のメインストリートを繋ぐ場所はエスカレーターが設置されている。つまり、これを登ると上のメインストリートに出る。

 「おっ!じゃあ師匠!また明日!気をつけてねっ!」

 「えっ…!?あんた!」

 リョウは翔子に軽く敬礼をしてエスカレーターを二段飛ばしに登る。

 これでいい…。これで師匠がこれ以上巻き込まれずに済む。あとは俺がどうやってアイツから逃げるか…。恐らく、あの男は俺の何らかの反応を追うことが出来るのだろう。そうだとすると、翔子と共に行動することは巻き込むだけでしかない。これでよかった。リョウは高速で頭を回転させる。

 エスカレーターを登りきると、メインストリートに出た。Mユニットの端側だ。周りを見渡す。メインストリートだけあって人通りが多い、だがあの男はいない。

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