第10話
授業は何事も無く終わっていき、昼休みに入った。それまで全く後ろの席のソラノに、話しかけられることはなかった。
「うーん…」
リョウが大きく背伸びしていると、雪羽が後ろを向いてミズキに話しかけた。
「ねぇミズキちゃん、お昼ご飯一緒に食べない?」
ミズキは少し驚いた顔をして
「え?あたしと?ご飯?」
「うん…せっかくだし、友里とアキナと食べるんだけど…一緒にどう?」
友里とアキナは、雪羽といつも一緒のクラスメイトだ。
「…ありがとう雪羽ぁ!あたしはソラノとセットだけどいいよねぇ!?」
ミズキはニヤニヤとしながら言う。アヒル口が波打ってもう波口とでも言っていいようなニヤニヤだ。
「う、うん…もちろん」
ミズキは相当嬉しいらしく、雪羽の手をガッチリ握る。すぐさまソラノの方を向いた。
「あたしぃ雪羽達と昼ご飯食べるけど、ソラノぉ!いいよねぇ!?いいよねぇ!?」
「あ、あぁ…だが、ちょっと用がある…先に食べていてくれ」
「…用?」
ミズキは聞き直して、リョウをちらりと見た。
「あぁ!そうねぇ!いいよいいよぉ!行ってらっしゃいっ」
ミズキはそう言って自分のカバンからパンを取り出した。
「リョウ…ちょっといいか?」
「あひっ!?…はい…」
急にソラノが後ろから声をかけてきたせいで、リョウは変な声で返事をする。よく考えると、サクラシティ以来、会話するのはこれが初めてだ。返事を確認すると、ソラノは立ち上がる。
「リョウ、話ができるところに案内してくれ…私はここの構造を知らない」
「あ、あぁ…わかった…」
リョウも立ち上がる。ソラノがさっさと教室を出て行ってしまう。リョウは早足で追いかけた。
「ここの構造を知らない、とか言ってたくせに…さっさと行くな…」
「あれ?リョウ、今日は学食か?」
教室を出る直前、山田が弁当を食べながら声をかけてきた。いつも昼食は弁当か何かを買ってきている為、山田も変に思ったのだろう。
「今日は何も買ってきてないんだ。後でな」
「早く戻ってこいよ!色々聞きたいんだからさ!」
「あはは…んじゃ」
山田を振り切り、リョウは早々に話を終わらせる。
昼休み終了ギリギリに戻ろう…。
廊下に出ると、少し先でソラノが立っていた。生徒が一定の距離を保ってソラノを囲んでいる。転校生、しかも、モデル並みの美人だ。直接話しかけられないにしても、一目見ようと黙っていても人は集まる。
「リョウ」
ソラノがこちらの姿を確認すると、早足でこちらに来る。
「…早く案内してくれ…?こう人が多いと困る…」
「人が多いの苦手だっけ…?まぁ昼休みだしな。それに…」
改めて制服を着ているソラノを見ると、少し大人のお姉さんが女子高生のコスプレをしているようで、別の意味でイケないことをこっちがさせている気分になる。これはどこに逃げても男子どもは見物に来るだろう。
「…リョウ、そんなに私の制服姿は似合わないか?」
「い、いや、似合ってるよ…マジで。すっごいエろ…じゃなくて、雰囲気出てる!」
「そうか…」
ソラノは表情を崩さず言う。言葉だけで安心したようなのはわかった。リョウも違う目で見ていたのがバレなくて安心した。
「んじゃ、行こうか。ちょっと暑いけど、屋上なら誰もいないと思う」
「わかった」
リョウとソラノは屋上へ向かった。途中、少しガラの悪い上級生にソラノが呼び止められそうになっていたが、毅然と無視していた。
屋上へ続く階段を上がり、リョウが先にスライド式の自動扉を抜けて屋上へ出た。
「着いたぞ。うはぁ、あちぃな…」
ソラノが遅れて続く。
外は朝からの快晴が続いており、じっとしていると汗が滲む。天候管理システムのおかげで風が吹いており、なんとか屋上から逃げ出さずに済みそうだ。屋上にはいくつかベンチがあり、何組かの生徒が昼食を取ったり、ケータイをいじったりしていた。
「一番奥のベンチにしようか?あんまり人にも盗み聞きされても困る話だろうし」
「そうだな…」
「大丈夫…?」
ソラノは涼しげな顔をしていたが、だらだらと汗をかいている。
「その…日焼けとか大丈夫…?」
「日焼け…?」
ソラノの雪の様な白い肌は、日焼けという言葉すら知らないのか?と思ったが杞憂だった。
「日焼けの対策はしている。朝、ミズキが塗ってくれた」
ソラノは少し得意気に言う。
「…そうですか…」
リョウがベンチに座るとソラノは少し距離を開けて隣に座った。ここからは遥か上空に伸びる天候操作用の細長いタワーや超大型旅客機が空を横断する様子が眺められた。ソラノは急に口を開いた。
「リョウ、昨日は巻き込んでしまって本当にすまない…」
「え?あぁ…。謝るなよ、俺が自分で足突っ込んだようなもんだし…。ていうか、ソラノが無事に逃げられてよかった。あのあと、目が覚めたら家でさ…気になってたんだ」
「きみはどこまで覚えてる?」
「うーん…。確か、水に落ちてステージに掴まってたとこまでは覚えてるかな…そのあと、力が抜けてきて…」
「そうか…。リョウ」
リョウはソラノを見ると、ソラノもこちらを見ていた。距離を開けて座られているので、表情が先程と変わっていないように見える。
「率直に言う。きみはもう普通の生活には戻れない」
「…へ…?」
リョウは腑抜けた声で返事をする。訳が分からない。ちなみに顔も腑抜けている。
「…すまない。聞こえなかったか?そうか、きみには距離を取る必要がなかったな」
ソラノがそう言うと、一気に座っている二人の間を詰めて来た。
「これでいいか…?きみは、もう、普通の、生活には、戻れない」
「いやいや、そうじゃなくて…。ちゃんと聞こえてます!」
距離を詰めたと言うか、これは密着だ。ソラノの顔が非常に近い。しかし、リョウは黙っておくことにした。
「そうか…じゃあ続ける。きみはあのあと、気絶してミズキとヤマトにウチのラボに運ばれた」
「ミズキとヤマト…真国と高岡のことか…。え?ちょっと待って…ラボって?」
どこから整理すればいいのかわからず、ソラノを見る。顔が近いのを忘れていて、ドキッとする。おかげで逆に落ち着いた。
「普通だったらこのことは言うつもりはなかった。きみを口止めして終わりだった」
【口止め】という言葉に少し黒い物を感じた。ソラノは続ける。
「きみを見ていたのは主に二人、最初に私たちに発砲してきた男と、きみが倒したホルスだ。発砲してきた男はミズキたちが倒して拘束していたし、ホルスも拘束してラボに連行すれば何も問題はなかった…」
「ホルス…あいつか…。ん?問題はなかった…ってことは、何か問題があったってこと?」
ソラノは頷く。相変わらず距離が近かったが、目を逸らしたときに腕や太ももを見ると小さな傷が所々にあり、それが痛々しかった。
「二人の連行は失敗した…そして、きみの存在が向こうにも知られてしまった」
「俺の存在が知られるのって何か問題でもあるの?」
「そこから説明しないといけないのか…」
ソラノはやれやれと言う風に額に手を当て、ため息を吐く。
「きみは電流を操れる」
「…うん。それが?」
さっぱり話が読めない。リョウは首を傾げて見せた。
「覚えてるか?昨日、私は放電するナノマシンなんて存在しないと言った」
「…あぁ、確か言ってたね…」
「あれは少し違う。放電する…つまり、電流を操るナノマシンはまだ、世界で一つしか存在しない」
「俺?」
普通に考えるとそういうことになる。
「違う、雷姫というナノマシンだ。世界で唯一、電流を操ることが出来る」
「でも、俺…」
「そう、それだからきみという存在が問題なんだ…。きみのそのナノマシンは向こうの興味を十分引くものだ」
「だからそれを見ていた二人を捕まえておけば、向こうに知られることもなかったって?」
ソラノは黙って頷いだ。そして、何かを言おうとしたが、リョウが続けた。
「でも、ここESSユニットだよ?監視カメラとかで撮られてるんじゃないの?」
「昨日の事件、ニュースできみや私の顔が映ったか?」
ソラノは淡々と言う。ソラノのその表情を見ると、黒い物をまた感じた。
「…」
「だから、あの二人をこちらで黙らせておけば済む話だった。だが、向こうに増援が現れて、男を奪還された」
「…ていうかさ、さっきから奴らとか、向こうとか言ってるけど…何なの?」
「アマテル…私を狙っている組織だ。きみは今後もアマテルに狙われることになる。そして、私たちはオーコックス・インダストリー…」
「知ってる。ナノマシンシェア世界一の兵器会社…だっけ?」
「そうだ」
そう言ってソラノは立ち上がる。密着状態が終わったのは残念。
ソラノはポケットから薄いシートに画像を表示するデータペーパーを取り出した。それをリョウに渡す。見てみるとオーコックス・インダストリーのラボへの地図だった。
「これは?」
「きみという存在は私たちにとっても重要だ。だから、きみを奴ら…アマテルに渡すつもりはない。ウチがアマテルからきみを護る。今、口ですべての説明をしても納得いかないだろ?」
「納得いかないというか…。イメージが出来ない…俺がそのアマテルに捕まったらどうなるのよ?」
「それも含めて説明する。だから明日、ラボに来てくれ」
ソラノは少し不安そうな顔でリョウを見つめる。
「わかった…。ソラノもいるんだろ?それならいいよ」
リョウは笑って答えた。
「ありがとう」
ソラノはホッとしたようで、一つ息を吐いてベンチに座った。今度は密着ではないが、距離は相変わらず近い。
「これで私も心置きなく、ここを発つことができる…」
ソラノは小さく言った。リョウは聞き逃さなかった。
「へ?発つ??」
「聞こえて…たのか…?」
ソラノは本当に驚いているようだ。
「聞こえるよ!なんだよ…それ」
「あぁ…今、12個目のESSユニットが建設中だ。私はそこに移る」
「…いつ?」
「転校してきて明日、明後日に行くのもおかしいから…2週間後にしようかと思っている」
衝撃的な事をさらりと言う。
「なんでっ!?」
リョウは思わず声をあげてしまった。
「私がここにいるのも奴らに知られてしまった。ミズキたちに『女の子としてもう少し普通の生活をしてみなさい』と言われて、実行に移した途端これだ…。きみも巻き込んでしまうし。私は今までほとんどラボを転々として、そうしてずっと生活していた。外に出たこともほとんどない…」
ソラノがリョウの顔を見て少し自嘲気味に笑って言った。そして、続ける。
「私が今まで通りにしていれば、拉致されたりはしなかった。実際に今回が初めてだったしな。それに私がここにいると、きみを護衛する方にも負担が掛かる…。私は行方を眩ませて、今まで通り外に出ない方がいい」
リョウに説明しているというより、自分に言い聞かせているように見えた。
「それでいいのかよ…」
口が勝手に動いた。言わないと喉が渇いて二度と喋れない気さえした。
「え…?」
「悔しくないのかよ?よく知らないけど、そんな奴らのせいでソラノが、隠れて生きていくみたいなことっ!」
「私は生まれたときから普通の生き方なんて出来てなかった。もう慣れてる…それにここに上手く隠れていたって、いつかはバレて移動する…コレの繰り返しだ」
「だったら!同じなんじゃねぇの?別にすぐ移動する必要は―――」
「今回は今までと違った!偽名で学校に編入する手続きをとったり、表で生活するような準備をしていた。それだけでどうだ?一瞬で場所を特定されてラボに着く直前で襲われた…。ダメなんだよ…。私が普通に生きていくなんて…。それに、私がここにいないと分かればアマテルの主力も必要以上にここに留まらないはずだ…きみもより安全になるっ…」
ソラノはリョウをじっと見つめる。
「…俺も戦う…。戦える…昨日だってホルスを倒せた!だからっ」
リョウは光明を見出して答える。要はソラノの足枷にならなければいい。力になれる。
「リョウ…。きみはそのあと気絶して水中に一度沈んだんだぞ?そして、ホルスは起き上がった…。ミズキ達が撃退したからこうして話が出来るんだ。もし、ミズキ達がいなかったらきみはもうここにはいない。向こうはプロだ」
ソラノの目は「これ以上は言わなくてもわかるな?」と言う風に見つめている。
「私は今日、ミズキと登校して、雪羽やみんなと話して…普通の女の子が出来て、とても幸せだ。2週間もあれば私は満足だよ」
ソラノは笑みをリョウに見せた。それは寂しそうな笑顔だったが、リョウはそれ以上何も言えなかった。リョウは悔しくて拳を握りしめるしかない。
「…」
ソラノはリョウの握りしめる拳を見る。強く握られていて震えていた。ソラノはそれに、そっと手を置いてみた。
リョウはその温かい感じにはっとした。ソラノが続けた。
「…2週間だけだが、よろしくな…リョウ…」
しばしの沈黙。校庭でサッカーをする生徒たちの声が聞こえた。
「…」
リョウは「わかった」と返事をしなかった。いや、したくなかった。
ソラノの手は柔らかく、昨日のそれよりも温かく感じた。ソラノはじっとリョウの言葉を待っている。
「明日っ!」
リョウは急に立ち上がって大声で言う。ソラノは驚いて、その大きな目をパチクリさせる。
「明日っ…ラボに行けばいいんだろ…?話はちゃんと聞くから…。それより暑いだろ…?もう教室に戻ろう」
そう言うしか出来ず、ソラノの方も見られなかった。見れば、ソラノに説得されてしまいそうな気がした。
「わかった…戻ろう」
そう言ってソラノは立ち上がる。その声はいつもと変わらないようだったが、表情は寂しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます